第334回:「自由な言論空間」の終焉(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

「X」への不信、撤退の流れ……

 SNSが荒れ模様だ。ツイッター(X)をイーロン・マスク氏が買収してから(だと思うが)、どうにもメチャクチャだ。「X」が凄まじく異様な使われ方をしている。このままいけば「X」は、汚語の捨て所、陰謀論やデマの宝庫、ヘイト言説の横行、そして民主的な言論空間の墓場となりそうな気配だ。
 むろん、これは日本だけではなく世界中で同じ現象が起きている。だから、危惧する人たちが増えている。こんな報道がある(朝日新聞11月16日付)。デマや偽情報に業を煮やしての「X」からの撤退である。

偽情報やヘイト憂慮 X撤退続々
英紙・国際映画祭・LGBTQ団体
マスク氏が仕組み変更「歪み加速」指摘も

 X(旧ツイッター)からの撤退を表明する企業や団体が相次いでいる。(略)
 英紙ガーディアンは13日、Xへの投稿を停止すると発表した。同紙はリベラルな論調で知られ、公式アカウントのフォロワー数は1080万超。「極右の陰謀論や人種差別といった憂慮すべきコンテンツがたびたび取り上げられたり、見られたりしている」と指摘した。
 Xオーナーのイーロン・マスク氏はトランプ米次期大統領を支持し、12日には「政府効率化省」トップへの起用が発表された。同紙は、マスク氏が「政治的な言説を形成するため、影響力を利用することが可能になっていた」と主張した。(略)
 マスク氏は2022年10月、旧ツイッター社を買収。「表現の自由」を掲げ、偽情報や暴力的な投稿などが理由で凍結されていたユーザーの多くを復活させた。ヘイト投稿をチェックするチームの人たちも解雇したとされる。(略)」

 マスク氏の言う「表現の自由」とは、デマや偽情報、フェイクニュースなどを自由に書き込むことを許容するということなのか。
 かつてトランプ氏の投稿のあまりのデマ投稿の多さに、ツイッター社はトランプ氏のアカウントを凍結していた。ところがマスク氏がツイッター社を買収すると、トランプ氏のアカウントは復活。トランプ氏は、以前にもましてひどいデマや偽情報を発信するようになった。マスク氏のツイッター社買収によって、デマや陰謀論、偽情報等の発信に対する歯止めがなくなったのである。
 また同記事によれば、スペイン・バルセロナ市のラ・バングアルディア紙も14日、Xへの投稿をやめると表明。さらに世界3大映画祭のひとつ「ベルリン国際映画祭」の公式アカウントは12月末でXから撤退すると公表。「ベネチア国際映画祭」ディレクターも昨年8月に撤退を表明。マスク氏の偽情報の投稿が理由だとしている。
 LGBTQ(性的少数者)を支援する団体の撤退も相次いでいるという。基本的に、少数者の権利擁護や、自由で民主的な空間を欲する人たちや団体にとって、もはや「X」はそれに相応しい場所とは言えなくなりつつあるのだ。
 さらに、毎日新聞(18日夕刊)によれば、「スウェーデンの主要日刊紙ダーゲンス・ニュヘテルも15日、Xへの投稿をやめると発表」したという。
 ただ、ぼくは危惧の念も持つ。
 ガーディアン紙のような権威あるメディアが「X」から撤退すれば、少なくともそこから情報を得ていた人たちは、確かな情報源を失うことになる。真偽不明のデマや陰謀論やヘイトが横行する「X」は、さらに煽情的な“ゴミ溜め”になっていくだろう。正確で裏のとれた事実を提供するソースが消えるということだから。

大富豪の「私兵」と化す「X」の末路

 イーロン・マスク氏は世界でもトップクラスの大富豪である。その彼が、社会的公器であるはずの言論空間を、まるで「私兵」か「傭兵」のように勝手に使いまわす。いかに所有者であったとしても、許されていいはずがない。
 言ってみれば、ロシアにおける一時のプリゴジン氏の「ワグネル」のような傭兵部隊を、マスク氏は「X」という形で手中にしたのだ。それをこれからどう使うのか?
 プリゴジン氏は反乱を企て、プーチン氏に消された(?)らしい。トランプ氏とマスク氏の蜜月時期がいつまで続くか分からないが、利害が一致するまではふたりで「X」をデマ情報の強力な武器として使い続けるのだろう。
 さらに、そこへAIというフェイク作りの新手段が持ち込まれたのだから、「X」の世界はさらに恐ろしいことになりつつある。事実なのかどうか、素人にはほとんど判断できないような精巧な写真や動画のフェイクニュースが、権力者の手で大々的に流布されるのだから手の打ちようがない。
 しかも、次のトランプ政権には、多くの陰謀論の信奉者までが加わるというのだから世界は危うい。

