成績良好の優良学校なのに閉校の噂
息子がナショナル・ティーチャーズ・アカデミー(National Teachers Academy, NTA)に入学して3年目、2017年の春のことだった。シカゴ公立学校(Chicago Public Schools, CPS)がNTAの閉校を計画しているという噂がどこからともなく流れてきた。しかし、初め私たちは噂を一顧だにしなかった(これまでの経緯はこちら)。
アイザック・カステラス校長の下、NTAはめざましい成長をとげており、CPSによるSchool Quality Ratings(学校の質評価)も、5段階中上から2番目の「レベル1」を3年連続で獲得していた。それどころか、あと数ヶ月で発表されるはずの最新評価では、最高ランクの「レベル1+」になるかもしれないと期待されていたのである。成績良好の学校が閉校されるわけがない――皆そう思っていた。
シカゴにおいて、公立学校の閉校自体は残念ながら新しいことではなかった。2002年以降、公立教育の効率化を名目に、これまでに200以上の公立学校が閉校されている※1。特に2013年は歴史的な年となった。当時の市長ラーム・エマニュエル(前・駐日米国大使)のもと、49の公立学校が一度に閉鎖され、アメリカ史上最大規模の一斉閉校となった※2。エマニュエル市長によれば、「閉校されるのは機能していない定員割れの成績不良校であり、生徒をそこに留めるよりも、優良校に転校させる方が、すべての子どもに良質な教育機会を与えられる」ということだった※3。
だからNTA閉校の噂はまったくあり得ないことに思えたのだ。定員割れどころか年々入学希望者が増え学校は大きくなっていたし、上述したようにもうレベル1+に手が届くところまで来ていたNTAは、2013年の基準によれば閉校対象どころかむしろ「優良校」にあたる。しかもCPSは2013年以来、5年間の学校閉鎖モラトリアム中でもあった※4。
※1 Lutton, Linda, et al. “Chicago Closed or Shook up 200 Schools: Who Was Helped, Who Was Hurt?” Chicago Closed Or Shook Up 200 Schools: Who Was Helped, Who Was Hurt?, 3 Dec. 2018,.
※2 Vevea, Becky. “CPS Board Votes to Close 50 Schools.” WBEZ, WBEZ, 22 May 2013,.
※3 Ford, Quinn. “Rahm Defends CPS School Closings.” DNAinfo Chicago, DNAinfo Chicago, 23 Mar. 2013,.
※4 教育員会は2013年一斉閉校の後、向こう5年間は閉校をしないという決議をした。法的拘束力はなかったものの、一斉閉校への強い反発を受けて、CPSはこの自主的決議に従う姿勢を保っていた“CPS Announces Five-Year Moratorium on Facility Closures Starting in Fall 2013.” 26 Nov. 2012,.; “Chicago Public Schools Educational Facilities Master Plan.” 23 Sept. 2013, p.28.
