どうも力が出ないのである。
先週、実家奉公と群馬県桐生市の国家賠償請求訴訟の第5回口頭弁論を傍聴した翌日の土曜日、私はこんこんと寝続けた。昼近くに起きて、昼食を食べて、「さぁ、待ちに待った週末だ、休むぞ!」と、パソコンを起動してゲームをしていたら、さっき起きたばかりだというのにもう眠い。だけど、睡眠は十分すぎるほどにとったのだ。そして、私は群馬遠征の2日間もゲームを我慢していたのだ。待ちに待ったこの時間、睡魔に邪魔されてなるものか。だってさっきまで9時間くらい寝たじゃんよ。睡眠欲はもう満たされているはず。ゲームをさせてくれ。
ゲームと睡眠の欲が互いにグイグイとせめぎあう中、私は重いまぶたを重量挙げでもするみたいに押し上げてゲームの中の畑を耕していたのだが、ダメだ。眠い。私はパソコンを閉じて寝室に向かった。
家の階段すら太ももに手を添えないと上がり切れないディープな疲労。人は疲れ果てると依存対象に依存することすらできず、生存本能を優先するようにできているのね。私は降参して本能に身を任せ、ガッツリと昼寝をした。
不安定な気圧も眠気に拍車をかけていただろう。その夜は夜で、いつもの就寝時間に寝た。昼間をほとんど寝ていたくせに、夜の寝つきもすこぶる良かった。惰眠をむさぼり、断片的な夢をたくさん見て、全部忘れた。
こんなことを書くと、心配してくださる方々や、働きすぎなんですよ、と労わってくださる優しい方々が私の周りにはたくさんいる。しかし、そんな心優しい人たちに対して罪悪感を覚えるほどに、実際の私は怠け者だ。疲れているのは事実だが、もともとキャパが小さい上に年齢的な衰えが上乗せされて、私のお猪口サイズのキャパは小さじくらいに小型化している。
体力も精神力も、集中力も、能力も、使い続けりゃ枯渇するという当たり前のことを、私たち、特にかつては「エコノミックアニマル」と不名誉な形容詞をつけられたジャパニーズは忘れがちだ。そんなジャパニーズの一人として、私に一つ自慢できることがあるとしたら、それは、私には無理をしたら自動的にスイッチがオフになる安全機能がついていることだ。ブレーカーといえば分かりやすいだろうか。
エコノミックアニマルになれなかったレイジー小林は、昨年の労働収入が50万円だった。そこは真剣に働き方、生き方を考えなくてはならない部分なのだが、いまは敢えて気が付かないふりをして日々を過ごしている。直視した途端に不安のあまりに病むだろうし、病まないためには今の生活を変えなくてはならなくなるからだ。
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小林ブレーカーが落ちると、自動的に作動するのがゲーム依存スイッチだ。仕事や活動への意欲が完全にシャットアウトされ、代わりにゲームが私の脳内を占領する。そして私は憑りつかれたように、ハンバーガーやステーキを焼きまくり、寿司を握りまくって、ボヤボヤしているとすぐに怒り出す短気な客らに提供してミッションをコンプリートしたり、種を集めて畑を耕したりしている。
トイレや食事も面倒になるくらいに没頭するくせに、そのくせ私は絶対に課金をしない。そのせいで何百……では済まないほどの広告を見せられる羽目になるが、それでも課金は論外だと思っている。課金をしないこと、現実世界での仕事の締め切りは守ることで、私の依存はなんとかギリギリのところで生活を壊さないでいる。
とはいえ、ものすごい時間の浪費だ。パソコン画面の仮想空間では野菜がじゃんじゃん実るが、私の実生活における生産性はゼロだ。それどころか同じ姿勢でスクリーンを見続けるから腰と肩が石のように凝り、疲れ目が肩こりに更に追い打ちをかける。生存機能だと思っているし、すべき仕事は守っているので罪悪感は芽生えないが、本来やりたいと思っているのに延ばし延ばしになっているあれやこれやが、頭の中にチラチラと浮かび、不毛に時間が過ぎていく中で諦めと虚無感にさいなまれる。
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だけど、時にはオンオフを切り替える、それは必要なことなのだと私は思っている。
生きる上で最も大事なものはバランスだと考える私は、時折訪れるやる気消失も、ゲームの世界への逃避も、自分のバランスを保つための機能なのだと考えている。
動き続ければ肉体は疲労する。感情を使い続ければ心がすり減る。アウトプットばかりしていれば私の箱は空っぽになる。当たり前のことだ。
私はゲームで活動の現実から逃避しながら、その合間に読書に没頭してみたり、リアルな庭仕事に精を出したりして、再び体内が気で満たされるのを待つ。
とはいえ、こんなふうに自由が利く働き方をしているのは、私がボランティアという立場で活動に関わっているからであり、金を生まない私の代わりに、何とか生きていけるだけの収入をツレがもたらしているから成立していることも知っている。
