第341回:無礼にもほどがある!(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 凄いことになってきたな。
 それ、冗談だろう?
 いや、どうも本気らしいぜ。
 断れば軍隊を送るってか?
 まさかそこまではしないだろうけど……。
 あの国の国民はマジで選んじゃったんだものなあ、あの人を。
 その選んだ国民が辛い目にあうのは自業自得だけど。
 自国民だけならまだしも、世界中を泥沼にするのって堪んないよな。

 各国首脳たちもあっけに取られているうちに、トランプ次期米大統領は突拍子もない政策(?)を次々に打ち出して、世界中は大混乱の瀬戸際だ。さすがに、現バイデン政権のブリンケン国務長官は、呆れ顔で「あんなことは実現しない。議論するだけ無駄だ」と否定に躍起だが、トランプ氏は止まらない。
 ほんとうに、無礼にもほどがある。

ひれ伏す企業と反対する組織

 とにかく礼儀もへったくれもない。
 イーロン・マスク氏と二人三脚、他国のことなど知ったことかの二重奏。おい、誰かイーロンにマスクをつけて黙らせろよ、とつまらんダジャレを言いたくなるようなBad Guysぶりである。
 どっちがツッコミでどっちがボケなのかよく分からないが、とにかくふたりそろって凄まじいヒールぶり。どこかにベビーフェイスはいないのか、と天を仰いでしまう。まあ、かつてトランプは、プロレス興行のリングに上がったこともあるのだから、本人はベビーフェイスのつもりなのだろうけれど。
 そこへメタのザッカーバーグまで参入。メタでの「ファクト・チェック」を廃止するというのだ。そうなれば、チェックなしのデマや悪口雑言、罵倒やヘイト、差別などが増えていくのは止めようがない。メタはXの「コミュニティノート」のような機能を持たせるといっているようだが、これがかなり妙な具合に使われていることは、Xの現況、痰壺状態を見ればお分かりのとおりだ。
 メタもXも「表現の自由」などと言うけれど、結局は金目当ての商売人が支配しているだけである。
 ぼくは、いずれXからは撤退しなければいけないだろうなあと思っている。ぼくの“ツイッター”には、4万人超のフォロワーがついてくれているのでもったいないけれど。
 ただし、Xやメタ離れが、欧州で起き始めていることも事実だ。
 朝日新聞(12日付)が伝えている。

米国発 揺らぐ価値観
独の大学 Xの利用中止「マスク氏買収後、偽情報のツール」

 ドイツとオーストリアの60を超える大学や研究機関は10日、X(旧ツイッター)の利用を中止するとの共同声明を発表した。Xのプラットフォームとしての方向性が、大学が重視する科学的な公平性や民主的な議論などの基本的な価値観にそぐわないためだとしている。
 声明ではアルゴリズムによる右派ポピュリズム的コンテンツの増幅や自由に届けられるコンテンツの制限といった「Xの変更」により、継続した利用が正当化できないものとなったと説明。(略)
 今回の中止は「事実に基づくコミュニケーションと、反民主主義勢力への反対に深く関与していくことを強調するものだ」と述べている。(略)

 こんな記事もある。AFP=時事(13日配信)

米アップル取締役会、多様性プログラム堅持を推奨
DEI離れに追随せず

 米IT大手アップルの取締役会は株主に対し、来月末に開かれる株主総会で「多様性・公平性・包括性(DEI)」プログラムを打ち切る提案に反対票を投じるよう推奨した。米国ではマクドナルド、フォード、ウォルマート、メタなど大手企業の間でDEIプログラム離れの動きが相次いでいるが、アップル取締役会はそうした流れに追随しない姿勢を打ち出した形だ。
 保守系シンクタンク「全米公共政策研究センター(NCPPR)」は、2023年に連邦最高裁が大学入学選考で人種的少数派を優遇する「アファーマティブ・アクション」に違憲判決を下したことを踏まえ、アップルの株主に対し、訴訟リスクを回避するための措置として、DEIプログラムの打ち切りを検討するように提案した。
 だが、取締役会は「アップルのコンプライアンス・プログラムはすでに確立されており、この提案は不要」だとし、提案に反対するよう株主に推奨した。
 アップル取締役会はさらに、「当社は機会均等雇用主であり、法律に基づき、採用、雇用、研修、昇進におけるいかなる差別もしない」と明言した。(略)

 ドイツやオーストリアの大学や研究機関の決定や、アップル社取締役会の声明は、ある種の希望だ。そういう組織や機関が主体となって、「真の自由で開かれたSNS」を創設するような動きが出てくるのではないかと期待する。