NTAにだけ知らされていなかった計画
ところが2017年5月23日、CPSが文書で初めて計画を明らかにした。「NTAを隣の学区のサウス・ループ小・中学校に吸収合併し、小・中学校(K-8)は新築される建物に入る。現在のNTAのキャンパスは高校(9-12)につくりかえる」――※5。この知らせに驚いたNTAの教師と保護者たちは、急遽NTAの学区を選挙区に持つパット・ドウェル市議会議員とサウス・ループ小・中学校の保護者を招き、集会を開いた。CPSの計画はNTAの保護者のみならず、カステラス校長にとっても寝耳に水だった一方で、サウス・ループ小・中学校の校長と保護者は計画を知らされていたようだった。選挙区を守るべきドウェル議員も当然この計画の準備に関わっていながら黙っていたわけで、ミーティングは紛糾した※6。NTAがなくなってしまう。そしてその計画をNTAだけが知らされていなかったのだった。
CPSは6月から7月にかけて、地域の教会、サウス・ループ小・中学校、そしてNTAと場所を変えながら、計画についての地域集会を3回開いた。パブリック・コメントでは賛成・反対の両方の立場から意見が出たが、贔屓目に見てもNTA側からの反対の声が圧倒的だった。CPSが発表した計画は、細部を確認するほど矛盾が目立ち、不合理な点が多かった。地域集会の目的は、保護者、関係者、地域住民からの声を聞き、計画自体の是非を含めて検討の材料とすることにある。しかし、どれだけデータを示そうと、論理立てて話そうと、また感情的に訴えようと、私たちの意見が取り入れられることはなく、次の集会ではまた同じ説明が繰り返されるのだった。
結局のところ、CPSは教育委員会に正式に計画を提出する前に3回集会を開くという規則を満たすため、形式的に集会を開いただけであり、本当に民主的に計画をすすめる意図はこれっぽっちもなかった。NTAを閉校し、キャンパスを高校に変える――。もうそれは「決まったこと」、 “done deal” なのだと、私たちの反対を顧みず強行しようとしているのがはっきりと感じられた。
計画に賛成していたのはサウス・ループ小・中学校の保護者、サウス・ループ周辺エリアの住民で、その理由は「公立高校が近所に欲しい」というものだった。中でもエリアの高級住宅区画、プレーリー・ディストリクトの住民団体、プレーリー・ディストリクト・ネイバーフッド・アライアンス(Prairie District Neighborhood Alliance, PDNA)は、その政治的つながりを生かして高校新設計画に深くかかわっていた※7。彼らとしてはとにかく高校さえできればよかったのだが、CPSにはそれだけの予算がなく、代わりにNTAの建物を再利用するという代替案に乗ったのである。試算によれば、高校を一から新設するよりはずっと安く済み「経済的」だということだった※8。PDNAの会長は開発業者であり、彼女にとっては近所に良質な公立高校があることで地価があがるというのも関心事※9であったろう。
しかし、そもそも前回説明したように、高校は義務教育なので全ての住所に学区の高校がある。つまり、近所の公立高校はすでに「ある」のだ。サウス・ループ地域にも電車で2駅のところにあるウェンデル・フィリップス高校が割り当てられており、住民は自動的に無料で通うことができる。それなのになぜ彼らは人の学校をつぶしてまで高校が欲しいというのだろうか。
※5 Matthews, David. “A New South Loop High School? Teachers Academy Could Be Converted amid Boom.” DNAinfo Chicago, DNAinfo Chicago, 26 May 2017,. ; Hinz, Greg. “Chicago South Loop High School Being Considered.” Crain’s Chicago Business, 24 May 2017,.
※6 sweeney, tricia. “NTA Town Hall 10.” YouTube, YouTube, 25 May 2017,.
※7 ドキュメンタリー映画、“Let The Little Light Shine” (Shaw, Kevin, director. Let The Little Light Shine. ITVS International, 2022,) において、PDNAは10年以上に渡り政治家に働きかけこの計画を進めてきたことを告白している
※8 CPSの試算によれば、NTAを高校に変えるのにかかる費用は500~1000万ドルに対し、新しい高校を建てるのにかかる費用は7500万~1億ドルとのことだった。(Chicago Public Schools. Near South Area School Planning FAQ, Version 2 (6/20/17) & Version 3 (7/10/17), Chicago, IL 2017. ) なお、サウスループ小・中学校とNTAを統合した学校のために建てられる6千万ドルと報じられた建物については、Tax Increment Fund(TIF、特定区域内の不動産税の増収分をインフラ整備に再投資する仕組み)という別の財源をあてることになっており、CPSによる支出ではない
※9 Gower, Ashley. “School Districts Impact on Home Values: What Every Buyer Should Know.” NFM Lending, 12 Aug. 2024,.
