南平ってどこですか?
3月に入りました。
クラウドファンディングは予想を超えてネクストゴールも達成し終了(ご支援いただいた皆さんに重ねて感謝です!)。店舗の工事も日々進んでいます。正式なオープン日を4月20日と定め、やるべきことを粛々とこなしていく毎日です。
手作りのロゴマークも決定
さて。今日は場所の話を。
「本屋を始めます」と人に話すと、当然「場所はどこで?」と訊かれます。
日野市(東京都)の南平と言ってもほとんどの人はピンとこないので、「京王線の奥のほうで、僕が住んでる高幡不動から各停でひと駅で……」等々と説明すると「ふーん」と返されますが、その「ふーん」には「なんでまたそんな場所で……?」というニュアンスが滲んでいることがしばしばです。
そりゃそうでしょう。沿線に住んで20年あまりの自分でも、南平に行く用事なんて過去ほとんどなかったですし、そこにお店を出すと言われたら「それはどうだろう……」と言ったと思います。実際、お店を共同運営することになった小川さんが最初に物件情報を送ってきたとき、そう反応しました。
「えええ〜〜南平? それはないですよ……。地元民だってほとんど行かない駅ですし……」
日野市は東京の西部、多摩と呼ばれる地域。新宿から特急でも40分弱かかり、いわゆるベッドタウンですが、田んぼや森も残っていて良く言えば牧歌的、悪く言えば田舎っぽいところです。その中でも南平は、地元でも知らない人がいるような小さな駅で、駅前は一瞬「ここは東京?」と思うようなシャッター通り。夜になると明かりがつくお店もありますが、昭和の香り漂うスナックや飲み屋さんがほとんどで、おしゃれなブックカフェが似合う街とは言いがたい(地元の人ごめんなさい)。
じゃあ一体なぜ、そんな場所に決めたのか。その理由の前に、少し時をさかのぼって話を始めます。
のんびりした南平の駅前通り
浮かんでしまった本屋のイメージ
本屋に限らず、いろんな開業記を読むと「物件は一期一会」「インスピレーションがすべて」みたいなことを多くの人が書いています。確かにそういう面はあると僕も思います。そもそも、会社勤めの頃に「できるならいつか本屋を」と思ったのも、ある物件との出会いからでした。
そこは通勤ルートにあるビルの1階で、いっときホルモンの無人販売所が入ったりしていましたが、すぐに撤退して空き店舗になっていました。ガラス張りで中が見渡せるし、光が入って明るい雰囲気。通りがかりの人が外から見て、ふらっと入りやすそうです。
その頃、本屋lighthouseの関口竜平さんの本(『ユートピアとしての本屋』)を作り、各地の独立書店を訪ねる機会が増えていたためか、小さな本屋のイメージが直感的に浮かびました。
それからというもの、毎日のように前を通るたび、「まだ空いてるなあ」「誰も入居しないのかな?」「家賃はいくらなんだろう……」と妄想が膨らみます。そんなことから、地元の知り合いとの会話の中でも「あそこで本屋ができたらいいと思うんですよねー」と冗談混じりに口にしていました。小川さんもそれを聞いていたので、共同運営を提案してくれたのでしょう。
「夢は口にしていれば叶う」と言われますが、これもそういう一例なのかもしれません。実際はその物件ではなく別の場所になったのですが、それはそれで結果オーライと思っています。
なかなか見つからない物件
小川さんとはそれまでにも、地元で映画の上映会や反戦スタンディング等の活動を一緒にしていました。福祉分野で働きながら、自分のお店を持つという夢をあたため、1年ほど前から物件を探しているのは聞いていました。なかなか条件に合う物件が見つからない、というぼやきも。
お店を一緒にやろうという提案を受け、僕も物件探しに加わりましたが、やっぱり見つかりません。条件としては、賃料が高すぎないことも当然ながら、できれば1階で段差がないこと。バリアフリーのお店にしたい小川さんのこだわりですが、人気のある駅の近くにそんな物件はそうそうありません。二人の生活圏である京王線沿線で、都心から遠すぎず、地元の知り合いも来やすい駅で……と考えると、おのずと範囲は決まってきます。
スマホで不動産サイトを検索しながら、ないですねえ……と言いあっていたある日、小川さんから送られてきたのが南平駅近くの物件情報でした。先に書いた通り、南平は僕の住む高幡不動の隣駅ですが、都心からさらに離れます。高幡不動でさえ「遠いよね」と言われるのに、さらに各停に乗り換えて一駅なんて……ということで、冒頭に書いたような超ネガティブな反応になりました。
と言ったものの、条件を見ると悪くない。駅から徒歩すぐで、坪数のわりに賃料もお手頃。何より1階の路面店。
「どうせ超ボロいとか、なんか理由があるんでしょ……まあ、ダメ元で行ってみましょうか」 。そんな感じで内見を予約してもらいました。
内見当日、不動産屋さんと一緒に足を踏み入れて、「へえっ」と思いました。
まず広い。本屋+カフェとして最小限でイメージしていた広さの1.5倍ほどあり、イベント時も余裕をもって席を作れそう。壁紙もまあまあきれいで、そのままでも使えそう。入り口はガラス張りで、通りから店内が見えるところは、僕が最初に出会った物件に似ています。
見ているうちに、本屋カフェのイメージがどんどん膨らんできました。隣で見ている小川さんも好感触のよう。
駅前通りに面しているので、我々が見ている間にもまあまあ人は通ります。「ここ、何かできるの?」と興味津々で尋ねてくる地元の方も。みなさん駅前にお店が減って寂しく感じているようでした。本屋カフェができたらきっと喜んでくれるはず!
