連邦政府の閉鎖など激動の1ヶ月
前回のコラムから1ヶ月、本当に色々なことがあった。連邦政府の閉鎖は40日以上も続き、史上最長記録を更新。それによりフードスタンプと呼ばれる低所得者層向けの食費補助プログラムがストップしてしまい、4000万人以上の人たちが、文字通り今日の食べ物がない状態に陥ってしまった。公立学校での給食プログラム(朝食・昼食)には直接の影響がなかったが、家庭での食料事情が不安定になった子どもが多かったため、私が支援している公立小学校でも、生徒が遅刻してきても朝食を食べることを必ず許可するように校長から指示が出たりした。
各地の州知事、市長選挙では軒並み民主党が勝利し、トランプ大統領率いる共和党にとって大きな痛手となった。特にインド系ムスリム移民であるゾーラン・マムダニのニューヨーク市長当選は象徴的である。民主社会主義者である彼が圧倒的得票数で当選したことは、カマラ・ハリスの敗北以来、党としての方向性を決めかねている民主党にとっても衝撃で、マムダニ当選の2日後、女性初の下院議長として長年民主党を牽引してきたナンシー・ペロシが引退を表明したことも、世代交代を感じさせた。
シカゴでは、前回書いたようにICEと呼ばれる移民関税執行局 (Immigration and Customs Enforcement)による移民取り締まり作戦「ミッドウェイ・ブリッツ作戦」が激化し、ICEの活動支援として投入されたグレゴリー・ボビーノ(Gregory Bovino)司令官率いる国境警備隊(Border Patrol)の暴挙が相次いだ。ボビーノは催涙ガスの使用を禁止する裁判所命令を無視して使用したことで、10月28日以降、毎日夕方5時に裁判所へ出頭しその日の活動報告をする命令を受けていた。その後、この命令は控訴裁で覆されてしまったが、11月12日にはミッドウェイ・ブリッツ作戦によって令状なしに逮捕された600人以上を保釈する命令も出されており、市民の努力でボビーノらの無法性が司法の場で明るみにされて来ていた。風当たりが強くなったことをうけ、ついにトランプはボビーノ以下国境警備隊を11月13日、シカゴから引き上げた。ICE自体はシカゴに駐留し活動を続けているのだが、それでも私たち市民にとって一つの大きな勝利だったことは確かである。
と、このように激動の11月、今回のコラムは何について書こうか決めかねていたところ、つい数日前、なんと下院がエプスタイン・ファイルの公開を命ずる法律をほぼ全会一致で可決、しかもトランプがそれにサインしたという驚きのニュースがあった。私には、ファイル公開をめぐる一連の動きが、毎年教えている日本のポップカルチャーの授業で学生たちと話し合うこととどうしても関連しているように思えてならない。そういう視点からこのニュースの意味を考えてみたいと思う。
エプスタイン事件をめぐる疑惑
ジェフリー・エプスタインとは、投資家で政財界に多くの繋がりをもつ富豪で、その財と人脈を使い、未成年の女性たちを性的搾取していたとされる人物である。実は2008年に一度逮捕されたが、司法取引により異例に軽い刑で済まされている。
この司法取引を行なったアレクサンダー・アコスタが、2017年、第1次トランプ政権の労働長官に任命されたことをきっかけに、マイアミ・ヘラルド紙のジュリー・ブラウン記者がエプスタインをめぐる疑惑についての取材を始めた。2018年11月28日、 “Perversion of Justice”(正義の歪曲、堕落)というタイトルで発表された特集記事は約2年間にわたる綿密な調査と、80人もの被害者へのインタビューに基づいた衝撃的な内容だった。司法も動き、ついに2019年7月にエプスタインの逮捕、大規模な家宅捜査が行われた。しかしその翌月、エプスタインは独居房内でなんと自殺してしまったのである。このあまりに不可解な死にはさらなる疑惑の目が向けられた。
ここでややこしいのは、トランプ大統領とその支持勢力が、「自殺」はエプスタインによる性的搾取と斡旋への民主党の関与の隠蔽であるという陰謀論を吹聴したことだ。エプスタインは支持政党を明言したことはないが、民主党に多額の献金をしていたことで知られる。特にビル・クリントン元大統領との関係は深く、クリントンは、エプスタインの「ロリータ・エクスプレス」号という(恥も外聞もない名前の)プライベート・ジェット機に17回搭乗したことが確認されている。
