第389回:薄汚れた「解散劇」(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

トランプはいつも“TACO”

 常識が通らなくなった世界、さすがにこれは怖い。

 トランプは、もはや迷妄譫妄の域に入った。
 1月19日からの「ダボス会議」(かつては「世界賢人会議」と呼ばれていたが、いまや妄想老人の独演会議になり下がった)に出席したトランプが会議を引っ掻き回して、もうほとんどカオス状態。
 「グリーンランドを取り戻す。あれは第2次大戦後に、勝手にデンマークがアメリカからかっぱらった土地だ。アメリカが領有することを世界は望んでいる」????
 訳が分からん。アメリカがグリーンランドを領有した歴史上の事実なんかない。トランプは白昼夢を見ているのか? しかも、肝心のグリーンランドを何度も「アイスランド」と言い間違える迷妄ぶり。実はグリーンランドがどこにあるかよく知らなかったのではないかと、参加者たちから皮肉を言われる始末。
 そして「グリーンランドのアメリカ領有に反対する国々、とくに欧州8カ国に対して新たに10%の関税を上乗せする」と例によってタリフマン(関税男)の本領発揮。彼のおつむでは「外交交渉では関税が最強の武器」という理解しかないのだろう。
 当然、EU各国は猛反発。アメリカに対して、17兆円相当の報復関税で対抗するという挙に出た。怒り心頭のデンマークの年金ファンド(アカデミカペンション)は20日、保有する1億ドルの米国債を売却するという声明を発した。慌てたのがアメリカだ。こんなことに他のEU各国が追随しようものなら、米経済はすさまじい打撃を受ける。
 すると……、トランプは21日、「対EU追加関税を撤回する」と発表。なんと、ほんの2日で自分の武器の「トランプ関税」を取り消してしまったのだ。ほとんど世界の物笑い。トランプはMAGA(Make America Great Again)ではなく、TACO(Trump Always Chickens Out=トランプはいつも臆病者)という揶揄がまたも広まった。

トランプの言いなりにならない国々

 それでもトランプの脱線ぶりは止まらない。
 次はカナダが攻撃対象だ。カナダが中国と貿易交渉を進めていることに腹を立て、なんと「中国と関税引き下げに合意するならカナダには100%の関税を課す」と発言。まるで「オレの彼女がアイツとつきあうのは許せん」と、彼女でもない女性を一方的に「オレのもん」呼ばわりする半グレ・ストーカーみたいな言い分。
 実は、カナダのカーニー首相のダボス会議での演説が気に食わなかったので、その腹いせらしい。毎日新聞(25日付)にこんな記事があった。

トランプ氏 カナダに不満
ダボス会議演説受け 平和評議会招待撤回

 トランプ米大統領がカナダへの不満を強めている。自らが主導するパレスチナ自治区ガザ地区の暫定統治機関「平和評議会」について、カナダの招待を撤回すると表明したほか、カナダが次世代ミサイル防衛システム構想に「反対している」と批判。カナダのカーニー首相は20日、世界経済フォーラム(ダボス会議)で、国際情勢を批判する演説を行っており、トランプ氏が反発した可能性がある。(略)
 カーニー氏はダボス会議での演説で「世界秩序の断絶」や「美しい物語の終幕」について話すと切り出し、大国が制約を受けない「残酷な現実」が始まっていると指摘した。

 つまり、カナダのカーニー首相は、トランプの世界秩序を無視したデタラメな暴れ方をきっちりと公の場で批判したのだ。取り巻きどもに囲まれ、耳に痛いことを聞いたこともないトランプは、これに激怒した。そして「オレの言い分を聞かずに中国と交渉を始めたカナダは許せん!」と頭が沸騰。トランプが終身議長に就任するという「平和評議会」にお前なんか入れてやらんもん、というわけだ。
 だが実は、この評議会、トランプが自分の言うことを聞きそうな60カ国ほどの国々に「お前は入れてやるからな」と、招待状を出したという代物。しかも10億ドル(約1500億円)を支払えば常任メンバーにしてやる、というまさにトランプ流の金稼ぎ。しかも自分が終身議長の座に座り、気に入らない国連に代わるような組織にするのだという。
 ところが参加表明したのはほとんど独裁色を強める国ばかり。EU各国などはどこも乗り気ではない。フランスのマクロン大統領はきっぱりと拒絶したし、トランプが可愛がっているという右派色の強かったイタリアのメローニ首相でさえ参加には消極的。
 ほとんど全世界の国が参加している国連を無力化して、自分の意のままになる組織を別途に作ろうというのだから「普通の国」ならば拒否するのが当然だろう。ただ、何をするか分からない狂犬のようなトランプを、これ以上凶暴にするのはマズイという判断で、完全拒否という姿勢を示さないだけだ。
 もちろん、日本の高市氏のところにも招待状は届いている。いまのところ、高市氏は様子見で、参加の諾否を示してはいない。
 だが、この春には訪米してトランプへの“朝貢外交”をする予定の高市氏。もし今回の選挙で勝利したなら、またもトランプの隣でピョンピョン跳ね踊って「参加しますわ、平和評議会ですものね!」となるのは予想がつく。

