地球が壊れても「アメリカ・ファースト」
【「グリーン詐欺は終わりだ」 トランプ氏は脱炭素を逆行させるのか】
これが、毎日新聞が11月9日に配信した記事の見出しだ。なお、紙面では12日付でタイトルは「化石燃料 掘りまくれ!」となっている。
以下、その記事の一部を引用する。
(略)「我々は世界のどの国よりも『金の液体』を持っている。サウジアラビアよりも、ロシアよりも多い」。トランプ氏は6日未明の勝利演説で、インフレ対策として化石燃料の掘削を支援する姿勢を改めて強調した。
トランプ氏は選挙戦で「掘って、掘って、掘りまくれ」をスローガンに掲げ、石油、ガスのさらなる増産を通してエネルギー価格の大幅引き下げを実現すると主張してきた。米国の石油・天然ガスの生産量は足元でも過去最高水準にある。
就任後ただちにパイプラインの承認や連邦所有地での掘削許可などを簡素化する手続きを進め、生産拡大を後押しするとみられる。バイデン政権は今年1月から気候変動に与える影響を分析するためとして、液化天然ガス(LNG)の新たな輸出許可を一時凍結しているが、トランプ氏はこの措置も撤廃する意向だ。
脱炭素社会の象徴でもある電気自動車(EV)も標的となる。
「政権の発足初日、馬鹿げたEV義務化は廃止する。グリーン詐欺は終わりだ」。トランプ氏は選挙中の演説でそう繰り返してきた。(略)
外交面では、地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」からの再離脱が見込まれる。30年までに温室効果ガスの排出量を50~52%削減(05年比)し、50年までに排出実質ゼロを目指すパリ協定に沿った現状の国内目標も、ほごにするとみられる。(略)
「グリーン詐欺は終わりだ」とトランプ氏、相変わらずの口汚なさではあるが、言わんとするところはよく分かる。
気候変動? オレには“そんなの関係ねえ”である。次世代のことなんか知るもんか。今がよければそれでいい。オレは勝つためならばなんだってやる。石油もガスも掘りまくって値段を下げりゃ、バカなレッドネック(貧乏白人労働者)どもは、トランプ様々だろうぜ。オレの任期中は人気倍増。どうせオレは今季限りで辞めるんだから、好き勝手、いい目をたっぷり見させてもらってアバヨだぜ。
まあ、こんな感じなのだろうが、この推量はあまり外れていないはずだ。つまり、アメリカ国民は、建前と本音の、いわばもっとも隠しておかなければならない醜い本音を選んでしまったのだ。自分さえよければ他人のことなんかどうでもいい……。
超大国アメリカが「気候変動対策」から離脱すれば、その影響は恐ろしい。世界の国々では今、独裁的政権のほうが、いわゆる民主制政権の国よりも多いのだ。アメリカがそう言うならば、我が国だって……とトランプを見習う小独裁者たちが、気候変動対策の枠組みから離脱していくのは必然だろう。
物価高に苦しむ国民には、まず「物価を下げます」という人気取り。そのためには化石燃料だってどんどん掘ってどんどん使おう。
温暖化で洪水が多発しようが、ハリケーンや台風が猛威を振るおうが、さらには干ばつで砂漠化が進行しようが、自分の国でなければどうなったって構わない。いや、自国のことだって、実際に被害に遭った国民以外は「あら、お気の毒ねえ」ですまし顔。被災地へ乗り込んで、多少の援助で人気取りの政治家たち……という図が目に浮かぶ。
トランプ的世界は、ぼくの目にはそう映る。
人種差別と分断と
ほんの小さな記事だが気になった。毎日新聞9日夕刊である。
米で黒人に差別的メッセージ
米国各地で黒人の市民が携帯電話で人種差別的なショートメッセージを受け取ったとする報告が相次ぎ、連邦捜査局(FBI)などが調べている。
公民権運動団体「全米黒人地位向上協会」(NAACP)は7日、南部のアラバマ州、ノースカロライナ州、バージニア州、東部ペンシルベニア州など複数の州で、黒人の市民が「農園で綿花を摘むために選ばれた」などと書かれた送信元不明のメッセージを相次いで受け取っていたと発表した。
NAACPのジョンソン会長は声明で「歴史的に憎悪を容認し、時に助長さえしてきた大統領を選んだという残念な現実が、私たちの目の前で展開している」と述べ、大統領選の影響を示唆した。
差別と分断が、当たり前のように可視化し始めたのである。
選挙戦を通じて、人種差別発言を繰り返してきたのがトランプ氏だ。ハリス氏との討論会で「不法移民たちが、善良な市民のペットを殺して食っている」などとデマを連発。「そんな事実は確認されていない」と、討論会の司会者にすぐさま否定されたにもかかわらず、その後も撤回も謝罪もなく言いっ放しのまま。
