第371回:米国と日本、「赤狩り」と「反日狩り」(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

トランプは「汚い爆弾」

 アメリカという国は、このまま行ったらほんとうに沈没してしまうのではないかとぼくは思っている。
 「汚い爆弾」という言葉がある。
 そのもっとも象徴的な爆弾が核兵器である。一度使ってしまえば、放射性汚染物質は長い時間をかけて、生き残った人たちをも蝕んでいく。広島や長崎は言うまでもないが、チェルノブイリや福島を見れば、原発だって同じようなものだ。「核の冬」という警告もある。核爆発によって気候変動に一層の拍車がかかり、地球の生態系そのものが破壊されるという意味である。
 国を蝕んでいくという意味において、トランプ大統領こそが現代世界でもっとも「汚い爆弾」ではないだろうか。大統領就任からまだ1年もたたないというのに、アメリカは言うに及ばず世界中を泥まみれにしている。

 トランプは、自分の気に入らない人間や組織は徹底的に締め上げて破壊、追放する。いま、トランプの当面の標的はFRB(連邦準備制度理事会)である。アメリカの経済政策を自分の手で左右できない苛立ちが、理屈抜きでFRBに向けられている。もはやアメリカには「制度」というものがなくなった。あとは崩壊を待つだけ。
 さまざまな米国の人道援助機関は、トランプの組織改革(ではなく、組織破壊)によって、ほとんど壊滅状態である。もっとも特徴的なのは「米国国際開発庁(USAID)」である。アメリカの人道援助の基盤とも言われていた組織だが、トランプの「カネにならん、無駄遣いだ」の一言で予算をバッサリと削られ、職員の多くが馘首された。当然、貧困諸国への援助や難民救済事業などはほとんど壊滅状態になっている。
 それだけではなく、国土安全保障省の移民・税関執行局(ICE)を総動員して「不法移民」の強力な摘発に乗り出している。ICEには人権無視という批判が殺到。なにしろ、ICE局員は覆面で顔を隠し、令状も示さずに「移民」を逮捕し、ほとんど拷問に近い処遇で取り調べもそこそこに出身国へ送還してしまう。彼らが送還先でどんな扱いを受けようと、知ったことではないというのだ。
 もはや「人権」や「保護」といった意識はトランプにはかけらもない。まあ、難民送還については、日本の「入管」も同じようなものだ。こんな役所の職員はどの国も似たようなメンタリティになってしまうのか?

異常国家、アメリカとイスラエル

 トランプは、カリフォルニアと首都ワシントンD.C.に続いてシカゴにも移民排除のために連邦軍や州兵を送ると言い出した。シカゴがあるイリノイ州のプリツカー知事は「米国大統領が米国の都市と戦争を始めると脅している。異常な大統領だ。独裁者になりたがっている人物に屈するわけにはいかない」と大激怒、徹底抗戦の構えだ。もはやアメリカは、映画『シビル・ウォー』寸前である。
 トランプは映画『地獄の黙示録』を真似た加工画像をSNS上に投稿し、「なぜ戦争省と呼ぶのか、シカゴは思い知るだろう」と言い放った。その上、この加工画像には「朝の強制送還のにおいが大好きだ」とのトランプの文言がついている。むろんこれは『地獄の黙示録』でのマーロン・ブランドのセリフ「朝のナパーム弾のにおいが大好きだ」のもじりだ。
 もう言いたい放題、やりたい放題、異常としか言いようがない。異常な人物を大統領にしてしまった国が、崩壊しないわけがない!

 ガザへの援助は、イスラエルべったりのトランプには真面目に行う気などなかったようだが、それでも各国からの批判を少しは気にしたのか、イスラエルと組んで「ガザ人道財団」なるものをでっち上げ、ほんのわずかばかりの食料品などの援助物資をガザで配った。だがそれも、それまで500カ所近くあった食料配給所をすべて封鎖し、たった4カ所だけでの配布だった。
 しかも、配布所へ殺到した飢えたパレスチナの人々に、イスラエル軍はまるで射的場での娯楽のように、狙い撃ちで殺戮を行ったのだ。地獄の鬼畜どもだって、もう少し優しさは持ち合わせているだろうに…。
 数百名のガザの人たちが、食料配給所で殺害された。押し寄せたのは子どもが多かったのだから、死傷者も子どもが大半を占めたという。子を持つイスラエル兵だって多いはずだが、戦争は人を狂わせる。むろん、トランプの盟友の吸血鬼ネタニヤフが、兵士らを狂わせた張本人だ。
 しかしこれは戦場での話。

非合法処刑、西部劇かよ!

