第111回:『世界マヌケ反乱の手引書』がアジア圏で出版ラッシュに! 煮詰まる国家と羽を伸ばし始めるマヌケ(松本哉)

 国家とは何か。これ、なんだかでかいテーマのようで、実は以外と素朴な疑問だったりもする。なんなんだ、いったい!
 元々の起源で考えたら、一人で生きていくのは大変だから近所の人らと共同で組合みたいなものを作ったり、あるいはチンピラの集団みたいなのがどんどんでかくなって子分を従えまくってそれがでかくなって国になったり…。色々あるとは思うけど、要するに一人だと大変だから、みんなでやりゃ色々都合がいいだろうってことだ。ところがその、本来の共同社会のようなものがどんどんとでかくなり、しばらくするとよその共同社会と戦争するようになってきたり、巨大化したがゆえに国内の人たちを管理するために締め付け始めたり、なんだかアベコベのことになってきた。
 こうなってくると、便利なことや都合のいいことだけではなく、面倒なことや厄介なことが起こり始めたりする。本来は自分たちで作ったはずの国によって税金の増額や取り立てが半端なくなってきて苦しめられたり、偉いやつらが勝手におっぱじめた戦争に駆り出されたり、大事な国有地を勝手に安く売り払ったり、ちょろまかすために勝手に文書を改ざんするやつらまで出てきて、「なんだよ、国作って損したじゃん!」的なことまで勃発し始める。そう、ここまでが人類史の要約。
 そこで、国や国境という括り以外のところで、謎のやつらが国境を越えて勝手なことをやらかしていけばいいという話はこの連載でも耳にタコができるぐらいしてる。たいていはむやみに行ったり来たりして、飲みまくったりして友達やネットワークを増やしているが、その裏で実は地味に本の存在が結構大きかったりするので、今回はちょっと本の話を。2016年秋に日本で出版した本『世界マヌケ反乱の手引書〜ふざけた場所の作り方』という本がある。これは、どうやってとんでもない場所を作るかという本。特に、国境もへったくれもないようなアンダーグラウンドな文化圏を作っていくときには、いつでも遊びに行けるようなオープンなスペースが超重要。ということで、そんなスペースをどうやって作るかの成功例や失敗例、あるいは国内外を問わずいろんな場所の紹介をした内容だ。スペースに興味がある人は是非図書館にでも行って読んでみてもらいたい。

 さて、そんなことでご存知の通り、近年は完全に海外路線で色々やってる。実際に各地に足を運び謎の大バカなやつらのネットワークをひたすら広げまくってるんだけど、今回の本はそんな内容も含めて書いてるので、日本版が出た直後から、早速そんなネットワーク圏内の地域、つまり東アジア圏の出版社の人たちから連絡が来て、一瞬で各地の翻訳版が出ることが決定。うわ〜、これはありがたい〜!!!

韓国版。イラストがマヌケ

 早速出たのが韓国版で、2017年の5月に登場。韓国では何度か本を出していることもあり、今回も安定してマヌケな人からの連絡が続出して新しい友達もたくさんできた。そして次に出たのが中国版。ただ、中国がまたクセ者で、許可が出るのに超大変。一応、日本版の出版直後から中国から話はあり出版社は決まって、進めてはいたんだけど、なかなか進まない。まず中国広州の出版関係の友人たちがすごい頑張ってくれて、「なんとかこの本を中国で出そう!」と、いろんなコネクションを使ったり、申請をしたり色々やってくれた(いやー、本当にありがとう〜)。そしてさらに、いまなぜか中国の哲学・思想界で絶大な人気を得ている柄谷行人氏が朝日新聞に書いてくれた書評の存在も効いたらしく、なんとか出版許可が出た! ちなみに柄谷さん、台湾や韓国などアジア圏の社会学や政治・哲学などに関心ある若者たちにやたら人気がある。そんな大学生たちと話しても「一緒に写真取りたい!」とか「サインもらってきて!」などと言われるぐらいの異常事態になってる。う〜ん、柄谷さんアイドルみたいだ。ま、そんなこともあり、なんとか中国での出版にこぎつけることに成功。いやー、楽しみ!
 で、その後がまたすごい。出版をこぎつけるために尽力してくれた広州の人たちが意表をついて、正規版の出版前に急遽独自に海賊版を出版!!!!! 驚くほどの勢いで翻訳者から翻訳データを入手し、印刷所に発注し独自の装丁で海賊版の作成にかかる。ギャー、そんなことがあっていいのか!? 下克上というか三国志の世界というか、油断も隙もあったもんじゃないこのアベコベ感! 恐るべし中国! さすがに「大丈夫? 出版社の人に怒られないの?」と聞いても「大丈夫、大丈夫、問題ないよ」とのこと。とは言ってもヤバいんじゃないのかな〜、とか思ってるうちに広州で出版記念イベント(しかも海賊版の!)が決まる。そしてその出版イベントにも恐る恐る行ったんだけど、なんと! 正規版の出版社の編集者まで来てた! ぶん殴られるのかと思ってたら全然そんなことなくて、むしろニコニコしてて「出版おめでとうございます」だって。なんだ、メチャクチャだ! で、その日のイベントにもすごいたくさんの人が来てくれていて、ダンボールに積み上がった海賊版を会場前の路上で叩き売りし始めるんだけど、正規出版社の人の前で海賊版が飛ぶように売れていく。さすがにこれはやばい! と思ったら、編集者の人も並んで買って、挙げ句の果てに「サインください」だって。後から聞いたら、海賊版300部印刷して、あっという間に全部売り払ったとのこと。

