正月休み最後の1月4日、SNSであるいじめ動画が拡散された。
それは栃木県の高校トイレでの暴行動画。9秒の衝撃的な映像は瞬く間に拡散され、動画の存在はワイドショーなどでも話題に。栃木県知事は記者会見で動画について触れて「絶句した」と述べ、1月7日には栃木県の教育委員会が会見して謝罪。またこのような動画が出回った際に必ず起きる「人物の特定」および「個人情報晒し」も瞬く間に始まり、「ネットリンチ」「私刑」の様相を呈している。
この事態を受けて1月9日、文科大臣は「誹謗中傷など子どもたちへの新たな人権侵害を生むことにつながる。国民の皆さんには冷静な対応をお願いしたい」と述べるなど、「動画拡散」の余波はとどまるところを知らない。
そうして4日以降、何本ものいじめ動画がアップされ、拡散され続けているという状態だ。最初の動画はこの原稿を書いている時点ですでに1億回以上再生されている。
いじめ動画を投稿したのは、アイドルなどのスキャンダルを扱う「DEATHDOL NOTE」(デスドル)。97万人超のフォロワーを抱える「暴露系インフルエンサー」だ。
そんなデスドル、1月4日に「いじめ撲滅委員会」を設立。以下、「設立のお知らせ」からの引用だ。
「(前略)本委員会では、学校・職場などで発生しているいじめに関する情報提供を広く募集しております。お寄せ頂いた情報を慎重に精査・確認を行った上で、当アカウントにて取り上げさせていただきます。いじめを日本からなくすため、皆さまのご協力をお願いいたします」
そうして同日アップされたのが、トイレでの動画だったのだ。
そんなデスドルの創設者である磨童まさを氏は、遡ること5日の12月30日、ある記者会見を開いている。
それはaespaの紅白歌合戦出演を巡るもの。大晦日の紅白には韓国で活躍し、日本でも大人気のaespaが出演したわけだが、メンバーの一人、ニンニン(中国籍)はインフルエンザのため欠席したことは多くの人が知る通りだ。そんなaespaには、紅白出演が決まった時から多くの非難の声が上がっていた。
それはニンニンが過去、原爆をモチーフとしたランプの写真をSNSにアップしていたことによる。それを「歴史的な悲劇を軽々しく扱う」ものと問題視し、aespaの紅白出場停止を求める署名を集めていたのがデスドルだったのだ。
署名は14万筆以上集まり、紅白前日の30日、記者会見が開催される。その場に同席していたのは、日本維新の会の石井苗子議員。石井議員は12月2日、参議院の総務委員会でaespaの紅白出演について、NHKにどのように出場判断をしたのかなどを質問していたのだ。
アイドルのスキャンダルを扱うアカウントが署名を集め、14万人以上の賛同を得ることにも驚いたものの、それに国会議員が乗っかり、国会で質問するだけでなく記者会見にまで同席することにも驚いた。
が、私にはもっと驚いたことがある。
それは「デスドル」の創設者・磨童まさを氏が過去にヴィジュアル系バンドを組んでおり、私はそのバンド――仮に「K」とする――がとても好きで、中でもボーカルの彼を推しており、10年近く前の一時期、その存在にものすごく励まされていたということだ。
ちなみにKが結成されたのは2016年。現在、磨童まさをと名乗っている彼はこのバンドでは「りとるはーつまさと」と名乗っていた。
バンドコンセプトは「V系バンド盗みます」で、ヴィジュアル系バンドのパロディ曲をやるのが売りのバンドだった。
しかし、パロディのわりにMVなどのレベルは高く、また「元ネタがわからない人にはなんのことだかさっぱりわからないけど、わかる人には悶絶するほどたまらない」その世界はバンギャやオタクが大好物とするもの。そのニッチさときわどさに「すごい才能が出てきたものだ」と感心していたのだ。
そんなKの歌を歌うため、私は一時期、カラオケはDAMではなくJOYSOUNDを選ぶなどしていた。JOYSOUNDにはKの本人映像の曲が何曲か入っていたからだ。
っていうか今思うと全然課金してないのに「推してた」なんておこがましいのだが、人生の一時期、私は確実に、彼のMVの笑顔に救われ、癒されていた。
そんな彼が元ジャニーズと知ったのは、推し始めて結構すぐの頃だと思う(ジャニーズ帝国崩壊のずっと前)。
特にジャニーズに思い入れはないので「ほう」と思っただけだったが、いつかKのライブに行き、生で見てみたいという気持ちはあった。が、そう思いながらも日々は過ぎ、気が付くとKは活動を休止していた。
その後、彼はメンズ地下アイドルとして活動を始め、そうして気がつけば、「デスドル」の創設者となっていた。Kの活動をやめてからはそれほど追わなくなったものの、この10年ほど、ずっとXで彼をフォローしていたので、アカウントの名前や活動が変わっていくのを見るには見ていた。
が、これまでのデスドルの活動に、私は特段の関心を持っていなかった。いくらアイドルなどのスキャンダルが晒されようとも、一体どこの誰なのかさっぱりわからないという「加齢ゆえの現象」が起きていたからだ。
しかし、昨年の年の瀬、aespaの紅白出場停止署名を集め始めた時には心底驚いた。それまでの活動とは明らかに一線を画しており、またこの行動には「愛国」的な賞賛が寄せられるだろうと思ったからだ。そしてそれは、当人の人生を決定的に変えてしまうことに思えたから。
