第363回:「たとえ話」は嫌いですが……(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 ぼくは、あまりたとえ話というものを好まない。とくに政治家なんかがたとえ話をすると、どうも話の本筋をごまかされているようで、いらついてしまう。政治的な課題を、妙なたとえでごまかすのは、政治家たちの得意のパターンだ。
 というわけで、ぼくの以下の話は、けっしてたとえ話じゃありません……などと最初に断りを入れなくちゃいけないのは、ホントはあまりうまくないたとえ話と思われそうだからです(と、まず言い訳しとく)。

 某国のあるところで重大な揉め事があった。
 その国の某裕福な家と、お隣の某貧乏な家がちょいと小競り合いを起こしてしまったのだ。なにしろ、裕福な家はいっぱい金を持っているというのを鼻にかけ、いつも貧乏な隣家をバカにしていた。道で出会うと因縁をつけ、時にはぶん殴るなどという乱暴を働くのが常だった。ある日、ついに頭にきた貧乏家の息子たちがが、裕福家に石を投げ込んでガラスを割っちゃったのである。
 もちろん、裕福家は大激怒したふり。そしてこれ幸いとばかり、どこからか、半グレ連中を集めて来て、大勢で貧乏家を襲い、ガラスどころか塀や柱まで徹底的にぶっ壊しちまった。多勢に無勢、貧乏家の人たちは逃げ出すしかなかった。で、近所の親戚の家に逃げ込むと、半グレ集団の男たちが、その家へまで襲いかかる始末。
 こりゃ堪らんと、貧乏家の人々が、そこからまた別の親戚の家に避難すると、今度はその家を襲ってくる。そして、裕福家による雇われ乱暴集団は「その親戚の家も、明日オレたちがぶっ潰してやる。イヤならほかのところへ行け」と脅しにかかる。仕方なく別の親戚の家に避難すると、今度はそこも徹底的に破壊する。
 こうして貧乏家の人たちは、逃げ場を失った。

 困った貧乏家の人々はケーサツへ連絡するのだが、「そんなことに我々は介入するわけにはいかない。両家で話し合え」などとつれない返事。なにしろ、ケーサツも裕福家からのカネで買われているのだ。ケーサツは裕福家にはヘイコラだが、貧乏家にはオイコラなのだった。
 貧乏家は、これでは手の打ちようがない。

 やっと貧乏家の遠い親戚筋にあたる大きな一族が援助の手を差し伸べようとした。すると今度は裕福家の後ろ盾の超リッチ家が、妙ないちゃもんをつけ始める。
 この超リッチ家の当主は、とにかく乱暴者で近隣では有名な人物。それが金をぎょうさん持っているのだからよけいに始末が悪い。「ディール」などと称して、何でも金勘定で片をつけようとする。だから評判は極めて悪いが、それでも金で暴力団を雇っているから、みんな言うことをきくしかない。

 裕福家の狂暴な息子たちと半グレどもは、貧乏家を援けようとした遠い親戚の屋敷まで押しかけ、なんと大きな石を投げ込んだ。「ヤツラは爆弾を作ろうとしている。それを阻止しなければこっちがやられる」と、無茶なリクツをつけて襲撃したのだ。
 やられた方だって、当然激怒した。
 「爆弾なんか作っていない。言いがかりだ」
 すると裕福家は「これが証拠だ。爆弾の原料じゃないか」と、親戚家の庭に積んであった農薬や塩素の写真を突きつけた。親戚家は反論する。
 「我々は大きな農場を持っているんだ。農薬が必要なのは当たり前だ。塩素はプールの水のために使うのは、お前たちだって知っているだろう」
 だが、裕福家の乱暴集団は聞く耳持たず、親戚家の大きな壁を乗り越えて乱入、倉庫に積んであった農薬や塩素や木炭などに火を放った。
 やられた側だって黙っちゃいない。親戚の中の血気盛んな連中が、裕福家に復讐の石を投擲。かくして裕福家と貧乏家の争いが、親戚筋にまで波及しちゃったのである。
 一応のチャンバラが収まれば、普通は手打ちとなる。
 ところが、ことはそれだけでは収まらなかった。
 超リッチ家の無茶大将が、「オレが可愛がってる家が言うんだ、爆弾を作っているというのは間違いなかろう。それは許せん、オレもやったるぜぇ!」とばかり争いに突如参入してきたのだ。なんと、巨大ユンボまで繰り出して、ついに親戚家の大きな壁をぶち抜いた。ドドドドドーンッガラガラグッシャンッ、あっという間に親戚家の堅固な壁も崩壊してしまった。
 その上で超リッチ家の乱暴大将は、棍棒を振りかざして「これ以上壊されたくなきゃ、オレの言うことをきけ。さっさと手打ちしてことを収めろ! でなきゃ、もっと酷いことになるぜ」と脅しにかかった。
 考えてみりゃ、こんなデタラメな話もない。自分で仕掛けておいて、「さっさと謝って静かにしていろ!」

 さすがに頭にきた親戚家一同、町の議会に「いくらなんでも酷すぎるじゃないか。壊した壁や農薬を弁償しろ」と訴えたのだが、なにしろ議会の議員たち、棍棒大将にすっかりケツの毛まで抜かれている(汚い表現ゴメン)のだから「いやまあ、この辺で収めといたほうが両家にとっていいじゃないっすか」
 いいわけねえじゃねえか。
 めちゃくちゃにされたままの貧乏家はそのまんま。
 家族は、怪我をするわ、その手当ては受けられないわ、棲み家を失くすわ、飯も食えなくなるわ、挙句の果てには死んじゃうわ。
 それに引き換え超リッチ家の棍棒大将、裕福家には飯はおごるわ、爆弾を与えるわ、人を送るわと、至れり尽くせり。
 「もちっとヤツラを懲らしめて、そんでまあ、適当なとこで抑えとけや」

 でもそれでおとなしくなるような裕福家じゃない。その後、どうなったか?
 貧乏家の人々、今も飯も食えずに泣いている。
 時折、裕福家と超リッチ家が合同ででっち上げた「人道財団」とかいうおかしな連中が、ほんのわずかの食い物を、肩寄せ合って暮らす貧乏家の生き残りの人たちに、まるで鳥に餌をばら撒くみたいに投げ与える。
 飢え死に寸前の子どもたちが食料を求めて集まれば、面白半分に石をぶつけて楽しむ、という非道ぶり。
 現地では「人道財団」ではなく「非道財団」と呼ばれているそうだが、そんなことで怯む連中じゃない。なにしろ、裕福家の当主は人の生き血を吸って延命するドラキュラ以上に冷血だと言われているそうだからね。

 その後、超リッチ家の取引大将、何をやらかしたか? 今度は自分の敷地の周りに突然鉄条網で仕切りを作っちまった。
 「ここを通りたければ金を払え。お前んとこは生意気だから50%の通行料値上げ、お前んとこは、まあオレの言うことをよく聞くから10%にまけといてやるわ」
 もうやりたい放題のデタラメ。法律も何も無視して思いつくままの金儲け。
 だから、この街と周りの人々は、息をひそめて「次はどんな理不尽な要求が来るのか」と戦々恐々……。

 それにしても、冷血ドラキュラと超リッチの棍棒大将。
 そんな奴らの暮らす街に、ぼくは金輪際住みたくない。
 そう大きな溜息をついたところで、やっと目が覚めた。
 ああ、まったく不愉快な夢だった。でも現実だって……。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。