第384回:世界一の迷惑男(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

アンタは「お呼びじゃない」

 ずいぶん昔のことだが、『ニッポン無責任時代』という映画シリーズがあった。これは「ハナ肇とクレージーキャッツ」というバンドが大人気だった頃、そのギタリストだった植木等が主人公を演じた映画シリーズで、大ヒット作となった。1960年代だから、ぼくが中学生の頃のことだ。
 なにしろキャッチフレーズが「日本一の無責任男」というのだからスゴイ。無責任男を演じる植木等はテレビでも大人気。突然、本人には関係のない場面に現れて、「あ、お呼びでない、こりゃまた失礼いたしました」と言って消えていく。みんなズッコケる。これで「お呼びでない」というフレーズが大流行。現在なら「流行語大賞」間違いなしだったろう。どう考えたって高市氏の「働いて✕5」よりはずっとセンスがあった。
 この映画、最近でもスターチャンネルなどで繰り返しオンエアされたから、ぼくも観た。そのスピード感や、「無責任」といいながらきちんとオチをつけるストーリーの面白さ。いま観てもなかなかのものだ。
 青島幸男氏(元都知事)が作詞した『無責任一代男』という歌も大ヒットした。日本が高度成長期にさしかかる、明るい希望に満ち溢れていた時代だった。

 この「日本一の無責任男」という言葉を聞くと、ぼくは反射的に「世界一の迷惑男」トランプ氏の顔を思い浮かべてしまう。みなさんはそう思いませんか? 映画の無責任男とは違って、トランプ氏は実害だらけである。とにかくこれほど世界をグチャグチャにしてしまった男が、これまでいただろうか?
 あの両手を緩く曲げながら腰を振っているトランプ氏を見ると、本気で吐き気がする。だが、トランプ氏によって、アメリカという国が没落していくのは確実だろう。
 米国民は早くトランプ氏に「アンタはお呼びじゃない」を突きつけたほうがいい。

「トランプ帝国」衰亡史

 『ローマ帝国衰亡史』(エドワード・ギボン著)という大著がある。1776年に書かれたというから250年ほども前の著作だが、1500年間に及ぶローマ帝国の歴史を辿り、国家の繁栄が、やがて衰亡に至る過程をつぶさに描いている。
 しかし、ローマ帝国は1500年の歴史の後に消えていったのだが「トランプの帝国」はたった8年間で衰亡へ至るのではないか。
 面白い記事を見つけた。アメリカのノーベル賞受賞者に関する朝日新聞(12日付)の記事である。

自然科学3賞 米3氏が移民
国境越え科学を下支え
門戸狭める米政権

 今年のノーベル賞の自然科学3賞(生理学・医学、物理学、化学)を受賞した9人のうち6人は米国内の研究機関に所属する。世界の科学を牽引する米国を象徴するように見えるが、実は移民として国境を越えてきた研究者たちが支えている。
 「水道も電気もない家で、家畜と生活を共にした」(略)
 ノーベル化学賞に選ばれた、米カリフォルニア大バークレイ校のオマー・ヤギー教授は10日の授賞式後の晩餐会で、自身の子ども時代に触れながらこう話した。(略)
 今年の自然科学3賞に選ばれた米国所属の6人のうち、ヤギ―氏を含む3人は母国を離れて米国に住んでいる移民だ。米国政策財団(NFAP)の調査では、2000~25年に科学系3賞を受賞した米国所属の120人のうち40%の48人が移民だったという。(略)
 ただ、こうした状況は、トランプ第2次政権で変わりつつある。政府は研究機関などが受け取る資金の大幅削減を打ち出している。国外からの研究者が就労する際に使うことがあるビザの手数料を大幅に増額するなど、正当な手続きで来る移民に対しても門戸を狭めている。(略)

 なんとも皮肉な内容ではないか。アメリカの科学的発展が移民研究者によるところが多いにもかかわらず、トランプ移民政策は、そういう優秀な人材までも米国から締め出すことになるというのだ。自分の首を自分で絞めるわけだ。
 むろん、このトランプ政策は研究者たちに大きな影響を与えている。優秀な人材がアメリカを忌避し、ヨーロッパや日本に行き先を変更し始めているという。ことに中国系人材の米国忌避は深刻で、有名大学では中国人留学生が大幅に減少しているという。
 トランプ氏の“移民イジメ”は深刻だ。アジアや中東、中南米などからの移民に対して、彼の意を受けたICE(移民・関税執行局)の暴力的な取り締まりは、市民権を保有している移民に対しても容赦がない。研究者たちですら、問答無用の取り締まりに遭遇する危険を感じている。アメリカ忌避は当然である。

 トランプ氏はカネのことしか考えていない。ついに「トランプ・ゴールドカード」なるものを発行し始めるという。なんと恥ずかしい男なのだろう。
 このカードを100万ドル(約1億5千万円)で取得した外国人には、米国の永住権が与えられるという。つまり「貧乏移民は国外追放だが金持ちはカネさえ出せば歓迎するぜ」ということ。なんと卑しい発想か。国家が率先して、金持ちと貧乏人の格差社会を創ろうとする。こんなバカな政治があるか。
 ニューヨーク市民が、そんなトランプ氏に愛想をつかして「社会主義者」を自認するゾーラン・マムダニ氏を新市長に選んだのは当然の成り行きかもしれない。