エプスタインが関係を築いていたのは、他にもマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ、ハーバード大学元学長のラリー・サマーズなど、世界中の富豪から各界の重要人物まで多岐に渡っている。その全員が犯罪行為に加担していたわけではない。しかし、イギリスのチャールズ国王の実弟で、最近「王子」の称号を剥奪されたアンドルー・マウントバッテン・ウィンザー(2021年、10代のときに性的虐待を受けたとしてエプスタインの被害者だった女性がアンドルーを提訴。その後和解)のように、エプスタインの顧客として性犯罪を行なっていたと強い疑惑をもたれる者もいるのだ。
なにより、犯罪行為に関わっていたのではないかという疑惑が払拭できないのが、ドナルド・トランプ自身なのである。ビジネス上の利害によりエプスタインとは2000年代初期に関係を絶ったとされているが、それ以前はかなり懇意にしていたことが明らかになっている。これまでトランプによる性的犯罪・不祥事の例は枚挙にいとまがないことを考えれば、疑惑の目が向けられるのは当然といえよう。また前述した通り、エプスタインの最初の逮捕時の司法取引を行なったアコスタがトランプ政権下で出世したこともその可能性を窺わせる。だからこそ、トランプはエプスタインによる犯罪をクリントンに結びつけようとしたのだ。
2024年の大統領選では、自分が当選したら、エプスタインについて徹底的な調査を行い、彼の顧客リストを公開すると公約したのである。自身への疑惑から人々の目を逸らすだけでなく、正義の遂行者として自身を演出したのだった。
トランプの嘘に対するMAGA層の怒り
ところが大統領就任後、今年7月、なんど司法庁は「エプスタイン・ファイル」(=顧客リスト)は存在しないと発表したのである。このあからさまな嘘に怒ったのは民主党を中心とする反トランプ勢力のみならず、トランプの支持者たるMAGA層だった。どんなに盲信的な支持者の目にも、トランプが何かを隠していることはもはや疑いようがなかった。彼らはリベラルによる世紀の悪事をトランプが暴いてくれると本気で信じていたからこそ、心底怒り、「吐きそうなほど」失望したのだった※1。
トランプの思惑とは逆に、エプスタイン事件は終わったことにはならなかった。人々はエプスタイン・ファイルの公開をさらに強く求め、トランプがやることなすこと全てがファイルから人々の気を逸らすためではないかとさえ思われるほどだった※2。民主党下院はファイル公開を命令する法案整備を進めたが、それに一部の共和党議員も同調し共和党の結束が崩れ始めた。そうしたいわゆる「造反組」の中で特に驚きだったのは、マージョリー・テイラー・グリーン(Marjorie Taylor Greene、”MTG”とも)やローレン・ボーバート(Lauren Boebert)といった、MAGAの象徴的存在たる議員たちである。この2人は陰謀論的立場をとるポピュリスト型右派として有名で、「トランプ・チルドレン」と言ってもいい存在だ。安倍晋三首相に対する杉田水脈議員のような存在といえばイメージが近いかもしれない。
こうしてついに先週、下院での法案投票が行われた。この時点で、もう可決は不可避な状態になっていたので、あくまで「負け」ではない体裁を保つために、その前日トランプ自身が共和党下院議員に「賛成に投票するように」とSNSにポスト。その結果、11月18日、427対1で法案は可決された。(ひょっとしてまさか、がありえるのがトランプなので少々の緊張はあったが、)翌19日、トランプは無事、法案にサインし、ついにエプスタイン・ファイルの30日以内の公開が決定されたのだった。
この一連の動きをめぐり、ニューヨーク・タイムズのカール・ハルス記者は、これまで共和党議員を支配していたのはトランプに対する恐れだったが、ここに来て有権者に対する恐れが出て来たこと、つまり、共和党議員にとってはトランプがいずれいなくなった後の再選、保身のことを考え始めるきっかけとなる出来事だったのではないかと指摘している。
※1 MAGAの人気ラジオ・パーソナリティ、アレックス・ジョーンズは、エプスタイン・ファイルは存在しないという司法省の発表をうけて行った配信の中で、嗚咽しながらトランプへの失望を語り「吐きそうだ」とまで言っている。参照:“‘I’m about to Go Throw up’: MAGA Turns on Trump over Epstein Scandal.” YouTube, MS Now, 8 July 2025,.
