新国立競技場建設費の増大やエンブレムの盗用事件などなど、いろんな問題点が発覚しつつも、開催まであと3年を切った2020年東京オリンピック。けれど、このまま問題に目をつぶって、「オリンピック楽しみ!」な雰囲気に流されてしまっていいの? というわけで、東京オリンピックボランティアの問題に警鐘を鳴らし続けている作家の本間龍さん、オルタナティブメディア「OurPlanet-TV」などでオリンピック関連の取材経験も豊富なジャーナリストの白石草さんに、東京オリンピックをめぐる問題、あれこれを話し合っていただきました。(その1)はこちらから。
メディアも「オリンピック」に取り込まれつつある
白石 聖火リレーのルートでは、県境を越えるたびにちょっとしたセレモニーが行われる予定になっているようで、そういうところでは地元の小さい子どもたちも動員されるんじゃないでしょうか。そもそも、聖火リレー自体がナチスドイツによって、プロパガンダの一環として始められたものなんですよね。
本間 小さい子どもたちを巻き込めば、そこに親も一緒にくっついてきますしね。
白石 もっと言えば、中央政府批判の声が強い沖縄などをこの機会にどう囲い込むかの作戦も、すでに考えられていると思います。前回の東京オリンピックのときも、沖縄はまだ復帰前だったけど日本で最初に聖火が上陸して、「星条旗から日の丸へ」といってみんなで日の丸を振ろう、みたいな運動が行われたんですよね。おそらく、いつも基地反対の集会などが行われている場所で、何かオリンピック関係のイベントを開いたりするんじゃないでしょうか。基地反対運動が続いている辺野古や高江にランナーを走らせることだって、ないとは言い切れないと思います。
本間 「オリンピックだから」というので「休戦」ムードをつくるわけですね。
白石 取材していると、メディアをもそういう雰囲気に取り込もうとしているのを感じます。バッジなどの記念品を配られたり(笑)。
本間 そういえば、以前ある雑誌にオリンピックに関する記事を書くことになって、その編集部から組織委員会宛に質問状を出してもらったんですよ。「多額の協賛金が集まっているのに、どうしてボランティアは無償なのか」と。
そうしたら、組織委員会の広報部から編集部に電話が入って、質問には答えないまま「おたくの編集部は、取材に来たことないんですか。そんなばかげたことを聞くのはあなたたちくらいですよ」と言われたらしくて。最後は電話越しの怒鳴り合いになって、「そんなことを言うようなら、今後おたくの取材は受けませんから」と脅された、と聞きました。
白石 まさに「非国民」ですね。OurPlanet-TVで取材した映像もすべてチェックされているらしくて、取材時の指示と少し違う映像をアップしたりすると、即座に広報から電話がかかってきます。「こんなことをやっていると、次回から取材ができなくなるよ」みたいなことを言われるんです。
本間 そういう脅しがあるから、みんなあまりオリンピックに批判的な記事は書かないんでしょうね。
白石 今回の五輪では、新聞社が4社もスポンサーになっているでしょう。そうすると、どうしても成功してもらわなければならない立場になるから、その段階でもう「魂を売った」ようなものですよね。
それからNHKがオリンピックの試合をすべてインターネットで配信するという計画を進めていて、それに合わせて、スマホや携帯を持っている人全員から──テレビを持っていなくても──受信料を徴収するという計画もあります。。
本間 ひどいですね。
白石 本来、NHKの受信料というのは放送される番組に対して払うというよりも、電波というある種の公共的なインフラ整備のために払うという位置づけで始まったものです。だからこそ、NHKを見ない人も、テレビを持っていたら全員払うということに一応なっているわけで。
それなのに、頼みもしないのに電波ではなくインターネットを通して番組を配信し、一方的に、携帯を持っている人全員から受信料を取るというのは、どう考えても筋が通らない。NHKという公共メディアがオリンピックを利用して、そんなめちゃくちゃなことをやろうとしているということは、きちんと批判しなくてはいけないと思っています。
