はじめに
はじめまして。今月からマガ9で連載を始めさせてもらうことになりました、本屋「よりまし堂」の岩下結といいます。
そんな本屋、聞いたことがない? ごもっともです。まだ誕生していない本屋ですから。今年の春を開業の目標に、準備とクラウドファンディングに挑戦しているところです。
この連載では、出版社で本の編集を仕事にしていた僕が、ひょんなことから独立系書店を始めることになった経緯、そして開業に向けた日々を書き留めていきたいと思います。連載タイトルは「本屋になってみた日記」としましたが、実際にはまだ準備中なので、タイトル詐欺にならないことを祈るばかりです。
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3つの反応
「本屋を始めることにしました」
そう切り出すと、相手の反応は3パターンくらいに分かれます。
「へー。いいですね!」と明るく言ってくれるのは、日ごろ書店や出版にあまり縁のない人。
「えーっ!? なんでまた……?」と返してくるのは、多くは同じ出版業界の人たち。出版も斜陽とはいえ、会社勤めならとりあえず食っていけるのに、わざわざ本屋になるなんて酔狂な……という含みが感じられます。
そして、すでに本屋をやっている書店主や書店員の方の反応は、さらに微妙です。
「ほう、それはそれは……」
「そうでしたか。頑張ってください」
表現はそれぞれですが、そこに滲んだニュアンスは共感のようでもあり、哀れみのようでもあり。同志的なエールがこもっているようで、ちょっと突き放したところもあるかもしれない。例えるなら、登山家どうしが山で出会って交わす挨拶のような(登山をしたことがないので想像です)。
「ああ、あなたもこの沼に来てしまいましたか。覚悟を決めたのなら止めませんよ。あとは自力でどうぞ」
そう、たぶん本屋はそんな商売なのです。
会社に骨を埋めるつもりだったのに……
出版社勤めだった僕がどうして本屋を目指すに至ったか、その説明をしだすと長くなりますが、できるだけ端折って書いてみます。
過去20年あまり、本の編集を仕事にしてきました。作ってきた本はノンフィクションだったり学術書だったり、あるいは児童書だったり。ちなみに、マガ9の連載を書籍化させてもらったことも度々あります。
最初から編集者になりたくて就職したわけではないですが、仕事は楽しく、自分に向いていると思っていました。勤め先も自分の方向性に合っていて、いつ潰れても不思議はない経営状態ではありましたが(中小出版社には珍しくないことです)、仮にそうなっても自分は最後まで残ろうと、ヤマトの沖田艦長みたいなことを考えていました。
でも、ちょっとしたボタンの掛け違いのようなことから社内の関係性がこじれ始め、どうにかしようと足掻けば足掻くほど、溝は広がっていきました。少人数の会社ゆえ、顔ぶれが入れ替わる可能性もほとんどありません。いくつかの契機を経て、「これ以上ここではやれない」と確信したのが1年ちょっと前。引き継ぎなどの準備を経て、退職したのが昨年の秋でした。
骨を埋めるつもりでいた会社との縁を自分から切ってしまったので、すぐに他の会社に再就職する気持ちがなかなか湧きませんでした。離婚をした人がすぐに別の結婚をする気になれないのと似た感覚かもしれません(これも経験したことがないので想像です)。
とりあえず当面はフリーの編集者としてやってみて、駄目そうなら再就職も考えよう……そんな中途半端なスタンスでいたところへ、唐突に「本屋になる」という選択肢が降って湧いてきました。自分でも予想外ではありましたが、後から考えれば伏線はいくつかあったのです。
独立系書店というムーブメント
読者のみなさんも「独立系書店」(または独立書店)という言葉を耳にしたことがあると思います。
厳密な定義はないと思いますが、大きな会社が運営するチェーン書店ではなく、昔からある「街の本屋」ともやや異なる。大手取次会社(※1)に頼らず独自の選書を売りにし、一人または少人数で運営する小規模な書店、をイメージしてもらえればだいたい合っていると思います。
従来型の書店が全国で急速に減少している一方で、その空白を埋めるように、こうした個人経営の本屋を始める人が増えています。ライターで自身も本屋を経営する和氣正幸さんの「独立書店開業リスト」によれば、2023年に100軒以上、2024年にもそれに迫る数の本屋が全国で開業しています。
僕自身、自分が編集した本を置いてもらったり、出版記念イベントを開いてもらったりすることを通じて、各地の独立系書店を訪れてきました。ふつうの書店で新刊台に平積みされるようなベストセラーよりも、通好みの人文書や、知る人ぞ知る書き手の本をあえて置く。そして、POSデータ(※2)上の実績よりも、店主自身がその本を売りたいと思うか、お客さんに勧めたいと思うかどうかを重視しているように思えました。