「自分たちの子どものための公立高校が欲しい」
2018年、フィリップス高校の総生徒数は634人で、これは定員1980人のわずか32%にすぎなかった。学区内の多くの住民が自分の子どもをフィリップス高校に通わせていないようだった。さらに詳しく見ると、サウス・ループの人口構成は白人が約50%、黒人が約23%であるのに対し、フィリップス高校の生徒の98%が黒人だった。また、サウス・ループの世帯所得中央値は12万4千ドル(当時のレートで約1400万円)であるのに対し、フィリップス高校の生徒の95%以上が低所得層家庭の子どもだった※10。
この状況を踏まえると、サウス・ループの中・上流階級の白人住民はフィリップス高校への進学を避け、その結果、低所得層の黒人の生徒ばかりが通う学校になっていたことがわかる。そのため、定員割れによる予算不足 に苦しむことになった(生徒ベース予算方式については前回を参照)。こうした影響もあり、フィリップス高校のSchool Quality Ratingは下から2番目の「レベル2」 だった。こうなると、「卵が先か、鶏が先か」という問題が生じる。学校の運営がうまくいかないから子どもを通わせないのか、それとも、多くの住民が子どもを通わせないから学校が機能しなくなるのか。
さらに言えば、「中・上流階級の白人住民がフィリップス高校を避けた結果、低所得層の黒人ばかりが通う学校になっている」という現実を、サウス・ループの住民自身も、またCPSも認識していた。 そして、その状況を正当化するかのように、地域集会では「黒人ばかりの学校に白人の子どもを通わせることに抵抗がある」 と語る住民もいたのだった。割り当てられた(黒人ばかりの)公立高校には子どもを行かせたくない、だから自分たちの子どものための公立高校が欲しい、そのために(黒人の子どもが多く通う)小・中学校が一つつぶれたとしてもやむを得ない――。NTA閉校計画に賛成している人たちの理由は、どんなに言葉を繕っても、結局こういうことだった。そのために自分たちの学校を失うことになるNTAの生徒や保護者、教師たちのことなど何も考えていなかった。しかもCPSはこれがNTAの「閉校」計画だとは決して認めなかった。あくまで二つの小学校の「統合」であり、NTAは高校として残る、という説明を一貫して続けたのは、前述した5年間の学校閉鎖モラトリアムに違反することになってしまうからである※11。
※10 Chicago Metropolitan Agency for Planning. CMAP Community Data Snapshot | Near South Side, July 2024,.; CPS Educational Facilities Master Plan (October 2018 Release), Chicago Public Schools, Chicago, IL, 2018,.; Chicago Public Schools. Wendell Phillips Academy High School 2018 School Progress Report, 2018,.
※11 注4のとおり、5年間の学校閉鎖モラトリアムは教育委員会による自主的決議で法的拘束力はなかったが、2013年一斉閉校への強い反発をうけてCPSはこれに従う姿勢を表向き維持していた。実際にはこの期間中に生徒が他校に移籍され在籍者が0人となり、事実上の閉校となった学校があるが、CPSは「閉校」という言葉を使っていない。(Sanchez, Melissa. “Montefiore now a School without Students but, Says CPS, It Is Not Closed.” The Chicago Reporter, 12 Aug. 2015,. ) NTAの場合もCPSの公式な表現では、「サウス・ループ小学校の学区拡大」と「NTAの高校への転換」とされており、私たちがNTAが「閉校」されると言うたびに、「閉校ではない」と否定された
地域集会で感じた「エンタイトルメント」
Entitlement (エンタイトルメント)とは、特権意識や「自分が特別扱いされて当然だ」という考えを指す。地域集会で私たちが繰り返し耳にしたのは、サウス・ループ、特にPDNAによる意識的、無意識的なentitlementの表れと、それを追認し正当化するCPSの詭弁だった。そして、厳然たる事実として、これによって利益を得るグループと被害を受けるグループの間には、否定しようのない人種的格差が存在していた。
