開店2カ月、果たして売上は?
よりまし堂のオープンからまもなく2カ月が経ちます。
この間にも、たくさんの知り合いや書き手の方々がお店を訪れてくれました。
4月以降ずっと走り続けてきたような状態だったので、今月から少しずつ営業時間も変え、持続可能な運営サイクルを模索しています。僕の場合、編集の仕事との両立が前提なので、いつまでも本屋だけに時間を全振りするわけにもいきません。午前は家で仕事をし、昼過ぎから夕方までお店にいるというペースを基本に、両立できる時間配分をさぐっています。
さて、2カ月営業して、肝心の売上実績はどうでしょう。
正直なところ、これまでの連載では本屋のいい面ばかりを強調して、読者の皆さんに幻想を抱かせてしまっているかもしれません。5月に行った本屋店主の鼎談イベントでも、小林えみさん(マルジナリア書店店主)から、独立系書店のキラキラした部分だけが語られ、経済的な脆弱さが看過されていないかとの疑問が呈されていました。
なので、今回はちょっとシビアめに、現実のお金の話をしてみようと思います。この間の営業実績も隠し立てせずお見せします。もしも読者の中に本屋開業に興味がある方がいたら、これを知ったうえで、果たして自分なら? と考えてみてください。
フォトジャーナリストの安田菜津紀さん、哲学者の朱喜哲さんに書いていただいた手書きPOP
開業前に立てた予想と実際
僕はどちらかといえば楽観主義者ですが、なにか新しいことをするときは、まず最大限に悲観的な予測を立てておくタイプです。最悪のケースを考えておくほうが心の準備ができるというか、これ以下にはならないよね、というボトムラインを想定しておくことで次善の策(=よりまし!)を考えられるというか……まあ要するに弱気なんですね。
本屋開業を考えた当初、立てた予想は「月に100冊売れればいいほう」でした。それですら連れ合いからは「南平なんて場所で月100冊も売れるわけがない」と一蹴されたのですが……。確かに、売れないからこそ本屋が消えているわけですし、シャッター街と化した南平の駅前を考えれば、そうかもなとは思いました。
でも、仮に本の実売が月100冊でも、それ以外の方法(イベントやネット通販など)も組み合わせればギリギリ経費は賄えるのではないかと計算しました。この場合の経費とは毎月必ずかかる家賃や光熱費などで、自分自身の人件費や家族の生活費は含めていません。そこまで賄うには月に500冊とか、もっと売る必要があり、とても現実的ではないと思いました。生活費は編集の仕事で稼ぎ、本屋はギリギリ赤字を出さない程度で可とする。それがボトムラインの想定でした。
では、実際に蓋を開けてみた結果はどうだったでしょうか?
オープン直後は突出して売上が多かったのでそこは除いて、5月の1カ月間で考えると、売れた冊数は約360冊でした。金額ではおよそ60万円(イベント収益などを除く)。
当初の見立てに比べれば3倍以上ですから、かなりいい結果に思えます。ゴールデンウィークを含み、全体としてもご祝儀相場が継続していることを割り引いて考えるにしても、スタートとしては悪くないと言えるでしょう。
ただし。ここに本屋業最大の罠があります。
月60万と聞いて「なんだ、けっこう稼げるじゃない」と思った方もいたでしょう。でも、新刊本は仕入れ原価が70〜80%ということを思い出してください。原価を差し引いた粗利率を平均25%と仮定すれば、つまり売上の4分の1が利益となります。売上60万なら15万。これが月360冊売って本屋が手にする利益です。そこから家賃その他の経費を引いたら……さて、いくら残るでしょうか。
目の前で本が売れていくので、自分でもつい錯覚してしまうのですが、差し引きで考えればこれが現実です。
2カ月やってみた実感として、考えていたよりもずっと本を読む層は厚く存在するし、いい本を読みたいと多くの人が思っているんだなと感じています。たぶん、その機会がない(身近に書店がない、読む時間がない、どれを読めばいいかわからない等)とそこで止まってしまう人が多いだけで。「この時代に本なんか売れない」という嘆き節は、業界関係者にとって一種の呪いになっているのかもしれません。実際にお店を出してみて、むしろ本への需要はちゃんとあることがわかりました(むろん人口の多い東京だからこその優位性はありますが)。
