近年、加速度的にテクノロジーの進歩が進み、2030年には汎用人工知能開発の目処がたち、第4次産業革命が起きる、との専門家の見立てがあります。人間と同じような知的なふるまいをするAIが登場するのも時間の問題です。そうなった時、雇用はどうなる? 私たちの生活はどうなる? 経済システムの構造はどのように変化する? とさまざまな疑問や不安が渦巻きます。近未来は、あらゆる人々が豊かで平和に暮らすことのできるユートピア社会なのか、それとも一部の資本家とAIに支配される超格差で不平等なディストピア社会になるのか?
マクロ経済の専門家であり、AIと未来社会に関する著書のある森永卓郎さんと井上智洋さんに、アベノミクス6年目の現状の把握から、近い将来に起こるべく大きな社会転換に備え、納税者で有権者である「市民」が知っておくべき問題や考えておきたい課題について、わかりやすく語っていただきました。3回に分けてお届けします。(その1)はこちらから。
超格差時代がやってくる
編集部 現状もなかなか厳しいにもかかわらず、AI(人工知能)とロボットが発達することで、人間の仕事が奪われ、さらに格差が広がっていくだろう、と井上さんは著書『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』(文春新書)で警鐘を鳴らしていますが、森永さんはどう考えますか?
森永 問題は二つありますね。まずAIとロボットの導入による第4の産業革命が進むと、仕事がなくなって人があふれて大変になるということ。何故ならロボットはこれまで人間が操作するものでしたが、その代わりにAIがロボットに指示を出すようになるからです。そしてAIとロボットが、今まで人間がやってきた定型的な知的労働を代替することによって、クリエイティブな部分の仕事だけが残る。しかし、クリエイティブな仕事というのは、とてつもない所得格差のある世界です。
井上 森永さんのご著書では、お笑い芸人の例をあげてましたね。
森永 私のゼミの卒業生でお笑い芸人になったのが3人と、役者になったのが1人と歌手になったのが1人います(笑)。
井上 ずいぶん多いですね(笑)。
森永 私は止めたんですよ。「とりあえず普通のサラリーマンしながらでもライブはできるだろう」と。でも言うことを聞かなくて、今、全員が、本業の年収では10万円に届いていないです。みんなアルバイトで食いつないでいます。彼らに一度ネタを聞かせてもらったんですが、すっごくおもしろいんです。それでも年収が10万円にいかないっていうのがお笑い芸人の世界です。私のゼミ生だからというのではなく、そこそこテレビに出ている名前の通った芸人さんだってそうです。
一度、私も一緒にライブハウスに出たことがあるんですよ。その時の私のギャラが3万だったんです。私、主催者の芸能事務所の人に文句言ったんですよ。「タクシー代使ってやって来て3万じゃ、採算合わないじゃないですか」と。すると「森永さん、お笑いの世界で1ステージ3万もギャラが出るのは、とてつもない厚遇なんですよ」と言われて、びっくりしました。中堅どころでもそうなのかと思って。
その一方、一握りのトップのほうに行くと、年収10億円を超えるわけです。そんなお笑い芸人の「格差社会」が、一般の社会全体に広がっていくようなイメージを持っています。
井上 なるほど。私も結局は、みんなクリエイターとして生きていくことになるんじゃないかと思っていますが、年収10万円じゃ食えないですよね。お笑い芸人さんは、今はほかのアルバイトをして食いつないでいるということですが、AI化が進むとそのアルバイトの仕事がなくなってしまう恐れもあります。
そこで私はベーシックインカム(BI)を導入して、最低限の暮らしは保障されるべきだと提案したわけです。BIは、収入の水準によらずに、すべての人に無条件に、最低限の生活費を一律に給付する社会保障制度です。世帯ではなく個人を単位に給付されるのが特徴です。
BIの給付額と財源
編集部 森永さんは、BIについてはどう考えますか?
森永 全面的に賛成なんですけれども、議論すべき課題が二つあります。いくらのレベルの給付をするのかというのと、財源をどうするのかということです。学者によってはここについて、微妙に意見が分かれていますね。
井上 給付の金額については、毎月7万円ぐらいに収束してきたように感じています。
森永 要するに、国民年金レベルですね。
井上 はい。BIは、世帯ではなく個人を単位に給付されますから、4人家族だったら4×7=28万円なので、わりとまあまあな暮らしができますよね。1人7万だと確かにきついですが、シェアハウスという選択肢もある。それに7万で東京暮らしは大変ですが、地方だとなんとか暮らせます。地方の過疎化が問題になっていますが、住んでいるエリアにかかわらず一律7万とした場合、地方だとお得感を持って暮らせるんですね。
これは10年前に実際に現地に行って得た知識ですが、奄美大島では一戸建てが月5000円で借りられます。漁師さんから魚を分けてもらったり、たまに観光客相手にサンゴ礁を案内して稼いだりしながら、のんびり暮らしていけます。今、地方再生の名目で、それこそ自治体にはかなりの税金が投入されているようですが、それよりも、個人に地方で生活ができるぐらいのお金を給付して、都会から地方に移動するように働きかけた方が、地方再生の一つの光明になりうる気がします。
編集部 なるほど。財源はどうなんでしょうか?
