第337回:アホな政治家ほど危ないものはない(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

戒厳令の夜……

 『戒厳令の夜』(五木寛之)という小説がある。ぼくが大学生の頃だからずいぶん昔の本だけれど、とても面白い小説だった。小説の世界なら、読んで面白ければそれで満足。だがこれが現実となると恐ろしい。それもお隣の国で、実際に「非常戒厳」が布告され「戒厳令の夜」寸前にまで事態は進行していたのだ。
 12月3日の夜、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が、ほとんど「殿、ご乱心」状態で、抜き身の真剣を振り回したのだ。会見で顔を紅潮させて国民に「戒厳令」を告げる彼の様子は、酔っ払っているのではないかと思ったほどだった。
 これに対し国会議員たちは急遽、議会に参集、その数190人(定数300)に及んだ。そして即座に戒厳令を停止させる議決を行った。
 国会前には深夜にもかかわらず、数千人の市民がつめかけ、銃を構える戒厳軍兵士たちの前に立ちはだかって抗議した。国会内では、議員の秘書や国会職員たちが、兵士の乱入を防ぐために、通路にソファや机を持ち出してバリケードを造った。
 かくして尹大統領の暴虐は、たった6時間で終焉を迎えた……。
 韓国国民は「光州事件」(1980年)などを経て、血と涙と多くの人たちの死で勝ち取った「民主主義」を、ふたたび血と死を恐れずに銃口に身を晒して守ったのだ。
 なぜか日本のテレビ局はこの夜、事態の推移をリアルタイムではほとんど伝えなかった。どの局もソウルには支局を置いているはずなのに、事態の深刻さを見誤っていたのだろうか。
 それでも、市民テレビ「デモクラシータイムス」の「徐台教の韓国通信」が急遽、ソウルから緊急生放送。ぼくはそれを見ながらハラハラしていたのだった。

「悪対善」の対決の映画

 実は、ぼくはほんの少し前にソウルの春という映画を観ていた。だからこの尹大統領の動きに、本気で震えたのだ。またあの惨劇が繰り返されるのではないか……。
 これは昨年、韓国で記録的大ヒットした映画だ。観客動員数が1300万人というから、韓国国民のほぼ4人にひとりが観たということになる。それほどのインパクトを持った映画だったのだ。
 1979年、時の独裁者の朴正煕(パク・チョンヒ)大統領が側近の中央情報部長によって射殺された。束の間、韓国に民主化の希望が湧いた。だが、全斗煥(チョン・ドファン=作中ではチョン・ドゥグァン)保安司令官は軍部内の秘密組織「ハナ会」を率いてクーデターを敢行。時の参謀総長を拉致監禁して軍部独裁政権を樹立した。これが「12・12粛軍クーデター」である。
 映画では、全斗煥と、それに抵抗するイ・テシン首都警備司令官のギリギリの対決が、緊張感をもって描かれる。この映画では、全斗煥は徹底的な“悪”として扱われていて、敗れた正義派司令官との対比が凄まじい。敗れた側の首都警備司令官と参謀総長とが拷問されたことまでが描かれている。
 歴史的事件を描きながら、「悪対善」の構図をこれほどはっきり示した映画も珍しいのだが、それが空前の大ヒット映画となった。つまり、韓国民が「軍部独裁」をどう見ているのかが、まことにストレートに分かる映画なのである。

 では、この国民の4分の1が観た映画を、尹大統領は観ていなかったのか? これを観ていれば、少なくとも国民の感情というものが分かっていただろうに……。また、今回の「非常戒厳」を尹大統領に進言したのは、報道では金龍顕(キム・ヨンヒョン)国防大臣だとされている。この大臣もあの映画を観ていなかったのだろうか。
 映画では、当時の国防大臣がまことに惨めな小心者で、事件の最中に米軍基地に逃げ込むという醜態ぶりまで描かれている。今回の金国防大臣が、まさか「オレはあんな小物ではない、クーデターをやり遂げてみせる」などと大言壮語して、尹大統領にクーデターを迫ったわけではあるまいが。
 尹大統領が狙ったのは、政敵である議員たちの逮捕だったという。しかも、その逮捕予定の議員には、自分の与党である「国民の力」の韓東勲(ハン・ドンフン)代表も入っていたというから恐ろしい。身内であろうとなかろうと、自分の意に沿わぬものはすべて逮捕しようとする。まさに独裁者である。
 歯向かう議員たちを黙らせて野党優勢の議会構成を変え、自分の思い通りに政治を動かしたい。なんとも単純な思考だが、その後ろには「ニューライト」と呼ばれる極右集団の存在があったらしい。すべての野党議員は「北朝鮮の支持者」であり「反韓国論者」だという陰謀論を掲げる人たち。
 政府批判をすると、すぐに「反日だ!」と罵倒されるどこかの国の現状と似ているような気もする……。

