「30代女性。派遣の仕事を転々としている。今月、契約が終了する。電気代も高く、エアコンもつけずに生活をしている」
「50代女性。職場で怪我をしたが労災認定されず納得できない。生活・ガス代がとても高く生活が苦しい。心身の不調があり、視力も低下し、体重は10キロ減った」
「70代男性、単身。昨年妻が亡くなり年金収入がグッと減る。物価高で生活していけないので生活保護の相談に行ったが基準をギリギリ超えているから利用できないと言われた。医療費も2割負担になったので糖尿病や歯の治療も控えている」
「70代女性。同年代の知人について。月12万4000円の年金。がんで治療中。光熱費上がっているしやりくりできない。食べるものもない。水道止められ援助した」
これらの声は、2023年4月から25年7月にわたるまで9回開催されてきた「いのちと暮らしを守る なんでも相談会」に寄せられたものである。
私も電話・対面ともども相談員をつとめてきたのだが、10月5日、この相談会についての報告と社会保障の底上げを求める集会が開催されたので参加した。
まずは司法書士の福本和可さんより相談会の概要が語られたのだが、そこから浮かび上がったのは、この3年間の物価高騰がどれほど庶民を追い詰めてきたかということだ。
それを示すのが、冒頭に引用したような相談事例。このような「物価高」に関する相談、この3年を通して本当に増え、同時に深刻度を増していると私も相談を受けながら実感してきた。
そのことが如実に現れているのが「所持金」だ。
相談では、現在の残金や預貯金を聞いているのだが(答えたくない場合はもちろん答えなくてOK)、約4割が「ない」。もっとも多いのは「1万円以下」で56.1%。
また、23年4月から12月までは「1万円以下」の次に「20万円以下」が多かったのだが、24年からは「10万円以下」が上回る結果となった。
福本氏は、このことを長引く物価高騰による貯金の切り崩しによるものでは、と分析。
なぜなら、20年の消費者物価指数を100とすると、第一回目の23年4月は111.6。が、25年7月は125.1。
そしてこの10月1日からは、さらなる「値上げラッシュ」が人々の生活を直撃している。今回は食品や飲料品など3000品目が値上げ。私もスーパーなどに行くたびに「またしても高くなっている……」と小さく戦慄しながら商品を棚にそっと戻している一人だ。
それはこの国で暮らす多くの人の実感でもあるだろう。「なんでも相談会」に相談してくれる人たちも同じで、9回の相談会を通してもっとも多い相談は「生活費問題」で40%。
寄せられた悲鳴の一部を紹介しよう。
「80代女性。今も週3回1日3時間介護職員として働いている。月4万円程。年金は2ヶ月で15万。生活が苦しい。コロナの後遺症で膝も痛いが、仕事がやめられない」
自らが介護を受けていてもおかしくない80代が、身体の痛みに耐えて介護の仕事に就いているという現実。
この夏も猛暑の中、炎天下で働く高齢者の姿を多く見かけて胸が痛んだが、こういう話を耳にするたびに、「これは未来の自分では?」と本気で思う。
なぜなら、フリーランスの私は年金を満額もらえても月にわずか6万円ほど。しかも私たちがもらう頃にはさらに減額されていることが予想される。
自分の未来が不安で心配すぎるからこそ、私はこうして相談員をしたりと困窮者支援の現場にいる。今困っている人たちが救われないと、自分たちの時にはもっとひどくなっているに決まってるからだ。
一方、相談してくれる現役世代の中には、奨学金の借金に苦しめられている人も少なくない。
「30代男性。単身。アルバイト、所持金なし。借金300万円超。奨学金の滞納200万円あり、持ち家を持つ親族が保証人になっている。警備員の仕事で。額面11万円から家賃や会社への返済分などを引かれて手取り月4万5000円(日払い)。国保滞納あり。給与の差し押さえを受けている」
