いやあ、まんまと詐欺メールに引っかかっちまったよ。
詐欺メールなんかには絶対に引っかからない自信を持っていたぼくだったのだが、その裏をかかれてしまったのだ。
その手口をここに書いておこう。
みなさんも引っかからないように……と。
某月某日、頼まれた書評原稿を書いている時だった。その際、フェイスブック(FB)に知人が投稿した文章を参照したくなって、何気なくFBのキイを押したのだが、そのとき何か別のキイに触れてしまったらしい。とたんに、パソコン画面がフリーズーーーーッ!
画面が真っ黒になってしまったのだ。
何が起きたのか分からず、しばしボーゼンとするぼく。少し間をおいて、画面によく分からない表示。「あなたのパソコンは乗っ取られました……」というような文面。
詳しい内容は憶えていない。それほどボーゼンとしていたのだ。しばらく画面と格闘してみたが、まるで画面は動かない。マウスのカーソルも動かない。電源を切ろうとしても、なぜかこれも作動しない………困り果てた。
次に「これを解除するには、次の電話番号へご連絡ください」といった意味の表示が出て、0101888✕✕✕……という番号が示された。怪しいとは思ったが、なにしろ書きかけの原稿を放っておくわけにはいかない。とりあえず電話してみた。
思えばこれがよくなかったのだが、焦っているぼくにはそれしか方法はないと思われた。
電話はなぜか英語の応答で、やがてそれが転送されて、「はい、コチラはマイクロソフトのサポートセンターです。ドシマシタカ?」と、片言日本語のお兄さん(?)が登場。
ここで怪しいと気づくべきだった。しかしお兄さん、こちらの事情もよく聞かずにまくしたてる。
「あ、トラブルですね。ワタシはマイクロソフトのシニア・マネージャーの、ジャック・ウィリアムスです。ドシマシタカ?」と畳みかける。そして、このキイを押せだのあっちのキイを打てだのと指示してくる。
ともかく向こうの言いなりにキイボードを操作していくと、とりあえずぼくのパソコンが動きだした。ここがミソなのだ、動き出したのだから……。
その上で、これは「トロイの木馬」という詐欺メールの手口で、このままにしておくと、このパソコンは操作不能になってしまうと言う。
ではどうすればいいのかと聞くと、これを元に戻すには「マイクロソフトのセキュリティシステム」を購入する必要がある、と言うのだ。
うむ、カネの話が出て来たな、と、ぼくの「セキュリティ危機感覚」がピカピカし始めた。だから、ここで止めておけばよかったのだ。
でもとりあえず「それはいくらくらいかかるんですか」と聞き返したぼくが、うん、バカだったよな。
「これは、2万円です、いーですか、ニーマンエンです」と繰り返すジャック・ウィリアムス兄さん。だいたい、この名前もやたら偽名っぽいじゃないか。でも、こちらにそんなことを考える暇を与えないように、敵はマシンガン・トーク。そのうちに、またしても画面がフリーズする。
「あ、またカタマリましたネ。このままだと、ゼッタイダメですネ」
これでこちらはKOされる。
「近所にコンビニ、ありますか? コンビニですネ」
「ありますよ」
「ソコ、チカイですか」
「5分くらい」
「では、そこへ行って、BitCashカードを、ニーマンエン分買ってきてください。それでOKネ」
まあ、2万円でなんとかなるなら、こちらも急いでいるし焦っているのだから、仕方ないか。というわけで、コンビニに出かけた。その間もジャック兄さんが言う。
「電話は切らないでソノママにしておいてクダサイ。無料よ。電話代はムリョーです、コチラ持ちですからね、イイですね、切らないでネ」
つまり、連絡を絶やさないでおくのが向こうの狙いなのだ。いったん電話を切られてしまえば、もう連絡がつかなくなって詐欺は成立しなくなる。でもそれは、後でぼくが冷静になってから気づいたこと。その時は焦っているからそこまで気が回らない。
で、2万円分のカードを買って戻ってきた。
ところがここからが面倒だった。
「はい、カードの裏のヒラガナのIDを、コチラの指定するトコロへ入力してくださいネ。はいドーゾ」
そこへぼくは「ふみこき……」なる16文字のひらがなIDを入力した。すると……だ!
