1月16日、東京都杉並区で家賃を滞納し、立ち退きの強制執行中に立ち会っていた家賃保証会社職員と執行官が住人に刺されて死傷するという事件が起きた。
家賃滞納により退去命令を受けていた40歳男性は、コロナ禍以降仕事がなかったと供述しているという。追い詰められた末に「自暴自棄になってやった」という男性は、生活保護やスキマバイトで生活していた。男性がいかに追い詰められていたかは理解できるものの、男性の凶行に共感できる要素はない。
そんな単純な話ではない
やりきれない事件が起きると、相談できる人はいなかったのだろうか、最悪の事態を回避する方法はなかったかと、私たちは考えがちだ。ショックのあまり、福祉事務所や家賃保証会社に怒りの矛先が向かう場合もある。
1月6日に福岡県福岡市で無理心中事件が報道されたあとは、「福岡市が生活保護を断った」というデマがSNS上で拡散され、市が公式に否定する事態になった。杉並区の事件もいろいろな憶測が書き込まれるのを横目に、私は「そんな単純なことではないんだ」と悶々としていた。そんな時、つくろい東京ファンドの同僚であり、「トイミッケ」という団体を立ち上げた佐々木大志郎さんのSNS投稿が話題となる。フェイスブックでは159件のシェア、Xでは259.9万ビュー、5131回ものリポストがされて(1月23日時点)、大きな反響を呼んだ。
佐々木大志郎さんは特にコロナ禍以降、若年層の貧困を追い続けているトップランナーの一人だ。そんな彼自身、10年前に住まいを失い、ネットカフェをねぐらにして非正規労働で生活をした経験を持つ。若者が困窮していく過程や、選択肢がなくなっていく最中の精神状態、ニーズを誰よりもリアルに知っている。
そんな佐々木さんはコロナ禍では、スマホ代滞納により通信手段を失った方たちに無料のスマホを貸し出すプロジェクトを立ち上げ(現在は終了)、300台ものスマホを次々に貸し出して、アパート契約や再就労を可能にした。また、都市でスキマバイト等の不安定な就労をしながら、ネットカフェなど不安定な居住を維持している方が、さまざまなトラブルから安心できる場所で過ごせなくなった時に、市民の協力をもとに当日の緊急宿泊を提供する「せかいビバーク」などの新しいプロジェクトを次々と立ち上げた。「せかいビバーク」の利用者は5割が20代、30代で、40代を入れると7割になる。生活保護利用には抵抗を感じている、働ける若い世代が中心だ。
佐々木さんの目に今回の杉並区の事件はどう映っているのか、詳しく話を聞いた。
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――杉並区の事件報道を見た時にどう感じました?
佐々木:うーん、どう感じたか……。この容疑者の背景はまだ詳しくは分からないですが、働ける層で家賃滞納してしまう容疑者のような方が非常に増えているという印象です。
――容疑者は生活保護を利用していた時期があるようですが廃止になっています。家賃滞納額は100万円にも及んでいます。
佐々木:「トイミッケ」には困窮しているけど、生活保護制度の利用には拒否感をもつ若年層の方々がたくさんご相談にいらっしゃいます。杉並区の事件の容疑者は40代ですが、トイミッケの相談者は20代~30代が5割で、40代を含めると7割になる。就労意欲が高い人たちが多い。他に制度がないから生活保護制度におつなぎするんですけど、本人は仕事がしたいんです。そこで制度とのミスマッチが起きてしまう。
――どういうことでしょうか。
佐々木:生活保護制度は、国が定めた最低生活費(※1)に満たない部分を補って最低生活費を保障する制度だから、就労収入があればその足りない分だけが保護費として支給されます。働くことに対するインセンティブとして勤労控除が一応あるものの、まるまる控除されるのは1.5万円程度。その月の収入が1.5万円以下ならば、収入申告後に支給される保護費に影響しません。
だけど、例えば、ストイックに週6日でスキマバイトに入り、月13万円を稼いだとします。それを収入申告すると、勤労控除の控除額(手元に残せる額)は数万円程度。残りの10万円以上は、翌月や翌々月の保護費から差し引かれます。差し引き(減額)が行われるのは収入を得た翌月、タイミングが合わなければ翌々月です。手元の現金をやりくりして翌月の家賃を払う必要がありますが、ギリギリの生活の中でこの管理は極めて難易度が高く、固定費である家賃が真っ先に滞納へと回ってしまいます。
