第730回:「普通の日本人」と陰謀論〜コロナ禍、ワクチン、参政党。の巻(雨宮処凛)

Photo : Masaki Kamei

 もし、2020年からのコロナ禍がなかったら、日本の、そして世界の政治状況は全く違ったものになっていたのではないか――。

 そんなふうに考えさせられる一冊と出会った。

 それは『陰謀論 民主主義を揺るがすメカニズム』(中公新書 秦正樹)。今から3年前の22年に出版された本だ。

 本書の「あとがき」にて著者は、執筆依頼を受けたのが19年末であることに触れ、以下のように書いている。

 「当時、確かに欧米圏では陰謀論が社会を席巻していたが、日本では、さほど大きな問題となっていなかった」

 それがどうだろう。

 わずか6年で、この国の空気は明らかに変わった。

 19年、まだまだ「対岸の火事」だった「陰謀論」は、未知のウイルスに対する恐怖やワクチンへの不安を原動力としてここ数年、この国で猛威を振るっているのは周知の通りだ。

 その間の世界に目を転じれば、「Q アノン」による「ディープステート」論を盲信する者たちが現れ、21年にはアメリカで「不正選挙」を唱える人々が連邦議会を襲撃。また、ロシアによるウクライナ侵攻に関しても多くの陰謀論が渦巻いた。

 そうして25年夏、陰謀論的な価値観を大いに内在する政党が、参院選にて14議席を獲得。

 そんな参政党の主張で驚いたことは多々あるが、もっともギョッとしたひとつは、『参政党Q &Aブック 基礎編』にある、「莫大な利益獲得を目的とするあの勢力がコロナ禍の恐怖を過剰に煽るために、盛んにマスク着用を呼びかけている」という記述だ。

 ちなみに「あの勢力」は、「ユダヤ系の国際金融資本を中心とする複数の組織の総称」と説明されている。「欧米社会を実質的に支配して、数百年前から日本を標的にしている」という。

 このような主張をする政党が、今、多くの支持率を集めているのである。というかこれを書いている今、参政党の支持率が9.9%となり、自民党に次ぐ2位、野党ではトップというニュースが入ってきたところだ。

 さて、それでは陰謀論はなぜ広まるのか。なぜ、それを信じる人が現れるのか。

 秦氏は陰謀論を信じる人について、「今、目の前で起きている出来事や状態を是認できないという強い考えや意見を持っている場合が少なくない」ことを指摘し、以下のように書く。

 「つまり、現実が、彼らが想定する『あるべき現実』とあまりに乖離していることへの不満があり、陰謀論は、それを埋めるための便利な道具として利用されている側面がある」

 そうして日常的なケースが示される。例えば本来であればもっと出世できるはずと思っているビジネスマンがそうできない時、「上司が何かを企んでいるに違いない」と考えることは、よくあると言えばよくあることだ。が、同僚から「多くの社員はあなたの実力を認めているよ」と言われればその思いは薄れるだろう。

 しかし、そんな思いを誰とも共有できず、理解者がいなかったら?

 「理解者がいない状況は孤独を生み出し、孤独感はやがて、多くの人は『真実』をわかっていないという考えにつながる。それと同時に、『真実』を知っている自分は、自分を評価しない他者よりも優れているという自己評価が進み、さらにその思考を深めていくことになる」

 海外の研究では、社会的に疎外されていると感じる人ほど陰謀論を支持しやすい傾向にあるという。

 さて、ここまでなら私たちが想像する通りだと思う。

 ちなみにあなたが陰謀論を信じる人という時、どんな人物像を頭に浮かべるだろう。私はこの「疎外」にプラスして、政治や社会問題への知識が乏しく、関心も薄い層が「わかりやすい物語に飛びつく」というストーリーを想像してしまう。

 しかし、本書を読めば、そんなイメージはあっさりと覆される。

 さまざまな調査を通して浮かび上がるのは、政治に関心が高く、だからこそ陰謀論に近づくリスクがあり、また政治的スタンスを問わずに誰もが自分に都合のいいストーリーに飛びついてしまう可能性があるという現実だ。

 それだけではない。保守やリベラルといった政治的イデオロギーが人を陰謀論に近づけさせてしまう場合もある。

 例えばある政治家の失言が報じられた時、支持者が「前後の文脈を見れば問題にならない」「マスコミはその発言だけを切り取って悪意を持って報じている」と主張することはよくある。