※2 このことについて、ザ・デイリー・ショーでのジョシュ・ジョンソンによる風刺ジョークは特に秀逸なので、興味がある方はぜひ試聴されたい。“ Trump Dodges Epstein by Attacking Obama, Dropping MLK Files & Trying to Change Coke | The Daily Show.” YouTube, The Daily Show, 22 July 2025,.
2025年11月18日、米連邦議会議事堂前で「エプスタイン・ファイル透明化法」について記者会見する、(左から)民主党ロー・カンナ議員(カリフォリニア州)、共和党トーマス・マッシー議員(ケンタッキー州)、共和党マージョリー・テイラー・グリーン議員(ジョージア州)と、エプスタインによる性的搾取、人身売買の被害者たち(AP通信)
未成年への性的搾取に対する日米の違い
ここで私が考えたいのは、あれほど盤石で、狂信的にすら見えたMAGA層とトランプ本人とのあいだに、なぜ乖離が生じたのかということである。ロイター社の11月14日から17日まで行われた世論調査でも、共和党員の間でのトランプの全体的な支持率は82%、項目ごとに見ていくと移民政策83%、経済政策75%、雇用政策74%、外交政策74%と軒並み高い中、唯一エプスタイン・ファイルについてのみ44%と圧倒的に低いことがわかる。しかも、エプスタイン・ファイルについては賛同できないという思いが、涙をこらえきれず「吐きそうになる」ほどまでに強い(※脚注1参照)ことに注目したい。
つまり、たとえ忠実なMAGA層であっても、人々は未成年に対する性的搾取を決して許さないのである。そんな当たり前のこと、と思われるかもしれない。しかし、このことに対するアメリカ社会全体の拒否反応の強さは日本とはまるで比べ物にならないと思う。それは私が大学で毎年教えているGlobalizing Japanese Pop Culture(グローバル化する日本のポップカルチャー)という授業※3でもいつも感じることである。
漫画やアニメにおける性描写に関連する児童ポルノ規制をみても、日本には “simulated child pornography” にあたる法律用語がないことからも、その問題がうかがえると思う。simulated child pornographyとは、直訳すれば「擬似児童ポルノ」となるが、 その制作にあたって実在の児童が関わっていない性的表現物をさす。つまり漫画、アニメ、AIなどによる、「生身の被害児童が存在しない」児童ポルノ※4のことである。アメリカでは1996年にChild Pornography Prevention Act(児童ポルノ防止法)が成立したが、2002年に言論・表現の自由との整合性において違憲であるという最高裁判決が出されたため、翌2003年に実在の児童が関わっていない表現物についての規制の対象を定め、児童ポルノの定義を改正しProsecutorial Remedies and Other Tools to End the Exploitation of Children Today (PROTECT Act 子どもの搾取を終わらせるための起訴手段およびその他の手段に関する法律)が成立している。
一方、日本にはこれに該当する「擬似児童ポルノ」を規制する法律はない。これには検閲と言論弾圧の長い歴史により、一般的に女性・子どもの権利保護に積極的なリベラル層が、表現の自由規制には慎重であるため、法整備への大きな動きを生みにくいコンテクストがあることも授業では説明するが、やはり学生は驚いてしまう。いくら「生身の被害児童が存在しない」とはいえ、明らかな未成年に対する性暴力表現を法的には野放しにしているわけである。作品によっては子どものような外見の登場人物なのに、1万歳であるという設定にすることで、社会的な批判をかわしているようにも見えることに憤りを隠さない者も多い。
さらに、私自身が違和感をもつのは、「児童」という言葉である。法律用語としての「児童」は未成年をさすが、日本語の普通の語感としては「小学生」くらいの年齢をイメージしないだろうか。児童ポルノ、児童買春といったときに想像するのは、いわゆる小学生以下の子どもが性的搾取されていることだと思う。疑似児童ポルノへの規制がないとはいえ、さすがに日本でも小学生以下の子どもに対する性的描写には強い拒絶や憤りを感じる人がほとんどだろう。しかし、中高生などティーンエイジャーに対してはどうだろうか。深刻な犯罪だという意識が、どこか薄くなってしまうような気がする。
一方、英語のpedophilia、pedophileという言葉がある。この語の医学的な定義としては「性的関心の対象が思春期以前の子ども」ということなので、「小児性愛」、「小児性愛者」という和訳は間違っていない。しかし通常の会話の感覚では、pedophilia, pedophileといえば、対象にティーンエイジャーも含まれる。つまり、成人が未成年に性的関心を向ければ、対象が5歳であろうと18歳であろうと、pedophileと呼ばれるのだ。「児童」の定義はティーンエイジャーを含むのに一般の感覚としては含まない日本と逆である。このことからも、アメリカにおいては未成年者を性的対象として見ることがいかに社会的に大きなタブーであるかということが伺えるのではないだろうか。
