第436回:「立川市生活保護廃止自殺事件調査団」、市と話し合いの場を持つ。の巻(雨宮処凛)

 「本人から『眠れない』とか『生きづらい』とか、そんな言葉があれば医療機関を紹介したりすることもありますが、病気とか障害とか一見わからない方に、『あなたおかしいから病院行け』って、なかなか、そんなこと言えないですよねぇ…」

 向かい側のテーブルに座った「課長」は、何度か同じような言葉を口にした。

 1月16日午後、立川市役所。この日、「立川市生活保護廃止自殺事件調査団」は、東京都立川市の福祉事務所の人々との話し合いの場を持ったのだ。

 立川市で、生活保護廃止の通知を受けた翌日、受給者であるAさん(48歳・男性)が自殺したのは2015年12月。この件について、Aさんの知人という人から市の共産党市議団控え室にFAXが届いたのは同年の大晦日のことだった。

 「新聞社・議員へ」で始まるFAXには、衝撃的なことが書かれていた。

 「立川市職員に生活保護者が殺された!真相を追及して公開、処分してほしい知り合いの◯◯が高松町3丁目のアパートで12月10日に自殺した担当者の非情なやり方に命を絶ったよ 貧乏人は死ぬしかないのか 生活保護はなんなのか 担当者、上司、課長は何やっているのだ 殺人罪だ 平成27年12月 ◯◯の知人」

 この自殺事件を受けて、「立川市生活保護廃止自殺事件調査団」が結成されたのは昨年4月。私も呼びかけ人となり、4月には東京都に質問状と要請書を提出。その後も調査団によって真相究明が続けられていたのだが、この日、立川市の福祉事務所と話し合いの場が持たれたのだ。

 調査団側から参加したのは14名、福祉事務所からは部長、課長をはじめ7名が参加。この日問われたのは、まず彼に出された生活保護の「廃止」が妥当だったのか、という点だ。

 Aさんが生活保護を廃止された理由は「就労指導違反」。

 生活保護=働かなくていいという誤解はいまだ根強くあるが、働く能力がある人は当然働かなければならない。役所からも「仕事を見つけてください」と指導される。これが「就労指導」。が、どのような背景があったのか定かではないが、Aさんは仕事を見つけることができず、亡くなる3ヶ月前の9月には、「とにかく仕事を見つけるように。じゃないと生活保護を打ち切るぞ」という内容の指導指示書が同日に3通も出されている。そうして10月には「保護停止決定書」が出され、12月、廃止通知書が出されるのだ。この翌日、Aさんは自ら命を絶ってしまう。

 ここでひっかかるのは、「Aさんは果たして働くことができる状態だったのか?」ということだ。

 彼の経歴を見ていくと、派遣の仕事を転々とし、派遣切りによって路上生活になるなどその人生は様々な困難に満ちていた(詳しくは、コラム第413回で)。そこで疑われるのは、軽度の知的障害や精神疾患、発達障害などを抱えていた可能性だ。実際、生前の彼と接したことがある支援者は、彼から「死にたい」という言葉を耳にしている。

 私自身も、ホームレス状態になった人と接する過程で、生活保護を受けて初めて知的障害や精神疾患、発達障害であることがわかったというケースに何度か遭遇している。いずれのケースもそれがわかったのは20代、30代になってから。学校でいじめられ、職場でも「トロい」などといじめられ、なかなか仕事が覚えられずに長続きしなかったなどの背景には、本人や家族も気づいていなかった病気や障害が隠れていたのだ。だからこそ、Aさんのケースを知った時、まず頭に浮かんだのは「必要なのは『働け』という指導だけでなく、専門家の意見を踏まえた支援だったのでは」という疑問だ。

 話し合いの場で、そのことを口にした時に出てきたのが冒頭の言葉なのである。「おかしいから病院に行けなんて、失礼にあたるから」という主旨の言葉。

 が、話し合いが進むうち、立川市には精神保健福祉士が3名おり、必要な場合にはそちらに回されるという態勢自体は整っていたことが明らかになった。しかし、彼は「就労阻害要因なし」と判断され、最後まで専門家に回されることはなかったのである。そうして再三「仕事が見つからなければ切る」という指導指示書を出され続け、結局、自ら命を絶ってしまったのだ。