闘うジャーナリストたちの告発

 危険な状況に異を唱える人々や団体は他にも現れた。こんなニュースが飛びこんできた。TBSニュース(11月16日配信)が以下のように伝えている。

国境なき記者団が「X」を告訴
虚偽情報を拡散 削除依頼も応じず

(略)国境なき記者団の発表によりますと、今年8月、「ロシアの侵攻を受けるウクライナ軍にネオナチの支持者がいる」とする英BBCの報道を装った偽の動画が拡散し、情報の根拠として「国境なき記者団の調査」だと伝えられました。
 国境なき記者団は、X側に動画の削除を求めたものの応じなかったということで、名誉を毀損されたなどとして、フランスの司法当局に告訴するということです。(略)

 戦場などで命を懸けて報道に携わるジャーナリストたちにとって、偽情報やデマは、ほんとうに命に関わる問題になる。それを指摘して削除を要求してもX側は応じなかったというのだから、ことは深刻だ。
 このような事例が、ガザやウクライナで実際に起きているのだ。

日本でも…

 日本でも最近の「X」の荒れ具合は、様々な問題を引き起こしている。ことに、兵庫県知事選での「X」などSNS上のデマや罵倒、偽情報、AIによる偽動画や偽写真の横行。さらにそういう偽情報に煽られた一部候補の支援者による暴行事件も頻発、多数の逮捕者まで出るという恐るべき選挙戦になった。それでもなお、斎藤元彦氏が当選した。まさに、ネット選挙の典型例というしかない。
 実際に自身や家族の身の危険を感じて、これではもう県議を続けられないとして辞任した県議も出てきた。それほどひどい誹謗中傷デマがネット上を席巻したのである。こうなるともはや、これは通常の選挙戦ではない。
 夜中に斎藤氏当選の速報を知って、ぼくは正直に言うと、吐き気を催した。ついにここまで来てしまったのか……。

 SNS上では、自死した兵庫県の局長について「不倫が暴露されることを苦にしての自殺」などという真偽不明の、いや、不明どころか最悪のデマまで流されて、死者の尊厳を傷つける事態になっていた。
 これらの投稿をよく見ていくと、ほとんどが同じパターン、もしくは同じような文章でのデマや罵倒である。しかも、フォロワー数が1桁や2桁、多くてやっと100人台の人のコメントが集中する。なにかとても意図的な感じがするのだ。
 「それってあなたの感想でしょ」という、例のアホバカマヌケコンコンチキノオタンコナスの手合いも散見するが、これには「ああそうですよ、私の感想ですが何か?」と軽くいなしておけば済む。いまだに「ひろゆき流論破法」を信奉している人は、ほんとうにアホバカマヌケにしか見えないですよ。
 けれど一斉に同じようなコメントが集中し始めるともう手に負えない。無視するしかないけれど、そうすると居丈高になって同様のコメントがあふれ出す。
 陰謀論に加担するつもりはないけれど、どこからか、もしくは誰かから指令でも出ているのではないかと勘繰りたくなるのだ。
 まあ、「Dappi」とかいう自民党御用達のデマ製造所もあったわけだから、まんざら陰謀論とは言えないと思うが。

 ぼくは2010年に、ツイッターを始めた。少しずつだけれどフォロワーも増えて、いつの間にかそれなりの数になっている。ネット上で友人になった人もいる。
 でも、このところ、ややウンザリし始めている。そろそろ、ぼくも「X」とはお別れしようかな、などと思っている。
 ぼくは年齢も年齢だから、残された時間もそう長くはないだろう。「X」はけっこう時間も使うし、考えてみればもったいない。限りある時間は、もっと他のことに費やしたほうがいいかも……と。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。