 このように「変わらず支持する」という結論が先にあり、その結論が崩れないように自身のレンズを通して整合的に解釈しようとする認知的なメカニズムのことを「動機づけられた推論」と呼ぶという。これが陰謀論の受容と深く関わってくる。

 このようなことは、支持する政党・政治家に限らず、自分の所属する組織の正当性を示すためなどの理由から、多くの人が日常的にやっていることではないだろうか。

 何かが起きた時、端から見れば無理なこじつけにしか思えないけれど、「この人、自分の世界を崩さないために必死で正当性を総動員してるな……」という光景は私も見たことがある。中にはそのような「後付け」が職人的にうまく、端から見れば完全に破綻してるのに、それを信じる人の間では「神」的な扱いを受けている人もいる。

 ということで、本書が扱う陰謀論は保守の陰謀論だけではない。リベラルの側も「自分の都合のいい」ことであれば陰謀論的な言説に飛びついてしまう事実が緻密な調査から明らかになる。結局、自分の信念に合致していれば、誰でも信じてしまう可能性を秘めている陰謀論。

 詳しくはぜひ読んでほしいのだが、3年前に書かれた本書を25年の参院選後に読むと、まるで予言書のような部分があり驚かされる。

 そのひとつが「普通の日本人」についての記述。

 例えばネット上には、いわゆるネット右翼や排外主義者が目立つ。すでにそのような人々に対する研究は多く見られるが、中国や韓国への敵意を剥き出しにするオンライン排外主義者に対して「あなたの政治的な立場は保守ですね」と聞いても、「いや、私は保守ではない」と答える人が7割近くにのぼるのだという(永吉希久子氏による大規模調査)。

 なぜなら、自分のことを「普通の日本人」だと思っているから。

 この「普通の日本人」、非常に象徴的なキーワードで、ネット右翼的な人のSNSの自己紹介には「右派でも左派でもない普通の日本人」「ただ普通に日本を愛しているだけの日本人」といった表現が多いという。確かに、私に対してアンチの書き込みをしてくる人も「普通の日本人」を自称する人が多い。

 そんな人が好んでアイコンにしているのが、日の丸。秦氏は「彼/彼女らを総称して『日の丸クラスター』と呼ぶネットスラングもあるほどである」と書く。

 さて、「普通の日本人」を自称する人々が、なぜそれほど中国や韓国を敵視するのか。

 歴史認識や領有権について日本との対立が報道されると、彼らは以下のように反応する。

 「日本を嫌っている(ように見える)両国に対して日本側が友好的な姿勢を示す義理はなく、むしろ『そちらが嫌いなら、こっちはもっと嫌いだ』と言ってやれ」

 そのことについて、秦氏は以下のように指摘する。

 「それはいわば、ごく素朴な感覚/論理を内面化した結果とも推察できる。(中略)つまり、保守(右派)だから中国や韓国を嫌うとか、リベラル(左派)だから逆だといった政治的イデオロギーの理屈とは無関係に、『嫌われたら嫌い返す』のが『普通の日本人』として当然のことと考えられていると捉えられるのである」

 だからこそ、彼ら彼女らから見て「日本を貶めるような発言や主張をしている」ように見えるリベラルが「在日認定」されたりするわけである。

 本書では、さまざまな調査により、そんな「普通の日本人」の傾向が明らかになるのだが、陰謀論についても興味深い結果が示される。

 なんと「普通自認層」の36%が「政府に都合が悪いことがあると決まって北朝鮮からミサイルが発射されるのは、両政府が実は裏でつながっているからだ」という陰謀論を受容しているのだという。

 それだけではない。「普通自認層」のおよそ半数が、「安倍政権(※調査時の政権)を批判する勢力は、その裏で、外国勢力から人や金などの資源提供を受けている」という陰謀論を受容していることも明らかになった。ちなみにネット右翼といわれるような層は全体のうち1〜2%というのが先行研究の結果だが、参政党の「躍進」は、「日の丸クラスター」=「普通の日本人」自認層の裾野が、実は想像以上に広かったことを示したように思えるのは私だけではないだろう。

