「たまに撃つ、弾がないのが、玉に瑕」
自衛隊の慢性的な弾薬不足を揶揄したこの川柳は、内輪では定番の自虐ネタだったそうだが、最近では国会の議論にも引用されるなど、よく耳にするようになった。とにかく、弾薬が足りない。訓練もままならない。消費期限もある火薬類の補充が、全然間に合っていないと欠乏を指摘する声は以前からあった。だが、防衛3文書で世の中は明確に変わった。日本は国防のために早急に弾薬不足を解消し、国土を強靭化し、継戦能力を高める必要があるとして、目下、私たちはすっかり「国土抗堪化計画」の渦中に置かれてしまった。
まっ先に予算化されたのは、大型弾薬庫を130棟も新設するというもの。すでに全国の自衛隊基地には1400棟の弾薬庫があるのだが、全然足りないらしい。陸上自衛隊は、「沖縄の離島への侵攻など中国との有事を想定」した場合に迫撃砲やロケット弾など、弾薬全般が今の20倍以上必要だと見積もっている(産経新聞2022年8月12日)。
では、日本中に我が物顔で基地を置いているアメリカ軍の弾薬は援用できるのだろうか。
米CSIS(戦略国際問題研究所)が台湾海峡での紛争をシミュレーションしたリポートによると、日本にある長距離精密誘導弾など頼りにしている弾薬は、1週間以内に使い果たす可能性が高いのだという。であれば、そもそも中国を念頭に軍事力で対抗する考え自体変えるしかないと思うのだが、防衛省は是が非でも弾薬量を増やし、弾薬庫を増設する計画だ。
130棟のうちで現在、着工されたのはまだ大分と青森の2カ所で、来年度予算には13カ所の新設が盛り込まれた。ほとんどが既設の自衛隊施設に造る形だが、全国で一つだけ、基地も何もないまっさらなところに急遽、弾薬庫計画が持ち上がったところがある。それは、鹿児島県のさつま町。のどかな田園地帯に囲まれた中岳(なかだけ)という山の中腹にトンネル状の弾薬庫を、一から造る計画が持ち上がった。住民は寝耳に水だった。
全国各地で急速に進む防衛省の戦争準備を止める組織「戦争止めよう!沖縄・西日本ネットワーク」(沖西ネット)が結成されたことは前回レポートしたが、メンバー初の共同行動となったのが、その弾薬庫の新設予定地、鹿児島県さつま町を実際に訪ね、地域の人たちと危機感を共有するフィールドワークだった。2月23日、およそ80人の参加者が、桜島を右手に見ながら鹿児島市内から車で1時間半ほど北上したところにあるさつま町中岳を目指した。沖西ネットの共同代表に就任した具志堅隆松さんも、沖縄から参加した。
標高654メートルの中岳は大部分が国有林で、その周りには小さな集落が2つある。良質な米がとれるため、種もみの産地として有名だそうだ。だが、わかっているのは敷地の広さと境界線ばかりで、どのあたりに何棟造るのか、まだ計画図のようなものは一切出ていない。防衛省は2024年度予算にさつま町弾薬庫の調査費10億円を計上し、わずか5カ月ほどの調査で中岳周辺を「適地」と判断した。そして25年度予算には設計費2億円を盛り込んで、急ピッチで計画は前に進んでいる。
「さつま町は6回も自衛隊施設誘致の請願書を出している。町議たちはもろ手を挙げて賛成している。反対の議員は一人もいない。環境汚染を一番心配しているはずの農業者も、水源地を汚染しないでください、と言うのが精いっぱいです。ただ一対一の会話になると、造らないでほしいと本音を言う人はいる」
現地で説明に立ったさつま町の上間幸治さんは、反対とは言えない地域社会の空気を悔しそうに語った。防衛省は適地調査の結果、地盤の強度や火薬類取締法に基づく保安距離などは問題ないと確認したというが、敷地の境界線から1キロ以内にも民家はあり、すそ野の里山は、畑や竹林など住民が日常的に利用する場所になっている。「さつま町の弾薬庫問題を考える市民の会」の武さとみさんの家は中岳から1.8キロ。爆発でもあれば最も影響を受ける距離にある中津川集落に住んでいる。しかし集落の中で反対の声を上げている人は、自分と義理の母の2人だけだという。さとみさんは困惑している。
「さつま町の商工会や町議会は、7年前から自衛他施設の誘致活動をしていたようですが、住民はみんな知らないです。誘致賛成の署名が2600人集まったというけれど、いったい誰が書いたのか、町内の人なのかも全く分からないし、住民への説明もない」
上間さんは、町が防衛省に出した要望書を読んで、軍事的な専門用語が多い上に妙に内容が具体的で、これは町の行政マンが書ける内容ではない、と即座に思ったそうだ。
