第375回:狂詩曲『自民崩壊序曲』、指揮者は……(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

暗澹たる気分

 10月4日、ぼくは暗澹たる気分で、テレビを観ていた。
 テレビは「史上初の女性総裁誕生」と囃し立てていた。しかしぼくは「史上初の極右首相の誕生」が言い方としては正しいと思う。
 現在の野党の分裂状態からして、自民党総裁が「新首相」に選出されるのは、まず間違いない。高市氏が首相になるのは確実だろう。排外主義者でレイシズム寄りの心情を持つ人が新しい日本のリーダーになるということだ。「新しい学校のリーダーズ」のほうが、よっぽどマシである。
 難民受け入れ拒否、移民排斥、違法(?)外国人の強制送還。日本に住んでいる外国人親子をムリヤリ引きはがし、親は国外退去、子どもはそのまま……などという非人道的な措置も推奨されるだろう。
 さらには、靖国への首相としての参拝で諸外国との軋轢、気に入らないテレビの電波停止、治安維持法の再来と言われる「スパイ防止法」制定による思想信条の自由への侵害、社会保障よりも軍事優先の方向性……。ぼくの世相観測は次第に暗くなる。
 そして極めつけは、トランプとのズブズブの外交関係への傾斜。ほとんど言うことを聞きっぱなし……というより、考え方が“陰謀論・捏造歴史観”という親近感。
 同じ極右仲間として参政党などとの連携も視野に入れそうだ。とにかく数が足りないのだから、政治感覚の近い神谷宗幣氏などとも意見交換を行うだろう。ひょっとすれば神谷氏の閣僚入りなんてことも?
 トランプ内閣で陰謀論まみれのロバート・ケネディ・ジュニアが厚生長官になったように、神谷氏が厚労相にでもなったら日本という国は破滅する。何しろ「反ワク論者」なのだから、医療体制崩壊だ。ま、神谷代表は「連立に入るつもりはない」と言っている(5日現在)が、彼は平気で前言を翻すのだから、おいしい餌を眼前にぶら下げられればコロリと引っくり返る、だろう。
 悲観的な思いばかりが湧いてくる。自民党は、ついに「国民政党」という看板を投げ捨ててしまった……。

長老支配、派閥政治の復活

 今回の総裁選で特徴的なのは「長老支配の復活」という側面だろう。
 現在自民党で唯一「派閥」を維持しているのは麻生派だけだ。その老醜・麻生氏が「決選投票では、党員票でトップになった候補者に投票」するように“組員”に呼びかけた。事前のマスメディア各社の調査では「高市氏がトップ」というのはほぼ一致していたのだから、この呼びかけは「高市に入れろ」と指示したに等しい。
 かくして少なくとも43人の麻生派議員票は高市氏に流れた。ギリギリで争う決戦では、この数の重みは大きい。結果がすべてを物語る。
 すると、高市新総裁はさっそく“麻生大老”に感謝の土産を差し出した。党の最高幹部である幹事長のポストに麻生派の鈴木俊一氏を起用する。つまり、高市首相の首根っこを麻生派が握ったのだ。
 これは自民党の没落の原因である「派閥政治」の復活を意味する。結局、自民党は元の木阿弥、長老支配、派閥政治の復活へ舵を切った。
 しかも高市氏、いわゆる「裏金議員」たちを積極的に登用する方針も明らかにしている。それをTVニュースは「不記載議員」と伝えていた。不記載で隠したから裏金と言われたのではなかったか!
 早くもテレビの「忖度ニュース」が始まってしまった。かつて「停波も考える」と脅した高市氏に、さっさと恭順の意を示したらしい。闘わずして負けてしまう。そんなのをジャーナリズムとは呼ばない。

切羽詰まる「高市内閣」

 でもね、よく考えると別の見方もある。
 裏金議員たちの放置、長老支配や派閥政治という自民党の悪弊、これらが最近の自民党政治への有権者の忌避感につながっていたはずだ。そのせいで、最近の選挙では自民党が敗け続けた。そこからの脱却を図っての「解党的出直し」をスローガンにした総裁選だったはずだ。ところが高市当選で表に出てきたのは、カネに汚い旧態依然の自民党の姿だ。これで次の選挙に自民党が勝利できるとは到底思えない。つまり、自民党は片足を棺桶に突っ込んでしまったのだ。ああ、なんまいだぶなんまいだぶ……。