「40代男性。一人暮らし。アルバイト。奨学金の返済ができず、利息が増えて総額700万円近くになっている。毎月3万円の返済だが生活が厳しく支払っていけるか不安」
奨学金という名のローンを国が野放しにしてきた罪は重いわけだが、そのことが、中年と言われる年になっても当人の生活を圧迫しているわけである。
奨学金の借金は結婚への足枷にもなっていることは周知の通りだが、このような声を聞くたびに、学びたいという意欲ある若者に投資せず、政治はいったい何をしてきたのだろうとつくづく思う。
さて、「なんでも相談会」を訪れてくれた人、電話をかけてくれた人には最後に「政治に言いたいこと」「要望すること」を聞いているのだが、以下のような声が寄せられている。
「物価高等をふまえて制度を拡充してほしい」
「食料品等の物価高なんとかしてほしい」
「電気代、ガス代を滞納してしまった人向けの支援を充実させてほしい。滞納してもすぐ止めないようにしてほしい」
「政治家は裏金を懐に入れている。それを取り返してほしい」
そんな集会前日の10月4日、自民党総裁が高市早苗氏に決まった。
貧困問題に関わる私にとって、高市氏と聞いて思い出すのはどうしても「さもしい顔してもらえるものはもらおうとか弱者のフリして少しでも得をしよう、そんな国民ばかりになったら日本国は滅びてしまいます」という言葉である。そんな高市氏が女性初の総理大臣となる可能性大なわけだが、格差・貧困問題にどのような姿勢で取り組むのか。
ちなみに自民党議員の中には貧困問題や公的福祉などに対して「本当に困っている人」という言い方をする人が多い。「本当に困っている人は支援するが、そうでない人もいる」という言い方だ。
が、そのジャッジを恣意的にやられると時に死者が出ることはこの十数年、餓死事件などで嫌というほど経験してきた。
そんなふうに「本当に困っている人」という言葉が出てきたら、「犠牲の累進性」という言葉を思い出してほしい。
例えば正社員が「忙しくて睡眠不足で大変」と言ったら「不安定な非正規よりマシ」と言い、非正規が「不安定でつらい」と言ったら「ホームレスよりマシ」と言い、ホームレスが弱音を吐いたら「戦場で殺されている子どもよりマシなんだから我慢しろ」と口を塞ぐようなやり方。これを「犠牲の累進性」というのである。
これを突き詰めていったら「つらい」という資格のある人は一人もいなくなるというロジックだ。だからこそ、私は「本当に困っている人」という言葉が出てきたら警戒モードに入る癖がついている。
もうひとつ、高市氏に関して気になることは、6月末に最高裁判決が出た生活保護引き下げ訴訟についてだ。
国は第二次安倍政権が強行した引き下げを「違法」と認めたわけだが、今に至るまで厚労省はおろか、厚労大臣からの謝罪もない。
一方、引き下げを推し進めた自民党の「生活保護プロジェクトチーム」(座長は世耕弘成氏、メンバーに小泉進次郎氏や片山さつき氏がいる)は、自分たちが掲げた政策が「違法」と断じられたにもかかわらず、コメントのひとつも出していないという不誠実さだ。
ちなみにこの日の集会では、裁判の原告の女性も登壇。神奈川の原告だという彼女は、同じ神奈川原告の中でこの夏、一人が亡くなったことを話してくれた。
判決が出たのは6月だったことから、彼女は「助かる命がある」とほっとしたという。なぜなら、これからが暑くなる季節。保護利用者にとって夏を越すのは命がけだからだ。
しかし、保護費は引き下げられたまま、補償の話さえないままで酷暑がやってくる。今年の夏の、恐怖を感じるほどの暑さを思い出してほしい。そんな中、亡くなった人はエアコンのない部屋に住んでいた。そうして命を奪われてしまったのだ。
勝訴判決が出たというのに、奪われた命。10年以上の裁判で、1000人以上いる原告のうち、裁判中に232人もが命を落としている。判決直後、関西の方でも亡くなった原告がいると聞いていた。が、またしても国から謝罪の言葉を受けることなく命が奪われた。
ちなみにこの裁判と「きょうだい訴訟」と言われる優生保護法裁判では、判決翌日に大臣が謝罪。その後、岸田総理と石破総理も被害者に面会して謝罪している。