「自衛隊のOBをさつま町の臨時職員という形で取り込んでいて、その人に請願書を起案させたんじゃないのかな、とみています」
自衛隊基地の新設や増設の問題が進む地域には、かなりの割合で当該市町村に自衛隊OBが雇用されている。彼らの果たす役割は大きい。いま、退職自衛官がどのくらい地方公共団体の「防災関係部局」に就職しているのか? これは24年3月現在で、全国で665人という数字が公表されている。鹿児島県全体では、県庁や各市町村合わせて13人。さつま町にも一人、と記載されている。私はこの数字に大変な危機感を覚えるが、自然災害に対する備えだと説明されれば、自治体と自衛隊との連携は必要でしょう、と多くの人は抵抗なく受け止めてしまうだろう。
しかし彼らは自然災害の対応だけのために市町村に入るのではない。隊員募集の円滑化や、有事体制の構築、地域の内情を把握するなど、任務は多岐にわたるだろう。沖縄や奄美の島々に自衛隊基地ができていく過程でも、最初は必ず「地元の自衛隊誘致活動」が先に動く。そして見返りや受け入れの条件などを地元から提示していく流れができ、どこも同じように進むのを見ていると、ああ、これも言わされたんだな、やらされているんだな、とわかってくるのだが、防衛省はあくまでどの地域にも上から無理に軍事基地を押し付けたのではなく、地元から誘致があったという形をとるのだ。
予定地を見学した後は、隣接する中津川集落の交流センターで意見交換会が行われた。さつま町周辺でこの問題に向き合っている方々が30人弱参加されていたので、総勢100人の集会になったが、地元・中津川集落からは前出の武さとみさんとお母さんの2人だけであとは誰も来ない。過疎の集落では、外部から来た100人が集会を開くということ自体が衝撃なのかもしれない。沖縄でも、政治的な意見が言いにくい狭い島社会にあって、よその人たちがやってきて政治的な集会を開くようなことは決して歓迎されない。この集会の後の、武さんとお母さんの立場を想像するだけで胸が痛む。
そんな息詰まる空気を振り払うように具志堅隆松さんは朗らかに呼びかけた。
「今まで全国の人に沖縄は助けてもらって来たんです。今度は全国で、沖縄のように困っている地域が出てきたら、私たちはその地域を助けなければいけないと思っています」
「全国で戦争に備える軍事基地が強化されていく時に、自分たちだけが困ってるんじゃないんだと。よそではどうなっているのか、状況を共有してみんなで声を上げていきたい」
鹿児島県北部は川内原発を抱える地域だ。再稼働反対に取り組んできた団体も、今回の弾薬庫問題に大きな危機感を抱いている。原発だけではない。高規格道路ができたために特定利用港湾に指定された川内港にもここからとても行きやすく、弾薬の搬入や積み込みにも利便性が高い。おまけに海上自衛隊鹿屋航空基地、陸上自衛隊の国分駐屯地・川内駐屯地など鹿児島県内の自衛隊基地が周りにあり、鹿児島空港や宮崎県の陸上自衛隊えびの駐屯地へのアクセスも良く、使い勝手の良い「適地」と判断されたのも理解できる。
「ウクライナでも原発は狙われた。このままいけば鹿児島県は、九州の中でも最も危険な場所になっていくのではないか」
参加者は口々に不安を口にした。大分の弾薬庫問題に取り組む人からは、ここまで身近なところに戦争が迫っているのか、と実感が述べられ、奄美の訓練を視察してきた女性は、特定利用の港や空港でなくても、自衛隊は「生地訓練」(訓練区域外の、生の地形や人が生活する空間を使って行う訓練)をどんどん拡大させていることを報告。同時多発的に各地で戦争準備が進んでいることを共有した。一方では、地元の参加者の中には「住民に内緒で進めるのはよくないが、備えがなければ第二のウクライナのようになってしまうのではないか」と質問を投げかける人もいた。それに対して具志堅さんはマイクをとってこう答えた。
「備える必要があるのでは、という心配はわかります。でも備えるのは軍備ではなく、お互いに分かり合う努力。軍拡をとめて、政府がやるべきはちゃんとした政治外交だと私たち国民は言うべきだと思います」
この答えは、なんともふわっとした理想論にも聞こえたかもしれない。そんなことで戦争が起きないなら苦労しないよ、と反論もあるだろう。しかし、沖縄戦の教訓は「軍隊は住民を守れない」である。住民の生活圏が戦場になった場合に軍隊は住民を「守らない」というより「守れない」のだという点については、拙著『証言 沖縄スパイ戦史』を参照していただきたい。戦後もたくさんのアメリカの基地と兵隊と同居してきた沖縄県民の実感としてわかるのは、いくら強い軍隊がいても平和は作れないし、戦争は止められないということだ。
