第380回:高市首相 「腰まで泥まみれ」(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 危なっかしいなあ……と思っていたが、やっぱりこの人、首相の器などではなかった。早いうちに退いてもらわないと、この国が大変なことになってしまう。政治的失策は山ほどあるけれど、10月21日に高市内閣が発足してからたった1カ月弱で泥沼へ足を半分突っ込んでしまった。
 元ちとせの歌「腰まで泥まみれ」ではないけれど、いずれ全身泥まみれになって溺れてしまうだろう。遠山の金さんなら「おうおうおう、この桜吹雪がすべてお見通しだ! お主の罪状数々あれど、赦しておけぬ大罪ばかり、さっさと白状の上、潔くお縄につけい!」と片肌脱いで御白洲を睨みつける名場面……などとふざけている場合じゃない。
 少し高市氏の1カ月を振り返ってみよう。
 順不同で驚くべき業績(?)を挙げてみる。

◎中国との関係悪化

 最悪の外交センスである。つい口走った国会での一言が、とてつもない結果を引き起こした。歴代首相が敢えて曖昧にしてきた「存立危機事態」を、あっさりと「台湾有事」に関連付けて「台湾有事は存立危機事態になり得る」と言ってしまったのだ。
 中国と台湾の間で緊張が高まり、そこにアメリカが介入するような場合、日本は集団的自衛権を振りかざして中国と軍事的に対抗するという意味だ。他国の“戦争”に、なんで日本が参戦しなきゃいけないのか。
 これには中国だって黙ってはいられない。内政問題(中国の言い分)にそっちが口を出すなら、こちらにだって用意はあるぞ、である。少しでも外交センスがある政治家ならば、自ら地雷を踏みに行ったりはしない。就任して間もないというのに、なぜ中国にケンカを売ったのか。つい本音が出ただけか、それともネット右翼系支持者の関心を引こうという勇み足か。でも、そんな感覚では外交なんかとても無理だ。
 頼みの綱のトランプ大統領にとっても中国は大事な相手、対中関係はぼやかしてきたのだから、アホなケンカの仲裁をする気配はない。オラ知らねえよ、と高市ピョンピョン外交を見限ってしまった。
 なんとか自分で片をつけるしかないのだが、高市氏、自分が一度口走ったことは、何があっても訂正も撤回も謝罪もしないという性格。ろくな側近がいないことも事態が泥沼化する一因だ。
 で、どうしたか? この高市発言に怒った中国の大阪総領事の「汚い首を斬ってやる」発言を逆手にとって中国批判をネット右翼諸士とともに繰り広げ、どっちもどっちの「喧嘩両成敗」に持ち込もうとしたのだが、これが事態をさらに悪くした。
 自分で投げた泥玉を相手も投げ返してきたから同罪だ、というリクツはいくらなんでも通らない。とりあえず火の元の最初の発言を撤回した上でなければ物事は進展しない。それが普通のやり方だろう。違いますか、高市さん?
 中国は自国民に対し「日本への渡航自粛」を呼びかけた。日本政府肝入りのインバウンド需要拡大政策は、これであっけなく破綻した。嘆くのは外国人相手の商売をしている人たちだ。さらに中国人学生たちへ「日本への留学」にも待ったをかけた。
 まったく高市首相には政策も何もありはしない。どう落とし前をつける気なのか、さっぱり分からない。

◎裏金議員の登用

 自民党は“人材枯渇”である。なにしろ「裏金議員」を要職に登用しなければ内閣の成立も危ぶまれるのだから深刻だ。
 その典型が、佐藤啓参院議員の官房副長官就任。彼は先の参院選での洗礼は受けていない。したがって「選挙で国民の支持を得た」というお墨付きも使えない。野党は彼の就任に猛反発しており、佐藤副長官は参院の一切の会合には出禁状態である。国会運営に齟齬をきたしているのだ。
 それでも高市首相は「一度任命した方を、野党の要求で辞任させるつもりはありません」と開き直る。国会運営よりも自分のメンツにこだわるばかり。審議に影響が出ているのを苦々しく思っている自民党議員も多いという。
 ろくな側近がいない、というのはここからも分かる。