“犯罪者”が大統領になる国

 だがその一方で、メタばかりではなく、アメリカでは司法もトランプ氏にひれ伏したようだ。トランプ氏に妙な判決が下った。毎日新聞(11日夕刊)の記事。

トランプ氏有罪維持 刑罰なし

 米国のトランプ次期大統領が不倫相手への口止め料を不正に処理したとされる事件で、ニューヨーク州の裁判所は10日、陪審による有罪評決を維持した上で、トランプ氏に刑罰を科さない判決を言い渡した。就任を控えた大統領の職務への影響に配慮しつつ、市民が下した評決と法の支配を守る異例の判断を示した。
 トランプ氏は「魔女狩り」だとして控訴する方針。米国で初めて、刑事事件で有罪判決を受けたまま20日に大統領に就任する見通しとなった。州法違反の事件のため、トランプ氏は大統領就任後も自身に恩赦を与えることはできない。(略)
(注・赤字は引用者)

 有罪だけれど刑罰を科さない?
 有罪ならば、たとえ執行猶予付きでも何らかの刑が科されるのが普通だと思うけれど、おかしな判断である。「大統領の職務への影響に配慮」ということであれば、大統領職にある限り、どんな罪を犯しても刑罰は免れることになる。つまり、独裁者への道一直線ということだ。
 トランプ氏の言い分は相変わらず。例によって自分に不利な判断は、すべて「魔女狩り」で片づけてしまう。いつでも自分が正しくて、反対するヤツや批判者は、みんな「魔女狩り」に加担する連中だというわけだ。この論法、まさに天下無敵。ひろゆき風に言えばすべてを「論破」できるのだから。
 トランプ氏の暴言妄言は、とどまるところを知らない。それにしても、アメリカは犯罪者を大統領に選んでしまったのだ。すげー国だ。

①グリーンランドはアメリカによこせ!

 現在はデンマークの自治領であるグリーンランドをアメリカに売れ、とトランプ氏は主張する。アメリカにとって安全保障上、重要な島だからというリクツだ。「応じなければ軍事力行使もあり得る」と、小国を脅しつける。
 グリーンランドは「世界で最も大きな島」である。いわゆるメルカトル図法で描かれた世界地図ではよく分からないが、地球儀で見ると、この島にいちばん近いのはカナダだ。アメリカの安全保障上というのは、ほとんど難癖に近い。ロシアや中国の艦船や航空機がこの近辺を通るからというリクツだが、それは多分、後付けだろう。
 ここに米軍の最北端の基地があるのは事実。だからといって全土をよこせというのは、沖縄には米軍基地がいっぱいあるから、沖縄をアメリカ領にしろと言うのに等しい。
 グリーンランドは、地上は厳寒地で耕作や居住には適さないが、地下資源が豊富だといわれているから、トランプの目論見はそこにあるのだろう。
 むろん、デンマークのメッテ・フレデリクセン首相は、グリーンランド自治領政府のムテ・エーエデ首相が「グリーンランドは売り物ではない」「私たちはアメリカ人になることなど望んでいない」と述べたことを即座に支持した。

②パナマ運河も俺によこせ

 ここは太平洋と大西洋をつなぐ重要な運河だ。中米の小国パナマが管理権を持っている。自国にあるのだから、当然といえば当然。ところがここもまた、アメリカの経済的安全保障上必要だから、管理権をオレに渡せと脅す。現在、管理を香港系企業が行っているので、中国の影響が強くなるからだというわけだ。
 なんでもかんでも「アレ欲しい」。言う事を聞かなければ、カネと軍事力にモノを言わせてかっぱらおうというのだから、リクツも何もありはしない。

③カナダはアメリカの51番目の州になれ

 言われたほうは不愉快だろうなあ。
 「アメリカはカナダを保護するために何十億ドルも費やしているが、それは無駄。さっさとアメリカに併合されてしまえばそんな無駄金はいらなくなる」
 なんとも荒っぽいリクツだ。
 麻薬や不法移民がカナダ経由でアメリカ国内に流れ込んでいるから、それを防ぐにはこれがいちばんいい方法だとうそぶく。おいおい、大学で弁論術は習わなかったのか。こんな論法が通じるとでも思っているのか。

④「メキシコ湾」を「アメリカ湾」に変更せよ

 これはまあ、とっさの思いつき、悪い冗談の類いだろう。
 トランプ氏は「アメリカ湾、なんと美しい名前だろう」などと悦に入っていたというが、それに対してメキシコのシェインバウム大統領は、17世紀の古地図を持ち出して「ここにはアメリカを含む北米地域が、スペイン語で『メキシコのアメリカ』を意味する『アメリカ・メヒカーナ』と記されています。それではこれからアメリカを『アメリカ・メヒカーナ』と呼びましょう。いい響きですね」と笑顔で皮肉った。
 女性大統領のほうが一枚上手である。

⑤軍事費をGDP比5%に

 兵器を自分の玩具と勘違いしているようなトランプ氏。とにかく軍事費を増加させることが国防の第一条件と主張する。
 NATO(北大西洋条約機構=米とヨーロッパの軍事同盟)加盟各国に対し「もっと軍事費を上げろ。さもないとアメリカはNATO脱退も辞さない」と脅しをかけている。これまでGDP比3%への増加を強制してきたアメリカだが、現在、それを達成できているNATO加盟国は32カ国中23カ国にとどまる。そこへ、さらに5%へ引き上げろというのは、各国の経済状況をまったく無視した暴論である。
 当然、日本にも「軍事費の増加」を求めてくるだろうが、それが対中国政策のためだとするなら、今や軍事超大国の中国に匹敵するには、GDP比5%どころか50%になっても足りないだろう。「それなら日本から米軍を引き上げるぞ」と言われたら「はい、どうぞ」と、石破首相が言うわけないか……。