日本の歴史を思い返せ

 かつて、日本は「満州は日本の生命線」などと自分勝手な理屈をかざして、松岡洋右全権大使が当時の「国際連盟」において有名な「脱退演説」を行い、ドイツ・イタリアとともに世界大戦に突っ込んでいった。トランプはそれとまさに瓜二つだ。
 もっとも当時、アメリカは国際連盟には加盟していなかった。それが世界秩序を不安定にさせる要因でもあったという反省から、大戦後にアメリカや戦勝国が主導して現在の「国際連合」が作られた。その世界秩序を、今まさにトランプが破壊しようとしている。トランプは歴史の歯車を逆回転させようとしているのだ。こんなことを許しておいては、世界は溶けかけている極地の氷河のように崩れていくだろう。
 太平洋戦争直前、日本では国民は熱狂していた。軍部が圧倒的な力を持ち、政治は力に屈し、マスメディア(主に新聞)も軍部に追随して国民の熱狂をさらに煽った。国家総動員体制の完成である。
 いまの日本の状況と似てはいないか。
 SNS上では強硬論が跋扈し、極右路線に反対する者は「極左」「反日」「売国」とつるし上げられる。高市批判派はよってたかっての袋叩き状態。こんな時代が来るとは、ぼくは予想もしていなかった。

開き直りの高市首相

 高市氏は開き直っている。
 「わたくしが総理大臣としてふさわしいかどうかを問う選挙」
 「総理としてわたくしがいいのか、野田さんや斉藤さんでいいのかを問う」
 「国論を二分するような重大事案、わたくしが当選させていただいたらそれを問う」

 こんなめちゃくちゃな解散理由は聞いたことがない。
 首相にふさわしいかどうかを判断してくれ、というのなら、首相が変わるたびに解散総選挙をしなくてはいけないことになる。
 日本は「議院内閣制」である。それをまったく理解していないから、こんなデタラメなリクツを持ち出す。要するに高市氏はバカなのである。憲法に書いてあることをまるで理解できていない。それだけでも首相にふさわしくない。
 しかも、自分が勝利したら「国論を二分するような大胆な政策」を提出するという。「国論を二分するような政策」とは何かを一切提示せずにそんなことを言う。この人、完全に常軌を逸している。なんだか中身の分からないものを、どうやって選べというのか。それでもそんないかれた人を「サナ活」だの「サナエ推し」などといって熱狂する考えなしの連中が多いのだ。
 豪雪が日本海側を襲っている。
 過疎化した地域では高齢者が多く、外に出るのも危険なのだ。テレビは「不要不急の外出は控えてください」と連呼する。せめて雪融けを待って選挙をするのが、政治家として国民の命への最低限の思いやりというものだろう。

「真のお母様の報告書」隠し

 統一教会と自民党政治家との癒着関係が「TM特別報告書」であらわになり始めている。
 TMとは「True Mother」(ああ、恥ずかしい)、つまり旧統一教会総裁の韓鶴子のこと。それは数千ページにも及ぶ膨大なもので、とくに日本関係の記述が多いという。
 先日のデモクラシータイムス「ウィークエンドニュース」(動画リンク)の中で、金平茂紀さんが説明してくれたが、日本の政治家との関係が実名入りで事細かく書かれている。それが表に出て自民党にまたも打撃となることを恐れ、報道される前に解散に打って出た、という憶測は根も葉もないことではないらしい。
 もしそうならば、この選挙は最初から薄汚れたものだというしかない。

 アメリカ・ミネアポリスでは、またしても一般市民が移民捜査官に射殺される事件が起きた。これで二人目である。すでにアメリカは「シビル・ウォー(市民戦争)」状態に入ったのではないかとさえ思わせる。むろん、それを煽っているのはトランプである。
 日本でも、排外主義、外国人差別を大声で叫ぶ人たちが、選挙運動にかこつけて街を汚している。
 分断社会の行き着く先は、決して美しい社会ではない。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。