また、福祉事務所の「収入認定」は前月の実績で見込まれることが多いですが、スキマバイトは翌月の仕事量が保証されません。「今月15万稼いだが、来月は3万しか仕事がない」となると、手元の現金が底をつき、即座に家賃滞納に直結します。しかも働きすぎて収入が増えると、今度は保護が停止・廃止されてしまうわけですよね。廃止後には返還金だけが残ることになります。生活保護がそういう仕組みなんです。
生活保護の仕組みに対する本人の見識不足や、そもそも保護費が少なすぎるという問題でもありますが、でも、私たち一般の人だってそんなに厳密に金銭管理して生きていないですよね。もちろん、メンタルヘルスや障害、アディクションなどの問題が金銭管理をより困難にしている面もあるかもしれませんが、制度の複雑さや社会の寛容度の問題でもある。一言ではいえない。まさにシステム上のミスマッチの問題。制度によってがんじがらめにされてしまう。
※1:住宅扶助+生活扶助で計約13万円(東京/単身世帯で障害加算などがない場合)
――月給の仕事と違って、スポットバイトなどの日雇い仕事は金銭管理がより複雑になりそうです。
佐々木:若い層は、スキマバイトとか日雇い派遣など日銭の入る仕事で本気出すと、短期的には20万~30万円稼げてしまう。しかも日払いの仕事は毎日現金が手に入ってしまう状況で、それを貯めていけばいいんですけど、日々5千円とか1万円とか入ってきた時にこれを貯めるというのはかなり高度なタスクとなってくる。
しかも元々すごい豊かというわけじゃないですから。生活保護費の7万円でやりくりしてくださいって言われている人が、来月分に回さなくてはいけない10万円を稼いだとして、月給ではなくて日給で出る場合、金銭管理的にも心理的にも難易度は高くなるんだろうなと思いますよね。
もちろん、そんな中でもしっかりと禁欲的に計画的に暮らせる人もいることはいるのですけど、生活保護を利用することで金銭管理が複雑化して「詰んでしまう」ケースはかなりありますよね。
――そういえば、私が関わる利用者さんで、ものすごく熱心に仕事をするのだけど人間関係や障害などがハードルとなって仕事が長期続かない方がいます。
熱心に働いているときは収入が保護費を超えるので生活保護が停止・廃止されるんですけど、しばらくすると仕事をクビになったり辞めたりする。そうすると、たちまち翌月の家賃が払えなくなってしまい、数年に一度の割合で家賃を滞納してしまいます。幸い、2~3か月滞納した時点で相談してくれるので、家賃保証会社に頼み込んで分割支払いにしてもらって追い出されずに済んできました。福祉事務所のケースワーカーがかなり柔軟的な制度運用をしてくださって窮地を乗り切ったこともありました。
コロナ禍以前は日雇いなどの不安定就労の場合、半年くらい様子を見てから保護を廃止するのが一般的な福祉事務所の運用だったと思うのですが……。
佐々木:「半年は様子を見る」というのはルールとしてはあるけど、実際はご本人のパーソナリティと担当ケースワーカーの裁量になっていますよね。生活保護は自立助長のための制度なので、利用者から強く「就労したい」と言われると、福祉事務所側も止めるのは難しい。かつてはワーカーがより安定した仕事に就けるように指導をする傾向があったけど、最近では「日雇いでもバイトでも何でもいいから働いて」と指導をされたケースも聞きます。
僕が会った人たちの中では、不安定就労の収入が2、3カ月あっただけで生活保護が廃止になった人はわりといました。本人もそれでいいと思っている。だって、収入が保護費を上回ったら返還しなくちゃいけないから、働けば働くほど損する気になってしまう。それは福祉事務所が悪いのではなく、生活保護制度がそういう仕組みというだけなのですが。
――生活保護とは別に「TOKYOチャレンジネット」という東京都の事業があります。住居を失い、ネットカフェや漫画喫茶などで暮らしながら不安定な就労に従事する者や離職者に対して、生活支援、居住支援、資金貸付等を行う事業ですが、これは現在仕事をしている人が対象になります。
この事業を使って都内のアパートに入居した人もいますが、そのあとで部屋を出てしまう人もいらっしゃいます。せっかく入居できたマイルームをなぜ手放すのでしょう?