 ところで、公明党斉藤鉄夫代表が高市氏に3つの条件を突きつけた。

 • 靖国参拝等を巡る歴史認識
 • 企業・団体献金などへの規制
 • 外国人問題に対する姿勢

 これらの問題は「反戦平和の党」を標榜する公明党としては譲れない課題である。もし高市氏が従来の主張通り「靖国参拝」を強行したら、公明党は連立離脱しか道はない。それは支持母体の創価学会の意向に反するからだ。
 ここは公明党の最低限の矜持の見せ所となるだろう。
 もし連立解消となれば、自民党は各選挙区で数万票はあるという「学会票」を失うことになる。それが現実となれば、ただでさえ党員激減の自民党にとっては「とどめの一発」になりかねない。

 高市氏は国民民主党へしきりに“秋波”を送っている。舌なめずりの玉木代表とはかなり意見が合うようだから、自国連立の可能性はあり得る。
 高市氏は総裁選明けの5日“極秘”で玉木代表と会談した。当然、「連立」について話し合ったに違いない。
 だがもし自国連立ということになれば、国民民主党は強力な後ろ盾「連合」の支援を失う。いかに自民大好き芳野友子会長体制の連合とはいえ、痩せても枯れても「労働組合の連合体」である。自民党と連立となれば、さすがに多くの労組の反発を受けるのは避けられない。連合が承知できるはずがない。それでも玉木氏は、地位欲しさに高市氏にすり寄るのか? うーむ、あり得るなあ、あの玉木氏のことだから。
 だがそれでは国民民主党内部の連合組織内議員たちの立場がなくなる。自国連立は、党分裂の危機もはらむ。とても一筋縄ではいきそうもない。

 つまり、早晩、「高市内閣」は切羽詰まって立ち往生する、というのがぼくの予測だ。
 『ハンガリー狂詩曲』ではないが、狂詩曲『自民党崩壊序曲』のシンバルがバア~~ンッと高鳴っている。その指揮棒を握るのは、高市氏。

ああ、ノーベル平和賞!(苦笑)

 日本も凄いがアメリカはもっと酷い。
 最初は冗談だと思っていたのだ。
 だが、大真面目だった。
 本気だったんだな。
 ビックリした。
 いやはや。

 トランプの「ノーベル平和賞」のことだ。彼は「ノーベル平和賞」が欲しくてたまらない。どうも、オバマ元大統領がこの賞を受賞したのが羨ましくてしょうがないらしい。「オバマが貰ったんだ。オレが貰えないのはおかしい。オレのほうが“世界平和”に貢献してるじゃねえか」ということらしい。
 「してねえよ」とノーベル平和賞選考委員たちは思っているに違いないけれど、そんなことはトランプの頭では理解できない。
 東京新聞(4日付)の「こちら特報部」に、それについての面白記事があった。

トランプ氏 平和賞なぜ熱望
狙いは有罪回避
大統領に再選前、再三の裁判沙汰
「オバマ氏に対抗意識も」

(略)9月30日、南部バージニア州の基地に集めた軍幹部を前に、トランプ氏はこう口にした。
 「米国として受賞すべきだということだ」
 9月23日の国連総会演説でも「たった7カ月で7つの終わりなき戦争を私が終結させた」とアピールしたトランプ氏。ただ、米国は6月にイランの核施設への空爆を実施。突如として一方的な武力行使に踏み切った。意欲を燃やしていたロシアによるウクライナ侵攻の仲介でも、目立った成果は上がっていない。(略)
 トランプ氏は不倫口止めや20年大統領選でのジョージア州の票集計介入などの事件でも起訴されており、大統領退任後には再び刑事裁判で責任が問われる可能性がある。海野素央氏(明治大学教授・異文化間コミュニケーション)は、トランプ氏が平和賞の受賞を通じて「自身のダメージを薄める効果を狙っている」と読み解き、受賞によって政治的権威を高めることで「(大統領任期終了後に)有罪にされにくくする『保身』の効果を狙っているのではないか」と見立てる。(略)

