第42回:あなたの町は何色? 市民の手で福祉行政を修復するために。正しい生活保護率増減マップの歩き方(小林美穂子)

 9月17日、生活保護の現場職員(現/元ケースワーカー含む)や研究者らで作られる有志の市民団体「生活保護情報グループ」が2012年~2021年までの生活保護率増減マップ(簡易版はこちら)をネット上で公表した。
 国内970地域を対象にしたマップは、過去10年間の各自治体の保護率(※)の推移を示したもので、2012年度と比べた2021年度時点の増減率で色分けをしている。
 10%以上減少している自治体は赤色表示となり、40%以上の減少率になると赤色が最も濃くなる。逆に保護率が増加傾向にある自治体は緑色の濃淡で表わされる仕組みだ。
 たとえば生活保護問題で有名になった群馬県桐生市を例として見ると、真っ赤である。もともと「一日1000円窓口支給」の一件から、市の違法・不適切行為が次から次へと判明した。その追及が深まったのも、生活保護情報グループがネット上に公開した市の保護率グラフのおかげだった。グラフは過去10年間、桐生市の生活保護率が半減したことを示していた。

※人口に占める生活保護利用者の割合

桐生市は論外…というのは、本当か?

 桐生市は勇気を出して声を上げた人がいたから問題が可視化され、その後、申し入れの場で厚労省職員が「桐生市は論外」と口にするほどに様々な違法・不適切問題が明らかになり、今も第三者委員会による追及や裁判が続いている。
 しかし、果たしてこれは桐生市だけの問題なのだろうか? という問いは常に頭の片隅にあった。支援団体もなく、生活困窮者に真剣に寄り添う議員がいない地方の町で、似たような保護運用がされているのではないだろうか? と。その問いを掘り下げるヒントになるのがこのマップである。

過去10年間の保護率増減が一目で分かるすぐれもの

 手始めに東京都を見てみよう。
 千代田区、港区、文京区、台東区、三鷹市の順で過去10年間保護率が下がっていることが分かる。その背景を想像する。考えられるのは、千代田区や港区、文京区では高級タワーマンションがたくさん建設され、高所得者層が流入し人口が増えていることだ。2012年の千代田区は人口48,735人(うち被保護人員は686人)、それが2021年には人口66,719人に膨れ上がっているが、そのうち被保護人員は605人である。被保護者数の変動は少ないが、人口増によって相対的に保護率は急減したことになる。
 そして、これらの地域には生活保護基準額で入居できるような物件が少ない。仮に家を失った人が当地で生活保護申請をし、アパート転宅を許可されたとしても、物件がないために区外に家を探し、福祉事務所の実施機関を移さざるを得ないケース(移管)も多いはずだ。千代田区、港区、文京区は元来高所得者が集まるところなので、生活困窮者や路上生活者が足を踏み入れにくいという側面もある。そのせいで福祉課の窓口対応もぞんざいになっているのか、ほとんどいい噂は聞かない。支援団体も「あそこはどうせ路上生活者を受けてくれないし、申請者に辛い思いをさせるくらいなら別の区で」と、申請者を他区に誘導したケースも知っている。なので、急減の原因が地理的な問題だけとも断定はできないところが複雑だ。
 他方、台東区も意外なことに生活保護物件が極めて少ない。私自身、申請者と一緒に部屋探しをしたことがあるが、大変な苦労をした挙句に、結局隣接する他区に移管してもらった経験がある。とはいえ、台東区は日本全国から仕事を求めてやってきた人たちや、生活困窮した人たちが路上生活をして生きてきた町があることで知られる地域でもある。千代田区同様、物件探しの難しさだけが理由では決してないと疑っている。

