第416回:本田圭佑氏の炎上と「成功バイアス」の巻(雨宮処凛)

 「他人のせいにするな! 政治のせいにするな!! 生きてることに感謝し、両親に感謝しないといけない。今やってることが嫌ならやめればいいから。成功に囚われるな! 成長に囚われろ!」

 この言葉は5月30日、サッカー選手の本田圭佑氏がTwitterに投稿したものである。

 この日、政府は2017年の自殺対策白書を閣議決定し、公表。22年ぶりに自殺者が2万2000人を割ったものの、15〜39歳の若い世代の自殺が依然として多いことに触れた記事について、本田氏は上記のように書いたのだった。

 そんな氏のtweetが「炎上」したことは、多くの人が知っているだろう。本田氏は公式サイトで「言葉足らず」だったとして、自身の思いを綴っている。

 他人のせいにするな。政治のせいにするな。

 この言葉について、あなたはどう思うだろうか。

 貧困問題にかかわる身として、そして自殺や生きづらさについても取材、執筆し、また自らが自殺未遂体験者である身として、この言葉ほど「苦しむ当人を黙らせる残酷な言葉」はないと思っている。

 なぜなら、「他人のせいにするな」「政治のせいにするな」ということは、直訳すると「全部お前が悪いのだ」ということになるからだ。すべてはお前の弱さや性格や要領の悪さに起因することであって、他人や政治になんら落ち度などない。それなのに責任転嫁して社会のせいにするなんて人間のクズだ一一。

 別に本田氏がそう言ったわけではない。私自身、自殺願望に取り憑かれ、貧困のただ中にいたフリーター時代、多くの人にそんなメッセージを投げかけられてきた。続く言葉は、やはり「生きてることに感謝しろ」「両親に感謝しろ」という定番の「何か言ってるようで何も言ってない言葉」。しかし、それを言う人は決まってものすごいドヤ顔なのだった。
 
 なんだかこんなことを書くと本田氏に個人的な恨みでもあるようだが、そうではない。ある意味、「若い世代の自殺」についての彼のような反応は、おそらく日本の多数派の条件反射だと思うのだ。だからこそ、やっかいなのだ。

 ちなみに、私は多くの自殺の要因には、「他人」も「政治」も関わっていると思う。また、貧困についても「社会のせいにするな」とよく言われるが、現在の貧困は政策の失敗が主な原因であることは明らかだ。

 雇用破壊ひとつとっても、何度も書いているように、1995年に日経連が「新時代の日本的経営」で、雇用を「長期蓄積能力活用型」「高度専門能力活用型」「雇用柔軟型」の3つに分けると提言したところから本格的な「崩壊」が始まっている。そうして度重なる派遣法の改悪。現在の、非正規雇用が4割で、平均年収が170万円程度という状況は、当然だが政策によって作られたものであり、凄まじい努力の果てに正社員の座を掴んだところで、別の誰かが非正規になるだけである。

 また、若い世代の自殺については、「勤務問題」を原因とした自殺が多いことも書いておきたい。例えば毎年2000人ほどが勤務問題で自ら命を絶っているが、20、30代がその半数を占めるのだ。その背景には過酷な長時間労働や厳しすぎるノルマ、上司によるパワハラなどがあるだろう。どれも「他人」や「政治」が大きな原因である。

 自殺の原因でもっとも多いのは「健康問題」だが、次いで多いのは「経済・生活問題」。ひと言で言えば生活苦である。アベノミクスなどと言われながらも、国民生活基礎調査によると、「生活が苦しい」世帯は、14年で62.4%と過去最悪。15年では60.3%と少しは改善されたが、貯蓄ゼロ世帯は増え続け、2人以上の世帯で3割が、単身世帯では5割が貯蓄ゼロという状況だ。

 だけど、こんな感覚って、世界的に活躍するサッカー選手には絶対にわからないだろうな、とも思う。だからこそ、私はいわゆる「成功者」にはあまり「持論」を展開してほしくないと常々思っている。本人にまったく悪気はなくとも、それが時に人を追いつめるからだ。

