第742回:中国で相次ぐ日本人アーティストの公演中止〜影響はヴィジュアル系のみならず、出版業界にも〜(雨宮処凛)

Photo : Masaki Kamei

 日本人アーティストの中国ライブが次々と中止になっている。

 11月28日には、上海での大槻マキさんのライブが、まさかの歌っている最中に強制終了。「バンダイナムコフェスティバル2025」での一幕だが、翌日に出演予定だった「ももクロ」(ももいろクローバーZ)の出演もなくなったという。

 29日には浜崎あゆみさんのコンサートが予定されていたが、こちらも中止が決定。

 一方、12月から公開予定だった「クレヨンしんちゃん」の映画も延期となり、12月19日から予定されていたミュージカル「セーラームーン」の北京公演も中止となったと報じられている。

 それだけではない。波紋は私の「魂のよりどころ」であるヴィジュアル系業界にも広がっている。

 11月28日には、絶大な人気を誇る「シド」の中国公演の中止が発表された。中止されたのは、同日の上海公演と30日の北京公演。当日の発表ということで、すでに日本から現地に行っていたファンの動揺はどれほどのものだったろう。

 また、この数年私が密かに注目していたヴィジュアル系メタルバンド「JILUKA」(あまりにも麗しい。けど音はゴリゴリにエグい)のファンミーティング(29日上海)、ライブ公演(30日上海)も中止。

 というか、この一件で私はあゆのみならず、シドやJILUKAが中国でライブができるほど人気があることを知ったのだが、そのことを誇らしく思うと同時に、ライブを中止せざるを得ないほどの「突発的な不可抗力の事情」という言葉に、いつまでも胸のザワザワが止まらない。

 さて、このような異常事態がなぜ起きているのかというと、ご存知の通り、11月7日の高市総理の台湾有事をめぐる発言によってだ。

 中国政府はこの発言に反発を強め、14日、日本への渡航自粛を呼びかける。

 それだけではない。今年6月に輸入再開を発表した日本産海産物の輸入も事実上、停止に。生産者には大打撃が広がっている。

 そうしてここに来て、日本人アーティストのライブの中止や映画の上映延期などが相次いでいるわけである。アーティスト側も、まさかこんな事態に巻き込まれるとは予想もしていなかっただろう。

 いったい、どれほどの損害が発生しているのだろうと思うと気が遠くなる。そしてそれは金銭的なものだけでなく、文化交流という面でもあまりにも大きな損失だ。

 少なくとも私は、中国のバンギャがシドやJILUKAのどのあたりが好きなのか、むちゃくちゃ話してみたい。なんらかのジャンルの「推し」がいる人は、それが海外の人にどう受け止められているのか、絶対に気になるはずだ。そしてそんな民間レベルの交流こそが、対立が煽られがちな時期だからこそ貴重なのに、そんな機会が軒並み潰されてしまったのだ。

 さて、影響を受けているのはエンタメ業界だけではない。中国での日本書籍の出版にも影響が出ているというのだ。報道によると、出版が延期になったりということが実際に起きているという。

 ちなみに私の本も2023年、中国で翻訳出版されている。それは日本で18年に出版した『非正規・単身・アラフォー女性』(光文社新書)。タイトル通り、非正規で働く単身の女性たちに取材したルポルタージュだ。

 そんなテーマの本がなぜ中国に、と思う人もいるだろう。が、数年前から中国では上野千鶴子氏の本が多く読まれるという「上野千鶴子ブーム」が起きているそうで、それによって日本の女性の書き手に注目が集まっているようである。そのような流れから、私の本も訳されたのだ。

 この本が中国で出版されてすぐ、来日中の20代の中国人女性と話す機会があったのだが、彼女はなんと私の本を読んでくれており、中国でも日本と同様に「非正規・単身・アラフォー女性」的な人が増えていることなどを教えてもらったのだった。だからこそ日本のリアルな状況に興味があるということで、一人っ子政策のもと、日本よりも強い親からの結婚・出産プレッシャーなどについても話は広がり、お互いの国の共通点・違う点についても語り合ったのは貴重な思い出だ。

 日本は出版不況と言われて久しいが、それを打破するひとつの手段は間違いなく、海外マーケットへの進出だろう。そういう意味では書き手や出版社のみならず、多くの人にとって中国は決して無視できない存在であることは間違いない。

 というか、マーケット云々以前の大前提として、レアアースとかが入ってこなくなったら、その時点で日本はアウトなのではないか。

 さて、そんな中国では20年頃から「寝そべり族」が注目されている。競争の激しい中国で、「もう疲れた……」とばかりにそこから降りた人たちのムーブメント。結婚せず子どももマンションも車も持たずなるべく消費せず、最低限の暮らしをするというものである。

 その生き方は1992年に結成された「だめ連」(モテない、仕事が続かないなど「だめ」な人たちが、だめをこじらせないためのコミュニティ。メイン活動は「交流」)を彷彿させるもので、「とうとう来た! 中国版・だめ連!!」と日本でも注目されたのだが、2023年、中国から「寝そべり族」関係者が来日。日本の「だめ」の老舗である「だめ連」と、「だめライフ愛好会」(この数年、全国の大学に広がるだめ連的な動き)とともに「アジアぐうたら対決」と称してトークイベントが開催され、私も参加したのだった。

 その結果、寝そべり族もだめ連もだめライフも、超一部の人しか幸せになれず、格差がグロステクなほど開いていく現在の資本主義に限界を感じており、いかにそこから降りて自分たちらしく心豊かに生きていくかという方向性はまったく同じであることが確認された。

 そうしてイベント後は高円寺駅前広場で日本人と中国人だけでなく、韓国人や台湾人、インドネシア人なんかが入り乱れて深夜まで語り合ったのだった。

 このように、私にとっての中国とは、自分の本を読んでくれる人がいる場所であり、さまざまな価値観を共有する「寝そべり」系の友人知人がいる場所である。

 しかし、高市発言で日中の緊張が高まる中、地上波では「中国人ヘイト」と呼びたくなるような番組が堂々と放送されている。その中には「中国人はどこでも排泄する」ような印象をばらまきかねない「大便テロ」という言葉を用いるものもあり、「これ、さすがにアウトだろ」と怒りを禁じ得ない。

 さて、10年前20年前と違い、YouTubeやSNSの発達などにより、アーティストは国内だけでなく世界にも発信できる時代となった。

 そして今や、多くの人がワールドワイドに活躍している。私は本が訳されているだけだが(他にも韓国、台湾で翻訳されている)、自分の作ったものが海外の人に届くことは、作り手にとってはこれ以上ない喜びだ。

 それが国同士の対立によって阻害されるようなことは、作り手も受け手も誰一人、望んでいないはずだ。

 1日も早く、ライブ公演や映画上映ができますように。

 そう祈りつつ、ちょっと関係悪くなるだけでこれなら、ガチで戦争なんか近づいた日にゃ兵糧攻めところの話じゃないな……と背筋が寒くなったのだった。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:1975年、北海道生まれ。作家。反貧困ネットワーク世話人。フリーターなどを経て2000年、自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版/ちくま文庫)でデビュー。06年からは貧困問題に取り組み、『生きさせろ! 難民化する若者たち』(07年、太田出版/ちくま文庫)は日本ジャーナリスト会議のJCJ賞を受賞。著書に『学校では教えてくれない生活保護』『難民・移民のわたしたち これからの「共生」ガイド』(河出書房新社)など50冊以上。24年に出版した『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)がベストセラーに。