井上 BIの財源としては、二つを押さえておきたい。一つは、税金として徴収する。先ほど森永さんが指摘されたような不平等な税制を改め、BIの財源にまわします。もう一つは「貨幣発行益」です。貨幣発行益とは、政府や中央銀行が貨幣を発行したときに得られる利益を言います。例えば、1万円札の発行コストは、一枚あたり20円なので、残りの9980円が、日銀の貨幣発行益ということになります。それが、今、国民にどう還元されているのかが、不透明でよくわかりません。
民間銀行は企業にお金を貸し出すことによって「お金」を作り出していて、これは「信用創造」とか「マネークリエーション」と言われています。民間銀行は、信用創造によって利益を得ているわけです。そう考えると、貨幣発行益を一番得ているのは、民間銀行なんじゃないかという話になってきます。その特権を取り上げて中央銀行に集中化させ、そこで得られる利益を全部国民に還元しろということを『ヘリコプターマネー』の第5章で述べましたが、余りにも過激すぎたらしく、経済学者でその話を受けとめてくれる人はほとんどいない。しかし、経済学者以外では賛成してくれる人も結構いたりします。
年間80兆円の貨幣発行益を「国民配当」する
森永 民間銀行の特権の部分というのをどうするのか、というのは、多分、意見が分かれるだろうなとは思います。ただ、少なくともリフレ派の経済学者なら、日銀が国債を買った分が、貨幣発行益になるというのは大体の人が合意します。今、ちょっとペースは落ちているんですけれども、建前上、日銀は年間80兆円の国債を購入することを目処にしています。ということは、年間約80兆円は貨幣発行益が出るんです。
編集部 年間80兆円ものお金が、どこに行ってるんですか。
森永 今は、まったく手をつけてない、使ってないんです。国の財務書類という統計を出しているんですけど、そこに資産の項目として貨幣発行益というのを1本立てるだけでいいと私は言ってるんですけど、なかなかここも理解してもらえない。
井上 森永先生が言うように、今、日本の借金が0であるのであれば、借金はないわけですから、80兆円分をどんどん国民に還元していいわけですよね。年間で80兆円あれば、国民一人あたりに月7万円弱配ることができますか?
森永 いけると思います。
井上 私はこれを生活保障というよりは、「国民配当」として、国民全員に分配しましょうと言っています。イランとかアラスカというのは、天然資源がとれるので、それで国民配当のようなことを既にやっているんですよね。日本は、天然資源はないですが貨幣発行益が80兆円あります。それを分配してよという話なんです。
導入したからといって、他の社会保障を無くしていいということにはならず、当面、生活保護などの制度は維持する必要はあります。しかしまずは「国民配当」をやって、国民に潤いを与え、同時に税金を財源にしたBI制度を、きちんと作っていくことが必要ではないでしょうか。
森永 日銀の国債の買い取り額はインフレ率によって変動しますから、長いスパンで見ると貨幣発行益は二十数兆円ぐらいになるでしょう。ですからBIの3分の1ぐらいの財源は、貨幣発行益で賄える。残りの3分の2については、私は何の増税もしなくても、「全ての税制優遇をやめます」と言っただけでできるし、「相続税を完璧に取ります」と言うだけでもできると思います。
編集部 貨幣発行益については、ちょうど1年前、2017年1月の森永さんの連載コラムでも、詳しくとりあげてくれました。「通貨発行益(貨幣発行益)は、魔法の杖でも、錬金術でもないし、ましてや詐欺などではない。貨幣経済を運営する政府が当然受け取れる正当な報酬だ。だから、税収と通貨発行益を同列に扱うことが、いま日本の財政に最も求められていることなのだ」と書かれていて興味を持ちましたが、まだまだ一般には知られていません。BIの財源として議論が広がってほしいと思います。
国力を上げるためにもBIは必要
編集部 BI導入について、かつて国会(2016年2月、11月)においても議論されたことがありますね。参考人として呼ばれた経済学者の神野直彦さんが「BIのように一律に配当されると、生活困窮者にとっては手厚い保障にはならないのではないか、という懸念を示された」と議事録に書かれていました。要するに、貧困問題は複雑な要因があり、所得やお金さえ保障すれば解決するようなものではない、という指摘だと思います。
井上 そういう懸念は大事だと思います。しかし現状は、窓口で生活保護の申請を拒否する「水際作戦」なるものもあり、本当に貧しいのに生活保護を給付してもらえていない人が大勢いて、あまりニュースにはならないけれど、餓死者も出ている。そういう状況ですから、包括的に国民みんなが受けることのできる給付というのは、私は非常に大事なことではないか、と思っています。