 福祉事務所の人たちの話を聞きながら、どんどん大きくなっていったのは「納得できない」という気持ちだった。これも確認したのだが、現場のケースワーカーは、精神疾患や発達障害、知的障害についての専門知識は持っていないということだった。だからこそ精神保健福祉士がいるのだが、そちらに回すかどうかを判断するのは「素人」であるケースワーカー。様々な病気や障害は「一見そうとはわからない」ケースも多いわけだが、そんな事情にまったく対応していないとしか言いようがない。

 しかも、その言い訳として「おかしいから病院行け、なんて言えない」という言い分が成り立っていることに愕然とした。そんな失礼な言い方で言わなくたって、本人を傷つけず、信頼関係を崩さずに伝える方法なんていくらでもある。少し想像力を働かせればわかることだ。それでもわからないなら、精神疾患や様々な障害に関する専門家の研修を受ければ一発で解決する話である。相手を傷つけないよう、信頼関係を崩さぬよう、どういう言い方、聞き方をすればいいのか、そういった研修を受ければいいのである。ただそれだけの話なのである。

 そのことを指摘すると、同席した調査団の弁護士さんが言った。

 「ここまで仕事が決まらないなら、そのこと自体が本人が困難を抱えているということですよね。停止・廃止レベルということだけで、それは明らかですよね」

 そうして弁護士さんは、「相手を傷つけないような具体的な言い方・聞き方」について、その場で実演してみせた。

 「具体的に言いますよ。『これだけお仕事決まらないと大変ですよね? 夜、ちゃんと眠れてますか? 眠れるお薬出すこともできますよ? いろいろ言われると大変ですよね?』」

 弁護士さんの優しい口調に、思わず涙が出そうになった。

 生活保護の窓口にやってくる人は、たいてい弱り切っている。それまでの人生の中で、おそらく最大に傷つき、自信をなくし、途方に暮れている。そして自分のことを責めてもいる。それは生活保護を受けるようになってからも基本的には変わらないように思う。仕事がなかなか見つからなければ、そのことに対する申し訳なさ、「食べさせてもらっている」という引け目。生活保護受給者の自殺率はそれ以外の人の2倍だ。

 もし、自分が生活保護を受けていたとして、弁護士さんが実演していたような言葉をかけてもらったら、どれほど救われるだろう。そしてAさんがもしそんな言葉をかけられていたら、少しずつ自分の悩みを話していたかもしれない。そうしたら、自ら命を絶つことなんてなかったのかもしれない。

 役所の人は、本人から「眠れない」「医者に行きたい」という言葉がなければこちらから決めつけて医者を勧めることなどできない、という主旨のことを何度か口にした。しかし、とてもじゃないけれど、そんな弱音を口にできるような空気ではない現場を私自身、何度も目にしてきた。

 「生活保護は人をダメにするものだから一刻も早く仕事についてください」とだけ冷たい口調で繰り返す人もいたし、取りつく島もないほどに「就労自立」のみを強調する人もいた。もちろん、受給者に寄り添い、丁寧な対応をするワーカーの人もたくさん見てきたが、その態度や目つきに身体がすくむような圧を感じさせる人もいた。「眠れない」「辛い」。そんな言葉がなかったからと言って、本人が元気だった保証はどこにもない。逆に、そんな言葉を封じるような空気があったかもしれないのだ。

 さて、そんな生活保護を巡っては、立川市で話し合いをしたまさに1月16日、嬉しいニュースが飛び込んできた。

 それはある裁判の判決。福島地裁で生活保護をめぐる裁判の判決が下されたのだ。原告は、福島で生活保護を受ける母子。生活保護世帯の高校生の子どもに支給された奨学金を、福島市が「収入」とみなしてブン取ったことに対して起こした裁判である。この日、福島地裁は福島市の処分を違法とする判決を出し、母子は勝訴した。

 「奨学金取り上げ」という、子どもの夢を奪い、努力を踏みにじるような福島市のやり方が、明確に「違法」と判断されたことは喜ばしい。

 が、この連載でも触れているように、生活保護については引き下げ方針が出され、厳しい状況が続いている。

 1月28日には、もやいやエキタスの呼びかけで、新宿アルタ前で午後3時半から「#みんなで貧しくなりたいですか? ~生活保護引き下げに反対する街頭宣伝」が開催される。私も出演予定だ。

 ぜひ、多くの人に関心を持ってほしい。

うちの猫と訪れた居酒屋で。
共同通信にて、うちの猫も登場する「雨宮処凛と猫見酒」という連載、始まりました!

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。