◎殺傷能力武器輸出へ

 言い換え言葉の典型「防衛装備品移転」って、いったいなんのこっちゃ? 武器輸出をごまかす自民党の必殺デタラメ造語集の中でも際立つ悪質さ。それでもなお羞恥心はあったらしく、これまで移転(!)できるのは5類型に限る、としてきた。
 つまり、①救難 ②輸送 ③警戒 ④監視 ⑤掃海 である。
 ところがついに、その最低限の歯止めさえ失くしてしまおうというのだ。自民維新の連立政権は、年内にも協議会を開いて、この5類型を撤廃しようとの構えだ。しかも移転(輸出)先も「同盟国に限る」との歯止めを外し、どこへでも輸出可能とするらしい。極端に言えば、ガザで虐殺を続けるイスラエルや、ウクライナを侵略しているロシアにだって輸出可能ということになる。
 むろん喜ぶのは、三菱重工を始めとする軍需産業だ。当然、それら企業からの自民党への献金は増大するだろう。仲介の商社などもウハウハ、死の商人の復活である。

◎悪乗りの防衛大臣

 ホントに“こんな子”を防衛相にしてよかったのか。小泉進次郎防衛相の「原子力潜水艦保有の議論を」発言には恐れ入った。しかもその理由が「周りの国がみんな持っているから」というのだから、開いた口が塞がらない。
 まあ、この件に関しては、先週のこのコラムでも書いたから、ここでは詳しくは触れないけれど、子どもに危険なおもちゃを与えちゃダメでしょ、という意見がSNS上で盛り上がったのも当然だ。
 危ないおもちゃを持てば使いたくなる。
 原潜保有から核武装論が出てくるまではほんのあと一歩。蟻の一穴にならないよう、ここはなんとしても断固拒否しなければならない。

◎防衛費GDP比2%、今年度達成の方針

 さまざまな分野で予算が足りない、金がない、と言いながら防衛費(軍事費)だけは大盤振る舞い。高市首相は所信表明演説で、「安全保障3文書を来年末までに前倒しで改定。防衛費の対国内総生産(GDP)比2%増について、今年度中に達成する」と表明した。
 社会保障費、物価対策のためのガソリン税軽減、消費税減税や現金給付などなど、予算が足りないのは国民全員が分かっている。だが、軍事費だけは青天井なのだ。いったいどこから財源をひねり出すというのか。
 あんたら、食事は少しぐらい我慢しなさい、それより国防、武器でしょ! というのが高市政策の柱である。アメリカ製の中古兵器を爆買いして、トランプの腕にすがって飛び跳ねてみせる。ホントにこれでいいのだろうか?

◎非核3原則堅持を曖昧に

 発言が右へ右へとぶれる一方の高市首相。11日の衆院予算委でも、かなり危ない応答が続いた。前項で触れた「安保3文書の改定問題」で、れいわ新選組の櫛渕万里議員への答弁がそれだ。
 「非核3原則を堅持する、という文言を引き継ぐのか」と問われ「私から申し上げる段階ではない」と、堅持するか否かを明言することを避けたのだ。「非核3原則」とは、持たず、作らず、持ち込ませず、ということだ。そのうち「持ち込ませず」は、米軍の核兵器のことを意味する。
 高市氏は、かつて自著で「持たず、作らずは堅持するが、米国の拡大抑止の提供を期待するのなら、持ち込ませず、は現実的ではない」として、3原則のうち「持ち込ませず」は撤廃したいと主張していた。
 世界唯一の核兵器被爆国としての日本が、かろうじて守ってきた国是ともいうべき「非核3原則」を撤廃するということを、暗に示唆したと受け取れる。こんな恐ろしい人物が首相なのである。黙過するわけにはいかない!

◎働き方改革

 「働いて働いて働いて働いて働いて……」と“働いて”を連呼してみせた高市首相。「ワークライフバランスなど考えない」とも言った。その言葉どおり、朝の3時から首相公邸で勉強会を開催。その上で「睡眠時間は2時間、多くて4時間ほど」と語った。さすがに、頬も多少こけてきたように見える。なにもそこまで頑張らなくてもいいんじゃないの? と思わず言いたくなるほどのガンバリズム。
 けれど、先週も書いたが、どうもあの「午前3時の勉強会」は高市氏の、残業時間規制撤廃のためのパフォーマンスだったようだ。だって、マスメディアに通告しておかなきゃ、いくら勤勉な記者さんたちだって、深夜3時に公邸前に詰めかけているはずもない。
 さすがの自民党べったりの芳野友子連合会長でさえ、これには真っ向から反対。一応は労働組合の連合体だもの、いくらなんでも賛成するわけにはいかない。しかも、世論だって「またも残業過労死の再来か」とSNS炎上。過労自殺した人たちの家族からは、猛烈な批判が噴出している。
 経団連も「働きたい改革」などとふざけたネーミングの労働時間規制撤廃方針をひっこめざるを得なくなった。高市発言に悪乗りした挙句、猛批判を浴びたからだ。
 だけどこの問題はくすぶり続ける。上野賢一郎厚労相は就任記者会会見で「高市総理から、現行の労働時間規制の緩和を検討するよう指示を受けた」と語っている。それを撤回していないのだから、残業時間延長という「過労死推進」への道は途絶えていないのだ。

