第700回:「推し活」化する選挙。の巻(雨宮処凛)

 兵庫県知事選にて、斎藤元彦氏が当選した。

 斎藤氏を批判するリベラル系の人などからは今回の結果を受け、「斎藤に投票した人はバカだ」「愚かだ」という声が上がっているが、それはもっともよくない反応だと思う。

 そのような「上から目線」で、リベラルは着実に「リベラル嫌い」を増やしてきた。私が知る限り、約20年前の小泉郵政選挙からだ。

 まず強調したいのは、斎藤氏の当選も、そして都知事選での「石丸現象」も、既存の政治への恐ろしいほどの不信感が根底にあるということだ。

 そうして今回の選挙と都知事選を見ていて思ったのは、選挙はこれからさらに「推し活」化していくだろうということだ。

 ということで、私はこの一年ほど、選挙に出る人に伝えていることがある。

 それは「キリショーに学べ」だ。

 ご存知、エアーバンドのゴールデンボンバー・鬼龍院翔に学べということである。

 そう思ったのは、彼の書いた『超! 簡単なステージ論』を読んだことが大きい。ここには、人が「売れる」ための秘策が詰まっている。一読した時、「これってまんま選挙に使えるテクじゃん!」「キリショーが選挙のアドバイザーだったら絶対勝てるじゃん!」と驚愕した。

 まず彼は、人前に立つ人間に必要なのは「愛嬌」と「清潔感」だと強調する。ちなみにこの本について鬼龍院氏に取材したことがあるのだが(前編後編)、「これに加えるなら?」と聞くと「滑舌」とのことだった。

 愛嬌、清潔感、滑舌。これをクリアしていない政治家は、残念ながらびっくりするほど多い。

 そうしてステージ論の「念頭に置くべき六箇条」の一番目には、「興味のない人の心の扉を開くのは、音楽よりも共感と愛着」とある。

 「ライブでは、音楽のみで興味のないお客さんの心の扉を開くのは至難の業。そのため音楽だけに注力するのではなく、あなた自身のことや作品のテーマをわかりやすく説明し、お客さんに理解を深めてもらうことに努めましょう。見知らぬ誰かの心を開く多くのきっかけはまずは共感や愛着、その先に音楽があると考えると良いと思います」

 そのやり方を政治家が踏襲することがいいか悪いかは別にして、私は今後、「選挙で当選する人」はこのようなことが意識的、もしくは無意識にできる人が多数派になっていくだろうと思っている。いわば、「政策より共感・愛着」だ。

 特に石丸氏に対しては「政策の話をしない」という批判があったが(斎藤氏はそれなりにしていた)、まさにそれが「吉」と出ているわけである。

 そして残念ながら小難しい話より、動画などで自身のプライベートな様子を発信して親近感をアピールする方が、よほど意味がある時代になっている。

 これはアーティストやアイドルなら誰でもやっていることで、その方法自体、多くの人にとって親しみがあるものだ。「あ、この人も普通の人なんだ」と思ってもらうことがいかに大切か。

 ちなみに私は若かりし頃、政治家や選挙に出てる人は「道端の迷惑な障害物」としか認識していなかった。今も多くの人がそうだと思う。それを「言葉の通じる人間」だと思ってもらうこと。そこからのスタートだということを多くの人は認識していないっぽい。

 また、今回の選挙は斎藤氏自身のパワハラ疑惑や職員の死が問題になったことがきっかけだったわけだが、それらの報道が斎藤氏を「全国区」に押し上げ、結果的には「大宣伝」となった。そうして「日本中から大バッシングを受けても、逆風の中、たった一人兵庫のために戦う人」というストーリーが出来上がってしまったわけだが、「斎藤さんは改革を実行してはめられた」までは信じていなくても、「逆境にめげずに立ち向かう姿」に心を打たれた人は多いようである。

 身も蓋もないことをいえば、結局、人は自分が感動できる方に飛びつく。それがタダで得られるならなおさらだ。キリショーは本で「今日のステージに立つまでのストーリーを説明しよう」と書いているが、今回の件は、本人が語るまでもなく、日本中の人がそれを知っている事態になっていた。これは、強い。どうしようもなく、強い。

 一方、斎藤氏が「シュッとしてる40代」でなければ、様相は違ったとも思う。例えば「だらし内閣」と言われたような佇まいだったら、ストーリーはまったく別になっていただろう。

 このようなことを書くと「ルッキズム」と批判されそうだが、「だらし内閣」より、シュッとした40代の方が、動画などを見ていて分泌される脳汁が違い、そちらの方が快楽を得られるということは確実にあるのだから仕方ない。シュッとした40代という意味では石丸氏も同じだ。そして人は、無意識に脳が喜ぶことをやっている。

 ということで、これからの選挙は、これまでの次元と違う戦い方も必要になってくるだろう。それがいいとか悪いとか言う前に、そういう時代になってしまっているのだから仕方ない。

 と、そんなことを、今回の兵庫県知事選を見ていて思ったのだった。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。