第154回:俺のもの(想田和弘)

 日本のメディアではあまり報道されていないが、米国のホワイトハウスの東棟が突然、ドナルド・トランプの指示により、完全に破壊され解体されてしまった。のみならず、同時にジャクリーン・ケネディ庭園も潰されたようだ。

 東棟には大統領夫人の執務室があり、外国からの要人など、訪問客を迎えるために使われてきた。1902年に建てられた由緒ある建物である。米国の建築歴史家協会はその声明で、「ホワイトハウスは最も重要な国家遺産の一つ」と述べている。しかしトランプは、先人の仕事や歴史に対する畏敬の念など、露ほども持ち合わせていない。

 トランプは東棟と庭園を潰した場所に、大人数が収容できる宴会場を建設するのだという。彼は当初、宴会場の建設に当たって、既存の建物には触らないとしていた。しかし突然解体工事を始め、メディアが騒ぎ始めてから初めて、着工を発表した。わざとだろうけど、順序が逆だろう。

 もちろん、議員や人々からは、非難の声が挙がった。民主的手続きを完全に無視した工事は、たぶん違法なのではないだろうか。だが、時すでに遅し。覆水、盆に返らず。東棟も庭園も、ホワイトハウスに返らずである。

 日本で言えば、高市首相が突然、首相官邸の一部を勝手に解体したような事態を想像してほしい。あるいは、天皇が皇居の一部を解体したような事態でもいい。米国人にとっては、それらに匹敵する事件だと思う。

 まあ、トランプは就任以来、米国全体、いや、世界の秩序さえも破壊し続けているわけで、そう考えると些細な事件かもしれない。だが、それにしても、何という象徴的な出来事であろう。

 何が象徴されているのかといえば、ホワイトハウスがトランプによって完全に私物化されてしまったということだ。というのも、ホワイトハウスを「みんなのもの」だと思っていたら、建物を勝手に取り壊すことなど、とてもできないことである。逆に言うと、彼はホワイトハウスを「俺のもの」だと思っているのである。

 ホワイトハウスを「俺のもの」だと思っているということは、それが象徴する米国の政治も「俺のもの」だと思っているということである。だから「俺のもの」を利用して自分や親族が巨額の利益を得るのも、気に入らない教育省を廃止するのも、従わない大学を屈服させるのも、民主党が強い都市に「俺の州兵」を派遣するのも、政敵を刑事訴追するのも、トランプにとっては当然である。

 本来は「みんなのもの」であるはずの政治を私物化すること。たぶんそれこそが「独裁」の本質である。

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想田和弘
想田和弘(そうだ かずひろ):映画作家。1970年、栃木県足利市生まれ。東京大学文学部卒業。スクール・オブ・ビジュアル・アーツ卒業。BGM等を排した、自ら「観察映画」と呼ぶドキュメンタリーの方法を提唱・実践。最新作『五香宮の猫』(2024年)まで11本の長編ドキュメンタリー作品を発表、国内外の映画賞を多数受賞してきた。2021年、27年間住んだ米国ニューヨークから岡山県瀬戸内市牛窓へ移住。『観察する男』(ミシマ社)、『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)など著書も多数。