第349回:自民党、もうひとつの悪夢……(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

首相が火元の大騒動

 また自民党内が騒がしい。今度の火元は、なんと石破茂首相自身である。それもカネにまつわる話だ。各紙が一斉に報じたし、テレビニュースも大きく取り上げたから、あれよあれよという間に大火事になった。
 いつも暗い石破氏の顔が、よけい真っ暗である。
 最初に報じた朝日新聞(3月14日付)によれば、以下のような事態だ。


首相側、議員側に商品券
衆院初当選 十数人に
「1人10万円」規正法抵触の恐れ
「内輪の会合 詳細控える」首相事務所

 昨秋の衆院選で初当選した複数の自民党議員が3月初旬、石破茂首相(自民党総裁)の事務所から商品券を受け取っていたことが朝日新聞の取材でわかった。複数の議員側の証言によると、商品券の金額は1人あたり10万円相当。受け取ったのは今月3日開催の首相との懇談会に参加した十数人で、総額は百数十万円相当にのぼるとみられる。(略)

 毎日新聞は続報(15日付)で次のように追いかけた。

首相、以前にも商品券配布
予算委で陳謝 自ら指示 違法性否定

(略)首相は14日の参院予算委員会で議員への商品券配布が初めてではないことを認めた。過去の配布回数について、首相は「両手で数えて足りるかくらいだ」と述べ、1人当たり10万円を上回る額はなかったとした。(略)
 首相は予算委で「多くの皆様方の不信、お怒りを買っていることについて深くおわびする」と陳謝し、道義的責任について、「当然責任を負うべきものだ」と述べるなど釈明に追われた。野党だけでなく与党からも批判が出ており、政権への打撃になるのは必至だ。
 首相は「私自身のポケットマネーで用意した」と述べ、自らが指示したことを認めた上で、政治資金規正法などには抵触しないとの認識を示した。(略)
 3日夜の会食には林芳正官房長官と橘慶一郎、青木一彦両副官房長官も同席していた。(略)

 いやはや、である。金銭問題については比較的身綺麗だとされ、あまり噂のなかった石破氏だが、「なんだ、やっぱり同じか」と、自民党支持者の中で石破氏に多少の期待をかけていた人たちからも落胆の声が漏れている。
 それを受けての世論調査では、各社とも支持率10ポイントに満たないほどの下落で、不支持率は60%前後にも達している。そうとう厳しい数字だ。
 それにしても、150万円を10回ほど、ということになれば約1500万円。ポケットマネーというにはデカすぎる。だから例の「官房機密費」ではないかと言われても仕方がない。あれだって、元はといえば我らの税金。庶民から搾り取ったカネを、そんなことに使っていたのか!
 与党内からも批判が出ているとメディアは報じているが、それを“声高に”叫んでいるの、実はお馴染みの“あの人たち”である。高市早苗氏を担ぎ上げようとする一部の党内極右派の面々。例えば、旧安倍派の西田昌司参院議員はさっそく「石破首相の下では参院選は戦えない」として首相退陣をぶち上げた。また無派閥ながら極右的言動が目立つ青山繁晴参院議員も「首相は自ら進退を検討すべき」と暗に退陣を要求した。まあ、この支持率の低下ぶりを見れば、そう言うのも納得できる。
 だが、その心は「高市早苗氏を首相にして日本の右翼的再編を」ということだろう。右派陣営の希望の星・高市氏を押し立てて、ドイツの極右政党「AfD(ドイツのための選択肢)」や、同じくフランスの極右「RN(国民連合)」などのように躍進し、あわよくばイタリアのジョルジャ・メローニ首相率いる極右「FDI(イタリアの同胞)」のように政権奪取を夢見ているのだろう。
 自民党右派のホープとして期待されている小林鷹之議員なども、いずれこの波に乗ろうとするだろうな。

旧安倍派の反撃

 知人のジャーナリストによれば、実は今回の石破氏の商品券配布の情報をマスメディアにリークしたのは旧安倍派の議員だという。安倍派復権をかけて、石破氏の足を引っ張りに来たわけだ。なるほど。
 なぜなら、石破氏は自ら述べているように、これまで10回ほども同じように商品券配りをやっているのに、今回急にそれが問題化したのは、どこかに何らかの意図があるからに相違ない。とすれば誰が仕掛けたのか……。まことに分かりやすい構図。
 よく考えてみれば、石破氏が今回やったことを、前の首相や旧派閥領袖たちがやっていないはずがない。それが石破氏に焦点を当てての大騒動、やはり何らかの意図が隠れていると見るのが妥当だ。
 むろん石破氏の「カネ配り」を許せというわけじゃない。しかしここにばかり光が当たって、他の裏金問題や企業献金問題が霞んでしまうのは危ない。それに、大声で「石破退陣」を叫ぶ西田議員など、裏金議員の筆頭格だったはず。「どの口が言う」の典型的な例である。よくもまあ恥ずかしげもなく……。
 さらに、こんな出来事も起きた。
 石破氏の地元・鳥取県選出の新人議員・舞立昇治参院議員が16日、ある会合で「歴代首相が慣例としてやってきたこと」と発言しちゃったのだ。石破首相の援護射撃のつもりだったろうが、これで事実が分かってしまった。あまりの反響の大きさにビビったのか、すぐに「確認の取れていない話だったので撤回する」と陳謝したが後の祭り。
 だがこれで、旧安倍派の言い分が「石破追い落とし」を目論むイヤらしい攻撃だったことがバレてしまった。実は、自民党議員たちなら、みんな知っていたことだったのだ。安倍路線から距離をとる石破氏への安倍派の怨念である。

