トランプでなくてよかった、と思ったのだが…
今年の「ノーベル平和賞」が発表された。
「まさかトランプじゃねえよな」とほんの少しだけ心配していたので、受賞者がベネズエラの反政府活動家のマリア・コリナ・マチャド氏に与えられたと聞いた時、ぼくはホッとしたのだ。しかしその後のニュースに首をかしげた。トランプが妙に誇らしげに、こんなことを言っていたからだ。
「受賞者のマチャドがオレに電話をかけて来て、受賞の喜びを伝えてくれた。そして、ほんとうに受賞に値するのはトランプ大統領、あなたです。そう言ったんだよ」
えっ、ウソ! 例によってトランプは自分に都合のいいようにテキトーなことを言ったんじゃないか、とぼくは思った。しかしマチャド氏の裏の顔を見ると、どうもトランプへの電話は事実だったようなのだ。
毎日新聞(19日付)の記事にぼくは驚いた。
平和賞のマチャド氏、ネタニヤフ首相を称賛
「イラン攻撃に感謝」2025年のノーベル平和賞に選ばれたベネズエラの野党指導者、マリア・コリナ・マチャド氏は17日、イスラエルのネタニヤフ首相と電話協議した。マチャド氏は「ネタニヤフ氏の戦争における決断や断固たる行動と、イスラエルが得た成果を称賛している」と語ったという。
イスラエル首相府によると、電話協議でマチャド氏は、パレスチナ自治区ガザ地区の停戦合意による人質解放を称賛し、イスラエルによる6月のイラン攻撃についても「感謝を示した」という。イランとベネズエラのマドゥロ政権はいずれも反米の立場で、関係が深いことが背景にある。(略)
中東の衛星テレビ「アルジャジーラ」などによると、マチャド氏は親イスラエルの立場で知られ、ガザの戦闘ではイスラム組織ハマスの「壊滅」を支持。イスラエルメディアのインタビューでは、自分が政権についたらイスラエルとパレスチナが帰属を争うエルサレムに自国の大使館を移転すると述べていた。(略)
ギョッとした。
ぼくはこれまで、このマチャド氏の人物像をまったく知らなかった。「独裁政権に歯向かう野党指導者の女性闘士」という報道で、この人を初めて知ったのだ。だがこうなると、ほんとうに“平和賞”に値するのかどうか、疑わしくなる。
東京新聞「本音のコラム」(18日付)で、師岡カリーマさんが次のように書いている。
ノーベル「平和賞」
(略)ノーベル賞一般の威光を借りてはいるが、平和賞の人選には、欧米諸国の都合やナルシシズムや政治的思惑を見いだす人も世界には少なくない。(略)
ベネズエラの反政府運動家マチャド氏という今年の人選も、大国への忖度が丸見えではないか。
独裁色が強まる国で民主化を掲げているとはいえ、自国の石油民営化と米企業優遇をチラつかせてトランプ政権に秋波を送り、米国の軍事介入を暗に勧誘し、人命を奪う経済制裁を支持し、反移民思想を掲げるヨーロッパの極右会派「欧州の愛国者」の会議にリモート参加し、戦争犯罪容疑者ネタニヤフに協力を求めて「私が大統領になったら(違法性が指摘されるトランプの決定に倣い)在イスラエル大使館をテルアビブからエルサレムに移す」と約束するなど、平和より分断に繋がる言動が目立つ人物をあえて選ばずとも、独裁政権や不正と勇敢に戦う活動家は他にいくらでもいる。
いやはや、このマチャド氏とはそういう人物だったのか。
知らぬこととはいいながら、平和賞受賞者がトランプでなかったことにホッとしたぼくは馬鹿だった!