◎N党との共同会派

 「NHKから日本を守る党」の立花孝志党首がついに逮捕された。その余波で突如、話題に上ったのが“高市会派”問題だ。
 そう、そのN党の副党首の斉藤健一郎参院議員と、高市自民党は参院で“共同会派”を組んでいたのだ。斉藤議員は、竹内英明元兵庫県議を自死に追い込むほどのデマやフェイクをばら撒いた立花が率いたN党の副党首だ。責任の一端はある。ところが国会でそこを突かれた高市氏、なんとも呆れた答弁で逃げを図った。
 曰く「斉藤議員は無所属と認識していたので、私は無所属の方と会派を組んだのです。NHK党と組んだわけではありません」
 凄まじいまでの詭弁。斉藤議員は自ら「N党副党首」を名乗って記者会見に応じている。高市氏の言い分など、ぜーたいっ!に通らない。
 生活保護について「貰えるものは貰おうといういじましい感覚」などと言っていた高市氏だが、ひとりでも欲しいということでN党と組むのは“いじましい感覚”ではないのかしら。
 藤田文武維新共同代表はかつて、国会でヤジられ「ええ加減にせえよ、ほんま」とイキって見せたが、その言葉を連立相手の高市さんに言ってあげたらどうだろう。

◎米価高騰に打つ手なし

 コメの値段が今週、またしても過去最高を記録した。もはや5キロ4千円以下では手に入らない。いや、口に入らない。
 小泉進次郎前農水相が、古米から古古古米まで放出して値下げし、来年のコメの作付けを大幅に増やそうとしたのだが、新任の鈴木憲和農水相はあっさりとそれを否定した。結局、価格は市場に任せるという旧来の農政に戻ったわけだ。
 これでは農家はたまらない。いったい増産か減産か。値段だって乱高下してしまうから、結局、高値で泣きを見るのは消費者である。なぜこんなデタラメ農政を続けるのか。ほんとうに訳が分からない。
 その鈴木農水相、米価に関して「政府が洋服の値段に介入しないのと同じ」などと発言して、これが大炎上。「洋服は着回しもできるし頻繁に買わなくても済む。それに高価な服ではなくユニクロで間に合わすこともできる。でもコメは食わないわけにはいかない」もっともな意見である。
 カリフォルニア米などの外国米の輸入が飛躍的に伸びている。少しでも安いコメを、と外食産業や給食などでの需要が伸びているからだ。それはただでさえ低い日本の食料自給率が、ますます下がるということを意味する。
 軍事的な安全保障を言う前に、日本は食糧安全保障で沈没しかねない状況になっているのだ。中国からの食糧輸入が完全ストップしたら、飢えてしまうのは日本だよ。

◎自維連立政権、風前の灯火?

 公明党の連立離脱の穴を、なんとか維新で埋めようとしたのが「議員定数削減」の急浮上。「政治とカネ」から目を逸らそうという魂胆、なんともいじましい策謀だったが、どうもあっさりと潰れそうだ。
 自民党の鈴木俊一幹事長が「今国会で定数削減法案を成立させるのは難しい。自民維新だけで決めるわけにはいかないし、やるとすれば選挙制度そのものに触れざるを得ない」と発言、定数削減法案の提出を諦めたらしい。
 こうなれば、維新としては「連立協議の一丁目一番地が定数削減だ」と息巻いていたのだから、連立離脱だって考えなければ立場がなくなる。まあ、そんな立場なんかすぐにもほっぽりだしそうな維新ではあるけれど、そこを国会審議の場で突かれたら、いったいどう答えるのだろう?
 普通に考えれば、自民維新連立は風前の灯のはずだが、そんな気骨が両党にあるとは思えない。

 とまあ、思いつくままにいくつか高市首相の言動を挙げてみたけれど、たった1カ月でこれほどの「罪」を重ねている首相は前代未聞だ。本気でこの内閣をなんとかしなければ、ぼくもあなたも一緒に「腰まで泥まみれ」になってしまう。
 この歌で、部隊を率いた隊長は、軍曹が止めるのを聞かずに「進め―っ!」と叫んで深い川を渡ろうとした。だが、前とは川の流れが変わっていた。そして隊長は溺れ、首や頭まで泥まみれになって死んでいった。
 軍曹の言うとおりに引き返した他の隊員は助かった…。
 引き返そうよ。
 ぼくは、馬鹿な隊長の言うことなど聞きたくない。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。