上述した、2013年のラーム・エマニュエルによるアメリカ史上最大規模の公立学校大量閉鎖のときも、被害を受けたのは圧倒的に黒人コミュニティだった。閉校対象は「在校生数が定員の70%以下でレベル2以下の学校」という基準※12のもと決められたのだが、その49校は、シカゴ南部と西部の、黒人住民が集中する貧困地域に偏っていたのである。従ってこの決定により、強制的な転校を余儀なくさせられた13,646人の生徒は、89%が黒人、9%がヒスパニックで、白人は1%未満にすぎなかった※13。シカゴ教員組合(Chicago Teachers Union, CTU)委員長のカレン・ルイス※14、シカゴで最も古い黒人市民団体ケンウッド・オークランド・コミュニティ・オーガニゼーション(Kenwood Oakland Community Organization, KOCO)のリーダー、ジトゥ・ブラウン※15をはじめ、生徒、保護者、教員、公立教育の弱体化を懸念する多くの市民らが一斉閉校は「人種差別」だと激しく非難した※16。
しかし、この一斉閉校は「人種差別」だったのだろうか。対象の選別は「客観的」な基準に沿って行われたのであり、「意図的」に黒人コミュニティの学校を選んで閉校したわけではない。ここで問われるのは、「人種差別」とは何かという問題である。
2013年のCPS大量閉校が黒人コミュニティに与えた影響を分析した社会学者、イヴ・ユウィングは、人種主義を個人レベルに関わるものと社会構造に関わるものにわけて説明している。前者は個人の考えや価値観における人種の扱われ方であって、「〇〇人は劣っている」「〇〇人だから信用ならない」といった明らかな差別だけでなく、「私の親友は黒人だから、私が人種差別主義者のわけがない」「私は人種で人を見ない、黒、白、黄色、赤、緑、水玉でも、その人の色なんて気にしない」というような、カラー・ブラインド・イデオロギーも含まれる。なぜならカラー・ブラインド・イデオロギーは人種差別を個人の心に宿る問題としてだけ捉え、そこに至るまでの人種による経験の差(例えば黒人に対する奴隷制、ネイティブ・アメリカンの虐殺など)を認識しないということだからである。
一方、構造的人種差別は、メリー・ゴー・ラウンドのメタファーで説明される。人はまるで馬に乗って進んでいるように感じるけれども、実はその動きは個人の意思とは関係ない。人種主義が社会構造に組み込まれている以上、人種差別は個人による社会的逸脱行為(「世の中にはひどい人がいるものだ!」というような)ではなく、ごく普通の予測可能行為である※17。歴史学者イブラム・X・ケンディは、人種差別主義者の反対は、非・人種差別主義者ではない、反・人種差別主義者であると述べている※18。メリー・ゴー・ラウンドのメタファーを用いるならば、社会全体が人種差別の方向に進んでいるとき、無意識に馬に乗っているのではなく、積極的に反対方向に動いていかなければ、結局人種差別に加担してしまうのである。無意識どころか、差別に反対している「気持ち」をもっていたとしても、馬に乗っている限り同じことである。
つまり構造的人種差別とは、そこに差別的な意図があるかどうかとは関係がなく、社会のデフォルトとして起きている人種間の不平等な状態とそれを維持する仕組みである。ある行為や政策において、差別を解消しようと意図することはもちろん素晴らしい。しかし、社会における構造的人種差別を前提とすれば、実は問われるべきは、その意図ではなく、結果である。その行為や政策が結果として与える影響がどのように現れるのか、人種別に見たときにもし差があるのであれば、それは元の意図にかかわらず「差別的」なのだ。
※12 “Chicago Public Schools Announce Closing Criteria.” NBC Chicago, NBC Chicago, 13 Feb. 2013,.
※13 Karp, Sarah, et al. “Chicago Promised Students Would Do Better after Closing 50 Schools. That Didn’t Happen.” Chicago Sun-Times, 25 May 2023,.
※14 “Karen Lewis: School Closure Plan Racist, Classist and Unnecessary.” NBC Chicago, NBC Chicago, 21 Mar. 2013,.