そして、いまアメリカは在日米軍にかけるお金を自分たちのために使いたいと言い出して、危ない作戦やお金のかかる仕事を自衛隊と日本の税金に肩代わりさせようとしている。そもそも、中国との覇権争いを有利に展開するアメリカの作戦の中で、日本列島のミサイル網は作られていくのだ。「核共有」などと言って核兵器の発射台に私たちの国土を使い、報復も放射能汚染も自国がかぶらないようにしているアメリカのために、なぜ私たちの国土も、国の若者の命と税金も消費するのか、俯瞰して考えねばならない。その努力をせずに煽られるままに怖がり、日米両軍隊の強化に安心を求めるのは、逆に命取りになる。具志堅さんはその一切を、やさしい言葉で言っているに過ぎない。
5月で90歳を迎えるという、武さとみさんの義母である武美智子さんに最後にお話を伺った。ずっと中岳のふもとで生活をしてきたという。
「弾薬庫を中岳に造るなんて、なんちゅうことねーって。でももうちゃんと町長から議会から全部決まってるんだっち。今頃反対しても何にもならないけど、はがいかねーって(悔しいね)」
今日の集会も、息子の妻であるさとみさんが一生懸命やっているから、聞きに行かないかと友人を誘ったが、みんな無関心で、だれ一人来てくれなかったと嘆く。
「沖縄は戦後80年ずっと苦しんで来ててよォ。沖縄の人の話は力が入ってて、本当に芯からですもんねえ。ここらの人は、あんたたちの沖縄に比べたら、どこ吹く風か」
美智子さんは鹿児島からずっと、心を痛めながら沖縄の苦難の歴史を見つめていてくれたようだ。でも、私が「どうやったら止められますかね?」と聞いたことへの回答はちょっとドキッとした。
「もう駄目でしょう。沖縄のあたりもでしょう? あんなに一生懸命反対されるけど、政府が決めているからどうにもならんでしょう。あんなに熱心に、(具志堅さんのように)よくわかっててはっきり話される方がいるのにねえ……」
沖縄があれだけやっても、政府が決めたことは変えられない。ましてや自分たちなんて絶対に覆せない。沖縄の事例は、反対運動では変えられないというような教訓にされてしまっているのか。あきらめず、粘り強く日本政府やアメリカ軍と交渉して抵抗してきた希望の事例であり、民主主義を実践して主権者が声を上げる前向きな地域であると自負もしていたのだが、そのように捉えられていたのか。すくなくとも、日米両軍による要塞化に抵抗してきた沖縄の闘いの歴史は、これから各地でどんどん起きてくる市民運動を勇気づけると思い込んでいたのだが──。
過去最大の8兆7000億円という防衛費は、さらに右肩上がりで伸びていく。異議を唱えなければ、教育や福祉はさらに切り捨てられ、軍事重視で隣国を刺激する国になりかねない。やはり、すぐに結果は出なくても、おかしいと声を上げること、もっとマシな方法があるんじゃない? と社会に提案し続けることは、やっぱりものすごく大事で尊いことなのではないか。集会のあと、中岳が見える交差点で、「弾薬庫いらない」のスタンディングをしながら私は考え続けた。
寒波の中、外に立つのは正直厳しいし、反応のない車に手を振り続けるのも心が折れそうになる。でも、ここに集まっている人達にとって、さつま町の苦しみは自分たちの苦しみである。大分の成果は私たちの成果になるし、例えば京都祝園で大きな集会を成功させたら、それは沖縄で闘ってきた私たちの前進でもある。だから、仮にさつま町の地元の人が諦めても、私たちがさつま町を諦めない。新しい弾薬庫なんておやめなさい、と諭し、占領された南西諸島に、そこからミサイルを撃つことになったらどうするのですか! と叫び続ける権利はあるのだ。憲法が規定する主権者として、不断の努力に労力を惜しまないことこそ、私たちの未来を守る大事な努めなのだから。
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三上智恵監督『沖縄記録映画』
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『標的の村』『戦場ぬ止み』『標的の島 風かたか』『沖縄スパイ戦史』『戦雲-いくさふむ-』――沖縄戦から辺野古・高江・先島諸島の平和のための闘いと、沖縄を記録し続けている三上智恵監督が継続した取材を行うために「沖縄記録映画」製作協力金へのご支援をお願いします。
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