高市早苗首相が国会で、台湾有事に際しての「存立危機事態」に関する答弁をしたことで、日中関係が悪化し続けている。
首相答弁の問題となった箇所は、以下の通りである。
高市内閣総理大臣:先ほど有事という言葉がございました。それはいろいろな形がありましょう。例えば、台湾を完全に中国、北京政府の支配下に置くようなことのためにどういう手段を使うか。それは単なるシーレーンの封鎖であるかもしれないし、武力行使であるかもしれないし、それから偽情報、サイバープロパガンダであるかもしれないし、それはいろいろなケースが考えられると思いますよ。だけれども、それが戦艦を使って、そして武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースであると私は考えます。
結論から申し上げると、首相のこの答弁は、日本で暮らす私たちの安全を脅かすものであり、到底、容認できない。本来ならば、中国政府のみならず、日本国民こそ、発言の撤回を求める急先鋒にならなければならない話だ。
にもかかわらず、そういう声は弱い。毎日新聞が12月20・21日に行った世論調査で、首相は答弁を撤回すべきか尋ねたところ、「撤回する必要はない」と答えた人が67%を占め、「撤回すべきだ」と回答した人は11%にとどまったという。そして高市首相の支持率は高止まりしている。
その原因にはいろいろあるのだろうが、おそらく一番の原因は、「存立危機事態」という言葉が聞き慣れない法律用語なので、首相の発言が何を意味するのか、日本の主権者の多くに理解されていないことなのではないか。
なので、ここでおさらいをしておきたい。
「存立危機事態」とは、安倍晋三政権下の2015年に成立した、あの「安保法制」の中で使われている言葉である。安保法制は当時、SEALDsなどを中心とした大きな反対運動のなかで成立した。
その中で、存立危機事態とは「わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」と定義されている。
この「存立危機事態」が発生した場合、日本が攻撃されていなくても、自衛隊による武力行使ができるとしている。いわゆる「集団的自衛権」の発動である。
つまり高市首相の発言を平たく翻訳すると、こうなるはずだ。
「台湾が中国から武力攻撃されたら、日本も中国を武力攻撃するかもしれません」
もし高市首相がこのように答弁したとしたら、皆さんはどう思うだろうか。えっ、ちょっと待ってくれよ、そんなのいつ決めたんだよって思うのではないだろうか?
しかし高市首相の答弁は、まさに上記のような意味なのである。
だから僕は高市答弁を聞いたとき、ギョッとした。
そしてそれは、何も「台湾は中国の一部」と主張する中国政府の立場を考えてギョッとしたわけではなく、僕らの平和が脅かされるからギョッとしたのである。
もちろん、台湾の平和と安全が守られることは、極めて重要である。
だが、台湾が攻撃されたからといって、どうして日本が中国と戦争しなくてはならないのだろうか。しかもどうしてそれが日本を守ることになるのか、理解できない。
戦争になったら、ミサイルや爆撃機が、東京や大阪や日本中の原発に飛んでくるかもしれない。自衛隊員だけでなく、民間人も多数死ぬであろう。しかも長引けば、軍事力や資源に差があるので、日本はほぼ確実に負ける。下手をすれば、焼け野原になる。言ってみれば、中国に宣戦布告することは、太平洋戦争で日本がアメリカに宣戦布告したのにも匹敵する、大きな過ちである。
高市発言を支持している皆さんは、そういう事態を想像できているのだろうか?
台湾が中国から攻撃されたら、皆さんは中国と戦争しようというのだろうか?
僕は他国と友好的で密接な政治・経済・文化の関係を結ぶことこそが、戦争を防ぐ上で最も大事なことだと思っている。本欄や雑誌『週刊金曜日』でも繰り返し述べているように、万が一、他国から侵略された場合の対応策としては、武力で応戦するのでもなく、屈服するのでもない、非暴力抵抗運動を研究・訓練すべきだと考えている。
高市市首相の答弁など、とても支持できない。
ぜひとも撤回していただきたい。
繰り返しになるが、それは別にマスメディアに出てくる人がよく言う「中国政府に配慮して」とか、「経済悪化を食い止めるために」とか、そういう理由ではない。単純に僕らにとっても脅威だから撤回してほしいのである。
2015年、安保法案が国会に提出された際、同法案を「戦争法」だと非難する声があった。僕もその声に賛同し、法案の成立に強く反対した。
なぜなら安保法制は、日本が攻撃されたときだけでなく、他国が攻撃された際にも参戦することを可能にする法律である。要するに、日本が戦争に巻き込まれる可能性を高める。
実際、安保法制が2015年に成立する以前は、日本の法律体系に「存立危機事態」などという概念そのものが存在していなかった。したがって、今回の国会で岡田克也議員が高市首相に存立危機事態について質問することもありえなかったし、したがって高市首相の答弁もありえなかった。
今の事態は、安保法制があるからこそ招いた危機である。その危機は、図らずも安保法制の危険性を証明するものである。
今や2015年当時あれほど反対した立憲民主党の重鎮まで「安保法制に違憲の部分はない」などと言い始めているようだが、違憲か合憲かにかかわらず、やはり安保法制は廃止せねばならないと改めて思う。
そして現在進行形で今起きつつあることが、日本が戦争に巻き込まれる物語の「第一章」にならぬことを切に願っている。



