悪鬼のふたり
村上龍に『海の向こうで戦争が始まる』という小説があった。
トランプの戦争が始まった。
ハメネイ師が殺害されたことを、ついにイラン側も認めた。アメリカはいわゆる「斬首作戦」を強行したのだ。
ベネズエラでは、それでも大統領を殺さずに拉致してアメリカの牢獄に閉じ込めたけれど、今回は一国の最高指導者をあっさりと殺害してしまった。同時に行われた爆撃で1000人を超える市民が死傷した。小学校も爆撃、160人以上の子どもたちも殺された。無差別爆撃と言われても仕方がない。
ネタニヤフはガザで行ったことを、イランでもやったのだ。もう人を殺すことをなんとも思わない精神状態になっているらしい。それに同調したトランプ、まさに二人とも悪鬼のごとき形相。
トランプはしきりに「イランの核兵器開発を阻止するため」と強調していた。だがイランは「もはや核兵器製造は行うつもりはない」と主張した。どちらが正しいかは、今のところ不明だ。だがIAEA(国際原子力機関)は「イランに核兵器開発の兆候は現在のところ見いだせない」と言明している。つまり、トランプやネタニヤフの言う「核兵器開発阻止」は単なる口実に過ぎない。
しかも、イランとアメリカは「核開発についての交渉中」だったのに、ネタニヤフとトランプはイラン攻撃に踏み切った。交渉は見せかけのまやかしに過ぎなかった。交渉などするつもりもなかったのだ。交渉中のテーブルの下で、相手にいきなり銃をぶっぱなす。まるでハリウッドのマフィア映画を観ているようだ。
また、「核兵器」というのなら、イスラエルがかなりの数の核兵器を保有しているのはほとんど周知の事実だ。それはほっといてイランを「核」を理由に爆撃した。ダブルスタンダードもここに極まれり、である。核保有国のイスラエルに、イランを爆撃するリクツなどあり得ない。
「イラク戦争」という過去
アメリカには「イラク戦争」という誤った過去がある。
2003年、当時のジョージ・W・ブッシュ米大統領は「イラクのサダム・フセイン大統領は大量破壊兵器を所有している。その脅威を取り除かなければならない」との理由で、同年3月にバグダッドを爆撃、イラク全土に地上侵攻した。
同年12月、隠れていたサダム・フセインを拘束、殺害した。けれどそれでイラクが平和になったわけではない。逆にゲリラ化したイラク軍やイスラム各派の民兵組織の抵抗は続き、イラク情勢は泥沼化。米軍の完全撤退でやっと戦争終結を宣言したのは2011年のオバマ大統領であった。
戦後に問題となったのは、ブッシュ大統領が主張した「大量破壊兵器の存在」だった。結局それは発見されず、後にブッシュ大統領の戦争開始の理由付けのためにCIA(中央情報局)が流した捏造情報だと断定されるに至った。デマ情報に乗った権力者による戦争で、いかに多くのイラク国民が殺され、多くの兵士の血が流されたか。
死者数はいまだに確定できていないが、イラク国民は少なくとも11万人以上(中には100万人との推計もある)、米軍死者数は約4800人とされている。あのベトナム戦争とともに米国史に残る無残な失敗だったのだ。
ああ、CIA
今回のイラン爆撃は、トランプにとって「イラク戦争の失敗の轍を踏まない」ために周到に準備されていたようだ。東京新聞(3月2日付)が次のように伝えている。
CIA探知 白昼の作戦
会合施設を30回爆撃米国とイスラエルによる2月28日のイラン攻撃は、最高指導者ハメネイ師が多くの高官と集まる場所を米中央情報局(CIA)が直前に特定したことで実行された。夜襲する当初の計画を変更し、電撃的に白昼に決行。指導部の施設にミサイルで集中砲火し、ハメネイ師を殺害した。米紙ニューヨーク・タイムズなどが伝えた。
攻撃開始はイラン時間28日午前9時45分。CIAは数カ月にわたってハメネイ師の行動を追跡し、この日、テヘラン中心部の指導部施設で会合にハメネイ師が参加するとの情報を得た。
CIAから連絡を受けたイスラエルは、会合にイラン革命防衛隊のパクプール司令官、ナシルザデ国防軍需相ら多数の安全保障担当の高官も参集すると分析した。(略)
それこそ映画のような展開。イスラエル側は当然、世界最強の情報機関といわれるモサドの出番だったのだろう。かくして、外交交渉をしているその裏側で、着々とハメネイ師抹殺計画(斬首作戦)が進行していたというわけだ。
トランプの「イランの体制変革」ということが国際法上、許容できるものではないことは当然だ。他国の政治体制が気に入らないからといって、その国の首脳を抹殺してしまうなどということが許されるなら、国際秩序などないに等しい。
トランプはベネズエラの“成功体験”に味をしめ、同じことをイランでやろうとした。そして「イランの次の指導者にふさわしい人物は、今のところ3名いる」とまで発言した。もはや、誰も彼を止められないのか……?