まるでドラクロアの描く「民衆を導く自由の女神」のように、拳を振り上げて民衆の先頭に立つ美しい女性の姿をテレビで見せられて、ぼくらはすっかり素晴らしい受賞者だと思い込ませられてしまっていたのだが、その実態は……これだ。
受賞の挨拶をいの一番にトランプに電話して伝えたということの背景は、こんなことだったのだ。
ジェノサイド容認の可能性
トランプは、ベネズエラの反米政権が憎くてたまらない。
なにしろ「オレに逆らうヤツはみんな敵」というのがトランプ思考だ。なんとかこのベネズエラのマドゥロ反米左派政権を打倒したい。独裁的傾向を強めて民衆を圧迫し始めたマドゥロ大統領を打倒するのは、「反独裁」という格好の旗印を立てられるだけに都合がいい。まさに「自分のことは棚に上げて」と言うしかないけれど。
しかもその旗を振り回してくれるのが“素敵な女性指導者”のマチャド氏なのだから、自分に歯向かうマドゥロ政権打倒にはもってこいのキャラクターだ。
そういう裏事情を「ノーベル平和賞選考委員会」が知らなかったはずはない。そこにどうしても、師岡さんが言うような「大国への忖度」を感じてしまうのだ。ことに、ヨーロッパの極右会派の会議にも参加していたということであれば、それは「選考委員会」の姿勢への疑問にもつながる。
昨年は「日本被団協」がノーベル平和賞に選ばれた。ぼくもとても嬉しかった。それは「核兵器廃絶運動」への強い後押しになったし、世界への日本からのアピールでもあった。しかし今回のマチャド氏への授賞はその真逆、ガザでのイスラエルによる深刻なジェノサイドを容認してしまう結果になった。そんな“平和賞”があるか。
考えてみればマチャド氏への授賞は、日本被団協に対する大いなる侮辱ではないか?
ノーベル平和賞とは何だったのか!
国際法無視のトランプ
トランプの危険性はいまさら言うまでもないが、ベネズエラの現政権への圧力は国際法を無視するに至っている。
トランプは「麻薬密輸船の疑い」があるとして、ベネズエラ沖を航行するベネズエラの船舶を相次いで爆撃し、乗組員多数を殺害した。それはすでに数回に及んでいる。
実際に麻薬密輸組織の船かどうかの確認は取れていない。だが、たとえ麻薬密輸船だとしても、いきなり撃沈することが許されるはずもない。まず米艦が拿捕して調査(捜査)をするのが、少なくとも国際的ルールのはずである。強力な武装の米艦なら、そんなことはわけもないことだろう。
だがトランプが命じたのは、問答無用の爆撃撃沈殺人だった。当然ながら、そんな乱暴なやり方には納得できないという人も出てくる。朝日新聞(18日付)にこんな記事が載っていた。
米南方軍大将 辞任へ
「麻薬船」攻撃懸念かトランプ米政権が、ベネズエラの麻薬運搬船だと認定した船への爆撃や船員の殺害を続けるなか、中南米を担当する米南方軍の指揮を執るホルジー海軍大将が辞任することが明らかになった。ヘグセス米国防長官が16日、発表した。米紙ニューヨーク・タイムズは米高官の情報として、ホルジー氏が船舶への攻撃に懸念を示していた、と報じた。
トランプ氏の命令で米軍が実施してきた「麻薬対策」を理由にした船舶爆撃については、国際法上の疑義が示されてきた。だが、トランプ氏は15日にはベネズエラで米中央情報局(CIA)が秘密作戦を進めることを「許可した」と表明。敵対するマドゥロ政権が支配するベネズエラ領内への攻撃もほのめかしている。(略)
他国の領海内での船舶への違法な爆撃と殺人、さらには他国領土内でのCIAの違法活動への許可。まさに“悪役CIA”が暗躍する映画のような展開である。
これで「平和賞が欲しい」などと、いったいどの口が言うのだろう?
改めてノーベル“平和賞”の意義が問われている。
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日本では、高市早苗氏による“自維連立内閣”誕生で様々な意見が飛び交っている。しかし、まさに「論評しようがない」。
「日本初の女性首相」と誉めそやすご意見がネット上でも幅を利かせているが、それ以上に「日本初の極右内閣」というのが正解だろう。それは「高市・吉村の連立合意文書」を読めば一目瞭然である。
中曽根内閣や安倍内閣もそうとう右派色は強かったけれど、さすがにここまでロコツな極右ぶりは何とか抑えていた。それを、首相の椅子が欲しさに極右ぶりを隠さずに維新にすり寄った結果が今回の高市連立政権だろう。
この政権と日本の行く末については、ぼくはもう少し考えてみたい。
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