オリンピック予算は「ブラックボックス」
白石 ところで、本間さんが最初におっしゃった「協賛金がこれだけ集まっているのにボランティアが無償なのはおかしい」という問題提起はそのとおりだと思うんですけど、じゃあ運営費が余っているのかというと、それも違うような気がするんです。たしかにこれまでにない多額の協賛金は集まっているけれど、運営費が膨らみ続けていることを考えると、莫大な赤字を残す可能性は高いのではないでしょうか。
本間 それはありますね。組織委員会も、昨年末までは「5000億円しか負担できない」と言っていたのに、今年6月になっていきなり「6000億まで出せる」と言い出したりと、財布の中身が全然見えないし。
白石 オリンピック予算って本当にブラックボックスというか、中身が見えないんですよね。みんな、オリンピック予算といえばオリンピックという「スポーツ大会を開く」ために使われると思っているでしょうが、実はまったくそうじゃないんです。
前の東京オリンピックのときも、インフラ整備をはじめ、あらゆることがオリンピック予算を使って行われました。首都高やNHK放送センターも五輪予算で建設されています。東日本大震災の復興予算が沖縄の道路整備に使われていたりして問題になったのと同じですね。要は、オリンピックにかこつけて、いろんな人がやりたいことをやるということ。よく考えたら全然関係ないことに、「これもオリンピックだよね」といって、「オリンピック」のシールを貼って通す、みたいな感じ。今回も、オリンピックに向けたテロ対策という名目で個人情報収集システムを開発するとか、色々なことが行われるんじゃないでしょうか。
さらには、これまでスポーツに割り当てられていた予算が「オリンピック」という名目で全然関係ないことに使われるとか、みんなが自由に使っていた公園が一般利用はできない陸上競技場に再整備されるとか、一般市民にとっては逆にスポーツの機会が奪われるようなことも起きてくる可能性があると思います。
本間 ちなみに、本当に赤字になった場合、それは「誰の」赤字ということになるのかもはっきりしないですね。国なのか東京都なのか、組織委員会なのか日本オリンピック委員会なのか、それとも電通なのか。
白石 取材していると、どんどん東京都の負担が増えている感じなので、ツケを払うのは東京都じゃないでしょうか。最終的には、都民の税金をどのくらい使うかという話。これまで東京都が長年積み立ててきたお金を、このオリンピックで使い果たすという形になりそうな気がします。
そもそも、今回の五輪は「コンパクト」という触れ込みだったはずなのに、どんどん肥大化してきていますよね。規模も予算もどんどん膨らんで、すべてがかなりぎりぎりというか、無理な計画になってきていると思う。だからこそ十分に人を雇えなくて、ボランティアを活用せざるを得ないというところもあるわけですが…新国立競技場の工事現場で働いていた男性が過労自殺しましたが、それに象徴されるように、あらゆるところで無理が出てきている気がします。
オリンピックの「ここがおかしい!」に声をあげよう
本間 そもそもの話をすれば、開催時期が真夏だというところにも無理があります。熱中症の危険性があるから野外活動は控えてと呼びかけられている時期に、ボランティア含めたくさんの人を野外で働かせるわけでしょう。倒れる人がいないわけがない。
白石 選手もそうですよね。選手生命の危機というか、人権侵害レベル。これほど温度と湿度が高い中でのスポーツ大会って、世界的にも他にないんじゃないでしょうか。
本間 本当に、あり得ないと思います。でも、先ほどおっしゃったように四つの大新聞がスポンサーになってしまっていることもあって、その問題はほとんど触れられない。以前、毎日新聞が「開催中、熱中症になる人がどのくらいいるか、想像もつかない」という医師の発言を載せたんですが、「だからオリンピックそのものをやめるべきだ」という論調にはならないんですよね。開催中は、日本語どころか英語も通じない観光客も大勢やってくるでしょうし、病院などもパニック状態になるのでは、と思います。
