違法行為をした側が、勝手に賠償額をディスカウントする。
そんなことがまかり通っている。しかもそれをしているのは、国だ。そのような無法行為が行われているのは、生活保護引き下げ訴訟において。
この連載でさんざん触れてきたように、生活保護基準の引き下げを違法として、全国で1000人以上の利用者が原告となり、裁判を闘ってきた。
10年以上にわたる裁判で今年6月27日、最高裁は引き下げを「違法」と判断。めでたく原告の勝訴となったわけである。
ここから私が想定していたのは、「厚労省や総理大臣による謝罪」と「被害回復のための補償がなされること」。
例えばこの裁判と「きょうだい訴訟」と言われる優生保護法裁判(障害者らに強制不妊手術がされてきたことで国を訴えた裁判)では、2024年の最高裁での原告勝訴の翌日には大臣が謝罪。のちに岸田総理(当時)、石破総理(当時)も原告に謝罪している。
それだけではない。同年には「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者等に対する補償金等に関する法律」が成立し、手術を受けた本人に1500万円、配偶者に500万円の支給がなされることとなった。
しかし、生活保護引き下げ訴訟の方は、原告勝訴を受けても事態は一向に進まなかった。
判決から3日後の原告・弁護団と厚労省の交渉でも、厚労省側は「判決を精査し、適切に対応したい」と繰り返すばかり。そうして7月1日、厚労省は突然、「専門家に審議頂く場を設ける」と発表。
この裁判の弁護団には日本でもっとも生活保護に詳しい専門家がゴロゴロいるわけだが、そこを飛び越えて別の「専門家」に判決の趣旨や今後の対応を審議してもらうというのである。
これについては原告・弁護団・支援者も抗議し、「謝罪するかどうかを専門家に聞くのか」との声が上がったのだった。
そうして専門委員会での「審議」が始まったわけだが、原告らへの聞き取りが行われたのはわずか一回(しかも意見を述べるとすぐに退室させられた)、オンラインでの傍聴はリアルタイムでしか許されないなど「閉じられた」もので、私には審議が尽くされたようにはとても思えない。
が、11月17日、専門委員会は最高裁判決への対応を報告書にまとめる。21日、厚労省は方針を発表。同日、「生活保護2.49%再引き下げへ」「新基準で減額」などと報じられた。
国の方針は当然受け入れられるものではないのだが、同時にかなりわかりづらい話でもあるので、ものすごーく噛み砕いて伝えたい。
ちなみに「減額」などの見出しを見て、「生活保護費がここからまた引き下げられるの?」「この物価高の中、ひどい!」という不安・怒りの声も上がっているが、そういうことではないので、そこはひとまず安心してほしい。
マニアックな言葉を極力使わずざっくり説明すると、生活保護基準は平均6.5%、最大10%引き下げられ、それが違法と認められたわけだが(デフレ調整の部分が。意味がよくわからなくても気にしないでほしい)、2.49%分の減額は妥当だったよね、的なことにしたということだと思う。それに基づいて計算した結果、厚労省は補償額を一世帯あたり原告でおおよそ20万円、原告以外でおおよそ10万円、と明らかにしたわけである。
が、冒頭に書いたように、私には、これは違法行為をした側が被害を矮小化し、補償を値引きするために無理やり持ち出した数字に思えて仕方ない。
また、原告と原告以外で支給額に差がついたことも看過できない。このような分断は、この裁判の意図するところはかけ離れたものだと思う。
さて、これからどうなるのかはまだわからないが、10年以上にわたる裁判で、すでに200人以上の原告が亡くなっている。
この中には、引き下げがなければ命を失わずに済んだ人が多くいると私は思っている。
判決後にも原告から死者は出ているが、その人は、今年の猛暑をエアコンのない部屋で過ごしていたという。関東でのことだ。今年の酷暑を思い出すだけで、どれほど苦しく辛かっただろうと目の前が暗くなる。
それ以外にもさまざまな声を聞いてきた。食事の回数を減らしているという高齢者、灯油の値上がりで暖房を極力使わないようにしているという東北や北海道の人、お金がなくて人間関係の維持ができなくなったという人。貧困だけでなく、孤立も人の命を削る。
この10年、裁判にかかわる集会をするたびに、支援者らが掲げる遺影の数が増えていった。その中には、高齢の人だけでなく若い人の写真もあった。
どうか国は、命と誠実に向き合ってほしい。心から、そう思う。



