第702回:治療に辿り着くまで25年〜統合失調症の姉と病を否認する両親の20年を記録した『どうすればよかったか?』。の巻(雨宮処凛)

 観終わった後、しばらく立ち直れないくらいの衝撃を受けた。

 それはドキュメンタリー映画『どうすればよかったか?』。

 まず書いておきたいのは、それでも今、この映画を多くの人に観てほしいと熱烈に思っているということだ。

 観た人は、重い荷物を手渡される。「どうすればよかったか?」。タイトル通りの言葉が突き刺さってしばらくは抜けない。しかし、決して他人事ではない。おそらく、どんな家庭にだって起こり得る話。

 ということで、この映画は20年以上にわたるある家族の記録である。

 カメラを回すのは、本作監督の藤野知明氏。医師で研究者という両親のもとに生まれた彼には8歳年上の姉がいる。

 小さな頃から優秀で、絵もピアノもうまくて中学では生徒会の副会長をしていた自慢の姉だ。

 そんな姉は4度目の受験で医学部に合格するものの、1983年、24歳の時に統合失調症らしき症状を発症。

 救急車で運ばれるものの、医師である父は翌日に姉を退院させてしまう。そうして「姉は全く問題ない」状態で正常なのだが、勉強ばかりさせた両親に復讐するために統合失調症のように振舞っているのだと説明。
 いつからかそんなストーリーが両親の間で定着するのだが、監督は専門書から知識を得て、姉は統合失調症だろうと推測。しかし、両親は頑として「姉は正常」という意見を変えない。もちろん、医療機関に受診もさせない。特に父親は医師だからこそ、「自分はわかっている」という思いがあるのか姉の症状と向き合おうとしない。

 その間にも、病状が進んでいることが素人目にもわかる状態になっていく姉。いつからか、自宅の玄関には南京錠がかけられる。姉を閉じ込めるためだ。

 そんな姉が診断と治療に辿り着いたのは、発症から実に25年後のことだった一一。

 カメラはそこに至るまでと、それからの家族を記録していく。

 最初に映し出される、若く元気そうな姉と、両親。

 しかし、カメラは取り返しのつかない時間の経過を記録し続ける。今とは比べものにならないほど精神疾患への偏見の強かった80〜90年代、両親には世間体を気にする思いがあったのだろう。医師・研究者というエリートゆえのプライドもあったはずだ。だからこそ、「自慢できる娘」が統合失調症だなんて「決してあってはならないこと」「認めるわけにはいかない現実」だったのではないか。

 しかし、現実と向き合わないことで、事態はゆっくりと、しかし確実に悪化していく。容赦なく老いていく両親。発症から時間が経ち、治療も受けられないまま社会から切り離されていく姉。そうして認知症と思われる症状が出てくる母。

 詳しくはぜひ映画を観てほしいが、観ながら、ある悲しい殺人事件を綴った本を思い出していた。

 『母という呪縛 娘という牢獄』(齊藤 彩)だ。

 2018年に起きたこの殺人事件は「教育虐待」という言葉を世に知らしめるひとつのきっかけにもなっている。

 殺され、河川敷に遺棄されたのは58歳の母親。逮捕されたのは、31歳の娘。進学校出身の娘は、医学部を目指して9年間もの間、浪人生活を送っていた。

 母親の学歴信仰は相当のもので、娘が生まれた時から医者にしようと思っていたという。娘が思い通りにならないと、熱湯を浴びせるなどの虐待が中学時代からあったようだ。そんな中、母と二人暮らしの密室で、娘は「医学部9浪」まで追い詰められる。母親を殺した時、娘はTwitterに「モンスターを倒した。これで一安心だ」と投稿している。

 もうひとつ、自宅の南京錠で思い出したのは、17年、大阪府寝屋川市で33歳の女性が衰弱死した事件。

 女性は10年ほど前から自宅のプレハブ小部屋に両親によって監禁されていたという。食事は一日1回、衣類も着させてもらえず入浴もさせてもらえず、発見時、身長145センチに対し体重はわずか19キロだったという。両親の弁護士は、女性は自閉症にくわえて統合失調症を患い、自傷行為をしたり暴れたりするので、症状が安定するのではと考え小部屋で生活させたと説明している。

 どちらも、あまりにも痛ましい事件である。

 そして思うのは、いかに家庭という密室が危険かということだ。

 異常なことが行われていても、端からはわからない。『どうすればよかったか?』の自宅も、幸せを絵に描いたようなマイホームという佇まい。

 しかし、一皮剥けばどんな家庭にだって悲劇が詰まっている。

 このような場合、問題を開いて、専門家に頼るしかないのだと思う。いかに親に医学的知識があろうが、子どもの精神疾患の前で、それはおそらくマイナスにしか作用しない。

 私は困窮者支援の現場に20年近くいるが、そこで痛感させられてきたのは、人を「救う」のは優しさでも思いやりでもなく、知識と情報であるということだ。精神医療の分野も同じだろう。逆に中途半端な優しさは、有害なことだってままある。

 監督は、ディレクターズ・ノートにて、「我が家は統合失調症の対応の仕方としては失敗例でした」と書いている。

 確かに、問題はたくさんあっただろう。

 しかし、身内だからこそ「否認」の意識が働くのはよくあることだ。最初に医療につながるまで数年かかった、なんて話は精神疾患を持つ人やその家族から幾度も耳にしてきたことである。

 どうすればよかったのか。そして自分が家族の立場だったら、どうしたか。医者であり、家族の中で絶対的な存在感を放つ父親を、果たして私だったら説得できただろうか。

 そう思うと、とても自信がない。

 映画は12月7日より、ポレポレ東中野などで全国順次ロードショーとなっている。


『どうすればよかったか?』
12月7日(土)ポレポレ東中野(東京)ほか全国順次公開
https://dosureba.com/

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。