 さて、ここまでを読んで、「これだから陰謀論を信じるやつらはどうしようもない」と思ったリベラル層もいるかもしれない。が、前述したように、リベラルにも陰謀論は受容されている。

 ある調査結果によると、18歳投票権年齢の引き下げが「政府の陰謀」であると考えているリベラル系野党投票者は約49%にも上るという。このことに限らず、陰謀論の内容がリベラル層に好ましいものであれば、受容する可能性はじゅうぶんにあるのだ。

 それでは右・左限らず、「政治に詳しい人」はどうなのか。もっとも陰謀論からは遠い気がするが、驚くことに実態はそうではない。

 調査結果から浮かび上がるのは、自分から政治の知識を高めようとする人ほど政治的、社会的な話題に好奇心を持ちやすくなり、陰謀論に接近する可能性が高くなる事実だ。

 そしてコロナ禍は、まさにそのような人々が爆誕・激増した時期でもあった。

 未知のウイルスに対する恐怖。その中で頼りにならない政府の対応。「お肉券・お魚券」などのズレまくった政策と不評にも関わらず強行された「アベノマスク」配布。

 自分たちの命や生活が脅かされる恐怖の只中にいる時に流れてきた安倍元首相の優雅な「ステイホーム」動画への憤り。

 そしてあまりにも後手後手に見えた対策。多くの仕事現場が止まり、混乱の中で多数生み出された困窮者。二転三転する補償の話。繰り返される医療崩壊と、呼んでも来ないとあらかじめ言われていた救急車。パンクする病院と、医療にアクセスできず続々と命を落とす自宅療養者。「国も行政もあてにならない」とあれほど痛感させられた日々があるだろうか。

 そんな中で接種が勧められたワクチンに対する不信感。

 実感として、日本ではコロナ禍を機に、一気に陰謀論の嵐が吹き荒れたのは多くの人が共感するところだろう。そしてその背景に、この国の政治の無策は確実にあった。ある意味、人々が「もう国にも頼れない」と必死で情報を集めた果てに陰謀論に触れたのだとしたら、それを「愚か」と切り捨てるだけでいいのだろうか。その中には、先月の参院選で参政党に投票したという人も少なくないだろう。

 さて、日頃から、政治に関心を持ち、自ら学ぶことは「良きこと」とされ推奨されてきた。それこそが民主主義が機能する土台であると。

 しかし、秦氏は以下のように指摘する。

 「『過度』に政治への関心を持つことは、本来得る必要のない情報に近づくだけでなく、陰謀論を信じやすくしてしまうというリスクがあることにも目を向けるべきである」

 そうして本書では、身も蓋もない事実が明らかにされる。それは、政治や社会に関心がない人は陰謀論に触れる機会もないという、「リア充には陰謀論がつけいる隙なし」という現実だ。

 終章にて秦氏は、最も気をつけるべきは、政党や政治家による陰謀論と指摘する。

 本書には、「ワクチンは殺人兵器」などと主張した福井県の県議、また「中国の軍事研究『千人計画』には日本学術会議が積極的に関わっている」という陰謀論を取り上げた自民党・甘利明氏のケースなどが取り上げられている。

 また、陰謀論を振り撒く政治家の支持者が「これは陰謀論ではない。陰謀論と主張する側は、〇〇からの利益を得て、本当の意見を封殺しようとしている」と考えるかもしれないと指摘するが、これなどは令和7年の現在、実際にあちこちで起きていることでまさに予言書のようでもある。

 ということで、今読むからこそ、いろいろなことの「答え合わせ」ができるような一冊。

 あまりにも既視感がありすぎて悶絶するが、私自身も「自分に都合のいい」陰謀論を知らず知らずのうちに受け入れていないか省みつつ、ここから何ができるのか、大いに考えさせられている。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:1975年、北海道生まれ。作家。反貧困ネットワーク世話人。フリーターなどを経て2000年、自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版/ちくま文庫)でデビュー。06年からは貧困問題に取り組み、『生きさせろ! 難民化する若者たち』(07年、太田出版/ちくま文庫)は日本ジャーナリスト会議のJCJ賞を受賞。著書に『学校では教えてくれない生活保護』『難民・移民のわたしたち これからの「共生」ガイド』(河出書房新社)など50冊以上。24年に出版した『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)がベストセラーに。