自分がいいと思ったもの、お客さんに役立つだろうと思えるものを売る、いわば「商い」の原点みたいなもの。そういうお店のあり方を見るうちに、「いつか自分もやってみたいな」という気持ちが刺激されていました。この段階では、せいぜい定年後のお楽しみ程度のつもりでしたが。
正直なところ、書籍(特に新刊)の利益率は恐ろしく低く、本だけを売ってお店を成り立たせることは困難です。僕自身、そのことは理解しているつもりでしたが、今回、開業の可能性を考えるために簡単なシミュレーションをして、改めて愕然とするほどでした。
「みんな、こんな利益率でどうやって成り立たせているんだ……?」
※1 取次会社:さまざまな出版社が出している本を各地の書店に配送し、代金の授受も仲介する本の卸売会社。日本では日販とトーハンという2社が大手で、かつてはこれら「大取次」との取引口座をもたなければ出版社も書店も一人前とはみなされなかった。近年は流通経路が多様化し、独立系書店の多くは中小の取次会社や出版社との直取引で本を仕入れている
※2 POSデータ:店頭レジで記録された販売実績から商品ごとや店舗ごとの売上動向を分析するためのデータ。マーケティングには欠かせない反面、POS重視が行き過ぎると現場の書店員のこだわりや経験値が生かされず無個性な品揃えになるともいわれる
持続可能な仕事、持続可能な出版流通とは
それなのに、他の仕事をなげうってまで本屋を始める人が増えているのはなぜなのか。人によって答えはそれぞれでしょうが、共通するものとして、なにかそこに「人間的な仕事」を感じられるから、ではないかという気がします。
誰が喜ぶのか、社会にとってプラスなのかもわからないモノやサービスを売ったり、ひたすらコストカットで利益を出すことに腐心したり(その挙げ句に自分の仕事がコストとしてカットされたり)。そういう労働とは違う、人間的で持続可能な働き方を求めているのではないか――なんて言うと、当の書店員の皆さんから「甘い!」という声が飛んできそうですが。
事実として、本にまつわる仕事の中でも書店員は低賃金で長時間・重労働。大多数が非正規雇用で、豊富な商品知識を持った方でも、生活のために離職してしまう人が少なくありません。しかし、独立系書店を始めた人たちは、むしろ自分が長く働き続けるためにこそ、働き方をセーブし、低空飛行でも続けていけるお店にしようと工夫しているようです。
そして、この「持続可能である」ということは、書店員の働き方に限った話ではない気がしました。日々膨大な数の新刊が生まれ、書店に並んだかと思えばあっという間に賞味期限が切れ、大量の返品となる。出版社は「本が売れない」とぼやきつつ、売れないからこそ目の前の売上のために新刊を出し続ける。僕自身、著者と一緒に丹精込めて作った本が半年も経たずに返品され、あとは倉庫に積まれたままになることに、やるせない気持ちでした。
本の書き手、出版社、書店、取次、読者――みんなが今の構造に限界を感じ、別のあり方を求めているのではないか。一冊一冊がきちんと評価され、大切に読まれる環境はどうしたらつくれるのか……。「儲からないのを承知で」独立系書店を始める人が増えているのは、もしかしたらこういう構造へのオルタナティブの模索なのかもしれません。
そんな大仰なことを最初から考えていたわけではありませんが、たまたま「編集者でありながら本屋もやる」という二足のわらじを履くことになった身として、この仮説を実証実験するようなつもりで、この連載で本屋開業のプロセスをご報告していきたいと思います。出版や書店に関わる人だけでなく、本が好きな人、自分の地元にも面白い本屋があったらいいなと思う人、みなさんの参考になれば幸いです。
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辻山良雄『しぶとい十人の本屋』(朝日出版社)
かつて一世を風靡した「リブロ」の店長を経て独立書店「本屋Title」を開業した著者が、自分の仕事への迷いを抱えながら全国の書店主たちへ会いに行くインタビュー集。それぞれに一癖ある店主たちの仕事への誇りや葛藤をとつとつと語る言葉が沁み入る。「これだけ愚直というか、淘汰されつつある働きかたには、ますます価値があると思っています」(長谷川書店・長谷川稔さん)。この言葉を信じて本屋への第一歩を踏み出そうと思います。
※「地域の『みんなの居場所』になる本屋カフェ&バーを日野市で開きたい!」のクラウドファンディングはこちらから