第696回:多発する闇バイト強盗事件〜若年層のホームレス化を放置してきた社会がこれから払わされるツケ。の巻(雨宮処凛)

 衆院選真っ只中である。

 テレビやネットメディアでは党首討論などが放映され、各政党が政策や主張を展開。普段からこれくらいやってほしいものだと思いつつ見ているが、そんな中、思わず「お前が言うか?」と叫びそうになったことがあった。

 それは公示直前、10月14日の報道ステーションでの党首討論。主要政党の党首によって討論が繰り広げられたのだが、その際、石破首相は「昔の日本人はもっと思いやりがあった」などと述べたのだ。

 それを耳にした瞬間、私の頭にカーン! とゴングの音が鳴り響いた。

 昔の日本人は思いやりがあっただと? その思いやりを積極的に奪うような政治をしてきた存在こそが自民党ではないのか?

 血管が切れそうになりながら、叫び出したい気持ちを必死でこらえた。

 貧困問題をメインテーマにして18年。私はこの「失われた30年」を、「金に余裕がなくなると心にも余裕がなくなる」を証明してきた30年だと思っている。

 30年間、賃金が上がらなかった唯一の先進国。それどころか、全世代の年間所得の中央値が178万円も下がった四半世紀(1994年と2019年の比較)。非正規雇用が増え続け、未婚化、少子化が進んだ30年。このような状況を受け、多くの人が先の見通しがない不安を抱え、老後に対しては恐怖心にも近い思いを抱いている。

 そんな中、みんながみんな、自分の生き残りに精一杯になるのは当然だ。思いやりどころか、誰かを蹴落とし、出し抜き、いつまで続くかわからない椅子取りゲームに勝ち続けなければ尊厳も何もかも奪われる世界に突き落とすぞ、と脅される日々が30年も続いているのだ。そんな殺伐とした自己責任社会を作った戦犯こそが、自民党ではないのか。

 それに対して、石破氏はいったい、何をしてきたのだろうか? 今になって「昔の日本人はもっと思いやりがあった」なんて、寝言を言うにもほどがある。

 そう思うのは私だけではないはずだ。

 ということで、あと少しで投票日だが、昨今は全国で強盗犯罪が相次いでいる。逮捕されているのは皆、若い男性。

 一連の事件は闇バイトに応募した者を実行役にしたことで共通しているようで、多くのメディアは「安易に闇バイトに手を出さないように」と呼びかけている。が、闇バイトに応募するのは困窮しているからだ。「即日」「高収入」などに惹かれて手を出してしまうのはそれほど逼迫しているからである。

 「金に困っていた」
 「税金の滞納が数十万円あり、短期間で稼げるアルバイトを探していた」

 逮捕された実行役の言葉である。

 実際、私も闇バイトに応募した人に話を聞いたことがあるが、お金に困ってパニック状態のところで手を出してしまい、免許証など身分証明の写真を送っているので怪しい仕事とわかっても断れない(断ると保険証を晒すと脅される)ということだった。すでに免許証の写真を晒されている人に会ったこともある。もちろん、だからといって強盗など許されるものではない。しかも今回は殺人にまで至った事件もある。

 が、「手を出さないで」というのであれば、メディアは同時に「闇バイトではなく生活保護など公的なセーフティネットを利用するように」などもセットで伝えるべきではないのだろうか。

 さらに言うと、一連の闇バイト強盗は、私には政治の無策のツケに思えて仕方ない。

 なぜなら、この社会は若年層のホームレス化をこの20年近く放置してきたからだ。その果てに今、とうとう「犯罪者化」が起きているのである。

 ちなみに私が貧困問題に関わり始めた18年前、いわゆる「前科がある人」を見ることはなかった。しかし、この数年で前科がある人と出会ったり、そのようなケースを人づてに聞くことが増えた。逮捕理由はさまざまだが、その中には当然、困窮の果ての盗みなどもある。困窮者を犯罪者予備軍のような目で見られたら嫌なのでこれまで書いてこなかったが、現場にはそのような現実がすでにあるのだ。もちろん、このことで偏見を持たないでほしいということは強調しておきたい。

 一方、昨年7月にはホームレス状態にある人の若年化を決定づけるような数字が発表されている。

 それは東京23区が共同して行う事務に関する広報誌『区政会館だより』に掲載された「路上生活者対策事業の紹介(令和4年度実績報告)」。

 23区には「緊急一時保護事業」があり、ホームレス状態の人を一度的に自立支援センターという施設で保護するのだが、2022年度、この「緊急一時保護」を利用したのは630人。

 驚いたのは年代別の数字で、そのうちの18%が20代以下。路上生活と言えば中高年以上の男性というイメージを多くの人が持つと思うが、若い世代が緊急一時保護が必要なまでに路上に放置されている事実に愕然としたのだった。

 また、全体を見ると、40代以下で60%を占める。

 では、これまではどうだったのかといえば、リーマンショックのあった08年では、20代以下はわずか4%。40代以下は42%で、もっとも多いのが50代の34%。60代以上は23%。

 しかし、それが14年になると20代は15%となり、40代以下は66%にまで達する。以降、20代以下は増え続けている。

 さて、選挙期間中の10月18日には、福岡県久留米市でやはり強盗事件が起きている。こちらは闇バイトは関係ない。久留米市のコンビニで、47歳の男がおにぎりなどを盗んだのだ。

 ロスジェネの男は「全財産を使いきって5日間何も食べていなかった」「おにぎりが食べたくなって初めから強盗するつもりでコンビニに入った」と容疑を認めているという。

 貧困問題に関わり始めてから、私はずっと「これを放置するとゆくゆくは治安の問題として社会が多大なツケを払わなければならなくなる」と警鐘を鳴らしてきた。

 今、それが現実になりつつあるのを感じる。

 こんな社会を少しでもマシなものに変えるために、私の一票を使いたいと思っている。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。