第146回:「エノラ・ゲイ」の削除リスト入りが象徴するもの(想田和弘)

 第二次トランプ政権を象徴するようなニュースを目にした。

 広島に原爆を落とした米軍の爆撃機「エノラ・ゲイ」の写真が、米国防総省のサイトから「削除すべき写真」のリストに入っていたというのである。

 いったい、どういうことか。

 エノラ・ゲイとは、爆撃機の機長だったティベッツ大佐の母親の名前である。ところがトランプ政権は、「ゲイ」が同性愛を示す言葉と誤解したようなのである。

 トランプの大統領令に従って「多様性、公平性、包括性(DEI)」をパージするなか、きっと単にデータベースに「ゲイ」という言葉で検索をかけて、引っかかった写真を自動的に「削除リスト」に入れてしまったのだろう。その証拠に、「ゲイ」という名字を持つ軍人の写真も同様に「削除リスト」に入れられていたという。

 要はテキトーである。

 吟味もクソもない。

 歴史に対する敬意のかけらもない。

 イーロン・マスクが「DOGE(効率化省)」と称して大鉈を振るい、国家公務員を解雇しまくっているが、おそらく同じ調子である。

 事実、ニューヨーク・タイムズによると、先日の閣僚会議では運輸長官のショーン・ダフィーが、不満を述べたという。マスクの若い手下が、航空管制官を解雇しようとしたというのである。

 周知の通り、1月29日にレーガン・ナショナル空港で起きた旅客機とヘリコプターの衝突事故は、航空管制官の人員不足のため、本来は二人で行われるべき業務が一人で行われていたことが原因ではないかと言われている。それで明らかになったのは、アメリカでは航空管制官が慢性的に不足していて、航空管制施設の9割以上が人員配置の点で基準を下回っているということだ。

 にもかかわらず、マスクの手下は貴重な航空管制官を解雇しようとしたわけである。ダフィーは解雇をすんでのところで止めたようだが、こんなことは氷山の一角であろう。そしてその大半は、誰にも制止されずに実行されてしまっているに違いない。

 テキトーと言えば、USAID(アメリカ国際開発庁)の解体を進めているのも、カナダやメキシコに対する高関税措置も、カナダやグリーンランドを併合したいと口にしたのも、米国がガザを取得してパレスチナ人を追い出し、リゾート再開発したいという“計画”を開陳したのも、「感謝」を十分に示さなかったゼレンスキーをホワイトハウスから追い返した事件も、綿密な思考や吟味に基づいたわけではなく、すべてテキトーな思いつきで行われているように見える。

 重大な決断になればなるほど、慎重に吟味を重ねて、他人の意見も聞きながら、ゆっくりと決めなければならぬというのは、大人の常識である。でないと、危なくてしかたがないからだ。ところがトランプには、そういう常識も意思もない。

 悪いことに、第一次トランプ政権の時と違って、共和党内にも、閣僚や側近の中にも、トランプの暴走を止めようとする人たちはほとんどいない。選挙で負けて議会でも少数派となった民主党も、止めるだけの力がない。

 この調子だと、米国は内側から崩壊していくであろう。

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想田和弘
想田和弘(そうだ かずひろ):映画作家。1970年、栃木県足利市生まれ。東京大学文学部卒業。スクール・オブ・ビジュアル・アーツ卒業。BGM等を排した、自ら「観察映画」と呼ぶドキュメンタリーの方法を提唱・実践。最新作『五香宮の猫』(2024年)まで11本の長編ドキュメンタリー作品を発表、国内外の映画賞を多数受賞してきた。2021年、27年間住んだ米国ニューヨークから岡山県瀬戸内市牛窓へ移住。『観察する男』(ミシマ社)、『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)など著書も多数。