第395回:「風評被害」という名の風評被害(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

ふたつの「脱原発集会」

 気がつけば、もう3月半ばである。あの福島原発事故を引き起こした東日本大震災の「3.11」が、今年も来た。
 その日を間近に控えた3月7日(土)、東京都内で2つの原発に関わる集会があった。ひとつは、代々木公園で行われた「とめよう原発3.7全国集会」であり、もうひとつは渋谷区のカタログハウス・セミナーハウスで開催された「原発を考える日」というリレー講演会であった。ぼくは老齢ということもあり、デモを含めた全国集会は避けて講演会を聞きに出かけた。
 セミナーハウスは150人定員だったが、超満員で補助椅子が出るほどの盛況だったし、代々木公園の集会には8500人(主催者発表)という最近ではかなり多い人数が集まったということだ。
 人々はまだあの原発事故を忘れてはいなかったのだ。
 けれどマスメディアは、この集会や講演会をほとんど報じなかった。ぼくが見た限りでは、東京新聞がふたつの集まりを8日の社会面でわりと大きく取り上げていたけれど、他紙(ぼくが他に購読している朝日、毎日)ではふたつの集会に関する記事は発見できなかった(もし見落としていたならごめんなさい)。
 なぜなのだろう?
 ふたつの集会は、あの「3.11」から15年の節目ということで企画されたものだ。だとすれば、メディアも当然ながら「原発事故を忘れない人びと」の存在を、大きく取り上げるべきではなかったか。
 マスメディアは感度が鈍っているとしか思えない。多分、11日(このコラムの更新日)の前後には、15年目ということで“何らかの記事”は載るだろうが、市民の側の動きとしての大きな催しなのに、なぜこれらの集まりを取材しなかったのか、そこがぼくには理解できない。
 もう原発集会は記事としてのインパクトがないという判断か? それとも取材能力の欠如? 取材記者の人員不足? ぼくは首を傾げている。

4時間半のリレー講演会

 「原発を考える日」の講演会は、4時間半という長丁場ながら、7人の講演者がそれぞれの分野から見た「原発」を、30分ずつ語る形式だったので、すべてが迫力に満ちていて聴衆を飽きさせなかった。
 講演者とタイトルだけを掲げてみよう。

•小出裕章さん(工学者、元京都大学原子炉実験所助教)
 何度でも言う 私が原発に反対する理由

•飯田哲也さん(特定非営利活動法人環境エネルギー政策研究所(ISEP)所長)
 電気が足りないのウソ

•片山夏子さん(東京新聞(中日新聞東京本社)福島特別支局長)
 現場から見えてくる福島第一原発のいま(動画上映)

•白石草さん(ウェブメディア「Our Planet-TV」代表)
 福島の甲状腺検査はどうなったのか

•橘民義さん(経営者、映画『太陽の蓋』制作プロデューサー、武蔵野政治塾事務局長)
 原発大国フランスの憂鬱

•井戸川克隆さん(福島県双葉町・元町長)
 「ウソ」と「思い込み」を流布する政府災害対策本部

•金平茂紀さん(ジャーナリスト)
 原発報道 メディアの功罪

 どうですか、このラインナップ。ぼくも最近は腰痛を抱えている。とても長時間椅子に座り続けているのはきついだろうなあ……と思っていたのだが、なんのなんの、最後の金平さんまでしっかりとひきつけられていたのだった。
 原発に関する各講演者のお話の分野が違うので、現在における原発のありようの全体像が把握できるという仕掛けだった。だから、一つひとつがジグソーパズルのように嵌っていって、原発の問題点を見事に抉り出した。
 中でも、井戸川さんという「原発立地自治体の町長」だった方が、悔恨の情と怒りの心情を滲ませて語る政府対策本部のデタラメさは、まさに「棄民政策」というしかない。この内情を聞いてもなお「原発再稼働」や「原発誘致」を言う自治体の首長たちには、地元住民を思うよりも利権が優先するということなのだろうか。白石さんの「小児甲状腺がん」についての話には「人(子ども)の命をどう考えているのか」という切実な問題であるだけに、深く考えさせられた。
 こんな素晴らしいメンバーによる講演会を無料で開催するカタログハウスという会社には、心から敬意を表したい。ありがとう。

 ぼくは80歳を超えた。もう体を使うようなものへの参加は難しくなってきた。でも、なんとかできることはやって生きていきたい。ぼくは「3.11」の恐怖を忘れてはいない……。

「小児甲状腺がん」を巡って

 講演会のお話で、ぼくも改めて「脱原発」の意を強くしたのだが、そんな気持ちを足蹴にするような記事を読んでしまった。毎日新聞(3月9日付)である。
 記事の寄稿者の中川恵一氏は知る人ぞ知る「原発擁護派」の東大医学部教授だが、なぜこの時期に毎日新聞はこんな記事を載せたのか。
 ほぼ1ページを使っての大きな記事で、全体としては言い古された原発擁護論だが、ぼくにはどうしても納得できないところが2カ所あった。
 少しだけ引用する。さすがにその部分は容認できない。