ローカルな街にこそ本屋を
もうひとつ、いいなと思った要素は、地元の高校が近くにあることです。高校生が学校帰りにふらっと入れる雰囲気の店にしたいなと思いました。友達や親に言いづらい悩みを持つ子が、本を通じて外の世界を知ってくれたら嬉しい。昔から学校の前にある駄菓子屋みたいな、地域密着のお店。おしゃれカフェよりも、そっちのほうが我々らしいんじゃない?
そんな前提で見てみると、南平という場所の見え方も変わってきました。
駅ビルの中に大型書店があるような大きな街より、ローカルな生活空間にこそ小さな本屋は似合いそうです。実際、独立系書店の中にも、決してアクセスがいいとはいえない立地で営業しているところが少なくありません。
駅から数分歩くと浅川(多摩川の支流)の川べりに出て、晴れた日には富士山がよく見えます。ご近所には、住宅街の中にある小さな絵本専門店や、家族経営のおいしいパン屋さんがあるのも知っていました。そうしたローカルなお店どうしでつながっていくのも楽しそうです。
結局、その物件に出会ってからは他の候補はほとんど考えず、不動産屋さんとの交渉を進めました(ここはほぼ小川さんにお任せ)。契約する段になり、初めてオーナーさんにお会いしましたが、とても優しそうなご老人で、「どうぞ、いいように使ってください」と言ってくださいました。オーナーさんとの関係で苦労する話をよく聞くので、これは心底ホッとしたところでした。
そんなわけで、今となっては南平という選択をベストだったと思っています。都心からはちょっと時間がかかりますが、来てくれたらきっと、この場所の良さがわかってもらえると思います。
工事中の店舗にて
街にチューニングしていくということ
他の小売業もそうかもしれませんが、本屋という業種は特に、場所との結びつきが強いように感じます。商品としての本は全国どこで買っても同じものですが、その街にどんな人が住み、どんな関心を持っているかに合わせて本屋の品揃えは変わってきます。お客さんの立場でも、ネット書店で買えるのに、あえてリアル書店で買おうと思ってくれるのは、その街・その店だからこその出会いを期待してのことでしょう。
先日、神奈川県大船の本屋「ポルベニールブックストア」を訪ね、店主の金野典彦さんから直々に本屋運営の実情やノウハウを教えてもらいました(本当にありがたい……)。その中で、金野さんが口にした「街にチューニングしていく」という言葉が印象に残りました。
この街ではこんなお客さんが来るだろうと予想を立てることはできても、100%当たることはありえません。自分がイメージした構えでスタートしながら、実際のお客さんや街の反応にあわせて少しずつニーズに寄せていく。そうした「街とのチューニング」に成功したお店が地域に根づいていくんだろうと思います。
開業まで残り2カ月弱。しょっぱなでチューニングを大外ししないよう、できるだけ丁寧に準備を進めようと思います。
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近廣直也、取材・構成=川口和正『どうげんぼうずという仕事』(TUK TUK CAFE)
本屋本が続いたので少し毛色の違うものを。反ヘイト界隈で有名なラーメン屋「どうげんぼうず」の店主チカヒロによる語り下ろし自伝。営業の傍らでヘイトデモを叱りつけ、ガザ虐殺に抗議してイスラエル大使館前に立ち、近所の小学生や野宿のおっちゃんにメシを食わせ、障がいのある子のために学校に付き添う。これら全部を「大人の仕事」と呼ぶ生き方のカッコよさ。地域の中で店を営むことと、戦争や不正に黙さず行動することは矛盾しないどころか一体のものだ。スタイルは違っても、自分もこういう大人になれたらと思う。
※一般の書籍流通と異なるため取り扱い店舗が限られます。詳しくはこちらを参照。