※15 Cox, Ted. “School Closings a Civil Rights Issue, Activist Jitu Brown Tells Feds.” DNAinfo Chicago, DNAinfo Chicago, 11 Feb.2013,.
※16 Riley, Chloe. “CPS School-Closing Proposals Motivated by Race, Income, Parents Say.” DNAinfo Chicago, DNAinfo Chicago, 12 Feb. 2013,; Lydersen, Kari. “Chicagoans Flood Streets to Protest ‘Racist’ School Closings.” In These Times, 27 Mar. 2013,.
※17 Ewing, Eve L. Ghosts in the Schoolyard: Racism and School Closings on Chicago’s South Side. The University of Chicago Press, 2020, pp. 10-13.
※18 Kendi, Ibram X. How to Be an Antiracist IbramX. Kendi. One World, 2019, p.9.
根幹にあるのは構造的人種差別ではないか
2013年の大量閉校の際には、「成績不良校に通っていた生徒は優良校に転校することで、よりよい教育機会が得られる」との説明がなされた。それは(建前にすぎないとしても)閉校の「意図」(intent)である。ではその実際の「影響」(impact)はどうか。2013年から5年後、シカゴ大学教育研究コンソーシアムが行った調査によれば、むしろ元の学校が閉校された生徒たちの成績は悪くなっており、学校をやめてしまう(転校、あるいは退学)率が高くなっていた※19。それどころか10年後の2023年に教育専門ニュースメディア、Chalkbeatが実施した追跡調査によれば、実際に閉校された学校の生徒のみならず、閉校対象リストに入ったが最終的に閉校されなかった学校の生徒も、転校あるいは退学率が悪化していた。つまり、「閉校されるかもしれない」という不安定状態だけでも、生徒に実際の悪影響が出ていたのである※20。エマニュエル市長とCPSの「意図」は問題ではない。現実として黒人の生徒たちばかりが、圧倒的に苦しむことになったのだった※21。これが構造的人種差別である。
NTAの閉校計画については、「2つの小・中学校を統合することで、どちらの学校に通っていた子どもも(白人ばかりや黒人ばかりに偏らない)人種的に多様な環境で学ぶことができ、卒業後はくじ引きや選抜試験の心配をせずに良い高校へ進学できる」という「意図」が説明された。しかし、それならばなぜ、強制的に転校させられるのは圧倒的に黒人の多いNTAの生徒であり、白人の多いサウス・ループ小・中学校の生徒ではないのだろうか? 統合というのであれば、なぜNTAは「吸収される側」なのか? なぜ統合後の小・中学校の校長が、NTAのカステラス校長ではなく、サウス・ループ側の校長に決まっているのか? そもそも、レベル1〜1+の学校が、吸収されるにせよ、閉校するにせよ、元の形を失うというのは前例のないことだ。さらに言えば、NTA以外のレベル1〜1+の学校はすべて黒人多数の学校ではない。もしNTAも他の「優良校」と同じように白人の比率が高かったとしたら、この計画は果たして提案されただろうか?
こうしてだんだんとこの計画の根幹にある構造的人種差別、それも黒人コミュニティに対する圧倒的な影響を理解するにつれ、初めは自分の息子の学校がなくなるということに対して慌て、憤っていた私自身の、この問題に対する姿勢のあり方を考えるようになった。もちろん私は自分の息子の学校を守りたい。でもそれだけでいいのだろうか。そもそも私は学校選択制によって、気に入ったNTAに選んで来たのだ。自分の学区の学校をよく調べることすらしなかった。自分の息子、自分の学校、自分の権利――。行動の動機が自分の欲を満たすことでしかないのだったら、あのentitledなPDNAと何が違うのだろう。どうやったら、私はメリー・ゴー・ラウンドの流れに積極的に逆行できるだろうか。
※20 Vevea, Becky. “Chicago Closed 50 Schools a Decade Ago. Here’s a Look at What’s Happened since Then.” Chalkbeat, Chalkbeat, 25 July 2023,.
