第143回:ヨーロッパの映画館 観客を劇場に呼び戻すための工夫あれこれ(想田和弘)

 2024年も終わりに近づいている。これが今年最後のコラムである。

 個人的には、今年は『五香宮の猫』に始まり、『五香宮の猫』に終わった年であった。2月のベルリン国際映画祭でのワールドプレミア上映を皮切りに、アイルランド、香港、シドニー、ロンドン、アムステルダム、ドイツ各地、そして日本各地を旅した。

 その過程で、日本のみならず、世界の映画界はかなり大きな曲がり角、というよりも、危機を迎えているのではないかとの懸念を深めた。コロナ禍を経て配信が普及し、人々の足が映画館に向かわなくなっている──世界のあちこちで、同じようなため息を聞いたのだ。

 それでも、映画界の人々は、観客を映画館に呼び戻すべく、さまざまな試みをしていた。日本の映画関係者や映画ファンの皆さんにも参考になるかもしれないので、ここで紹介しておく。
 

その1:“福袋”上映

 アムステルダムで『五香宮の猫』を上映したKriterionという劇場は、学生たちが運営を行うユニークな映画館である。そのためか、客層が非常に若くて、付属のカフェバーは夜遅くまでワイワイガヤガヤ大賑わいだった(拙作の上映も大盛況だった)。

 この映画館では毎週1回、正規の入場料金の25%しかチャージしない特別上映を行なっている。ただし、上映する作品は事前に公表しない。いわば福袋のような上映である。これが特に若い世代に大好評で、開催は週初めであるにもかかわらず、毎回超満員だそうだ。たしかに75%引きなら、観る側も冒険できる。というより、これから自分が何を観るのかわからない冒険感こそがウケているようなのだ。

 この方式の素晴らしいのは、普段自分では絶対に選ばないような映画を観てしまう可能性があるということである。それでがっかりすることもあるだろうが、思わぬ発見をすることもあるだろう。そうやって鑑賞の幅が広がれば、観客としての鑑賞眼も磨かれていくのではないだろうか。

 日本の劇場でも、ぜひとも試みてほしい企画である。
 

その2:子育て世代の親御さんたちのための上映

 小さな子どもを育てている親御さんにとって、映画館はなかなか行きにくい場所である。子どもを誰かに預けるのも大変だし、映画館へ連れていっても子どもが途中で泣いたり騒いだりしないか、気が気ではない。だから自然、映画館からも足が遠のく。

 ドイツでは、こうした親御さんに映画館に来てもらうため、子連れOKの上映を行なっている映画館があるそうだ。観客はみんな子連れなので、子どもが泣こうが騒ごうが、途中で一緒に退場しようが、再び入場しようが、周りは気にしない。だから安心して子どもを連れていけるのだそうだ。

 面白いのは、上映する映画はあくまでも親御さん向けのものであり、子どもを対象としているわけではないということである。

 これも日本の劇場でぜひとも試してほしい試みだ。
 

その3:映画館のサブスク

 サブスクリプション、いわゆるサブスクが大流行りのこのご時世である。

 それなら映画館も、ということで、映画館のサブスクなるものがドイツで始まっていた。聞くところによると、アメリカでも同様の試みがなされているそうだ。

 どういうことか。

 人々は月に20ユーロ(安い!)を払って、映画館をサブスクする。そうすれば、1ヶ月間、その映画館で上映される映画は何でも見放題になる。
 ずいぶんとお得である。

 しかしそうなると気になるのは、売り上げの分配方法である。

 ある劇場では、普段の入場料は10ユーロ。その55%を映画館が取り(5ユーロ50セント)、残りの45%(4ユーロ50セント)が配給元に分配される。

 だが、サブスクしている客が映画を観た場合には、入場料を6ユーロ支払ったと考える。そしてその45%、つまり2ユーロ70セントが、作品を配給した配給会社に支払われるそうである。

 要はサブスクしている客が映画を見れば見るほど、映画館は損をする。たとえば観客が月に8本見ると、映画館は21.6ユーロを配給会社に支払わなくてはならなくなるので、すでに赤字である。映画館としては、サブスクしているお客がそれほど頻繁に映画を見ることは少ないと予想して、こういうシステムを考え出したのだろう。

 ただし、この映画館のサブスクは、ドイツではまだ試行段階である。だからビジネスとして成立するのかどうか、その成否はわからないそうだ。

 しかし、なかなか面白い発想だと思う。少なくとも、映画館はこれまでよりも多くの観客で賑わうであろう。

 これも日本の劇場で試してみたらどうだろうか。

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想田和弘
想田和弘(そうだ かずひろ):映画作家。1970年、栃木県足利市生まれ。東京大学文学部卒業。スクール・オブ・ビジュアル・アーツ卒業。BGM等を排した、自ら「観察映画」と呼ぶドキュメンタリーの方法を提唱・実践。最新作『五香宮の猫』(2024年)まで11本の長編ドキュメンタリー作品を発表、国内外の映画賞を多数受賞してきた。2021年、27年間住んだ米国ニューヨークから岡山県瀬戸内市牛窓へ移住。『観察する男』(ミシマ社)、『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)など著書も多数。