福島事故15年 除染土の行方
Dr.中川の がんのヒミツ

(略)原子力災害時には、発電所から5~30キロ圏内の住民は屋内退避を基本とする方針が示され、無理な避難がもたらす健康影響にも目が向けられています。
 一方、出口が見えないのが、増え続ける小児甲状腺がんの問題です。福島では、事故当時18歳以下だった約38万人を対象に、小児甲状腺検査を続けています。
 この検査は、チョルノービリ(チェルノブイリ)原発事故後に、7000人もの子どもに甲状腺がんが見つかったことから始められました。
 しかし、福島では甲状腺の被ばく線量は桁違いに少なく、放射線による発がんは考えられません。ただ、現実には300人もの子どもが甲状腺がんの手術を受けています。
 これはもともと子どもの甲状腺に潜在していたがんを精密な検査で掘り起こした「過剰診断」によるものと考えられています。福島県外で同じ検査を行なえば、福島と同じ割合で甲状腺がんが発見されるはずで、国内外の専門機関の見解も、「放射線と小児甲状腺がんとは関連がない」で一致しています。この検査は中止するのが妥当だと言えるでしょう。(略)
 この事故における東京電力の責任は重大ですが、健康を維持するためには安定したエネルギー供給が欠かせません。柏崎刈羽原発の安全な再稼働を願うものです。

(注・赤字は引用者)

 まず「屋内退避論」には唖然とするほかない。能登大地震の例に見るように、半壊したような家屋に「屋内退避」することがなぜ健康のために必要なのか。地震と同時に発生するような原発事故時には放射性物質を防ぐことができない。最悪の提言である。
 また記事の後半で「県内の除染で生じた土壌の処分」についても「除染土の4分の3程度は、放射能が低い『復興再生土』とされ、公共事業では再利用可能なものです」と、政府の言い分をなぞるような意見を述べている。「汚染土」を「復興再生土」と言い換えるなど、「武器輸出」を「防衛装備品移転」とごまかすのと同じ、まさに徹頭徹尾政府御用達学者というべき人物である。要するにこの文章も「柏崎刈羽原発の再稼働を願う」という結論に導きたいだけなのだ。
 それはともかく、ぼくが絶対容認できないのは、記事中で赤字にした箇所、すでに福島では300人以上の子どもたちが甲状腺がんの手術を受けているという部分の説明だ。ではその手術は無駄だったのか? その多くを担当したのは鈴木眞一福島県立医大教授だが、彼は「必要があるから手術した」のではなかったのか。
 小児甲状腺がんの発生率はほぼ100万人に1~2人というのがこれまでの常識とされてきたのだが、なぜか福島県での異常数値はすべてが「過剰診療」のせいだとされてしまう。むろん、原発事故による放射線が原因だとする説も強いのだから「過剰診断」だと一方的に断定できるわけはない。しかし中川教授らのような「過剰診療」によるという断定的見解が政治的に利用されている。彼によれば、300人を超える子どもたちに施した手術は「不要な手術」だったということになる。
 甲状腺を摘出された人は、生涯にわたって「ヨウ素剤」を服薬し続けなければならない。しかもがん再発のストレスにさらされ続けたままだ。
 これは明らかな「医療ミス」「医療過誤」ではないか。やらなくてもいい手術で多くの子どもたちが甲状腺の摘出をされたのであれば、医療過誤というしかあるまい。
 手術を受けた子どもたちやその親御さんらは「311子ども甲状腺がん裁判」を提起し、「甲状腺がんを発症したのは原発事故によって放出された放射性物質によるものだ」として闘っている。だが中川教授はその点には触れない。スルーしてしまう。

データの基づかないヘリクツ

 もうひとつ、明らかなまやかしのリクツがある。
 これは「過剰診療」によるものだから、福島県外で同様の検査を行なえば「福島と同じ割合で甲状腺がんが発見されるはず」と中川教授は主張する。これはひどいヘリクツだ。そういう検査を実際に行って、中川教授が言うような結果が出たデータがあるのなら認めてもいい。だが、いまだかつてそんなデータは示されていない。
 彼は「はず」だと言う。「はず」とは、「多分こうなるだろう」という予測に過ぎない。何かの現象を予測したのなら、それを実際に科学的な実験や調査で検証しなければならない。予測通りの結果が出て、初めて裏付けることができる。それが科学的な手続きというものだろう。
 「福島県と同じような規模で、他地域で子どもたちの疫学調査を行った結果がこれだ」と示したなら納得できるけれど、中川教授は「はずだ」でごまかす。そのような手続きもせずに勝手に想像しておいて、その「想像」を根拠に持論を展開する。こんなデタラメが東大教授という権威の下でなら許されるのか。

「風評被害」という言葉

 300名以上の子どもたちが「必要のない手術」をされたというのが、突き詰めれば「福島原発事故で放射線障害はなかった」という人たちの主張ということになる。そしてそう主張する人たちは、「小児甲状腺がんが多数発生している」という訴えを「風評被害で子どもたちを苦しめている」と非難するのだ。
 論理が逆転しているとぼくは思う。
 「風評被害」という言葉で、むしろ風評被害を「不要な手術を強いられた子どもたちやその家族」に与えているとしか、ぼくには思えない。
 安易に「風評被害」という言葉を使ってはいけない。

 付記。
 毎日新聞はこんな中川教授の「原発擁護論」とバランスをとろうとしたのか、同じ9日の夕刊で「飯田哲也さんが斬る『再エネたたき』のナラティブ 原発回帰は『敗戦』への道」という1ページを使ったインタビュー記事を掲載している。
 これは、7日の「原発を考える日」の講演会で、飯田さんがお話になったことの要約のような記事だった。
 ぼくは同じ毎日新聞のふたつの記事を読み比べながら、これがマスメディアにおけるいわゆる「両論併記」なのだな……となんだか釈然としないながら思ったのだった。

 「福島原発事故」を風化させてはならない。
 原発再稼働なんてとんでもないとぼくは思う。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。