ただ問題は、月に360冊売れても、本屋に残る利益が、店主一人が生活できる水準にも満たないということです。「家賃と人件費がゼロなら本屋は続けられる」という関口竜平さんの仮説(第2回参照)は、逆にいえば、本屋の稼ぎだけでその2つを賄うのがいかに困難かを言った言葉でもあったのです。
書店の利益率の低さは構造的な問題
書店の利益率の低さは、出版業界では以前から言われてきたことでした。飯田一史『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』(平凡社新書)は、日本の書店業のビジネスモデルを「本の価格が安く、マージンが低いという二重苦」と表現し、その構造が固定化されてきた歴史を俯瞰的に論じています。書店マージンを改善する必要があるというのは、出版業界の中でも共通認識としては長年存在しているはずです。
ただし僕自身は、この問題についてアンビバレントな立場にいるのも事実です。本を「売る側」と「作る側」の両方に軸足を置いているからです。出版社にいた頃は、たしかに書店の利幅が少なすぎるのは問題だと思いつつも、「出版社だって楽なわけじゃないんだけどな……」と思っていました。
本の価格に占める正味(=取り分)は、おおよそ出版社が65〜70%(さらに高い正味の出版社も一部にあります)、取次(卸売会社)が10%前後、書店が20〜25%程度とされます。三者の中でいえば、出版社がもっとも多くを得ているのは事実です。
でも、出版社は本をつくるのに必要な経費(紙代・印刷製本費・著者への原稿料・編集校正の人件費・デザインや組版の外注費etc.)をすべて支払っているわけですし、最悪、本が売れなければすべての投資が無駄になるリスクを負っています。そのリスク込みで考えれば、決して取りすぎではないと思うのです。
では、両者を仲介する取次は? たしかに、大手と言われる取次会社は、大半の書店や出版社より企業規模が大きく優位的な立場にあります。でも、これだけ流通コストが上がる中、大量の本や雑誌を日々全国に輸送(その中にはまったく利益を生まない返品も多く含まれます)する仕事に対して10%のマージンが不当に高いかといえば、そうも言えません。
本屋になって痛感したのは、世の中に無限に存在する本(何十年も前の本も含め)の中から特定の一冊を探し出し、送り届けてくれる取次の仕事の地味さとありがたさです。安い文庫や新書なら一冊あたり数十円の対価でそれを担ってくれる取次がいなければ、全国どこでも同じ価格で本を買える環境は成り立ちません。取次を介さない直取引も一般化してきましたが、すべてを直取引でやろうとしたら、本屋も出版社も業務がパンクしてしまうでしょう。
こう考えていくと、書店の正味を増やすという総論には皆が賛成しても、その分を誰が負担するかは難問です。別の解として、本の単価を今より高くして全体のパイを増やすという道がありますが、この場合、消費者がより多くを負担するわけで、それによって需要がさらに狭まる可能性と引き換えとなります(専門書など、定価が高くても需要が減らないジャンルはあると思いますが)。
結局、こうした三すくみ状態のために、本屋が儲からない構造が固定されてきたといえそうです。「みんながそれぞれ苦労しているんだから、文句を言わず現状で我慢しよう」という、僕がもっとも嫌いな結論になってしまうのは本意ではないのですが、長年をかけて積み上がった構造的な問題だけに、簡単に解決策は出てきそうにありません。
とはいえ、流通のもっとも川下に位置し、読者との窓口である書店が、今の利益率のままではどう考えても存続しえない以上、ここへの配分は業界全体で向き合わなくてはならないことです。実をいえば、出版社の中でも最大手の数社は、近年コンテンツ事業(アニメや映画化などの版権ビジネス)で空前の利益を上げています。その儲けを、自らの存立基盤でもある書店と出版流通の持続可能性のために幾分かでも振り向けていいのではないか、とは個人的に思います。それら大手出版社は正味も平均より高いので、まずそこから是正することはできるはずです。
イベントの収益化の難しさ