※21 Karp, Sarah, et al. “Chicago Promised Students Would Do Better after Closing 50 Schools. That Didn’t Happen.”, Chicago Sun-Times, 25 May 2023, ; Karp, Sarah, Nader Issa, et al. “After 10 Years, Chicago School Closings Have Left Big Holes, and Promises Unkept.” NPR, NPR, 1 June 2023,.
“We Are NTA”をスローガンに
反対運動の様子 🄫Chicago Suntimes
サウス・ループ地区の南端に位置するNTAは、もともとイッキーズ・ホームズ(Harold L. Ickes Homes)という、約1000世帯が暮らしていた低所得者用公共団地(ハウジングプロジェクト、“プロジェクト”)※22の向かいに建てられた、その公共団地の住民のための学校だった。しかしサウス・ループ地区の再開発(gentrification, ジェントリフィケーション)※23が進み、中・上流階級の住民が流入してくるにつれて、さらなる土地の確保が求められ、イッキーズ・ホームズは取り壊された。当時のNTAの生徒たちは、学校の窓から自分の家がブルドーザーによって破壊されていくのを見ていたという※24。住民たちは市内のどこに引っ越したとしても、学区に関係なくNTAに通うことができるとCPSが約束したらしいが、真偽はよくわからない。いずれにせよ、イッキーズの消滅によって住民が散り散りになってしまったことで、NTAは恒常的な定員割れに陥った。その空きを埋めるために導入されたのが、学校選択制による選抜プログラムだったのだ。あれほど明確に人種主義やエリート主義を拒否する校風を持つNTAに選抜プログラムがあるのは、このような経緯があったからだった。
しかし、私はそんな学校とコミュニティの歴史を、こうして閉校の危機になるまで何一つ知らなかった。そして、知ってしまった以上、NTAを守ることは自分の権利のためとは、どうしても思えなくなった。もちろん自分の息子の学校、自分の権利に関わることでもある。それでも、それを主張するよりも、このコミュニティの歴史に対する敬意と、そしてその一部にでもなれたのだとしたら尽くしたいという気持ちだった。
CPSが着々と計画を進めていく一方、私たちも「We Are NTA、I❤️NTA」というスローガンを作り、保護者や協力者を組織して反対運動を広げていった。We Are NTAの根本に常に共有されていたのは、コミュニティの歴史に対する敬意と構造的人種差別に対する怒りだったと思う。であれば、We Are NTAは誰によって代表されるべきか―― スピーチをしたり、先頭に立ったり、写真をとられたりする、私たちの「顔」――は通常プログラムの黒人の生徒と保護者たちであるべきなのは当然だった。中には自分はふさわしくないとか、向いていないとか、長年の構造的抑圧の中で信じ込んでいる人たちもいた。しかし、本当に聞かれるべき声の持ち主が声を上げられるように、力づけ、サポートすることが、メリー・ゴー・ラウンドに乗ってここまで来てしまった、私たち選抜制の保護者たちがすべきことだった。
自分のentitlementに自覚的であり続けながら、なおかつ全力で運動に関わる方法、自分が役立つ方法を考えた結果、私はレンズの前ではなく後ろに立つという決断をした。たまたま私は簡単なビデオ編集ならできたので、録画、配信、コミュニケーションを担当することになった。そこから1年半、私はつねに自撮り棒とバッテリーパックを持ち歩く、We Are NTAのカメラマンとなったのだった。
※22 “Harold Ickes Homes.” Individual Development Page | Chicago Housing Authority,. Accessed 3 Mar. 2025.
※23 都市の再開発によって、低所得者層が住んでいた地域に中・高所得者層が流入する現象。家賃や地域の物価の上昇により、もともと住んでいた低所得者が住み続けられなくなるケースが多い
※24 WeAreNTA. “Prevail: The Story of the NTA Community.” YouTube, YouTube, 1 Dec. 2017,.
(“We Are NTA”―公立学校を守る戦い・3に続く)