水際作戦に知恵とノウハウを磨く自治体

 このマップを見た時、私の第一印象は「なるほどね」だった。
 赤色がすべて組織的「水際作戦」の結果と言い切れないまでも、過去に生活保護行政の不始末で新聞記事になったり、裁判になったりしている自治体は大体赤いし、私が生活保護申請の同行をした際にひどい水際をしかけてきた自治体もほぼ赤いからだ。
 生活困窮者を一人でも多く助けたい…ではなく、保護の要件を満たしていようがいまいが、できるだけ申請者を遠ざけるために切磋琢磨しているような自治体だ。
 それは例えば、生活保護申請に予約など必要ないのに「予約はしていますか?」と、あたかも予約前提であるかのような虚偽の説明をして出直させようとしたり、持参した(あるいは郵送した)保護申請書を「規定のものではないから受け付けられない」と申請権を侵害したり、あるいは何度窓口に出向き申請意思を明確にしても申請書を出してこなかったり、申請者の身に危険が及びかねない扶養照会を強行すると脅したり、あるいは個室の面談室にまで「録音、撮影禁止」の紙がべたべた貼ってあるような、そういう自治体は水際を疑った方がいい。
 一方で、水際とは関係なく保護率が急減するケースもあるだろう。たとえば、タワマン建設をはじめとし、町に巨大な工場や軍事施設ができて外から大量に人が流入するような場合だ。人口が急激に増えれば、保護率は必然的に下がる。赤く塗られた自治体を分析する際に、人口の変動は大きな鍵となる。
 また、残念ながら緑色の自治体すべてが良いとも言い切れない。なぜなら、被保護人員数に変化がなくとも、人口が減少すれば保護率が上がり、結果的に保護率が上昇したようにみえるからだ。

保護率が高い地域=良い自治体なのか?

 過去10年で生活保護率が最も増加した3自治体は、山形県上山市(123.8%増)、福島県南相馬市(106.9%増)、そして宮城県東松島市(106.6%増)だ。
 その地名にピンと来る人もいるだろう。南相馬市は2011年の東日本大震災で津波と原発被害を受けた地域だ。家が倒壊したり、流されたりと大きな被害が出た。その南相馬市の保護率が高いからといって保護行政が良いのかというと、実は違う。
 震災当時、南相馬市の被災者が義援金を理由に生活保護を打ち切られたニュースを覚えておられるだろうか。ネットで調べてみると、実はマップには載っていない2010年をピークにして南相馬市の保護率は急激に減っていることが分かる。元々の保護率が異様に低い上に、震災後も義援金を理由に保護率を減らしている。その後増加に転じはしたが、現在に到っても2010年時の水準にすら戻っていない。
 宮城県東松島市も津波の被害を受けた地域だ。災害が人々の生活に影響をもたらしていることがデータから想像できる。

ワースト3自治体は水際疑いが超濃厚

 保護率が最も減少したのは愛知県知立(ちりゅう)市で58.9%減。次いで岡山県美作(みまさか)市の51.1%減、香川県善通寺市の51.0%減だった。
 人口に大きな変動がなく、隣接市と比べて突出して保護率が減少している自治体は、組織的に生活保護率を減らしてきた可能性を疑い、調査・分析をする必要がある。減少率の高かった3自治体を見て行こう。

〇減少率1位(58.9%減) 愛知県知立市を調べてみよう!

 手始めに市のホームページで「生活保護制度のご案内」を開いてみる。
 説明は間違ってはいないが、それでも同じ制度の説明でもここまで牽制力を発揮できるとは! と唸る。どの説明もキツイが、極めつけがこの文言。

自立・自助努力が生活を守る第一の基本です。
「生活保護」制度の趣旨を十分ご理解のうえ、保護を申請してください。

 生活困窮者を助ける雰囲気が超希薄。「自助、共助、公助、そして絆」でお馴染みの菅義偉元首相の目指す社会がここにある。
 それから私がずっと気になっていたのが生活保護申請における地域の民生委員の存在感である。群馬県の自治体でも「保護のしおり」に生活困窮したら民生委員に相談するよう書かれていたが、知立市のホームぺージにも「(生活に困窮したら)地域の民生委員、市役所福祉課まで相談してください」と、福祉課の前に地域の民生委員が挙げられている。
 民生委員が地域の困窮者を福祉事務所につなぐというのなら分かるが、福祉事務所が民生委員を使って困窮者をふるいにかけるようでは本末転倒だ。
 そもそも民生委員が制度に精通しているとは思えない。実際は生活保護の要件を満たしてるのに、民生委員に「あなたは受けられない」と言われて諦め、困窮の果てに亡くなった方のケースを私は知っている。生活保護の相談はあくまで福祉課が担うべきである。
 さて、赤く塗られた知立市を見たある自治体ケースワーカーが、早速、区議会の議事録を調べ、知立市が桐生市と同様、家計簿の提出を指導していたことをSNSで投稿した。精神障害に苦しむ夫婦に過度な指導をしていたことが議会で質されている。


