第417回:詩織さんの告発に思う。の巻(雨宮処凛)

 「先っぽだけ入れさせて」

 この言葉は、6月16日に出版される私の新刊『女子と貧困 乗り越え、助け合うために』(かもがわ出版)の前書きの一番最初の一文だ。

 どういうことかというと、物書きデビューした20代の頃、ある小さな出版社の社長から会うたびに言われていた言葉である。つまり、ヤラせろ、ということだ。

 他の社員たちの前で、まるで挨拶代わりのように「入れさせて」と言われるたびに、恥ずかしくて悔しくて意味がわからなくて、みんなの前でそんなことを言われる屈辱に、いつも泣きたい気持ちになった。だけど私は、へらへらと笑うことしかできなかった。ワンマン社長が絶大な力を持つらしいその会社で、社員たちは社長に何か言うことなどできず、私と一緒に曖昧な顔で笑うだけだった。結局、私はその出版社で仕事をすることはなかった。

 「セクハラをするような出版社で原稿を書くことなどできません!」

 そう宣言したわけでもなんでもなく、私の担当だった編集者がある日突然、失踪したからだ。

 デビューしたばかりの20代の頃、そんなことは何度もあった。

 そんな経験を通して「武装」するようになったのは20代後半の頃だ。セクハラを撃退する方法は何かないものか。考えに考え抜いた結果、私は日常的にゴスロリやロリータを着用するようになった。そうしたらセクハラどころかナンパもされず、キャッチセールスにも宗教の勧誘にも一切あわなくなったのだ。副作用は、「まったくモテなくなる」ということ。まぁそれまでも、まったくモテてなどいなかったのだが、瞬殺で「不思議ちゃん枠」に入れられてしまうのだ。トチ狂ったお姫様のような恰好をしながらも、気分は修行僧。そんな日々が30代以降も続いた。

 突然そんな自分の経験を書いたのは、ある人の性犯罪被害についての記事を読み、ラジオでの発言を聞いたからだ。

 それは、元TBS記者の山口敬之氏に、意識を失った状態で強姦されたとして、顔を出して会見に臨んだ詩織さん。

 2015年4月、山口氏とともに食事に行き、2軒目の店でめまいに襲われ、気がついたらホテルの一室で裸にされ、上に山口氏がいたという。ちなみに、詩織さんは酔って記憶をなくしたことはこれまでに一度もないそうだ。この件に関して、デートレイプドラッグが使われたのではという疑念が当然浮かんでくるが、山口氏は「見たことも触ったこともない」と完全否定。また、ご存知のように山口氏の逮捕は「上からの指示」で見送られたそうで、不起訴処分となっている(そして16年、山口氏は『総理』という本を出版)。

 恐ろしいのは、警察に行った彼女が何度も「処女ですか?」と聞かれ、被害に関して「よくある話」という言葉を突きつけられているということだ。また、会見のあとには「ハニートラップでは」「胸元を開けすぎ」などのバッシングも沸き起こり、おなじみの「自己責任」という言葉も飛び交った。

 そうして同じように恐ろしいのは、この手の話が決して「珍しいこと」ではないということだ。

 私の友人にも、お酒に何かを「盛られ」、急激に意識が混濁した経験を持つ女性がいる。高級クラブで働いていた彼女が、店の客と閉店後に食事に行った時の話だ。お酒がべらぼうに強いのに、急に身体が言うことをきかなくなり、呂律が回らなくなった彼女は強引にタクシーに乗せられ、ホテルへ連れ込まれる。かろうじて意識があった彼女はトイレにこもって友人たちにSOSメールを送りまくった。ホテルの名前や部屋番号を含めてだ。結局、間一髪のところで友人たちが部屋に踏み込んでくれて助かったのだが、突然呂律が回らなくなり、身体の自由を奪われた恐怖を今も忘れられないという。その後、相手の男性との間では示談が成立したそうだ。

 そんな話を別の友人にしたところ、「でも、水商売の人でしょ? だったら自衛しなきゃ。仕方ないんじゃない?」という反応をされて驚いたことがある。一方で、今回の詩織さんの件にしても、「職を求めて山口氏と会ったんだから自分の責任じゃない?」という声もある。水商売なら、職を求めてるなら、身体の自由を奪われてレイプされて当然? そんなことが許されていいはずがない。

