第147回:米国で急速に進行する民主制の崩壊とファシズム独裁化(想田和弘)

 トランプ関税で世界が翻弄される中、米国国内で、途轍もないことが起きつつあることをご存知だろうか。日本ではほとんど報道されていないので、ご存知ない人の方が多いかもしない。

 僕が「途轍もないこと」というのは、米国の民主制が急速に崩壊へ向かい、ドナルド・トランプによるファシズム独裁体制に移行しつつあるということである。

 また想田が大袈裟なことを、と笑うだろうか。

 しかし、少なくとも『ファシズムはどこからやってくるか(原題:How Fascism Works)』の著者として知られる、ファシズム研究の専門家で米国イェール大学教授のジェイソン・スタンリー氏は、まったく大袈裟な認識ではないと考えているようだ。

 3月25日付けのDaily Nousによれば、彼は米国がファシズム体制に向かっていることを理由に、今年の秋からカナダのトロント大学へ移ることを決めた。スタンリー氏の祖母と父親も1939年、ナチス・ドイツから逃れて米国に亡命した過去を持つという。

 「移籍の理由は、現在のアメリカの政治状況です。ファシズムに向かう国で子どもを育てたくありません」(スタンリー教授)

 そして決断の契機として、名門コロンビア大学がトランプによる兵糧攻めに屈して、降参したことを挙げている。

 トランプ政権はコロンビア大学に対して、「学生などによる“反ユダヤ運動”を十分に取り締まらなかった」という口実で、米国政府が同大学に拠出している4億ドル(約600億円)もの助成金交付をストップすると脅していた。それに対しコロンビア大は3月21日、トランプの要求のほとんどすべてに応じるとの回答を出していたのである。

 その内容には、キャンパスでのフェイス・マスクの使用禁止や、学生を逮捕するためのセキュリティ体制の強化、中東研究科・南アジア研究科・アフリカ研究科の運営権を教授会から大学当局に移すことなどが含まれていた。

 コロンビア大学は助成金欲しさに、トランプに跪いたのである。しかも跪いたからといって、助成金の交付が再開されたわけではない。そしてトランプ政権はコロンビア大学に対して、さらに苛烈な要求をつきつけている。

 トランプ政権はこのような兵糧攻めを、コロンビア大学だけでなく、メイン大学、ペンシルベニア大学、ハーバード大学、プリンストン大学、コーネル大学、ノースウェスタン大学など、約60もの大学に対して仕掛けている。いずれもいわゆる“反ユダヤ運動”を理由に挙げているが、それは言いがかりをつけて屈服させるための単なる口実である。皮肉なことに、コロンビア大学などはむしろ親パレスチナ・デモを強権的に取り締まったことで、リベラル派からは批判されていた。

 ちなみに、スタンリー氏の『ファシズムはどこからやってくるか』によれば、ファシストは必ず大学や知識人、教育システムを攻撃する反知性主義的傾向を持つという。なぜなら考え方や見方の多様性は、教育や専門性でこそ培われる。そしてそうしたものが破壊されれば、残るのは権力と帰属意識だけになり、ファシズム政権にとって都合がよいからだ。トランプが大学や知識人を攻撃すると同時に、教育省の廃止をも強引に進めているのは、決して偶然ではない。

 なお、トランプ政権による民主制への攻撃は全方位に渡っており、大学だけの問題ではまったくない。

 いわゆる“反ユダヤ的発言”などを理由とした、旅行者や外国人をもターゲットにした摘発・強制送還。

 トランプ訴追事件に関わった主要な法律事務所を標的にした大統領令の濫発と、それに対する法律事務所の屈服。

 これまで各省庁に分散されていた米国居住者の個人情報の一括把握への動き。

 トランプ政権が「ベネズエラのギャングメンバー」と認定した人々を、裁判所の停止命令を無視してエルサルバドルの刑務所に送還したものの、そのなかにギャングメンバーでない無実の人が含まれていた事件。にもかかわらず、無実の人を呼び戻す措置や努力を拒否していること。

 米国のファシズム独裁国家化の進行を示す事例は膨大で、メディアによる報道が追いつかないほどである。米国ではものすごいスピードで「法治主義」が損なわれ、事実上の「人治主義」に陥っているのだ。

 こうした施策や行動に共通するのは、そのすべてがトランプへの権力集中を進めるものだということである。というより、自らに権力を集中することを目的として、あらゆる言動を行なっていると見た方がよいだろう。「人治主義」の「人」とは、ドナルド・トランプのことだからである。

 したがって今回のトランプ関税についても、民主党のクリス・マーフィー米国上院議員の見立てが正しいように思う。

 マーフィー議員によると、高額な関税の真の目的は米国製造業の復活にあるのではなく、関税を免じてもらいたい企業や業界や外国を屈服させ、自らの権力を強めることにあるというのだ。

 実際、トランプはいわゆる「相互関税」発動の直後、90日間の一時停止を宣言した。ただし、報復措置を行なった中国には、さらに高い関税をかけて。

 この一時停止に対して「ああ、日本は報復しなくてよかった〜」などと安堵を憶えた人もいるかもしれない。だが、そう思うならば、残念ながらトランプの思う壺である。

 彼は共和党議員を前にした演説で「『どうか、どうか、取引させてください。何でもします』。彼らは我々に電話をかけてきて、俺の尻をなめている」などと、関税の除外や低減を懇願する外国首脳を揶揄した。

 そして、そうした外国首脳の先頭にいたのは、日本の石破茂首相なのである。

 と書いたところで、トランプに対して中国が超強力なカードを切ったというニュースが飛び込んできた。ほぼほぼ中国でしかとれない、レアアースの全世界輸出停止。

 これがないと電気自動車もガソリン車もパソコンもドローンもミサイルも作れないそうだ。これは強い。つくづく、この世界は相互に依存して成り立っているのだと実感させられる。

 すべてを支配できると勘違いしているトランプは、愚か者の極みである。

追記:ハーバード大学は4月14日、トランプ政権が同大学に対して出している要求は違法であり、従うことはできないとの回答を出した。それを受けてトランプ政権はすぐさま22億ドル(約3300億円)の助成金の凍結を告げた。

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想田和弘
想田和弘(そうだ かずひろ):映画作家。1970年、栃木県足利市生まれ。東京大学文学部卒業。スクール・オブ・ビジュアル・アーツ卒業。BGM等を排した、自ら「観察映画」と呼ぶドキュメンタリーの方法を提唱・実践。最新作『五香宮の猫』(2024年)まで11本の長編ドキュメンタリー作品を発表、国内外の映画賞を多数受賞してきた。2021年、27年間住んだ米国ニューヨークから岡山県瀬戸内市牛窓へ移住。『観察する男』(ミシマ社)、『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)など著書も多数。