本だけ売っても本屋はできない
前回の記事では、僕が本屋をやろうと決意する前のところで字数が尽きてしまいました。話が冗長で申し訳ないですが、“なりわい”としての本屋のハードルがどのあたりにあるかを知っていただきたかったからです。
前回書いた通り、書籍はとにかく利益率が低いのが特徴です。日頃あまり本を買わない人なら、2000円の本といったら「高め」と感じるでしょう。でも、それを1冊売っても本屋に残るお金は300〜400円。定価の安い新書や文庫、コミックならさらに低く、本当に「雀の涙」という形容がしっくりきます。
それでも、本がたくさん売れた時代には薄利多売でなんとかなっていました。特に雑誌は、毎週新しい号が出て固定客が買っていくので、書店経営の大きな支えでした。しかし今、雑誌を定期購読する人は珍しくなってしまっています。
書籍や雑誌の販売だけで成り立たないとなれば、他の収益源をつくるしかない。従来型の書店でも、文房具など本以外の商品に収益を頼っているお店は少なくありません。独立系書店の場合は、カフェを併設したり、雑貨を売ったり、有料イベントを開催したり。あるいは、店主が別に仕事を持っていて週末だけ開店するとか、別の本業がある会社が運営しているといったケースもあります。
これから本屋を始めるとすれば、「本だけで稼ごうと考えない」ことが前提と言っても過言ではないでしょう。
「家賃と人件費がゼロなら」本屋は成り立つ?
僕が独立系書店のモデルのひとつと考えている千葉県幕張の「本屋lighthouse」の関口竜平さんは、20代でたった一人での本屋開業を志し、それを実現している稀有な人です。彼は「家賃と人件費がゼロなら本屋は持続可能である」という定理(?)を見出し、それに基づいて「おじいちゃんの畑」に自力で小屋を建てて営業をスタートさせました(現在は別店舗で営業)。
「家賃と人件費がゼロなら」という仮定は突飛に聞こえるかもしれませんが、実際のところ、ゼロにはできないにしても、ここをできるだけ抑えることで、本屋の持続可能性は大きく変わります。僕が本屋を現実的な選択肢として考えられるようになったのも、その条件があったからでした。
地元の社会活動つながりで知り合った小川佳代子さんが、以前から飲食店(カフェバー)の開業を目指していることは知っていました。自分もいつか場所があれば本屋をやってみたい、という話を小川さんとしているうちに、「それなら私のお店に置けば?」という話になったのです。もちろんタダでとはいかないので委託管理料を払いますが、自力でテナントを賃貸するよりはずっと少ない固定費で「本屋」の形がとれることになりました。
もともと本屋をやるならカフェ併設が理想的と思っていましたが、飲食部門を小川さんがやってくれるなら願ったりです。その上、お客さんが少ない時間帯は交代制にすれば、ずっとお店にいる必要がなくなります。それなら編集の仕事とも両立できそうなので、そちらを主たる収入源と考え、本屋部分の利益は委託費をぎりぎり賄えればよいと考えることにしました。売上に関しては志を低く。その分、他のことに割けるリソースを残しておく戦略です。
下北沢で「本屋B&B」を立ち上げたブックコーディネーターの内沼晋太郎さんは、『これからの本屋読本』(NHK出版)で、持続可能な本屋のあり方として「ダウンサイジング」と「掛け算」(他業種との組み合わせ)を挙げています。最初から意識していたわけではないですが、図らずもその二つに従ったことになります。
もちろん、これは「大赤字にならない」ための条件にすぎず、実際にお客さんが来てくれるかは開業してみなければわかりません。立地については回を改めて書きますが、決して条件のいい場所とも言えません。
他にも不安要素を挙げればキリがないものの、なんとなく自分の中で、これ以上の条件が揃うことは人生で二度とないだろう、と直感しました。45歳という年齢で、意図しない結果にしても会社勤めから自由になり、これまで得た経験や人脈もそこそこある。会社を辞めるというジャンプを一度したのだから、もうひとつチャレンジしてもいいんじゃないか……。そう考えたのでした。
「食えない」ことが前提でいいのか?
しかし……と心の中でツッコミが入ります。
本の売上では家賃も人件費もペイできない、そんな状態を本屋として「成り立っている」と言えるのか? それは副業とか、余暇でやっている趣味に近いのでは?