それなのに、いまだ謝罪すらなく、補償の話も何もない生活保護引き下げ訴訟。
安倍元総理と親しかった高市氏だからこそ、この問題に真摯に向き合ってくれたら。そうすれば、どれほど救われる命があるだろう──。そんなことを願うのは、妄想と笑われるだろうか。
ということで、高市氏がこれからどんな発信をし、どんな日本を描いていくかに興味津々だが、そんな高市氏の発言で「おお……」と思ったことを最後に書きたい。
おそらく今回の総裁選での一幕だと思うのだが(他の男性議員もいたので)、司会者に「飲み会がお嫌いと聞きましたが」的な質問をされた時の答えがすごかったのだ。
高市氏はまず「お酌とかがあんまり……」と言いつつ、夫が家で待っていること、夫と食事を共にしたいこと、そして冗談混じりにそんな夫が「怖い」ことを述べたのだった。
この回答を見て、ちょっとした衝撃を受けた。
最初に「お酌」することへの抵抗を見せて「女性の共感」を得つつ、「高市早苗」であろうとお酌させる男社会をチクリと刺す。
同時に夫がいる、家庭があるからという次のパートで「だからといって決して男社会を脅かさない、夫につかえる妻」であることを印象づけて男社会村の面々を安心させ、一方で「そんな私の夫は怖いぞ」という牽制をするわけである。夫を「強いバック」としても利用するのだ(夫は元自民党議員)。
そんな回答を見て、わずか数秒の間にこれほどの高等技術を駆使できる女性じゃないとザ・男社会ではのしあがれないのか……と、ため息が漏れた。
そして、こんなことが瞬時にできてしまう高市氏のこれまでの「苦労」にも思いを馳せたりした。
さて、こういうタイプの女性がトップに就くということはこの国の全員にとって初めての経験だ。
これから何が起こるのか注視しつつ、自民党総裁選真っ盛りの9月27日、「もやい」と「新宿ごはんプラス」による食品配布には過去最高の922人(コロナ前は数十人)が並んだことを付け加えておきたい。
〈追記〉
と、ここまで書いてから、SNSで高市氏のある映像を見て思うところがあったので追記したい。
映像はいつのものかわからないが(すみません)、TBSの膳場氏が高市氏に、12年の「さもしい」発言について質問しているものである。
それに対して高市氏は、「その発言は、民主党政権の期間中、生活保護の不正受給が非常に多かったという問題にどう取り組むかという議論をしていた」流れの発言だと回答。
が、貧困問題に約20年取り組む私の立場から言わせてもらいたい。
私がこの問題に関わり始めてから、不正受給率はだいたい件数にして2%台、額にして1%以下を推移しているのが現実である。民主党時代、それが突出して増えたというデータはどこを探しても出てこない。
増えているとしたら、利用者だ。
2011年には約半世紀ぶりに200万人を突破。15年には217万人とピークになった。が、その後ずっと減少しており、今は200万人を切って199万人。
なぜ増えたのかといえば、きっかけは08年のリーマンショックである。
その翌年に政権交代があり、民主党政権が発足。また、民主党政権下の11年には東日本大震災が起き、最後のセーフティネットに支えられる人が増えた。ちょうど生活保護利用者が増えた時期が民主党政権とかぶっただけの話で、不正受給など増えていないのだ。
が、野党時代の自民党は「増えた」ことを問題視し(増えなければ自殺者が増えていただろうから、セーフティネットにひっかかるのはいいことなのに)、前述したように「生活保護プロジェクトチーム」を発足。生活保護バッシングを繰り広げただけでなく、「生活保護1割カット」を公約にして12年、再び政権に返り咲く。そうして13年から強行した生活保護基準引き下げが今年6月、最高裁で「違法」と判断された――というのがここまでの流れである。
さて、現在の高市氏はこのあたりのことについてどう思っているのだろうか? 非常に興味がある。メディアはぜひ、追及してほしい。