路上販売されていた中国海賊版。この海賊版テイストが最高

 いや、しかしこの中国のこの謎の感じがすごい。懐が広いというか、イカサマなことにビビらないというか、さすが! でも、確かによく考えてみたら中国はクソ広く、人も十数億人いるので、広州市内だけで数百冊ぐらい出回ったところでどってことないよという余裕しゃくしゃくな感じ。中国ってメチャクチャなところは本当にムチャクチャなんだけど、時々こういうところに大国感出してくるんだよな〜。やばい、イカサマ中国最高。
 そして次が満を持して台湾版の登場。アジア圏各地の中では最もマヌケなやつらが大量にいて、そのおかげでもっとも友達も多く交流の深いところでもある。今年になってすぐ出版されたんだけど、読んだ知り合いの台湾人はみんな「おい、これすごいマヌケな文体で訳してあって、お前が喋ってるのとそっくりの感じだぞ」と言う。おおー、いいね、その感じ。そう、何を隠そう翻訳者も信頼の置ける人が担当してくれてるのがこれまたポイント。韓国語版や中国語版もそうなんだけど、実際に一緒に遊んだり飲んだり、高円寺界隈でウロチョロしたりしてみたり、だいたいの空気感を知っている人が翻訳してくれているから、文字の翻訳だけじゃなくてその空気感も含めて翻訳してくれている。いやいや、これもありがたい。余談かもしれないけど、イベント時の通訳や文章の翻訳者ってもっと重視されていいような気がする。実際にその文字を読んだり話を聞いたりするのは訳者からなので、その存在感は大きい。漫画で言えば原作と画ぐらいの重要さだと思うね〜。落語で言えば古典落語の原作がトークしてる人で、通訳者は落語家。それぐらいの重要さだよ、本当。

出た、台湾版! やはりこちらもマヌケさ全開の装丁!

 ともかく、各国版が出続けるおかげで、さらにマヌケな仲間がどんどん連絡して来てくれて、やばいことになる。完全に斜陽と言われているこの紙媒体だが、やっぱりこの「これ持ってるよ〜」という物体感がすごい。レコードみたいなものに近い。さらに、本の中には各重要スポットの連絡先が山ほど書いてあるので、勝手な奴らが独自にコンタクトを取り始める。しかもネット見ましたじゃなくて書籍という謎の物体を持って実際に会いに行ったり来たりするので、「これ持ってますよ〜」「それ持ってるのか!」という合言葉で友達になる。しかも、大作家が翻訳版を出しているようなのとは違って、ひたすら飲み歩いたりした結果として色々繋がって来たコミュニティーや文化圏の繋がりでもあるので、完全に「三丁目の魚屋のオヤジが本出したらしいぞ」的な感じ。だから「じゃ、一応読んでみるか。なんか変なこと書いてねえだろうな」みたいな感じで各地の人が読んでくれる。しかも国境をこえてマヌケ同士が結託すれば面白いことになるっていう意志は本を通してわかってくれてると思うので、そうなってくると「じゃ、飲みましょー」って感じで素早く次のステップに行けるのがいい。いやー、いいね。それに、自分で言うのもおかしいが、この本そんなに大したこと書いてるわけじゃない。一言で言えば勝手なことやっちまえってだけ。それに今回は場所の作り方に始まり、どうやって各スペースが繋がるか、そして実はそれが大事って話だから、勝手にいろんなところに訪問しまくったり、何者かが誰も知らないところで新スペースをオープンしているはずだ。そう、それで勝手な事態が発生するのを期待するばかりだ。
 さて、こんな感じで国もヘッタクレもないマヌケ間交流が進み続ければ、いよいよ国と国の括りなどに振り回されることない社会や文化圏がどんどん出来上がって行く。しかもそれは統一された一つじゃなくて、各地に無数に。これは面白すぎる。
 ちなみに、思えば10代の頃初めて海外に出たのが東アジアや東南アジア(貧乏だったので近場に船で行った)。カルチャーショックで「うわ、なんだこれ!」みたいなのの連発だったが、共通点の多さにも驚いた。でも当時知ってる情報は欧米からの情報ばかり。その頃「いつかこの辺の人たちと面白いことできたらいいのにな〜」と強く思ったのを覚えてるが、気付いたら世界は狭くなっており、それも実現可能になってきてる。グローバル化の闇に紛れて、こっちもこっそりグローバル化してとんでもないマヌケ社会にしてしまおう〜。
 ということで、4月18日から24日まで台湾に行って、出版記念イベント等、いろいろやらかして来ます。
 諸君! バカがはびこる明るい未来はもうそこまで来ているぞ! みんなで台湾行きましょう〜。

左端から、中国語版の出版社の編集者、著者、海賊版首謀者。この並びはヤバい

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松本哉
まつもと はじめ:「素人の乱」5号店店主。1974年東京生まれ。1994年に法政大学入学後、「法政の貧乏くささを守る会」を結成し、学費値上げやキャンパス再開発への反対運動として、キャンパスの一角にコタツを出しての「鍋集会」などのパフォーマンスを展開。2005年、東京・高円寺にリサイクルショップ「素人の乱」をオープン。「おれの自転車を返せデモ」「PSE法反対デモ」「家賃をタダにしろデモ」などの運動を展開してきた。2007年には杉並区議選に出馬した。著書に『貧乏人の逆襲!タダで生きる方法』(筑摩書房)、『貧乏人大反乱』(アスペクト)、『世界マヌケ反乱の手引書:ふざけた場所の作り方』(筑摩書房)編著に『素人の乱』(河出書房新社)。