第343回:それを言っちゃあ、おしまい……だけど(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 寅さんの名セリフに「それを言っちゃあ、おしまいよ」というのがある。言っちゃいけないことをつい言ってしまった人に、寅さんが返すセリフである。心優しい寅さんの面目躍如の言い方なのだろう。
 けれど、最近は「それを言っちゃあ、おしまいよ」からさらに、「そんなことをやっちゃあ、世の中おしまいよ」とか「それを言っちゃあ、物笑いになる」、「そんなことを言ったらバカにされるぜ」……というようなことが横溢している。中には、あまりのひどさに怒り心頭の例もある。(注・以下赤字は筆者)

おバカな自民筆頭理事

 最近、いちばんぼくが嗤った(笑った、ではない)のは、自民党の衆院予算委筆頭理事の井上信治議員が、1月30日の予算委で、安倍派の会計責任者の参考人招致を、野党の賛成多数で議決した際に漏らした一言。
 「数の力による議事運営はこれから厳に慎んでいただきたい」
 それを言っちゃあおしまいだろ、ホントに。今まで圧倒的多数の議席を背景に、野党の反対など歯牙にもかけず、強引に、時には強行採決までして、様々な案件をゴリ押ししてきたのはオマエたち自民党だろう!
 いったいどの口が言う? というブーメランが凄まじい数で井上氏に突き刺さった。アホさ加減も、ここまで来ればもうほとんど漫才のボケ役である。ツイッター(X)でもツッコミ役がわんさと現れて、井上議員の赤っ恥晒し。
 けれど石破首相だって負けちゃいない。1月24日の通常国会の施政方針演説で打ち出したのが「楽しい日本」なるキャッチフレーズ。たちまち湧き上がった“??????”の大合唱。その中でもいちばん多かったのが「まったく楽しくない仏頂面で『楽しい日本』などと言われてもなあ……」というご意見。「生活苦、重税で苦しむ国民に向けた皮肉なのか!」とお怒りのご意見も殺到。ごもっとも。
 これもまた「それを言っちゃあおしまい」案件なのだった。

あららっ、つい本音を言っちゃったあ

 フジテレビの問題でも「それを言っちゃあ……」な発言がけっこうある。
 1月27日午後4時から翌日にかけて、延々10時間超の記者会見が行われた。その中で、フジテレビの遠藤龍之介副会長が漏らした言葉。「それを言っちゃあバレバレでしょ!」のかなり危ない発言だったと思う。
 記者の質問に答えて、つい次のように漏らしてしまったのだ。東京中日スポーツ(1月28日配信)の記事。

(略)「接待」に同席する女性のリスクについて、女性ジャーナリストが「女性社員やアナウンサーを全然関係ないところへ連れて行って、接待まがいのことをさせるということは『今後一切いたしません』と、今この場で言っていただけないでしょうか」と迫った場面。これに遠藤副会長が「第三者委員会の調査が出た上で、新しい『フジテレビルール』というのを作ることが必要かなと思います」と応じた。
 しかしこれに付け足す形で「ただ、その人間関係の中で申し上げますと、最初からその女性を1人で会合に差し出すというケースは少のうございまして、男性社員もしくは年寄りの女性社員が同伴していくケースが多いのではないかと思います」と補足したところが視聴者の注目を集めた。(略)

 この発言に、SNS上での反応では、もっぱら「年寄りの女性社員」という部分に批判が殺到したようだ。むろんそれも当然だが、ぼくはそれより「その女性を1人で会合に差し出すケースは少のうございまして」という部分に引っかかったのだ。
 「1人で差し出すケースは少ない」と言っている。つまり、これは「少ないけれども、ある」ということだ。もしそんなケースがまったくないのなら「そういうことは一切ありません」と言えばいい。だが、「少のうございまして」と言ったのだ。「少ないけれどあった」ことを暗に認めてしまっている。しかも「差し出す」という言葉まで使った。
 これが、フジテレビの企業風土なのだろう。そしてそういう風土を醸成してきたのが、数十年にわたってフジテレビに君臨する日枝久取締役相談役であると、当の遠藤副会長も認めている。ここが今回の“問題の肝”なのだとぼくは思う。
 だいたい、相談役に退けば、取締役という役職は放棄するのがどんな会社でも一般的である。しかし日枝氏は、その権力を手放さなかった。そして、2月1日の報道によれば、ある取締役は「日枝相談役に退いてほしいとは誰も言っていない」と語っている。イエスマンだけで固められた取締役たちの中に、猫の首に鈴を付ける勇気を持ったネズミは存在しないのだろう。そうである限り、フジテレビの再生はかなり困難ではないか。

トランプの真似かよ!