 だいたいが、知人からの性犯罪は多くの場合、力関係がはっきりしている中で起こる。友人の場合、客とクラブで働く身。詩織さんの場合、著名な先輩ジャーナリストと、若いジャーナリスト。また、職場での性犯罪・セクハラは必ず上司や社長という「力関係が上」の者から「下」の者に向けられる。

 私の知っている例では、女性社員が社長に強姦され続け、「愛人だと思おう」と自分に言い聞かせていたケースまである。女性上司にセクハラをする男性はいない。圧倒的な力を持った者が「下」と見なした者に向ける最悪の卑劣な暴力。それが性犯罪なのである。

 少し前、AbemaTVの「Wの悲喜劇」という番組に出た。「日本一過激なオンナのニュース」を謳うこの番組の出演者は「男子禁制」で全員女性。女性の様々な問題に切り込んでいるのだが、「マスコミ女子のセクハラ・パワハラ」についての回では、業界特有のセクハラ被害が赤裸々に語られ、大変な盛り上がりとなったのだった。

 そんなマスコミや出版関係の業界でセクハラ加害者として多いのは、「俺が業界のこと教えてやるぜ」系オッサンや「俺がプロデュースしてやるぜ」系オッサン。番組では、ある著名人のセクハラの手口が語られたのだが(休日に、業界の新人女性に「業界のこと教えてあげる」などと言ってホテルに呼び出すなど)、驚いたのは、その場に「知り合いがまったく同じ手口でその人の被害に遭った」という出演者がいたことだ。業界のブラックリストを作った方がいいのでは? 番組では、そんな話にもなったのだった。

 また、これはある表現者の女性から聞いた話だが、彼女はある雑誌から取材を受けた際、編集者から「ホテルに誘われる」という経験をしている(もちろん断った)。今は有名となったその女性がまだ無名の頃の話で、ここにも圧倒的な力関係が潜んでいる。その編集者は、今の彼女には、絶対に同じことをしないだろう。そんなことを考えると、本当にその卑劣さに腸が煮えくりかえってくる。

 さて、最後に書いておきたいのは、詩織さんの被害は、リアルに命にかかわるものだということだ。

 様々な記事でも書かれている通り、彼女は意識を失った後、何度も吐いている。意識がない状態で嘔吐することは、吐瀉物を喉に詰まらせての窒息死に容易につながる。実際、私の友人知人の中にも、そのようにして亡くなった人が何人かいる。精神科の薬を飲み過ぎたり、お酒と一緒に飲んでしまい、おそらく意識のないまま吐いて窒息し、命を落としてしまったのだ。

 山口氏は詩織さんの発言に対して様々な反論をしているが、意識がなく何度も吐いている人がいたら、私なら間違いなく救急車を呼ぶ。

 詩織さんの会見から数日後、性犯罪を厳罰化する刑法の改正案が衆院で可決された。

 厳罰化だけでなく、子どもにも大人にも、性犯罪やハラスメントへの徹底した教育が必要だ。そして被害が発生した際の、被害者へのケアも一から見直されるべきである。

 どうか彼女の告発が、様々な制度をいい方向に変えるきっかけになりますように。
 
 そのことを祈っている。

***

『女子と貧困 乗り越え、助け合うために』(かもがわ出版/1500円)
2017年6月16日発売

原発事故母子避難、シングルマザー、キャバクラユニオン、育児ハラスメント、進学めざす生活保護の女性…。貧困・格差問題を追い続けてきた著者が、女子の貧困問題について、体験も交えて告発する。くらしとたたかいの現場から取材・執筆。全編書き下ろし。

1 子ども時代の貧困、原発事故による自主避難の困難さ 加緒理さん
2 最低賃金1500円を求めるAEQUITAS(エキタス)の藤川里恵さん
3 生活保護世帯でも大学に進学して学びたい ミカさんの闘い
4 キャバ嬢たちによる労働組合・キャバクラユニオンの7年間の闘い
5 育児ハラスメントで降格に次ぐ降格 シングルマザーの冴子さん
6 育休第1号となったが、嫌がらせで退職、会社を提訴した由紀江さん
7 この国のシングルマザーたちと歩み続ける赤石千衣子さん
8 夫のギャンブル、自己破産、離婚、2人の子どもを育てる由貴子さん

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。