 ちなみにもっとも有害なのが、スポーツ選手が時に「体罰」を容認する発言をすることだ。これについては、最近、「成功バイアス」という言葉を知った。「ひきこもり新聞」の号外に収録されている斎藤環氏のインタビューで知ったのだ。斎藤氏は、ひきこもりに対する暴力的支援団体の問題点について語っているのだが、そんな支援団体でも5割を「救ってしまう」現状について(つまり5割は取りこぼされることについて)、以下のように語っている。

 「有効ではないとは言いません。戸塚ヨットスクールでも治る人はいるんだから。逆にそれは洗脳みたいな感じで、体罰で偉くなったスポーツ選手みたいなものです。成功バイアスと言って俺が成功したのは体罰のおかげ、みたいになっちゃうんですよ。それはある意味洗脳だから」

 この記事を読んで、一部スポーツ選手が頑なに体罰を肯定する理由がわかった気がした。彼らは自分がされて傷ついたことを「あれがあったから今の自分がある」と自らを「洗脳」しちゃってるのだ。自分で自分を洗脳しているだけだったらまだいい。が、それを「だから体罰はあってもいいのだ」と開き直ることはもはや有害でしかない。自らのトラウマの果ての「自分洗脳」にも気づかず、被害を拡大させることはもはや罪でしかない。

 が、これは何もスポーツ選手に限った話ではない。

 あなたの周りにも、「あんなにひどい目に遭っても耐えて頑張ったから今の自分があるのだ、だからお前も耐えろ」などと強制してくる上司がいないだろうか。が、自分がひどい目に遭ったから部下も同じ(場合によっては更にひどい)目に遭わせるというのは軍隊のいじめと同じ構図だ。

 彼らはおそらく、部下が自分と同等のひどい目に遭うことによって、自分が癒されると思っているのだ。しかも、無意識に。が、そんなものに付き合わされる義理などまったくない。そんなことを強制してくる人には「それは”成功バイアス”で、あなたは辛すぎる記憶を『だから今の自分がある』と自分で自分を洗脳してしまっているのでは」と言いたいところだが、そういう人はそんなことを言われるといきなり殴りかかってくるかもしれないので気をつけよう。
 
 さて、最後に。

 本田氏は、「両親に感謝」云々のくだりについて、「僕の想像を超える虐待を受けて、深く傷ついている方には当てはまる言葉ではなく配慮を欠いてしまったと反省しています」と書いている。

 その通りで、世の中には、両親に感謝どころか、人生をボロボロにされた人もいれば、性虐待などで取り返しのつかないほど深い傷を受けた人もいる。そしてそれは、私たちが思っているよりもずっと多いというのが実感だ。貧困問題の取材を始めるまで、私は「親による性的虐待」の当事者にはほとんど会ったことがなかった。しかし今、多くの当事者と出会い、そして少なくない「告白」を聞き、被害の規模は世間の想像よりもずっと大きいのではないかと思っている。

 生きていることに感謝し、両親に感謝すること。

 誰だって、そうしたいのだと思う。だけど、そうできないから辛いのだ。そうしてメディアに登場する多くの「成功者」が「親に感謝しなければ」「親孝行が大切」などと言うたびに、そうできない人たちは傷つく。

 数年前、ものすごく久しぶりに紅白歌合戦を見ていた時、登場する歌手が必ずと言っていいほど「家族が大切」「親を大切に」なんて言っていて、苦しくなってチャンネルを変えたことがある。以来、あの「家族至上主義という暴力」が怖くて紅白を見られないでいる。

 ほんの少しの想像力があれば、無駄に誰かを傷つけなくていい。

 本田氏の「炎上」から、いろいろなことを考えさせられたのだった。

6月4日、福井でお話ししました。今まで出した本がたくさん揃っていて感激!

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。