第354回:魑魅魍魎、妖怪跋扈の現世界(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

いちばん邪悪なのは人間…

 ある雑誌編集部から、書評原稿の依頼があった。本は『全訳 大和怪異記』(福井栄一、現代書館)である。これがめっぽう面白い。大和の国、狐狸妖怪の棲まぬところなし。出てくるわ出てくるわ。でも、ここで書評原稿を披露するわけにはいかないから、とても面白い本でした……とだけ言っておく。
 古今東西日本中、とにかくいろんな妖怪が出てくるのだけれど、でも結局、いちばん怖いのは人間じゃないか、と読みながら思った。人間の欲望というやつは底なしで、どんな怪異妖怪よりも恐ろしい。むろん、それは日本だけの話じゃない。
 どんな時代のどんな国であっても、もっとも邪悪な“あやかし”の正体は人間だったに違いない。最近の世相を見ていると、そう思わずにはいられない。

 トランプ大統領という、力の政治妖怪を生み出しちゃったのがアメリカだ。とにかく棍棒を振り回して、オレの言うことを聞け、聞かないとぶん殴るぞ! と脅しまわる。あやかしというよりは、ただのデタラメ権力親父にしか見えない感じもするけれど。それでもアメリカという巨大な力をバックにしているのだから、世界中が大迷惑。
 そう考えると、さしずめトランプは、金棒担いだ真っ赤な鬼だな。これは立派な妖怪である。まあ、「泣いた赤鬼」という心優しき鬼もいたけれど、そんな優しさはトランプ妖怪には毛ほどもない。
 トランプの「Kiss my ass」外交に、相変わらずへなへなと屈するのがニッポン国。ではそんな日本はどんな妖怪か。はい、おどおどしている実験用モルモット妖怪ですね。
 朝日新聞(18日付)にこんな見出しの記事。

関税交渉「日本はモルモット」
先行例とみる各国

 (略)ロイター通信は日米の交渉について、米国が各国に譲歩する意思があるかを図る「試金石」になると報じている。英フィナンシャル・タイムズ紙も、日本が各国の「(実験用の)モルモット」になっていると例えた外交関係者の発言を紹介した。(略)

 「炭鉱のカナリア」と評するメディアもあった。いずれにしろ、まったく人間扱いされていない。日本の現政権には批判的なぼくではあるが、それでも日本人。ここまで言われるとさすがに悲しい。

牙から血を滴らせる吸血鬼

 現代の世界で凶悪な妖怪のトップは、なんといってもネタニヤフとイスラエル軍だろうと思う。
 救急車や病院を爆撃しても、なんの良心の呵責も感じないらしい。難癖をつけては「そこにいたら爆撃するぞ」と脅してガザ住民を移動させ、次はその移動先を爆撃する。逃げ惑う人々を見て楽しんでいるサディストどもである。
 牙から血を滴らせている吸血鬼ドラキュラに擬してネタニヤフを描いた風刺漫画があったけれど、まさにネタニヤフは妖怪ドラキュラそのものだ。
 しかも、救援物資や飲料水のガザへの搬入を阻止、ガザ住民は飢え始めている。ネタニヤフよ、お前が血を吸おうとしているガザの人たちから、もう血がなくなっているんだぞ!
 朝日新聞(18日付)に以下のような記事があった。

「ガザに無期限駐留」
イスラエル軍 レバノン・シリアにも

 イスラエルのカッツ国防相は16日、イスラエル軍がパレスチナ自治区ガザのほか、レバノンやシリアで設置している「安全地帯」が緩衝地帯の役割を果たすとし、無期限にとどまる、と述べた。(略)

 こうなればもはや、イスラエルはただの侵略国家である。他国領土に勝手に居座るのは事実上の占領だ。国境というものを無視すれば、世界の安定は崩れる。イスラエルはまさに「妖怪国家」になると宣言したに等しい。

 プーチン大統領も邪悪な妖怪といえる。
 さすがに自国民を徴兵するのには限界が見えてきたようで、北朝鮮兵を前線に投入したり、今度はカネを餌に中国人を傭兵にした。「人買い伝説」は各国にあるけれど、プーチンは現代に甦った「人買い悪魔」である。
 人間の欲に付け込む妖怪は、説話や昔話では最後に罰を受けるのだが、この人たちにはどんな地獄が待っているのだろう。
 血の池地獄か、はたまた業火地獄か?