※3 連載第1回を参照
※4 そもそも日本では生身の被害児童が存在する児童ポルノ自体も単純所持は2014年になるまで禁止されていなかった
14歳のアイドルを取り囲む成人男性
三宅響子監督による日本のアイドルとファンの姿を描いたドキュメンタリー、『Tokyo Idols』(2017)※5をいつも学生と見るのだが、映画の始まりで19歳のアイドルに30代40代といった成人男性が群がっている時点でまず彼らは驚く。さらに映画が進むにつれて取り上げられるアイドルの年齢が下がっていき、最終的には14歳、10歳のアイドルとそれを取り囲むファンが登場すると、もう言葉も出ない。
学生たちはアメリカにも似たような産業、たとえばchild beauty pageant(子どもミスコン、美少女コンテスト)※6、があることを理解している。言うまでもないことだがpedophileも存在している。未成年への性的虐待、児童ポルノ制作など十数件の罪で現在服役しているR&B歌手のR.Kellyは、私の近所で女子高生に声をかけていたそうだ※7。エプスタインとその顧客たちは、未成年、ティーンエイジャーを性的搾取するpedophileが世界中いたるところに存在していることの証明でもある。日本だけの問題ではない。
しかし、それに対する社会の一般的意識には大きな差があるように思える。アメリカにも未成年のアイドルはいるのだが、彼らはティーン・アイドルと呼ばれ、ファン層も同年代のティーンエイジャーをターゲットとしている。日本のように成人した男性がファンになること、さらには堂々とファンを名乗ることなど、まずありえない。
「援助交際」や「パパ活」のような、sugar daddyと呼ばれる年上男性による、親密な関係を見返りとした若い女性への金銭支援関係もあるのだが、ほとんどは大学生以上、つまり18歳以上の法的成人女性であって、中高生ではない。最近、秋葉原だと思われる街の写真がSNSで流れて来たのだが、このように胸を異常なまで強調した、ティーンエイジャーにも見える若い女性のアニメ画の看板を、未成年も見ることができる公共の場に掲示することは、もっとも規制が緩いラスベガスでさえもアメリカでは違法になる。未成年と成年の法的区分が明確である上に、未成年に対する性的搾取、暴力に対して圧倒的に社会が厳しいと感じる。
だからこそエプスタイン・ファイル問題は深刻で、トランプ政権にこれほど大きなヒビが入ったのである。そして、日本ではあまりこのことが報道されていないように感じられることが、個人的に少し気になっている。
先述したMAGA勢力であったマージョリー・テイラー・グリーン(MTG)は、率先してエプスタイン・ファイル公開に向けて動いたために「裏切り者」とされ、トランプから公式に支持を取り消されてしまった。その打撃は大きく、11月21日、彼女は来年1月5日をもって議員辞職することを突然発表した。正直に言って、これまでMTGには全く何から何まで同意できることがなかったのだが、辞職声明の中での彼女のこの言葉に初めて共感した。
“Standing up for American women who were raped at 14, trafficked and used by rich powerful men, should not result in me being called a traitor and threatened by the President of the United States, whom I fought for.”(14歳でレイプされ、金持ちで権力のある男たちに人身売買され利用されたアメリカ人女性のために立ち上がったことで、私が「裏切り者」と呼ばれ、かつて私が戦い支えて来たアメリカ大統領から脅迫されるいわれはない。)
──マージョリー・テイラー・グリーン、議員辞職声明
日本でも仁藤夢乃さんのColaboの活動など、未成年の女性に対する性的暴力に取り組んでいらっしゃる方たちがたくさんいる。同時にそうした活動が強いバッシングを受けていることと、アニメ文化、アイドル文化は地続きの問題であるような気がしている。
※5 Tokyo Idols. Directed by Kyoko Miyake, Dogwoof, 2017
※6 今から30年ほど前、殺害されてしまったジョンベネ・ラムジーちゃんという少女を覚えている方も多いのではないだろうか。彼女もchild beauty pageantの常連だった
※7 Surviving R. Kelly. Directed by Nigel Bellis and Astral Finnie, Lifetime, 2019.