お友だちなし、孤独の宰相

 それにしても石破氏には、切れ者の参謀はついていないのか。金を渡すのだって、何もこんな時期にやることはない。時期を見て秘かに……と進言する程度のものの分かった秘書や側近はいなかったのかと不思議に思う。
 石破氏の最側近と言われるのが赤沢亮正経済再生相である。この人、これまであまり目立たなかったが、石破氏の首相就任で突如、脚光を浴びた。赤沢氏は、党内で孤立していた石破氏にずっと付き従ってきたことで、ようやく初大臣の座を射止めたという人物。数少ない石破氏側近ということになろうか。
 しかし、彼の評判はあまりよろしくないようだ。長年のつき合いということで石破氏は赤沢氏を盛んに持ち上げるのだが、その虎の威を借りての独断専行が目立つのだという。首相官邸内に「赤沢部屋」といわれるような専用の特別室を作り、まるでもうひとりの官房長官のような振る舞いだとの批判もある。なにしろ、政界では“お友だち”がほとんどいないという石破氏だから、冷や飯時代にも離れずに付き添ってくれた赤沢氏を頼りにするのは分かるが、どうもそれが赤沢氏の勘違いを生んでいるらしい(雑誌『選択』3月号記事「史上稀なる小物『赤沢亮正』の限界」より)。
 ところがその赤沢氏にも、おかしな「献金疑惑」が持ち上がっている。赤沢氏の選挙区の鳥取県米子市のガス会社「米子瓦斯」とそのグループ企業の幹部らからの個人献金が、実は個人を装った実質的な企業献金ではないかと疑われているのだ。なんだ、側近も金銭疑惑かとあきれてしまう。似た者同士か?

 本来なら、安倍首相時代の菅義偉官房長官のような補佐役が首相の意思を把握しているのだろうが、現在の官房長官の林芳正氏は、ほとんど「我関せず」といった風情で、石破氏を盛り立てようという気配がない。
 そんな石破首相だから、今回のような予期せぬ穴に落ちてしまうのだ。「孤独の宰相の悲劇」などといえばカッコよすぎるけれど。

悪夢は見たくない

 かくして、突然の政界大揺れ。
 石破氏の足場はグラグラである。そこにつけ込んで、維新や国民民主は揺さぶりをかけ、自らの主張を呑ませて手柄にしたい思惑だ。むろん思惑先行の主張だから、小さな差異を言い立てて、野党連合など夢のまた夢。まあ、野党といえるかどうか怪しい党が多いのも事実だが、そこにしゃしゃり出てくるのが連合の芳野友子会長……。
 まだ21世紀はたったの4分の1だけれど、もう世紀末の様相だ。
 それにしても、自民党(だけではなく)政治家の質の劣化は目を覆うばかり。ほんとうに小粒の輩ばかりが跋扈する。政治哲学も思想も持っていない連中が、この激動の世界情勢の中で右往左往。米騒動にすら対処できない。
 話題に上がるのは「百条委員会批判」の小芝居興行だとか、「立花襲わる」のSNS上の復讐劇。

 ぼくは決して石破内閣支持ではない。あんな改憲論者で軍拡主義者など、何があったって支持などしない。けれど、野党がゴタゴタすればするだけ、政権交代は遠のく。そうすれば、自民党はしぶとい。緊急総裁選を開いてでも総裁交代、新しい顔で次期選挙を乗り切ろうとするだろう。
 その時、高市早苗氏が杉田水脈氏や西田昌司氏らを率いて壇上で吠えるという悪夢だけは、本気で勘弁していただきたい。それに比較するなら、石破首相の続投のほうがよっぽど望ましい。
 日本にも語義の正しい意味での「極右政党」が生まれる可能性だってある。

 「民主党の悪夢」のほうが「高市の悪夢」よりは百倍も千倍もマシである。
 自民党への弔鐘が、すでに地の底からごぉ~んごぉ~ん……と響いてきている。だが、そんな自民党政治を延命させているのが、実は国民民主党や維新の会であることに、有権者は気づくべきだ。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。