 トランプがメチャクチャなのは、いまさら言うまでもないけれど、驚いたのは次のニュースだった。朝日新聞の配信(9月4日)。

米軍、カリブ海でベネズエラ麻薬船を攻撃
トランプ氏 「11人殺害」

 米軍は2日、ベネズエラの犯罪組織が麻薬を運んでいたとして、カリブ海で船舶1隻を攻撃し11人を殺害した。トランプ大統領が2日、明らかにした。米国に流入する麻薬が社会問題になるなか、米軍は「麻薬カルテル対策」として軍艦をカリブ海南部に派遣していたが、犯罪組織への軍事力行使は異例。ベネズエラのマドゥロ政権との緊張が激化するおそれがある。
 トランプ氏はSNSに、ベネズエラの犯罪組織「トレン・デ・アラグア」の船舶を攻撃したと投稿した。この組織がマドゥロ大統領の支配下にあると主張した上で、米軍側の被害はなかったと説明。(略)
 攻撃について、米紙ニューヨーク・タイムズは「伝統的な麻薬対策からみると驚くべき逸脱だ」と報じた。麻薬カルテルに米軍が対処するようにトランプ氏が指示した、と伝えた8月の記事では「たとえ犯罪の容疑者だとしても、民間人を軍が殺害すれば『殺人』になり得ることを含め、法的問題を引き起こす」と指摘した。(略)

 まさにNYT紙が指摘するように、いくらなんでもこれはひどすぎる。容疑者なら法など無視して殺していいということになれば、「法の支配」という民主主義の最低限の原則が破壊されてしまう。
 かつて、フィリピンのドゥテルテが「麻薬戦争」をスローガンにして大統領に当選した。彼はダバオ市長時代に私兵(ダバオ・デス・スクワッド)を指揮し、警察には強大な権限を与え、「裁判なしの処刑」までも認めた。その結果、ダバオ市では劇的に麻薬犯罪が減り、ドゥテルテは国民的人気を博した。その人気を背景に、ドゥテルテはフィリピン大統領に当選したのだ。
 大統領の権限の下、警察は麻薬犯罪の容疑者と見做せば容赦なく射殺する、いわゆる「超法規的措置」がフィリピン全土で実行された。
 ICC(国際刑事裁判所)や国際環境保護組織グリーンピースなどの調査によれば、ドゥテルテ政権下のフィリピンでは、1万2千人~3万人が裁判なしで殺害され、行方不明となっているという。非合法処刑である。
 ドゥテルテは大統領退任後、ICCの逮捕状によって今年3月にフィリピンの空港で逮捕され、ICCのあるオランダのハーグへ移送された。

 考えれば、トランプの命令により米軍がベネズエラ船舶を撃沈し、11人を殺害したことは、規模は違ってもドゥテルテと同じことではないか。ICCが「トランプ逮捕令」を出してもおかしくない。
 「疑わしきは罰せず」という言葉がある。これは刑事裁判におけるもっとも重要な原則であり、たとえ容疑をかけられていたとしても、判決が下るまではその人物を無罪として扱わなければならない、ということだ。「推定無罪の原則」である。この原則がないがしろにされるなら、裁判所など必要がなくなってしまう。
 容疑をかけられた段階で処刑されるのなら、まるで西部劇の縛り首。数百年前のアメリカに逆戻りだ。トランプは西部劇のヒーローになった気分でいるのか。「あなたはジョン・ウェインじゃないのですよ」と、トランプを諭す人物は、政権内には存在しない。指紋がこすれて消えてしまうほど、両手でゴマをする連中ばかりのトランプ政権。
 アメリカは「法の支配」を失くした国になりつつあるのだ。

「戦争省」は“トランピズム”である

 いくらなんでもそれはないでしょ! というトランプの「大統領令」が矢継ぎ早に発せられる。中でもギョッとしたことがある。なんと、国防総省を「戦争省(Department of War)」に改称する大統領令に署名したというのだ。
 トランプは「ノーベル平和賞」を、よだれが垂れるほど欲しがっていた。だが、どうもそれは諦めたらしい。世界各地の「紛争≒戦争」の停戦協定を仲介することで「平和の大統領」として受賞したかったようだが、なにしろテキトーにあっちに付きこっちに味方の「出たとこ外交」では成功するわけもない。ほとんど何の成果も出せずに匙を投げてしまった。当然、ノーベル賞など夢のまた夢。
 それなら、あとは「力の外交」だ、とばかりに「戦争省」ときたもんだ。実際は平和外交などをやれるほどの頭はないことを、自ら認めたに等しい。
 そこへまた、NYT紙の衝撃的なスクープが。毎日新聞(9月7日付)が次のように紹介していた。