佐々木:都内に仕事がなかったり、地方に住み込みの仕事が見つかったりしてしまう場合ですかね。例えば杉並区で居所を定めても、製造業や警備など「瞬間的な労働の調整弁」としてのキャリアを積まれてきた方が、定住して長期的なキャリアを積めと言われても、その手伝いを誰もしてくれない。
確かにハローワークを含め就労訓練はありますけど、免許の取得は訓練や条件が限定的だったり、一方役に立つとは思えないよく分からないPCの講習が多かったりで、なかなかマッチしないみたいなところはあります。だから、彼らがキャリアを転換してリスキリング(※2)して、都内から通いでできる仕事に就くのは事実上非常に難しい。もちろん、中にはできる人もいますけれど。
TOKYOチャレンジネットや生活保護で部屋を得ても、彼らができる仕事はいわゆる地方の工場が多い。半導体とか携帯電話、自動車の工場、あるいは工事現場。彼らは住み込み派遣のような形態の働き方をずっとしてきたので、都内から通勤で働ける仕事は見つかりづらい。見つからないとはいわないが、どうしても働ける仕事の勤務地は遠隔になりがちなので、通って働くメリットが見いだせない人も中にはいた。そして部屋を出て仕事から仕事へと渡り歩く日々が再開され、そして仕事が途切れると路上生活になってしまう。
関西の工場や関東の現場に行くなどして1年、2年したあとに再び困窮して相談に来る、そんなケースがごまんとあります。
※2:新しい業種・職種に順応できるよう技術や知識を学ぶこと
――私たち支援者は、かつては生活保護に繋げることがゴールだと思っていたら、保護を受けても無料低額宿泊所や相部屋の施設が辛くて再び路上に戻るケースが多発しました。それで次は、自分のアパートを確保するまでがゴールだと思ったら、不安定でも就労ができる若者にはそのゴールが当てはまらない。課題がどんどん出てきます。
佐々木:コロナ禍以降、都市間を移動・漂流する方々がはっきり増加してきたタイミングで相談記録データベースを整理し、継続的な支援対応が出来るようにしてきました。その結果分かったのは、過去に相談してきた人で2年以内に再相談してくるケースがすごく多いことでした。
今年、越年越冬の相談会をトイミッケでやったんですけど、泊まるところがなくて宿泊対応をした7人のうち5人が「次の仕事が決まっています」ということで、生活保護申請は不要と言われました。残り2人は申請希望だったんですけど、その方々は過去1年以内に生活保護を複数回利用していました。
何が起こっているかというと、あちこちで生活保護を何度も利用している方と、「生活保護はイヤだ、私は働きます」という若者の二極化です。高齢者が多い路上生活者もそうですよね。「生活保護を申請すれば解決」とはいかない複雑な問題を抱えた方々が残っている。
――次の仕事が決まっているとはいえ、何かあれば即座に困窮してしまうんですよね。
佐々木:一時的に路上生活になるほどに困窮しても、また仕事が見つかれば一定期間はやっていける。でも継続は難しい。ですから、仕事をコンスタントにつなげていく必要がありますよね。毎日仕事探しをして、日銭を稼いで、毎日宿泊する場所のお金を払って、手持ち金と相談しながら相応の食事をする。それが毎日毎日続く。サバイバルです。体調不良で一週間動けなくなれば詰む。仕事の切り替えがあってシフトに入れなければ、それも詰み。仕事場の人間関係上のトラブルで辞めても詰みです。
――過酷すぎます。そういう仕事の仕方だと、スキルの蓄積もできませんよね。スキマバイトとか日雇い仕事とかって一見良さそうなんですけど、今日は工場で半導体のライン、明日は警備、明後日は接客みたいな働き方では、キャリアが何一つ積み上がらず、永遠に正社員になる道はない。愚問を承知で聞きますが、若者たちは安定した正社員の仕事があったら選ぶでしょうか?