 「それをやっちゃあバカにされるよ」案件もある。外務省がやらかしたのだ。
 国連の女性差別撤廃委員会(CEDAW)を、日本の拠出金の使途から除外することを決めて国連側へ通達したという。なんだ、そりゃ?
 CEDAWが昨年10月に、日本の皇位継承問題で「男系男子」でなければならないとする皇室典範の改正を勧告したのだが、それへの抗議として、CEDAWの日本から拠出金の使用を除外すると発表したのだ。むろん、抗議をするのはかまわない。けれど、その報復として「オレの金を使うな」というのは、あまりに下品ではないか。このやり方、まるでトランプの「気にいらねえところにはカネは出さねえ路線」とそっくり。トランプの真似っこかよ、と批判が出てくるのは当然だった。
 しかもその理由として、外務省の北村報道官は1月29日の会見で「皇位につく資格は基本的人権には含まれていないことから、皇位継承の資格が男系男子に限定されていることは、女子に対する差別には該当しない」と述べた。えっ? 皇位継承する人間には基本的人権はない、ということ? ぼくはビックリしたのだった。

トランプ氏、「言っちゃあおしまい」の大連発

 トランプ米大統領、「それを言っちゃあ(やっちゃあ)、おしまいよ」の叩き売り。もはや、呆れてものが言えない。
 WHO(国際保健機関)からの脱退、パリ協定(2015年にパリで開催された国連気候変動枠組条約第21回締約国会議=COP21=で採択され、翌16年に発効した、産業革命以前の気温に比べ2℃未満に抑えるための協定)からの離脱など、もうメチャクチャ。
 これからの未知のウイルス蔓延も、気温上昇による環境破壊も「んなもん、みんな嘘っぱちのデマだ。化石燃料を掘って掘って掘りまくれ!」と喚きたてるのだから、なんとも始末に悪い。
 さらに驚いたのは、トランプ氏の最近の発言。
 ロサンゼルスで続いた巨大な山火事。それについて「あれは民主党知事の下での河川事業の失敗。山火事は民主党のせいだ」
 1月29日にワシントンで起きた米軍ヘリと旅客機の衝突事故に関し、「あれも民主党のせいで起きた事故だ」と喚いた。つまり、民主党政権下で進んだDEI(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン=多様性、公平性、包摂性)政策が、無能な管制官を作り出したために起きた事故だ、というわけだ。もうなにがなんでも民主党のせい。電信柱が高いのも郵便ポストが赤いのもみんな民主党のせいなのよ……か。
 安倍元首相が繰り返した「民主党の悪夢」を、トランプ氏も踏襲したわけだ。仲良しだったそうだから、頭ン中も似ているのか。
 「それを言っちゃおしまいだよ」どころか、もう手の届かない向こう岸まで飛んで行ってしまっている。そういう男が、言うことを聞く尻尾ふりふりの犬ばかりを身の周りに集めて突っ走っている。
 そのお犬様のひとりイーロン・マスク氏は、ドイツの極右政党AfD(ドイツのための選択肢)の選挙集会にオンラインで出席して「ドイツ人であることに誇りを持つことが重要、ナチスドイツの過去の罪の意識にとらわれ過ぎている。子どもは親の罪を背負う必要はない」などと演説したという。危なさはトランプ相似形。
 トランプ政策に危惧を抱く人も当然ながら存在する。
 「USAには男と女しか性別はない」とまで言い放ったトランプ氏に、さすがにワシントン大聖堂のマリアン・エドガー・バディ主教が、トランプ夫妻が礼拝に参加した際に「移民やLGBTQ(性的少数者)に恐怖を広めず慈悲の心を持つようにお願いしたい……」と、穏やかに述べた。
 これに対しトランプ氏は激怒、「彼女は無礼なやり方で、自らの教会を政治の場に引き込んだ。陰険でつまらぬ説教だった。彼女は極左だ。あの仕事には向いていない」と、口を極めて罵った。トランプ氏には礼節という言葉はないらしい。気に入らない人はすべて「極左」に分類してしまう。ネット右翼とどこが違う?
 ほんとうに、この主教に対する罵倒など「あーあ、それを言っちゃあおしまいだよ」の典型的な発言だろう。
 もうトランプ氏については言及したくないけれど、彼は「辞書の中でいちばん美しい言葉はタリフ(関税)だ」と言い放ち、自分を「タリフマン」と呼ぶ。そしてついに、メキシコとカナダには25%の関税、中国にも10%を上乗せという驚くべき発表をした。その理由として「不法移民や合成麻薬フェンタニルの米国への流入は『国家緊急事態』にあたるので、それを許している国への報復だ」と言うのだ。
 その後、カナダとメキシコへの関税強化は、一応しばらく延期することにしたというが、トランプ流の棍棒を振り上げて世界を脅しまくる政治手法は、これからもずっと続くに違いない。
 ここで持ち出した「国家緊急事態宣言」。日本でも右派政治家たちがしきりにこれを言い立てて「改憲」につなげようとしている。どこの国でも、ヤバイ連中の考えることは同じなのだ。

イスラエルだって……

 イスラエルは、ガザでは一応、停戦に応じたけれど、それに代わるように、もう1カ所のパレスチナ自治区のヨルダン川西岸地区に空爆を始めた。「それをやっちゃあおしまい」を繰り返すイスラエル。歯止めがかからない。口先ばかりの停戦を、イスラエルがいつ破るのかと、戦々恐々とする人々。
 ヨルダン川西岸では「テロ撲滅」を名目にして、2日までに50人超のパレスチナ人を殺害したと、イスラエル自身が発表している。「虐殺」は止んでいないのだ。
 それはもちろん、トランプ大統領という後ろ盾を得たネタニヤフ首相の「もう怖いものなし」の薄汚い自信から来るものだろう。

 それにしても、アメリカ国民は大統領選で、ほんとうに「それをやっちゃおしまいよ選択」をしてしまった。
 崩れるアメリカ。
 壊れる世界。
 日本はどうするのか。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。