日本にも小物妖怪たちが

 日本だって、小粒だけれど怪しい連中が、最近はやたらと増殖中。
 例えば、兵庫県の例の知事さん。何を言われても、何を聞かれても、さらにどう追及されても、あのシラーっとした表情で、「ご批判は真摯に受け止め、県政を開かれたものにしていきます」。そして答えにならない答え、「繰り返しになりますが、私が最初に申しげた通りです」を繰り返す。とても日本語とは思えない。
 たとえは悪いし汚語だけれど、まさに「カエルのツラにションベン」である。それもちっちゃな妖怪青ガエル。それにしてもこの妖怪、しぶといよなあ……。

 もっと不気味だと感じるのは、立花某という正体不明の怪物である。この人物が何人もの方の死への道筋を作ってきたのは間違いない。それでも平然と「そんな程度で自殺するような人は政治家に向いていない」と開き直る。
 最近でも、またも住所を晒されて、ついに自死に追い込まれた方が出てしまった。そこまで人を追いつめて、いったい何が楽しいのだろう? ぼくには理解不能だが、彼に煽られて晒された住所付近に怪しげな人物が出没し始める。ご本人はもちろん、ご家族にとっても脅威である。そして追いつめられて……。
 あの妖怪を、なんと形容すればいいのだろう。SNSという電子妖怪が生み出した、まったく新種の「もののけ」なのかもしれない。

政治妖怪の系譜

 政治の世界には、怪異妖怪の類いが昔から存在する。
 奈良時代、時の女性天皇・孝謙(称徳)天皇に寵愛され、僧侶でありながら政治を牛耳り、「怪僧」と呼ばれた弓削道鏡。彼などもリッパな妖怪の類いだろう。まあ、ロシアにも「怪僧ラスプーチン」と呼ばれた僧侶が存在したけれど。

 江戸期には、まさにズバリ「妖怪」と呼ばれた鳥居耀蔵という男がいた。
 その鳥居はなぜか蘭学を徹底的に憎み、渡辺崋山や高野長英を死に追いやった「蛮社の獄」を主導した。性狷介、執拗な思い込みで「蝮の耀蔵」とも呼ばれていたという。

 時は飛んで、「昭和の妖怪」と言われたのが、安倍晋三の母方の祖父・岸信介であった。彼は戦前のいわゆる「革新官僚」として戦争遂行に尽力し、敗戦後はA級戦犯として巣鴨プリズンに捕らえられるが、なぜか釈放され出獄。
 やがて政界に復帰、首相にまで上りつめる。その彼が押し進めたのが1960年の「日米安保条約の改定」だった。
 現在のいびつな日米関係を作った政治家として歴史に残る。
 その際に巻き起こった「60年安保闘争」は、日本における最大規模の民衆運動だったが、今やそれを知る人も少数になってしまった。

 さて、現代の日本政界に「妖怪」は存在するか?
 様々な分野に、“妖怪じみた人物”がいるにはいるが、どれもこれも小粒であって、とても国をリードするような者は見当たらない。考えれば、そんな妖怪は存在しないほうがいい世の中であるに違いないが、現在の日本はどうなのか?
 傑物、という意味での「怪人」がどこかに逼塞しているのかもしれないが、そういう人物の登場を待つのは危ない。英雄待望論は、ひとつ間違えれば「独裁者」の出現を招きかねないからだ。
 斎藤某や石丸某のような、おかしな人たちが、SNSという電子妖怪の力を利用して浮上してくるのは、極めて危険だ。

 ともあれ、トランプ妖怪が引っ掻き回した世界が、静かで穏やかな日常に戻ることを、ぼくは心から望む。でも、米大統領の任期は4年間。あと3年以上も、あの顔を見続けなければならないとすると、ぼくの気持ちは朽ちてしまいそうで……。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。