予想通り、SNSにはまさを氏を「愛国」的な文脈で褒め称える人や「NHKと戦う正義の人」的な感じで持ち上げるコメントが散見された。そうして年明け、「いじめ撲滅委員会」を立ち上げ、動画を投稿した後は「NHKと戦えるくらいの人じゃないと学校や教育委員会なんかと戦えない」という声も送られていた。
アイドルの暴露系インフルエンサーから急激に政治的、社会的な方向に行き、それが注目を集め賞賛される様を見て、私は非常な危うさを感じていた。
なんだか迷惑系から保守っぽくなった奈良の鹿のあの人を彷彿とさせるな……と思ったからだ。
そうしたら1月6日、私のタイムラインには我が目を疑う写真が表示された。
写真の中では、まさを氏とへずまりゅう氏が固い握手を交わしていた。そこに添えられた言葉は、「へずまりゅうさんといじめ撲滅同盟を組みました」。
その後もデスドルがいじめ動画を投稿していることは先に書いた通りだ。
SNSには、デスドルによる影響を伝える学生たちの声も溢れている。
例えば「始業式で登校したら先生がデスドルに動画を送るなと言っていた」とか、「そういうことを言う学校はいじめを隠蔽したいだけ、学校も教育委員会も信じられない、変えてくれるのはデスドルだけ」とか、「デスドルが今まさに社会を変えている」とか、「政治家になって日本を変えてほしい」とか。
いやいや政治家とか、それはないでしょ。へずま氏と組んだのも成り行きというか、そんな感じでしょ? と思っていると、たまたまネットで昨年夏のまさを氏のインタビューを発見した。
そこで彼は、「アイドルとしての野望はありますか」という質問に、以下のように答えていた。
「野望っていうのかな。将来的にはアイドルだけで終わりたくなくて、政治家をめざしています。へずまりゅうも迷惑系から政治家になりました。インフルエンサーでフォロワー数が多かったから当選したんです。僕もゆくゆくは出馬したくて」
この年末年始、久々に実家に帰ったらお父さんがネトウヨになっていた、お母さんが陰謀論にハマっていた、という人は少ないないだろう。
が、私は年明け早々、「以前推してた人がへずま氏と組む」という、予想もしていなかった経験をした。
1億インプレッションとかを思うと「今っぽいな……」と、しみじみ思う。今は閲覧数がお金になる時代、インフルエンサーが選挙で当選する時代なのだ。
そこまで思って、『陰謀論と排外主義』の一節を思い出した。本書は参政党躍進や反ワクチンデモ、トランプ応援デモなどなどコロナ禍以降起きているこの国の「熱狂」の現場を7人の論者が描くのだが、山崎リュウキチ氏は「『熱狂』を生み出す仕掛け」という原稿の中で、河合悠祐氏(一昨年の戸田市議選で不法移民問題を掲げてトップ当選)と平野雨龍氏(昨年の参院選で反中国を掲げる。落選したものの約23万票を獲得)の演説現場の「推し活」的雰囲気に触れつつ、以下のように書く。
「河合はワタナベコメディスクール出身の元お笑い芸人で、2018年にはM-1グランプリの予選に挑戦したこともある人物だ。平野も舞台俳優としての経歴を持っており、両者は芸能活動経験者という共通点がある。両者とも芸能人としては無名で、支持しない者の目には奇異に映るようなパフォーマンスを行ってはいるが、ある種『2.5次元』的であり、支持者それぞれの信念を投射する表象として機能しているといえる」
この数日で、デスドルのまさを氏は国や教育現場をも動かすほどの「実績」を作ったと言える。ここまでの展開は、彼が政治家になるためのステップなのだろうか。
と思っていたら1月10日、まさを氏はあるYouTube番組に出演。そこで暴露アカウントを始めた理由について、「単純にデスノートごっこがしたかったからです」「とにかく有名になりたかった。地位と名誉が欲しかった」と答え、また、以下のようにも語っている。
「僕、ほんとはクリーンな方向で売りたかったんですよ。アイドルもやってたしバンドもやってたし。ただそれが叶わなかったので、最終手段として炎上商法を使って今に至る」
もし、あのバンドが売れていたら。歴史に「if」はないけれど、あまりにもあまりな展開に頭を抱えつつ、思った。デスドルのしたことには現在、当然だが多くの批判の声が上がっている。
日々、SNSによって多くの人が有名性を手にし、場合によっては大金を手に入れている。そんなSNSは選挙も根底から変えた上、その拡散力は人の人生を一瞬で破壊するほどのパワーも持っている。
だからこそ、動画拡散以降、ずっと気になって仕方ないのはネットリンチを受けている側のことだ。もちろん、オオモトのいじめをなくすことは絶対的に重要である。しかし、現在は死者が出たっておかしくないほどの熱量で「加害者には何を言ってもしてもいい」とばかりの無法地帯になっている。
犠牲者が増え続けるようなこの状況に対し、なんの規制も働かないなら、誰かのターゲットになった人の人生はいつだって一瞬で潰されかねない。「冤罪」だっていくらでも起きるだろう。
警察発表によると、SNSによる誹謗中傷で自殺したのは22〜24年の3年間で101人。とにかく、命を守る対策が一刻も早く必要だ。