「あ、チョット待って待って。お客様、いま、間違ったキイを叩きましたネ。それ、無効、ムコー、ダメね」
えっ、えっ? なんだよ。確かに入力ミスで、違う字を打ち込んだけれど、すぐに訂正したじゃないか。
「テーセー、ダメね。これ、ムコーになりましたヨ。もう、このカード、ムコーね。仕方ないですね。もう一度、カードを買ってきてください。すぐにニューリョクしないと、トロイの木馬に、お客様のパソコンは食い荒らされてしまうネ」
食い荒らされるなんて、なかなかの日本語を使う。
「でも、そんなのおかしいでしょ。一度打ち間違えたからって、無効になるなんて」
ぼくも反撃するが、でも焦っている。時間はどんどん過ぎていく。ジャックあんちゃんの言うように、ぼくのパソコンがどんどん食い荒らされてはたまらない。乗り掛かった舟(そう思わせるのが敵の戦法だが、焦っているぼくにはその判断ができない)。
もう一度、カードを買い直した。この間も、電話はつなぎっぱなし。これもよく考えれば、おかしい。
さて2度目。
「もうイチド、さっきとオナジに、ひらがなIDをここに、ニューリョクしてください」
そう画面に場所が指定される。今度は打ち間違えないように、慎重に入力する。だが、ぼくの指はけっこう太い。「そ」という字を打つのに、キイボードが隣り合ったsとdを一緒に打ってしまった。そのために「sd」が表示された。すると、ジャックめ、勝ち誇ったように言った。
「あ、ダメ、間違えたネ。これで、また無効、ムコーになりました」
えっ、えっ、そんなのアリかよ。
「もいちど、カード買ってきてもらうしかないですネ」
「冗談じゃないよ。そんなにお金ないし、第一おかしいじゃないの、それ」
「ダイジョーブね。オカネ、戻りますから」
「え、戻るの? どうやって?」
「ワタシから、すぐに現金書留ね。お客様のところへ、アシタ10時にゲンキンカキトメで、ムコーになったカード分のオカネが戻ります。シンパイないですネ。アナタ、ソンありませんネ」
「ウソだろ。だいたい、現金書留が時間指定で着くなんて聞いたことがない」
「ジカンシテ、なんのこと? 大丈夫ダイジョーブ、あした朝10時にゲンキンカキトメとどくネ」
彼がそう言うと、今度は画面に現金書留の画像があらわれた。ご丁寧に封筒から現金が少しはみ出している画像だ。凄まじいほど手が込んでいる。ああ、ここまで準備周到なんだ。だけど、これではっきり詐欺だと分かった。
今の若い人たちは「現金書留」なんか知らないだろうから騙されるかも知れないが、これは、現金を送るときの特別な書留郵便だ。ぼくらの学生時代(1960年代末)には、現金書留は実家からの仕送りには絶対必要な命綱だった。世の中はまだほとんどが現金取引。預金口座を持っている学生なんて、聞いたこともなかった時代である。今では、そんなものを使う人は絶滅危惧種だろう。それに時間指定で郵便が届くわけもない。
「これ、詐欺だね!」とぼく。
もう何万円か使ってしまったから、さすがに頭に来ていた。だがそれも敵は織り込み済みらしい。
「詐欺、ありません。これ、ワタシね。ワタシ、マイクロソフトのカタよ」
そう言うと、今度は突然、画面に〈Jack Williams〉という名前の、ちょっとイケメンの白人男性の写真が映し出された。そこにはご丁寧に〈マイクロソフト・シニアマネージャー〉との肩書までついている。もうどこまでも用意周到である。
だけど、「マイクロソフトのカタ」って日本語、おかしいだろ。もっと勉強しろよ!
さらに画面が変わると、CPU使用グラフ(?)なるものが表示され、それが着々と作動して、次第に元に戻りつつある…というような感じが見える仕掛け。
「ほら、ようやく70%ほどまでカイフクしました。あと30%は、やっぱりカードが必要ですネ。どうぞはやくカードを買ってきてください。そうでないと、どんどんヒドイことになりますネ」
「もう金なんかないよ!」とぼく。
「そんなことないネ。あなたクレジットカード持ってるでしょ。いくらでもオカネおろせるはずヨ。すぐにコンビニ、行ってきてください」
こんなやり取りで、もう時間は2時間近く経っている。ぼくははっきりと、これは詐欺だ! と確信した。
数万円使ってしまったけれど、騙されたぼくがアホだったのだ。いくら書きかけの原稿がダメになりそうで焦っていたとはいえ、あまりにうかつだった。
「やっぱりこれは詐欺だよね、ジャックさん。もう終わりだ!」
「そんなことありません。チガイマス。ワタシ、マイクロソフトのカタです。ワタシ、正式なカタですよ」
なおも粘るジャックあんちゃん。
「お客様の電話番号オシエテください。明日10時、イラッシャイますか? また電話しますから。ゼッタイです」
「何をいまさら、ジョーダンじゃない。いい加減にしろよ!」
電話番号なんか教えるものか。ぼくの言葉は、けっこう怒気を含んでいただろう。
当然ながら、翌日10時に現金書留など届かなかったし、再度の電話もなかった。
というわけで、ぼくは数万円の授業料を払ってしまったのだった。
うーむ、思い出しただけでも腹が立つ!!
翌日、ぼくは会員になっている「PCデポ」を訪ねた。いつも親切に、ぼくのようなド素人に丁寧に教えてくれるスタッフの応対で、なんとかPCは回復した。
みなさん。絶対にこんな詐欺に引っかかってはいけません。
もしあなたのPCの画面がフリーズしてしまっても、そこに表示された番号に電話をしては、ゼッターイにいけませんよ。
ほんとうに気をつけてくださいね。
悔しさをにじませながら、気弱に呟くぼくなのであった……。