米軍が北朝鮮上陸作戦 失敗
NYT報道 19年、金氏の会話傍受狙う
民間人殺害「不運」

 米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)は5日、2019年初頭に米海軍特殊部隊SEALS(シールズ)が、北朝鮮の金正恩労働党委員長(当時)の会話を傍受するため、北朝鮮の海岸に上陸する極秘作戦を試みたが失敗したと報じた。北朝鮮の民間人に見つかりかけたため、殺害して撤収したとされる。作戦は2回目の米朝首脳会談開催前に実行され、明るみに出れば朝鮮半島で大規模な軍事衝突に発展する恐れもあった。現在も機密扱いされているという。(略)
 作戦は第1次トランプ政権下で秘密裏に検証されたが、民間人殺害は交戦規程の下で正当化され、作戦失敗は予測困難な「不運な出来事」が重なった結果と結論付けられたという。(略)
 5日、ホワイトハウスで記者団の取材に応じたトランプ氏は「何も知らない。初めて聞いた」などと繰り返して質問をかわした。

 恐ろしい話ではないか。そして、トランプの無責任ぶりがよく出ている。
 こんな重大な作戦を、当時の大統領であったトランプが知らないはずはない。彼がゴーサインを出さない限り、海軍が勝手に行えるようなオペレーションではない。もしかすると、朝鮮半島が再び戦火に包まれる可能性だってあったのだから。
 だが例によって、出たとこ勝負のトランプは「オレ、知らんもん」を繰り返す。これが、世界最強国の大統領なのだから、背筋が寒くなる。
 そして問題なのは、北朝鮮の民間人(たまたま近くを通りかかった漁民らしい)数名の殺害を「不運な出来事」と片付けていることだ。人の命をいったいなんだと思っているのだろうか?
 イスラエル軍がガザのナセル病院を爆撃して、5名のジャーナリストを含む20人以上を殺害した際(8月25日)に、ネタニヤフが「悲劇的出来事であり遺憾だ。軍が徹底調査している」(毎日新聞8月27日付)と述べたことと符合する。
 もはやトランプにもネタニヤフにも、赤い血が通っているとは思えない。ハリウッドのSF映画のように、切ったらドロドロと緑色の血が流れ出る……?
 映画なら怖ければ見なければいい。しかしこれは現実世界の出来事だ。目をつぶっていても、身の周りで実際に起きかねない。いや、ぼくもあなたもその網に絡めとられないとは言えないのだ。
 トランプの「戦争省」は、いずれ「愛国庁」とでもいうような下部組織を設置し、マッカーシズムならぬ“トランピズム”を振りかざして「赤狩り」を始めるのではないか。
 日本でも「スパイ防止法」や「緊急事態法」の制定を叫ぶ一派が、同じようなことを考えているみたいだ。
 政府に反対の意見を持つ者は、「赤≒スパイ」として片っ端から検挙する。そんな時代がそう遠くない過去に日本にもあったことを、忘れてはならない。

反日狩り……

 そう、他国のことを心配している場合ではない。
 9月7日夕刻、石破首相の会見があり「自民党総裁辞任」を正式に発表した。
 ぼくは、石破首相支持など一度も表明したことはないし、彼の政治姿勢を評価したこともない。しかし、高市早苗氏よりは数等倍上等だと思う。
 少し前のことだけれど、ぼくはツイッターに「ひたすら『高市氏だけはごめんだ』と思う」と投稿した。同じ思いの人が多いと見えて(もちろん、汚い言葉で非難してくる人も多いが)、9日現在、37万6000件以上のインプレッションと1万1000件以上の「いいね」がついていたのには驚いた。
 それについて「高市さんがごめんなのは、なぜですか?」という、イヤらしくてわざとらしいコメントが何件もついていた。理由なんか山のようにあるけれど、メンドくさいからひとつだけ挙げておく。
 高市氏は、「スパイ防止法≒治安維持法」の強力な推進者である。参政党も巻き込んでこんな悪法が成立したら、ほんの少しリベラル寄りの発言をしただけで「反日認定」ということになりかねない。そして「反日狩り」が猖獗(しょうけつ)を極める国になる。

 「スパイ防止法」への危惧は、ノンフィクション作家の安田浩一さんが、毎日新聞(8日付)で詳しく述べている。ぼくはその危惧を全面的に共有する。ほぼ1面全てを使った長大な記事なので引用できないけれど、その見出しだけでも紹介しておこう。

参政党「スパイ防止法」 安田浩一さんの危機感
治安維持法と明らかに類似
言葉が空疎な「記号」に

 かつての治安維持法による「赤狩り」の再来である。
 ぼくはそんな国はまっぴらごめんだ。だから「高市氏だけはごめんだ」なのだ。
 これから自民党内の醜く凄惨な争いが始まるだろうが、もし極右高市が総裁になるようなことがあれば、この国はまさに「危険な国」になってしまうだろう。

 ぼくはとても重い気持ちで成り行きを見つめている……。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。