佐々木:それは、選ぶでしょうね。今は仕事を求めて移動させられている人がたくさんいて、とくに若者に顕著ですけど、関東や関西を移動しながら仕事している。僕は乱暴な物言いなのを承知で「国内移民」という言葉を使ったことがありますが、労働需要と労働移動民の話になっていて、もはや生活保護云々の話では済まない。
一年くらい前によくあったのは、「長い警備の仕事が決まっているので、その仕事が始まるまで宿泊対応してください」という相談です。それで、「どこの警備ですか?」と聞くと「万博です」と答える人が何人もいたわけです。最近は、その万博の仕事が終わって困窮した若者たちが相談に来ています。「あ、戻ってきた」って。
もう本当に労働移動民の問題なんですよね。若年層に限って言えば、生活困窮は労働問題だし、家族関係やキャリアデザインの問題にもなっています。
――若者の使い捨てですね。就労意欲が高い不安定就労の若者たちと生活保護制度のミスマッチはよくわかりました。解決策はあるんでしょうか?
佐々木:あるにはありますが、使いにくいです。せかいビバークを含めた相談で多いのは、「とにかく家さえあればいいんだ」「家さえあれば私は働ける」という話です。それに対して若者がマッチしやすい支援リソースは、事実上「TOKYOチャレンジネット」しかありません。しかし、TOKYOチャレンジネットは今現在収入がある人じゃないと使えないし、利用は一回だけと限られている。
コロナ禍初期に一回使ったという人がたくさんいるんですよね。コロナ禍に3か月間利用可能な「一時住宅」を使ったけど、アパートに引っ越せるまでのお金を貯められなかった人、あるいはアパートに移ったけど出てしまった人がたくさんいます。
解決策として最も実現の難易度が低いのは、僕はチャレンジネットの2回目利用を条件付きで可能にすることだと思っています。正直、コロナ禍の時は仕事自体が少なかったのだから、それはノーカウントにしてくれやって思うんですよね。
あとは、例えば(生活保護で)住居支援だけの単給とか……。引っ越しの初期費用と数か月の家賃支援が落としどころとしては、いいと思うんですけど。ただ、今の政治状況でそれをやると、全体の給付が下げられちゃいそうで、運動的には言いづらい。
――こういうことを全部とらえたうえで杉並の事件も考えないと……。
佐々木:杉並の事件は今後捜査が進めば本人からの証言も出てくると思いますが、こうした社会的な背景を知らないと、何が問題なのかがわからず、解決の糸口も見えません。
福祉事務所や業者の相談内容をデータベース化したことで、働ける若い層が数年してまた困窮するという状況を追えるようになって思うんですけど、体力も元気もある人たちを、こんなに大量にこんな状況に置いておいたら、そりゃあ壊れてしまう。若い人たちをこんなにたくさん流動させて、雇用の調節弁として利用することで、その上前をはねている企業がある。この状況は絶対に社会不安を引き起こすと危惧しています。
国や自治体が考える「地域福祉」って、本来はひとつの地域に住民が定着して暮らし、そこで家族をつくって増やして、その地域に税金を納めることで成り立つ設計だったんだと思う。「寅さん」に代表される流れ者はあくまで異質で、はぐれ者、変わり者の扱いだったわけじゃないですか。それが、いまや若者たちがみんな「はぐれ者」にさせられていると感じます。
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大量の若者たちが不安定な仕事から仕事へと移動しながら、その日暮らしをしている。先がまったく見えない暮らしを続けながら生き延びようとしている。この現状をどうしてくれるのか。彼らを助け、安定させ、未来に希望が持てるように制度設計をすべき時はとうに過ぎている。
路上と異なり、見えにくい若年層の貧困、絶望的なまでの閉塞感は、今後この国の力を今より更に脆弱なものにしていくだろう。若者が10年後、20年後に安定した健康的な日々を送れるような制度設計をしていかないと、壊れるのは若者だけではない。この国もだ。