白石 全体的に、そうした矛盾や疑問があまりにも多すぎます。「オリンピックに向けて緑化を推進する」とか言っているわりに、マラソンコースになる予定の白山通りでは街路樹の伐採が計画されています。謎だらけです。
イベントなどの取材に行っても現場の仕切りが悪くてものすごくトラブルが多いし、結局はコントロールタワーがはっきりしていなくて、誰も全体像を把握していないということだと思います。東京都は東京都、組織委員会は組織委員会、電通は電通と、かかわっている人がみんな、オリンピックを名目に、それぞれがやりたいことをやって、おいしい汁を吸っているだけ。一方で、今回のオリンピックが目指すものは何かというメッセージは全然見えてこないんです。
本間 当初は「復興五輪」がメッセージだったんだと思うんですが。どこへ行っちゃったんだろう、という感じですね。
白石 一応、野球・ソフトは福島で開催されることになっていますね。あと、聖火リレーが被災地を南下してくるのが一つのハイライトになるといわれています。帰還困難区域を通る国道6号線や常磐自動車道をコースに入れて賑わいを演出するんじゃないかというのが、私が今非常に心配していることなんですが…。開会式などでも、「震災と原発事故からの復興」のイメージは間違いなく盛り込まれるでしょうし、「福島をどう活用するか」というのはおそらく考え抜かれると思います。特に地元の子どもたち、学生たちがかり出される可能性は高いと思います。
本間 それは最悪ですね。
白石 一方で、自主避難者への住宅支援を打ち切りにしたりと、「2020年」に向けて被災者を切り捨てる動きもあって。それだけを見ても今回のオリンピックのあり方は許されないと私は思っているのですが…。そもそも前提が「アンダーコントロール」ですから。
今日も本当にいろんな話が出ましたけど、今のオリンピックは、開発、労働、商業主義、教育、国家主義と、あらゆる「悪いこと」を、覆い隠すための装置になってしまっている。その意味で、いろんな立場の人が問題点を指摘して、「おかしい」ことは「おかしい」と声をあげていくべきだと思います。
本間 僕は、ボランティアも「おかしい」といってボイコットすべきだと言っているんです。
白石 運営をボランティアに頼るということは、一定の市民がボイコットすれば開催に支障をきたしますよね。東京の場合、1940年にすでにオリンピックを開催できなかった実績もありますし、「中止する」という選択肢も現実のものとして考えたほうがいいと思います。
これから、どんどん五輪を批判しにくい空気が強まると思いますが、世界の様々な都市でも、五輪を問う声は年々、広がっています。五輪という国家イベントをとりまく構造的な問題を冷静な目で批判し、個人が声をあげる必要があると思いますね。。
本間 たとえ「非国民」と言われても、ですね。
本間 龍(ほんま・りゅう)著述家。1962年、東京生まれ。博報堂で18年間、一貫して営業を担当。2006年同社退職。2006年同社退職後、在職中に発生した損金補填にまつわる詐欺容疑で逮捕・起訴され、1年間服役。出所後、その体験をつづった『「懲役」を知っていますか?――有罪判決がもたらすもの』(学習研究社)で作家デビュー。その後、博報堂時代の経験から、原発安全神話を作った広告を調査し原発推進勢力とメディアの癒着を追及。また、東京オリンピックなど様々な角度から大手広告代理店のメディアへの影響力の実態を発信するなど、幅広く活動している。『メディアに操作される憲法改正国民投票』(岩波ブックレット)、『原発広告』(亜紀書房)、『原発プロパガンダ』(岩波新書)など著書多数。
白石 草(しらいし・はじめ)オルタナティブメディア「OurPlanet-TV」代表。番組制作会社を経て、東京メトロポリタンテレビジョン入社。ビデオジャーナリストとして、ニュース・ドキュメンタリー番組の制作に携わる。2001年に独立し、同年10月OurPlanet-TV設立。著書に『ビデオカメラでいこう~ゼロからはじめるドキュメンタリー制作』(七つ森書館)、『メディアをつくる~「小さな声」を伝えるために』(岩波ブックレット)ほか多数。