確かに。本の売上だけで成り立っている本屋もあるのだから、最初からそれを諦めてしまうのはまともな事業計画とは呼べない――と言われたら、「ぐぬぬ」と口ごもるほかありません。
でも、こうも思うのです。
過去20年あまり、書店が生き残ろうとしてやってきたのは、店舗の大規模化と集約でした。結果、生活圏内にある街の本屋は淘汰され、駅ビルや商業施設内の大規模店も、採算が合わなければすぐに撤退を迫られます。
読者の多様なニーズに応えるために、できるだけ幅広い新刊を置こうとする。そのために一定の規模を維持し、従業員を雇用して給料を払う。いずれも事業として望ましいことですが、その前提に立つと、大都市を除くほとんどの地域で書店は存在できないことになります。書店空白自治体の増加は、市場原理の冷徹な結果ともいえます。
そんな厳しい経営環境のもとでも、歯を食いしばって書店を続けている方たちを心から尊敬します。けれども、それだけが本屋の存続のあり方だとは考えなくてもいいのでは。内沼さんが提案する「ダウンサイジング」や「掛け算」は、本屋という場があってほしいと願うなら、固定観念を捨てて、多様な本屋のあり方を考えてもいいのではないか――という提案だと思います。
他方で、近年は、無人書店とか、AIによる需要予測といった未来図を描く人もいます。それもまた「人件費をゼロに近づける」試みかもしれませんが、結果として生まれる書店の姿は、店主の個性や志向が滲む独立系書店とは対極のものとなるでしょう。AIの予測はその本が「売れるべき」か否かを考慮しません。差別煽動や陰謀論、フェイクニュースの類いであっても需要があれば売る。そんなアルゴリズムの「出力」としての本屋は、すでにディストピアと化しているSNS空間の写し鏡、もしくは増幅装置でしかなくなるでしょう。
そんな本屋ばかりの世界を望まないのであれば――読書の豊かさを知り、歴史に磨かれた知識を継承したいと願う人びとが、「それだけでは食えないかもしれないけれどやる」本屋が各地にあるほうが、ずっとましではないでしょうか。
もちろん、それが低収入を甘受する「やりがい搾取」や「自己搾取」に陥るおそれは常にあります。だからこそ、その罠に陥らないために、自分らしいペースで持続するやり方を、多くの独立系書店が模索しているのかもしれません。
不安要素は尽きないけれども
またしても、話が大きくなってしまいました。
自分の決断に話を戻せば、当初からこんな理屈を立てていたわけではありません。「難しいだろうけど、できるならやってみたいな」くらいの気持ちだったところへ、小川さんとの協業の話が降って湧き、にわかに現実味を帯びてきたというのが実際です。
とはいえ、自分自身も数カ月前までは本気で考えていなかった道なので、周囲に理解を得るのも一苦労でした。最大の利害関係者である妻はもちろん、親兄弟からも「大丈夫なの?」と不安げに言われるのは当然といえば当然。唯一、娘だけはノリノリで、早々とマスコットキャラを考えてくれたり、フライングで「友達に宣伝しといたから!」と焦らせてくれましたが……(汗)。
それでも、一定の了解を(たぶん)得て、12月末からクラウドファンディングを開始すると、驚くことに160人を超える方が支援を寄せてくださり、1カ月で目標額を達成することができました(現在ネクストゴールに挑戦中)。素人の挑戦に貴重なお金を投じてくれる方がこれだけいることに、身が引き締まるとともに、自分の中でもようやく覚悟が決まってきました。
開業目標は4月。これから、いよいよ「本屋」としての中身を作っていく仕事が始まります。果たして見込み通りいくでしょうか。次回に続きます。
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関口竜平『ユートピアとしての本屋――暗闇のなかの確かな場所』(大月書店)
サッカー漬けの中高時代、バンドに打ち込む大学時代を経て、突如「本屋」をなりわいとして思い立った著者。開業した「本屋lighthouse」は反差別・反搾取をポリシーに掲げた書店としてSNS上でも注目されました。本書は開業記というより、なぜ社会に本屋が必要か、そしてなぜ本屋は差別と対峙しなくてはならないかの、彼なりの「理論」の書。誰もが安全を感じられる「セーファースペース」としての書店という指針を、僕も共有したいと思います。
※「地域の『みんなの居場所』になる本屋カフェ&バーを日野市で開きたい!」のクラウドファンディングはこちらから