森永 BIは、苦しい人たちを救うという側面ももちろん大切なんですけど、一国を牽引するほどの秀でた才能やスターを生み出すためにも必要なんです。AIの時代になって所得格差がどんどん開くわけですが、そのような「知的創造社会」は、一部の人たちがとてつもない付加価値を稼ぎ出す社会。その飛び抜けた人たちというのを、国として生み出すためには、その下に膨大な創造性の海がないと、そこから湧き出てこないんだと思っているんです。
例えば、ピコ太郎さんがあっと言う間に世界的なスターになりましたね。突然に彼が出てきたように見えますが、古坂大魔王という名前では、芸人活動をずーっとやってきていたわけです。彼も本業、特に音楽では食えなくて、長い間バイト生活を送っていました。でも続けているとそれがある時ポンと出る。何が当たるかって、誰も予想できないんです。だから国力を上げるためには、がさっと丸ごと抱えるしかないんですよ。
今の日本の指導者たちの大きな間違いは、選民思想でエリートを選別して育成すればグローバルな力になると思ってるいることです。そうではない、ということが、何故わからないんだろうと思います。
編集部 今の日本の教育についても、変わっていかないとだめでしょうね。
井上 クリエイティビティで勝負する社会がやってくるとすれば、これまでのように学校のテストの点数で序列化されるようなエリートは、むしろ必要なくなるかもしれません。クリエイターの世界は、誰が当たるかわからない、運も含めて確率論的なものですから。だとすれば、なるべく広く国が抱えるしかないというのは、まさにそのとおりだという気がしますね。
資本主義は終焉を迎えるのか?
編集部 テクノロジーの発達が加速度的に進む、未来の経済システムの構造はどうなっているんでしょうか?
井上 いつ頃とは言えませんが、人間のようにあらゆる課題をこなす汎用AIが出てくると、経済に対しては計り知れないほどのインパクトを与えますから、2045年~2060年には資本主義2.0がやってきているでしょうね。
編集部 ポスト資本主義ですか?
井上 そうですね。資本主義の根本のところが変わってしまうわけですが、引き続き資本主義が続くとも言えるでしょう。今の資本主義を「労働者が機械を使って商品を生産するような経済」と定義するとしたら、資本主義2.0は、労働者が機械を使うのではなく、機械が労働者のハンドリングなしに自ら生産を行う。「純粋機械化経済」と私は呼んでいますが、未来には機械のみが生産を行う経済システムになっていると予測します。そして労働のほとんどは要らなくなります。機械だけ、あるいは資本だけで物がつくれるので、それを所有しているいわゆる資本家だけが儲かる新しい資本主義です。
労働者は、搾取はされないけれども、飯も食えないようなことにもなりかねないので、どこかからお金が必要です。またクリエイティブな仕事は森永さんの言うように一部残るか、もしくは全面化しますが、そこにはかなりの格差が生まれるでしょう。スーパースター・クリエイターやスーパースター労働者、資本家は儲かり続けるでしょうが、そうじゃない普通の労働者あるいは普通のクリエイティブなことをやっている人たちはあまり儲からない。そんなイメージを持っています。
森永 私の将来の社会イメージは、2030年を待たずともこれから中間層はどんどん細り崩壊するというものです。先ほど話したお笑い芸人の現状と同じことが起こるだろうと思います。あの世界は今でも、ものすごい年収を稼いでいる一握りの芸人と年収10万円にいかない膨大な売れない芸人層がいて、中間層はあんまりいません。でも、彼らはみんな食えてるし、舞台やライブやって幸せなんです。どうして食えているかっていうと、お笑い芸人の世界って、飯を食いに行った時などは、要するに先輩とか稼いでいる人が全部総払いなんですよ。だから、飢えることはない。そのシステムを社会的にやるのがBIだと思ってます(笑)。
井上 なるほど、イメージしやすいですね。ただお笑い芸人みたいに、みんなが義理人情に厚いかどうかもわからないですからね。
森永 そうです。だから国がそれをやればいいだけの話なんです。
(構成/塚田壽子 写真/マガジン9編集部)
井上智洋(いのうえ・ともひろ)駒澤大学経済学部准教授、早稲田大学非常勤講師、慶應義塾大学SFC研究所上席研究員、総務省AIネットワーク化検討会議構成員。慶応義塾大学環境情報学部卒業、早稲田大学大学院経済学研究科博士課程単位修得退学などを経て現職。博士(経済学)。専門はマクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論。著書に『人工知能と経済の未来』、『ヘリコプターマネー』、『人工超知能—生命と機械の間にあるもの—』など。
森永卓郎(もりなが・たくろう)獨協大学経済学部教授、経済アナリスト。東京大学経済学部卒業、日本専売公社、経済企画庁、UFJ総合研究所などを経て現職。テレビやラジオ、雑誌、講演でも活躍中。主な著書に『年収崩壊』『年収防衛』『雇用破壊』『庶民は知らないアベノリスクの真実』など多数。50年間集めてきたコレクション約10万点を展示する「B宝館」を所沢にオープンさせ話題に。