自分を支援者と呼ぶのもおこがましいほどの「へっぽこ支援者」ではあるけれど、かつては飽きっぽくて3年おきに職種を変えていた私が、生活困窮者支援の活動を15年続けて来られたのは、ひとえに頻繁に落ちるブレーカーのおかげだろう。年をとって体力が減退した今、ブレーカーは落ちやすい。そんな時は抗ってもしょうがねぇと、今は思っている。
この業界には、自分の生活や健康を犠牲にしても目の前の人のために奔走する人がたくさんいる。自己犠牲の意識はなく、純粋に困っている人を放っておけない、そんな性質の人たちだ。その挙句に、ある日ブレーカーが落ちるどころか、完全にショートしてしまって活動現場から姿を消す人たちを私はこれまで何人か見てきた。
対人援助に情熱を燃やし、ひたむきに、ただひたむきに他者と向き合う人たちは眩しい。他人事のように「天職なんだなぁ」と感心したりする。天職だと思うからこそ、できるだけ長く、楽しく、この仕事を続けてほしいと願う。
数ある職種を渡り歩いてきて、どの仕事も「天職!」と思いつつ、あっさりと飽きて、転職を繰り返した私だが、今の仕事だけは天職だと思えないでいる。どちらかといえば向いていないとすら。ブレーカーが落ちるたびにそう思う。恥ずべき自分の行為や失敗ばかりが思い出される。
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この業界に迷い込んでからの15年、やる気があるんだかないんだか分からない私が、火事場の馬鹿力を出して、ウマのごとき鼻息で駆け抜けたことがある。
コロナ禍の駆けつけ支援、そして桐生市事件の追及だ。
コロナ禍に関しては、共著『コロナ禍の東京を駆ける』に詳しいが、ネットカフェが閉鎖され、行き場を失った人たちがいる場所まで、日夜駆けつけていて、それが一年ほど続いた。
タイミング悪く、更年期の症状がひどくなっていたころで、連日の激しい頭痛や眩暈と闘いつつだった(のちに画期的な薬によって症状から解放される)。強いストレスと緊張のせいで、左耳が数日間ほとんど聴こえなくなるという大ピンチにも見舞われたが、あの時はとにかく自分の健康は後回しだった。自由に病院に行ける状況でもなかった。
桐生市に関しては、行政との闘いが1年半も続いた。今も続いている。さすがに疲れも出るというものだ。疲れが累積されると、思考は全方位的にネガティブになる。
これは自分の心情を観察していても、ほかの人たちを見ていても思うことなのだが、バランスを欠いた働き方をしている時に陥りやすい思考を挙げてみることにする。
●行政やほかの支援団体が怠けているように見える
自分がこんなに忙しく走り回らないといけないのは、行政やほかの支援団体が役に立たないからである。あいつらがちゃんとやってくれれば私がこんなに大変な思いをしなくて済むのに! と恨みが募る。いうまでもないことだが、行政も他の支援団体も何もやっていないわけではなく、それぞれできること・できないことの範囲が違うだけ。ほかの団体や行政ができないことを自分がやれているからと言って、自分だけが優れているということにはならない。逆に、私たちにできないことは山ほどある。本当に何もしない行政や行政職員はあちこちに確かに存在することはするのだが……。
●自分じゃないとその人を助けられないと思う
自分が忙しすぎて回らなくなっているにもかかわらず、自分でないとその人を助けられないという思いから、抱えこみすぎて支援が属人的になる。そして続かない。相談者の中には、ほかの支援者との接触を拒む相談者もいるが、そんな時に支援者が「自分にしか」と思うのは非常に危険で、共依存的な関係にも陥りやすく、バーンアウトする結果になりやすい。おまけに相談者の支援先を狭めてしまう。支援者側の存在意義のために相談者がいる、というような構図になるのは一番避けたい。
●相談者・利用者をはじめとする周囲全体に不寛容になる
怒りの沸点が下がる。体力にも精神力にも比較的余裕があった時には受け流せたことが受け流せなくなり、徐々に孤立化する。社会に対する怒りも膨れあがり、社会の中で孤立するリスクもはらむ。視野が狭くなり、被害者感情が強化される。そんな心境下では相談者や利用者に対しても支配的になる危険性も。そうなってしまう前に支援活動は休んだほうがいい。
この15年の間に、どれだけ上記に挙げたような感情に襲われただろう。その症状が進みすぎないうちに私のブレーカーは落ちて、バランスを整えることに専念することができた。それでも、他者には見えているのに自分では見ようとしていない自分がいることだろう。そして、そうはいっても少ない予算の中、かなり限られた人数で団体を回しているところがほとんど。頭じゃ分かっているんだけどね、とみな思っていることだろう。
自分の役割に執着せず、その時々で力を尽くす。
必要な時にウマのように走り出せるように、健康を気にしながら、猫と遊び、ゲームに没頭し、本を読み、新緑の中でボーっとし、昼寝をする。
まだ扶養照会もなくせていない。長年の悲願だったプロジェクトも始まってすらいない。思い残すことがないように、ボチボチやっていこうと思う。