……といった大きな構造の話とは別に、本屋それぞれの当面の生存戦略を考えるなら、本がなるべく売れるよう努力すると同時に、それ以外の収益源を考えることも必須になります。
『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』によれば、書店の兼業化は近年に始まったことではなく、過去にも文房具やレンタルCD・ビデオなど、さまざまな商材を組み合わせて書店はなんとか存続してきました。
よりまし堂もカフェと本屋という2つの業態の組み合わせですし、僕は編集業という別の仕事も持っています。加えて、店内イベントで収益を補うことも当初から考えていました。
店内イベントの参加人数はお店の広さに制約されますが、オンライン配信を組み合わせれば上限は増やせます。ゲストへの謝礼などはかかるにしても、1回のイベントで数万円の利益になれば、本の売上を(たとえば100冊を200冊に)伸ばす努力よりも効率がいい――と考えたのでした。開業後すでに4回のイベントを開催し、今後も毎月1〜2回のイベントを予定しています。
ただ、実際やってみると、当初考えたほど「効率的」ではないこともわかりました。
やりたいイベントの企画はたくさん思い浮かぶのですが、毎回スムーズに集客できるとは限らないので、常に頭のどこかでプレッシャーを感じています。集客のためのチラシ制作やSNSでの告知、配信の準備やアーカイブなどもワンオペなので手間もかかります。誰かに頼めれば楽ですが、そんな予算はとれません。ゲストに支払う謝礼も、最低限の水準とはいえ、2人や3人になると格段に黒字化が難しくなります。
もちろん、普段お店に来ないお客さんが来てくれることや書き手の方々との接点がつくれること、飲食の売上などで全体としてはプラスになっていると思います。ただ、通常営業での本の売上が今のペースで維持できるのであれば、無理にイベントで稼ごうとせず、ペースを落としたほうが気持ちの余裕は生まれそうだなと考えています。
学生団体の企画した店内イベント「ポーチから、政策へ。〜生理用品無償配布の『これから』を考える」。能條桃子さんと三重県議の吉田あやかさんがリモートで対談した
以上、かなり赤裸々にお金まわりの実情を書いてみました。
本屋をやってみたい方の夢を打ち砕いてしまったら申し訳ありませんが、いずれ直面する現実ではあるので、知って損はないはずです。その上で、ご自分の持っている条件と照らし合わせて、どうすればイメージしている本屋業に近づけるかを考えてみてください。
この連載の最初に書いたように、僕が本屋を始めると報告したとき、知り合いの書店員さんの多くは「おめでとう」とも「やめておけ」とも言いませんでした。複雑な笑みとともに「そうですか。頑張ってくださいね」と言ってくれた方が大半でした。
僕も、まったく業界知識のない方なら「まずは実情を知ることから始めては」と本を紹介したりすると思いますが、ある程度わかった上で、あえてチャレンジする人を引き止めはしないと思います。僕だって同じくらい無謀なことをしているわけですから、人のことは言えません。
業界全体が大きな再編の過渡期にある以上、正解は誰も持っていません。それぞれが試行錯誤する中で、「続けられる本屋」のあり方が少しずつ見えてくることを期待します。
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飯田一史『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』(平凡社新書)
「町の本屋」を懐かしみノスタルジーを誘う本は多いが、本書はむしろシビアすぎるほどに客観的事実を積み上げ、なぜ本屋の廃業が続くのかを多角的に論じる。業界内の人が読めば、誰しもどこかのページで痛いところを突かれたと感じるだろう。本書では、戦後の書籍出版流通の形成史を、出版社・取次・書店の三者の闘争という視点で描く。かつて書店は、同業団体を結成し正味の引き下げや運賃負担を取次や出版社に要求する「闘争」の主体でもあった。しかし、そうした交渉が独禁法に違反するとされたことで、書店は闘う術をなくしていく。出版や書店を「美しく文化的な営み」と見るだけではわからない、苦境のリアルな背景を知るには必須の一冊。