「ドンロー外交」などと称して自国第一主義を掲げたはずのトランプが、莫大な軍事費を浪費してまでイラン攻撃に踏み切ったのは、どう考えても自己矛盾でしかない。多分、エプスタイン文書やトランプ関税違法判決などで追いつめられた挙句、国民の目を外へ逸らそうとする意図があったのだろう。
だがそれは成功しないと思う。さっそく行われたアメリカの世論調査では、イラク爆撃に賛成27%、反対が43%と、圧倒的に戦争否定派が多いのだ。そこへ、米兵に6名の死者(3月2日現在)が出たという報道。戦争反対派が多くなり、トランプ支持がもっと減るのは当然だ。「トランプの戦争」は失敗に終わるだろう。
高市政権の対応は?
さて、では高市政権はこの事態にどう対処するつもりなのか? 自民党の鈴木俊一幹事長は次のように述べている。朝日新聞(3月2日付)。
攻撃「一概に非難できない」
自民幹事長、討論番組で自民党の鈴木俊一幹事長は1日、米国とイスラエルによるイラン攻撃とイランからの反撃について「早期の鎮静化がまず望まれる。国際社会と協力をして政府に一段の外交努力をしてもらう必要がある」と述べた。米国が攻撃したことについては「長年の歴史的な経過もあるわけで、これまでの核開発についてのイランの態度もあったので、行為した現象だけを捉えて一概に非難することはできないのではないか」と述べた。(略)
3月19日の日米首脳会談を控えている高市首相としては、トランプ大統領を諫めることなど毛先ほども考えているはずがない。それどころか「素晴らしいアタックでした」などとゴマすり口先外交を展開する恐れがないともいえまい。それを考えると、鈴木幹事長の奥歯にものの挟まった言い方は仕方のないことかもしれない。
ただその代わり、イラン攻撃での軍事費膨張に四苦八苦のトランプが、またも「ディール外交」で高市首相に「もっと投資しろ、これじゃ少なすぎる」と詰め寄るのは目に見えている。国民のことより自分の権力が大事の、似た者同士の日米首脳。
高市首相、あっさりと要求を飲み込んで「より緊密な日米同盟」と胸を張っての帰国……という図が想像できそうだ。
しかし、ホルムズ海峡封鎖によって、日本が大打撃を受けることは間違いない。なにしろ、日本が輸入する原油の90%以上を中東に頼っているのが現状だ。ホルムズ海峡閉鎖が長引けば、確実に日本経済は干上がる。
そうであれば、ひたすら「本格的戦争の回避」をトランプに訴えることが、日本首相の重大な役割であるはずだ。だがそれを高市氏に望むのは、八百屋で魚を買おうとするに等しい。日本国民はこの面からも高市政治の被害者になりかねないのだ。
海の向こうで始まった戦争は、ぼくらの国にも大きな影響を与える。
だからぼくは高市政権を否定する。
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