児童館に米軍機から落下物

 だが日本だってアメリカ衰亡の轍を踏みかねない。
 高市政権による「外国人政策」は、すでに外国人排斥につながっている。その上、高市首相「台湾有事発言」に怒った中国側は、日本留学へ待ったをかけてしまった。極めて優秀な中国人留学生が日本へ来なくなる。
 ネット右翼諸士の「中国人が減ったことで観光地などは平穏になり、迷惑行為も減っている」などという投稿も目立つようになったが、彼らは留学生や研究者たちの訪日忌避がどんな影響を及ぼすのか、考えたことなどないらしい。
 しかもおかしなことに、高市政権に煽られたネット右翼諸氏の外国人排斥は、もっぱらアジア系や中東系に向けられる。なぜか欧米系には極めて寛容なのだ。その中でも米兵に対する優遇は異常というしかない。
 少し古いが、こんな事件もあった。読売新聞デジタル(12月9日配信)。

児童館屋上にパラシュート、
米軍が無断で回収 福生市長「極めて遺憾」

 東京都福生市熊川の熊川児童館の屋上で1日、横田基地(福生市など)への降下訓練中に落下したパラシュートが見つかった。防衛相などによると、けが人はおらず、物的な被害も確認査定内。
 同省や市によると、訓練は先月20日に実施。米兵はパラシュートを切り離した後、予備で基地内に降りており、見つかったのは予備についている「誘導傘」。同日夜に米軍が無断で児童館の敷地に立ち入り、ほかに落ちていたパラシュートを回収したという。
 同18日には訓練中だった米兵のパラシュートが開かず、予備を使って羽村市内の民家に降下した。米軍は18、19日の降下訓練を中止して使用機材を点検し、20日に再開したばかりだった。
 福生市の加藤育男市長は「子どもの集まる施設内への落下だった。公共施設に無断で立ち入っており、極めて遺憾だ。(米軍は)地元自治体からの抗議や要請に真摯に対応していない」とコメントし、都や周辺自治体と連携して強く抗議する構えを示した。

 こんな事件や事故が多発している。これは東京でのことだが、2017年には沖縄・宜野湾の普天間米軍基地そばの保育園に、米軍機からかなりの重量の落下物があった。これに抗議した保護者たちに、例によってネット右翼らから「自作自演だ」などと誹謗中傷のデマが飛んだのは記憶に新しい。
 沖縄だけではなく、米軍基地があればどこでだって起こる可能性が高いのだが、それに対して政府や防衛省はきちんとした抗議を行わない。今回の件など、無断で児童館に夜間侵入しており、極めて悪質な犯罪行為でもある。外国人排斥に精を出すネット右翼も、なぜかこの件には沈黙している。
 あれほど「外国人問題」を喚き立てている小野田紀美外国人問題担当大臣も、この件にはだんまりを決め込む。なぜ米軍に毅然と抗議しないのか! 同じ外国人でもまったく扱いが違う。ダブルスタンダードの典型だろう。
 米艦船上、トランプ大統領の脇でピョンピョン外交を披露してみせた高市首相は、日米地位協定があるのだからと及び腰。中国に対してはあれほど強硬な態度を示すのに、トランプ旦那にはコケコッコの鳴き声ひとつ出せない。

高市首相は「G2」の意味が分かっていない

 アメリカとだけ“緊密な同盟関係”を維持すれば、中国とは対立してもかまわないというのが高市外交らしい。米中対立で台湾有事が起きたら「集団的自衛権」を行使して、米軍応援のための参戦だってすべき…という雰囲気。それを支える“サナエファンクラブ”の異様な高揚ぶり。ぼくは本気で恐ろしいと思う。
 しかし、トランプ氏は中国と事を構えるつもりなど毛頭ない。その証拠がある。
 10月30日、韓国の釜山でトランプ・習近平の直接会談があった。この会談後、トランプ氏は満足げな顔で「習近平主席とのG2会談は素晴らしい成果を上げた」とSNSに投稿した。「G2」と言ったのだ。これは何を意味するのか。
 簡単に言えば「アメリカと中国こそが今や世界の2大国であって、もはやG7やG20などの世界秩序は終わった」という宣言である。
 つまり、高市首相の“ピョンピョン外交”などトランプの頭の片隅にも存在しない。アメリカは中国との関係を(むしろへりくだる形で)再構築しようとしている。アメリカの国力は、中国との関係なしには維持できないところまで衰退しているのだ。
 それを見損なってひたすら対米従属路線をとり、反中政策でサナエファンクラブの歓心を引こうとする高市政権は、完全に進路を見誤っている。
 この揺れ動く複雑な世界情勢の中で、ひたすら「親米反中」で行こうとする外交が、結局は日本の没落に繋がるのだということを、なぜ高市首相は理解できないのだろう。
 この国の行く末を考えるなら、一刻も早い高市政権の退陣を願うしかない。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。