デマに煽られたトランプ支持者たちが、名指しされたスプリングフィールド市の市庁舎や学校などへ脅迫状を送り付け、爆破予告をするなどして、市当局や市民たちは恐怖に晒されたのだ。
人種差別がまたしても横行し始めたその責任は、すべてトランプ氏にある。これからアメリカにおける人種的分断は、一層激しくなるだろう。
女性の自己決定権の剥奪
まだまだ危ないことがある。
選挙期間中、女性票に配慮してか「人工妊娠中絶の権利」に関してはウヤムヤな態度をとってきたトランプ氏だが、かねてから宗教右派層の支持を強く意識していた。宗教右派の多くは、いわゆる福音派といわれる人たちだが、彼らはこれまでも「人工中絶は殺人である」との主張を繰り返してきた。
トランプ氏自身も「人工妊娠中絶反対派」であることは、これまでの言動から明白である。だから、トランプ政策に沿った「中絶禁止法」が各州で制定されていくかもしれない。「女性の権利としての産むかどうかの判断」が否定される…。
それを助長するのが、米連邦最高裁の人事である。トランプ氏は前回大統領だった際に、最高裁判事たち(9人)の人事権を握り、それまで保守派とリベラル派が拮抗していた構成に、一気に3人の保守派判事を送り込んだ。そのため現在は、保守派6人、リベラル派3人と、著しく構成が偏ってしまっている。
この最高裁判事たちは「終身制」である。つまり、死亡するか自ら辞任する以外に交代はあり得ない。この構成はしばらく続くだろうし、もしトランプ氏の大統領任期中に連邦最高裁判事の死亡や辞任があった場合、トランプ大統領はさらに保守派を任命することが確実である。かくしてアメリカは法的にも右傾化していく。
1973年に、アメリカでは「ロー対ウェイド」という裁判があり、当時の連邦最高裁は「中絶の権利」を認めるという画期的な判決を下した。これ以降、反対の声はありながらも人工中絶は女性の権利としては定着してきた。
ところが2022年、連邦最高裁は「ロー対ウェイド」判決をくつがえし、中絶は憲法上の権利ではないという判決を下したのだ。トランプ氏が大統領だった時代に任命した保守派判事たちの判断だった。トランプ氏による保守派判事任命の、これが大きな“成果”だったのである。
ある意味で、アメリカは数十年の逆戻りをしたと言っていい。トランプ政権の再登場で、こんな事態が繰り返されることになるのだ。決してアフガニスタンのタリバン政権による「女性の権利剥奪」を笑えまい。
トランプ政策の恐るべき影響…
今回の米大統領選の結果が世界に及ぼす影響ははかり知れない。日本にだって大きな影響は及ぶ。
実は、日本政府、ことに防衛省や財務省は戦々恐々としている。トランプ氏は一貫して「アメリカ・ファースト」を主張してきた。彼にとっては、アメリカの得になることだけが善であり、得にならないことに対して金はびた一文払うつもりはない。彼は政治家以前に、根っからの商売人(ディーラー)なのである。
そのためには、自衛隊に「米軍の肩代わり」を押し付け、安倍晋三元首相が一気に増大させた米製兵器の爆買いを、これからも強く迫ってくるのは間違いない。
その上、日本における米軍基地維持費のさらなる増加という要求。なにしろ、現在でさえ5年間で1兆円を超える金額をいわゆる「思いやり予算」として差し出している日本だ。同様に米軍基地を置いているドイツや韓国等の負担がほぼ40%くらいなのに対し、日本はなんと米軍駐留費の75%ほども負担している。だがトランプ氏はそれでは満足しない。搾り取れるところからは徹底的に搾る。
さらに、自衛隊を米軍の指揮下に置き、対中国政策の先兵として使うことを目論むだろう。これがトランプ氏の「アメリカ・ファースト」の軍事的意味であり、自民党がのめり込む「日米同盟の深化」なのだ。
さすがにこれ以上の兵器爆買いは財政的に困難であることを、財務官僚は熟知しているし、防衛省幹部でさえ、指揮権を米軍に明け渡すことには難色を示す。だが、当の石破政権に、それらを押し返す力があるとはとても思えない。
さらにもうひとつ。
トランプ氏は、政権を握ったらすぐに関税引き上げをすると公言している。それは世界を震撼させるだろう。
例えば、日本からの輸出品への関税は、大幅に引き上げられることになる。当然、主力商品である自動車の輸出には陰りが出てくる。逆に輸入品は大幅に値上がりする。国内の物価上昇に一段と拍車がかかる。そこへ円安が追い打ちをかけ、輸入品はさらに値上がりするのだから、物価上昇は止まらない。我々庶民の暮らしには大打撃だろう。
むろん、関税引き上げは日本だけに限らず、世界各国にも大きな影響を及ぼす。
単純に言って、これがトランプ大統領再登場の日本への(同時に世界への)影響である。日本の一部にも「トランプ歓迎」を叫ぶ人たちがいるけれど、こんな状況が訪れることをどう考えているのだろう?