 「輝くまち、みんなの知立」をスローガンとする人口7万2千人ほどの知立市。人口の変動はほとんどない中で生活保護率を60%近く減らした。知立市の議員には、その背景を掘り起こし、本当の意味での「みんなの知立」にして欲しい。

〇減少率2位(51.1%減) 岡山県美作市はどうか?

 美作市に至っては、自ら誇るように年度別被保護者・世帯の推移をグラフで分かりやすく紹介している。傷病世帯、その他世帯、母子世帯が大幅減となっている点が桐生市と同じだ。そこから推測できるのは、入口(相談)での水際、申請後の厳しい扶養照会、そして保護利用中のアグレッシブな就労指導(※)がこの減少に関係していないかということだ。
 2018年(平成30年)の議会質問に、保健福祉部長が「生活保護によらない社会保障制度の活用や就労支援による経済的自立に向けた支援によりまして、平成24年度(2012年度)をピークに保護世帯数、人員が減少傾向にあります」と答えており、HP上で生活保護減少を誇っている。
 また、ある市議が就労支援によって生活保護の扶助費が減っている点を指摘、前年1億2,000万円の減額修正がなされ、それに基づいて今年度も8,800万円の予算が前年比で減額になっている事態が窓口での支給制限につながるのではないか、高齢化や健康上の理由から就労ができない人をも、無理やり就労させて生活保護から遠ざけてしまわないかと危惧し、市の方針に反対している。やってんな、美作市……という感想しかない。

※「アグレッシブな就労指導」:糖尿病の合併症を起こして治療中の生活保護利用者に、ハローワークの求職活動をした証拠とひきかえに窓口で1,000円支給していて月内に満額支給していなかった違法ケースを報道番組のインタビューで問われて、桐生市の宮地敏郎保健福祉部長が答えた言葉

〇減少率3位(2位と僅差の51.0%減!)香川県善通寺市

 弘法大師空海ゆかりの地らしい善通寺市は、その地名通り由緒ある寺をたくさん擁した自然の美しい町だということがホームページの写真から分かる。生活保護の説明をクリックすると、あまりにもザックリしすぎていて分かりにくい。そして、ここでもまた、「生活にお困りの方は,地区の民生委員や福祉事務所に相談してください」とある。民生委員が地域で重要な役割を担っているのは都市との大きな違いだろう。
 区議会の議事録で生活保護関連の質疑を検索してみると、出るわ、出るわ。
 2023年(令和5年)12月の定例会では、「生活に支援を要する市民からの相談については、生活困窮者自立相談支援事業として市社会福祉協議会に委託し、生活困窮者の自立促進に向けた支援等を実施しております」という保健福祉部長の答弁があり、生活困窮して窓口を訪れた人たちに生活保護制度とは異なる困窮者支援窓口に相談させ就労につなげようとしている様子が伺える。その中には働けない人、障害や高齢により就労困難な人も多くいたのではないか。
 また、さかのぼること2015年(平成27年)9月の定例会議での質疑に言葉を失う。無所属議員が質問した内容には、まさに桐生市で行われていたのと同様の人権侵害がいくつも確認できるだけでなく、なんと、なんの説明もなく相談室の様子が防犯カメラで撮影されていたことが分かり、市の人権意識の低さが露呈している。防犯カメラ!! 福祉事務所のブラックボックスよ。