⑥「関税」という言葉が大好きな「タリフマン」

 「ああ、関税(タリフ)。辞書の中でもっとも美しい言葉は『関税』だ」と、トランプ氏がのたまわったという(2024年10月15日)。自らを「タリフマン」と呼ぶトランプ氏は、各国からの輸入品に追加関税を課す方針だ。
 大統領選期間中には中国をターゲットに、一律60%の関税を課すとも訴えていた。これは、海外製品を締め出すことで自国の製造業を守るのだというリクツだが、そうすると輸入品価格は高騰し、アメリカでもさらなるインフレは必至だ。世界経済というものの理解ができているとはとても思えない。
 中国製品の多くの部分には日本製品が使われている。中国製品のアメリカへの輸出が高関税で減少すれば、それに従って日本製品の中国への輸出も減少する。日本経済には大打撃となる。
 また、メキシコからの自動車輸入関税を200%に、とも主張している。つまりメキシコからの輸入車は正規価格の3倍になる。メキシコには日本車工場も多くあるが、アメリカメーカーの工場もある。自国の自動車産業の首を絞めかねない話だ。それも理解した上でトランプ氏は発言しているのかと、彼の頭の中を疑いたくなる。
 日本も厳しい「関税負担」を強いられることになるだろう。強固な日米同盟をことあるごとに口にする日本政府だが、この貿易戦争に日米同盟はどんな恩恵をもたらしてくれるというのか?

罵倒がネット上を駆け巡る

 数え上げれば「本気かよ?」と頭を抱えてしまうようなことばかりだが、これに輪をかけて暴論汚語を吐き続けているのが、トランプ氏の盟友イーロン・マスク氏。
 かつては民主党支持を公言していたマスク氏だが、自分の利益にはつながらないと見たか、熱狂的なトランプ支持者へ大変身。デマも陰謀論もそっくりのトランプ・コピーマンになってしまった。今回の大統領選ではトランプ陣営に180億円もの献金をしたという。もっとも、マスク氏の資産は4500億ドル(ぼくには恐ろしくて円換算ができません)というから、ほんの180億円なんぞ屁でもないだろう。それで、トランプ政権の政府効率化相という新設の閣僚の地位を“買い取った”のだから、費用対効果は抜群だったといっていいだろう。さすが商売人である。
 そのマスク氏が、トランプも吹っ飛ぶほどの暴言を連発している。
 BBC NEWS JAPANが1月8日に配信した記事。

マスク氏の「口撃」を欧州首脳らが批判、
24時間で4カ国から異議

 ソーシャルメディア「X」のオーナーで米富豪のイーロン・マスク氏の内政干渉的な発言に対し、ヨーロッパの首脳たちが批判の声を強めている。
 最も打撃を感じているのは、ドイツのオラフ・ショルツ首相かもしれない。
 マスク氏はショルツ氏を「無能なバカ」と呼び、辞任を求めている。今月9日にはXを使って、反移民を掲げるドイツの極右野党「ドイツのための選択肢(AfD)」のアリス・ヴァイデル共同党首と長時間、対話する予定だ。(略)
 わずか24時間のうちに、欧州4カ国の政府がマスク氏の投稿に異議をとなえるという事態まで起きている。最初に不信感を示したのはフランスのマクロン大統領だった。マクロン氏は今月6日、「10年前に、世界最大級のソーシャルネットワークのオーナーが、新しい国際的な反動運動を支持し、ドイツなどの選挙に直接介入するといわれたなら、誰が信じただろう」と述べた。(略)

 この記事では、マクロン大統領だけではなく、ノルウェーのヨーナス=ガール・ストーレ首相やスペイン政府報道官、さらにはイギリスのキア・スターマー首相などもマスク氏批判を行っている。
 中でもスターマー英首相は、「ウソや偽情報をできるだけ広く拡散しようとする人たちは、被害者のことはどうでもよく、自分のことしか考えていない」と、名指しこそ避けたものの暗にマスク氏を痛烈に非難。イギリスで過去に起きた集団的児童性的搾取事件について、マスク氏がスターマー首相らを論拠も示さず、口汚く罵しる投稿を繰り返していることへの怒りである。マスク氏の口汚さは、まるでトランプ氏と瓜ふたつ。
 こんなふたりが、いよいよアメリカの政治を牛耳ることになる。それに加え、前述したように、メタのザッカーバーグ氏までがトランプの手中に落ちた。いまや世界を支配するSNSが、もっとも任せてはいけない連中の意のままに操られる。

 せめて石破首相よ、トランプ氏へ「日本はそんなに防衛費にお金は出せません。国民のために使います」と言えないものか。
 そうすれば石破首相支持率は急上昇するだろうけど……。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。