ショック・ドクトリン

 お隣の国の失敗に終わったクーデターについて、日本の政治家たちがすぐさま不穏な発言を始めた。例えば、維新の馬場伸幸前代表は、ツイッター(X)に、以下のような投稿をした。

これ日本でやったら大変なことになるでしょうけど一体何が起こっているのか? わかりませんね。ただ韓国で起こることは日本でも起きる可能性があるということを自覚しないといけません。憲法改正で緊急事態条項を準備すべきです。

 こういうのを「ショック・ドクトリン」(ナオミ・クライン)という。日本語訳では「惨事便乗型資本主義」という。縮めて言えば、ある大災害(大惨事)が起きた場合、そのどさくさに紛れて普通ならできない(してはならない)ようなことをやってしまう……といった意味だ。お隣の国の政治混乱を奇貨として、日本もヤバイ改憲をやってしまおうというのだから、冗談じゃ済まされない。
 まあ維新らしい発想だな……と思うけれど、どっこい、それが維新だけじゃなかったから問題なのだ。このところ妙に鼻高々の国民民主党の榛葉賀津也幹事長までが「緊急事態条項がないと、権力者の暴走を招きかねない」などと言い出す始末。
 まったく逆じゃないかと、ぼくは思う。つまり、緊急事態条項というのは、このような「戒厳令」の布告を憲法で認めようということなのだ。

緊急事態条項 ➩ 独裁政治への道

 自民党の「日本国憲法改正草案」(2012年4月27日決定)に、以下のような条項がある。

第9章 緊急事態
 (緊急事態の宣言)
 第98条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
 2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。
 (3、4は略)
 (緊急事態の宣言の効果)
 第99条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
 (2は略)
 3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。(以下略)
 4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。

 恐ろしいと思わないか?
 まず、この「緊急事態宣言」は、「閣議」の了承があれば発することができる。しかも、国会の承認は「事後でもいい」。つまり、緊急事態宣言は内閣だけで決められ国会の承認はその後でもいいのだ。
 さらに、「内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができる」という。議会に諮らずとも法律と同じ効力のある命令を勝手に出せる、というのである。尹大統領がやろうとした「自分の意にそぐわない人間の逮捕」も、この条文から考えてみればできるということになるだろう。
 「国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない」とも書かれている。要するに、国(つまり政府)が「国民を守るため」と言えば、土地だろうが金銭だろうが物資だろうが、なんでも召し上げることができる、ということに他ならない。
 この宣言の効力があるうちは「衆議院は解散されない」というのだから、国民の意思表明のための選挙は行われない。首相(内閣)の思うままに政治は動き、国民はそれにただ従わされるだけということだ。
 これが、維新・馬場氏や国民民主・榛葉氏らの言う「緊急事態条項」の自民党案なのである。どう読んでも、政府(時の権力者)の都合のいいような改憲案でしかない。むろん、自民党が少数与党になってしまったのだから、自民党改憲案がすんなり通るはずもなくなった。しかし、維新や国民民主がこんな危険な「緊急事態条項」を、ためらいもなく推すというのだから、ことは深刻だ。
 もしどうしても「緊急事態条項」が必要だというのなら、この自民党案をベースにするのか、それともまったく違った独自案を維新や国民民主が準備しているのか、まずそれを明らかにすべきである。そういう用意もなく、口先だけで「緊急事態条項」などというのは、自民党と同じ穴のムジナというしかない。
 彼らが言う「緊急事態条項」は、韓国の尹大統領が振りかざした「戒厳令」と、何ら変らない。それを理解した上での発言だとするなら、維新も国民民主も自民党の尻馬に乗るアホ政党だ。アホな政治家は何より怖い。
 人の振り見て我が振り直せ、という。
 韓国の今回のクーデター未遂事件は、まさにこの格言どおりではないか。こんな危険な「緊急事態条項」を含んだ改憲案など、ぼくは絶対に認めない。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。