 また、マップの起点となる2012年(平成24年)3月の質疑に遡ると、当時の保健福祉部長が以下のように答えている。

 本市の福祉施策の重要な課題であります生活保護につきましては、扶助費が予算に占める割合が1割となっており、非常事態であると認識しております。そこで、平成23年度善通寺市生活保護運営基本計画において、特に自立の促進、扶助費の2分の1を占める医療扶助費の適正運営の確保、課税収入一斉調査を実施し、適正かつ速やかな措置と処理を行うなどの重点事項を定め取り組んでおります。しかしながら、高松市の監査報告にもありますように、不正受給があることを前提とした取り組みも必要であります。不正受給実態を把握するため、外部通報による調査の実施や、発見事例の厳格な対応をとるため、債権管理第2課から法的専門的なアドバイスを得ながら、連携して取り組んでまいりたいと存じます。

 市が生活保護率の増加に危機感を持っていたこと、不正受給があることを前提とした取り組みを必要としている発言が生々しく記録されている。そして、高松市からの報告をもとに濫給(らんきゅう:要件を満たしていないのに利用すること)防止に方針を定めていることが分かる。高松市は2012年10月6日に水際作戦が共同通信の記事になっている(地元四国新聞には掲載されなかったらしい)。

市民主導で福祉行政を改善する

 このように、マップの使い方のヒントを挙げてきたが、人口の変動がないにもかかわらず生活保護率をガンガン減らしている地域に関しては、下記項目を調査すると減少の背景が見えてくるかもしれない。

*申請の権利は守られているか
-受付対応、HPの書き方、生活保護のしおり(参考:チェックポイント
*扶養照会率
*過去の区議会の質疑

*保護世帯の内訳、世帯別保護率推移
*相談数と実際の保護件数の対比(困窮者支援でふるいにかけられている場合は、保護課での相談数は減り、保護件数が多く見えるから注意)

 このマップを作成した生活保護情報グループのメンバーらは、本職の傍ら、厚生労働省に対して合計10回もの情報公開請求をしてデータを収集した。どんな思いでマップを作り、公表に至ったのだろうか。メンバーは言う。
 「生活保護行政の監査は濫給防止に偏っている。福祉事務所による申請権の侵害など、漏給(要件を満たすのに利用できていない)をいかに防止するかの視点が足りない。生活保護の捕捉率が2~3割しかない中で監査の在り方が問題だと考える」
 そして、「この有志グループの出発点は生活保護の自治体間格差にある。全国で一律に運用されるべき生活保護は、自治体によって運用に格差があり、生活保護の趣旨である『健康で文化的な最低限度の生活保障』から大きく外れてしまう自治体がある。生活保護の行政情報の多くが市民のアクセスが困難な状況だが、それを一般に公開することで、市民の目で行政を監視し、もっと生活保護制度を民主化していくことが必要だ」

 市民が目を光らせなくても行政にはまともに機能して欲しいものだ。しかし、群馬県桐生市の例をとっても酷い自治体は存在する。自分の住む地域の福祉は自分たちで守る。市民が市政に関心を寄せ、地方議員が市議会で市民の声を代弁し、追及する。このマップが福祉の改善に活用されることを願ってやまない。

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・生活保護率増減マップ(2012-21)・簡易版
https://public.tableau.com/app/profile/seiho.info.group/viz/2012-21_17264090419280/1_1?publish=yes
・生活保護率増減マップ(2012-21)・詳細版
https://public.tableau.com/app/profile/seiho.info.group/viz/2012-21_17264067289470/1_1

【操作方法】マップ画面ではスクロールで拡大・縮小、Shift + ドラッグでマップの移動。クリックで単一選択、ドラッグで複数選択ができます。

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小林美穂子
1968年生まれ。一般社団法人「つくろい東京ファンド」メンバー。支援を受けた人たちの居場所兼就労の場として設立された「カフェ潮の路」のコーディネーター(女将)。幼少期をアフリカ、インドネシアで過ごし、長じてニュージーランド、マレーシアで就労。ホテル業(NZ、マレーシア)→事務機器営業(マレーシア)→工業系通訳(栃木)→学生(上海)を経て、生活困窮者支援という、ちょっと変わった経歴の持ち主。空気は読まない。共著に『コロナ禍の東京を駆ける 緊急事態宣言下の困窮者支援日記』(岩波書店)。