 自分の汚い過去の罪を隠すためにノーベル平和賞を欲しがる。ほかにも小見出しにあるように、今でも人気の高いオバマ元大統領への競争心、妬みが大きいとも解説している。だとすれば、なんと心根の卑しい男か、とウンザリする。
 こんな男を選んでしまったアメリカ国民は今、その報いを受けている。移民狩り、労働者不足による景気後退、物価高騰、政府機関の閉鎖、職員の大量解雇、医療保険の停止、これからそれらが改善していく気配はない。
 トランプの愚行は止まらない。
 今度は自分の顔を刻印した1ドルコインを建国250年に当たる来年に発行すると発表した。とにかく自分の業績(そんなものあるのか?)を残したくて仕方ないのだ。中小企業の創業者親父が銅像を立てたがったり、勲章を欲しがったりするのと同じだ。とても最強国の大統領の器じゃない。
 なんたって「自分がアメリカ大統領になってから、世界中の戦争を7つも停めたんだ」と自慢タラタラ、鼻息の荒いトランプである。
 ん? 「7つの戦争」を停めた? 7つの戦争ってどこのことだよ? というわけで調べてみた。以下がトランプが挙げた7つの戦争である。

 • カンボジアとタイ
 • コソボとセルビア
 • コンゴとルワンダ
 • パキスタンとインド
 • エジプトとエチオピア
 • イスラエルとイラン
 • アルメニアとアゼルバイジャン

 みなさん、知っていましたか? それなりに真面目に新聞を読んでいるぼくも、ごめんなさい、知りませんでした。
 まあ、国境紛争じみたイザコザは、地続きの隣国間ではよくあること。この7つのイザコザのうち、カンボジアとタイ、イスラエルとイランは、最近の出来事だから記憶に残っているけれど、あとは……。
 でもねえ、記事にもあるとおり「イスラエルとイラン」なんて、アメリカ自身がイランの核施設を空爆して、自らが戦争当事国になったではないか。それを停めてやったんだなんて、まさにどの口が言う、である。
 しかも肝心のウクライナ戦争やガザのジェノサイドが、この「7つの戦争」に含まれていないのが噴飯ものだ。「オレが大統領になったら、数日のうちにウクライナ戦争は終わらせてみせる」とほざいていたのは誰だったか。
 イスラエルとハマスの停戦交渉が進んでいるという。ハマスが人質全員を解放すれば、イスラエルも戦闘を停止するという。だがイスラエルはこの交渉の間も、ガザ爆撃を止めていない。交渉中も毎日のようにパレスチナ人は殺されているのだ。ネタニヤフの言葉なんか信用できるはずがない。
 ネタニヤフは停戦合意でハマスを無力化した後で、ガザを完全支配するつもりだという観測もある。トランプはネタニヤフに騙される……。
 いったいどこが「平和賞」なんだよ、である。

「平和船団」の報道を

 最後に付け加えておく。
 ガザで飢える人たち(とくに子どもたち)に、せめてもの食料や医薬品などを届けようとして航海を続けていた平和船団「グローバル・スムード船団」(約50隻)が、ガザ沖でイスラエル軍に拿捕され、グレタ・トゥーンベリさんら数百人が劣悪な拘置所に拉致、監禁されたという。
 そこでは長時間にわたりコンクリート床への放置、髪の毛を掴んで引きずるなどの虐待(拷問に近いともいう)が行われているとの情報もSNS上には流れてきている。ぼくにはその真偽を確かめる手段がない。懸命にネット上を探って、海外メディアのできるだけ信用できそうな情報を得るような努力はしているけれど……。
 日本のメディアは、詳しいことをほとんど報じていない。拉致された乗組員の中には日本人女性も含まれているという。
 少なくともマスメディアは何らかの方法を持っているはずだ。ぜひ詳しい状況を報じてほしい。

※その後、グレタさんを含む船団のメンバーは順次イスラエル政府によって国外追放となり、日本人女性も隣国ヨルダンに到着したことが報じられた。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。