第711回:「お金がなくて病院に行けず、命を落とした」人、2023年で48人〜高額療養費の上限額引き上げに反対。の巻(雨宮処凛)

「医療費が払えず抗がん剤治療を中断 保険料が払えず無保険、過去にがん治療を医療費の問題から断念し、その後がんが進行、手遅れになった事例」(70代 男性)

「退職後、国保保険料が払えず受診が遅れ、熱中症状態で受診の数日後に自宅で亡くなった患者」(60代 男性)

「生活保護での定期検診しておらず、また生活保護廃止後、保険加入がされておらず、受診が遅れたがん患者」(60代 女性)

「肺がんの脳転移による著しい認知機能の低下で仕事に行けなくなり、寮を追い出された患者」(70代 男性)

「臨時職員の警備員のため自覚症状はあったが、休むことで収入が減ることを恐れ働き続け、治療が遅れて死亡した56歳男性食道癌の患者」(50代 男性)

「経済的不安と本人の治療に対する気力や積極性がなく、受診時には肝硬変など複数疾患が見つかった患者」(40代 女性)

「3年間糖尿病自己中断。年末に妻と離婚。車で寝泊まりし、体調不良にて1週間くらい会社の知人宅に仮住まいとなり、その後体調不良にて受診をし入院。肺癌疑いで検査目的で当院入院となる。その後原発性肺腺癌とわかり、緩和方針で紹介元の病院に転院後亡くなった事例」(60代 男性)

 これらは、「全日本民医連」が発表した、「2023年『経済的事由による手遅れ死亡事例調査』報告」からの引用である。

 民医連が毎年発表するこの報告書。私にとってはこの国の「貧困」を示すひとつの指標に思え、十数年前から毎年目を通してきた。

 23年、経済的理由から受診が遅れたりして命を落としてしまった人は、48人。

 男女比にすると、男性77%、女性23%。現役世代である40〜50代で25%を占めたという。

 また、死亡原因の50%を占めたのが、がん。

 「無職や非正規雇用の方などで、健康診断を受けていない事例が目立つ」

 「受診時点ですでに全身状態が悪く手術できないなど、治療が難しく対処治療となった事例が目立つ」

 「がんの診断を受けても、経済的な理由で受診しない事例も」

 報告書にはこのようにある。

 亡くなった人の雇用形態でもっとも多かったのは「無職」で58%。世帯収入が5万円以下は15件、5万円以上10万円未満は10件で6割を占めた。

 また、44%が負債を抱えており、滞納している税(公共料金)等では、健康保険料がもっとも多かった。ついで家賃、電気代と続く。

 ちなみに亡くなった48人のうち、「無保険・短期保険証」だった事例は23。正規の保険証があったり生活保護だったりと、保険証がないよりは医療にアクセスしやすかった事例で25という結果になった。

 知らない人も多いので書いておくが、生活保護を利用すると医療は無料で受けられる。お金がなくて病院に行けないという人は、利用を考えてみてほしい。

 さて、こんなことを書いたのは、現在、「高額療養費」の見直しが議論されているからだ。

 高額療養費とは、医療費が高額になった場合、自己負担を軽減できる制度。

 例えば年収700万円の現役世代の人の場合、医療費が月に100万円かかったとすると自己負担は30万円。が、高額療養費制度を申請すれば、自己負担の上限額は約8万円になる。4ヶ月目の申請からはさらに自己負担が減る「多数回該当」という仕組みもあり、これだと自己負担の上限が4万4400円に。

 「この制度があったから安心して治療を受けられた」という声を、がんを経験した人などからこれまで幾度も聞いてきた。

 が、今、この制度が見直されようとしているのだ。

 「見直し」といえば聞こえはいいが、要は上限の引き下げである。

 先ほど年収700万円だと自己負担上限額が約8万円と書いたが、見直し後は、約14万円になると言われている。

 そんなことになったら。

 医療費が払えず治療を諦める人が続出する、とがん患者の団体をはじめとして多くの人から反対の声が上がっている。

 全国保険医団体連合会が行った、子どもをもつがん患者を対象にした調査によると、高額療養費の患者負担増で、4割が治療を中断、6割が治療回数を減らすと答えている。

 ちなみに政府はこの見直しに際し、「どういう思考回路?」と驚くような論を展開している。

 それは、「上限が引き上げられると受診控えが起こり、それによって医療費が1950億円削減できる見込み」という内容。

 受診控えを推進するということは、冒頭に書いたような、経済的理由によって受診できずに手遅れとなって死亡する事例が増えることである。それは直訳すれば、「貧乏人は死ね」ということではないのか。

 私は長年、政治の役目は冒頭のような手遅れ事例を一人でも減らすことだと思ってきた。が、政権が目指している方向は、まったく違うようである。

 民医連の調査に戻ると、今年の手遅れ事例は48件だが、18年には77件、10年には71件起きている。それぞれの事例の詳しい経緯は報告書にあるのでぜひ読んでほしいが、どのケースもあまりにも壮絶だ。

 日本が誇ってきたはずの国民皆保険制度。そして多くの人が「助かった」と口を揃える高額療養費制度。

 なぜこのタイミングで、多くの命と生活を支えるこの制度を切り崩すのか。それは人の命を切り捨てることに等しいのではないか。

 改めて、高額療養費の見直しに反対と、声を大にして訴えたい。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。