第50回:「安倍首相のウソ」は国境を越えて…(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 ぼくは何度かツイートした。「戦後日本政治史上、これほど“ウソつき”と批判された首相がいただろうか?」と。むろん安倍首相に対する批判だが、別にこれはぼくだけではなく、いまや「息を吐くようにウソをつく首相」などとも言われている。
 しかも最近の安倍首相、ウソつきと非難されても“知らん顔の半兵衛”をきめ込む。もう自分が“ウソつき”であることを認めてしまったのかもしれない。そんな人物がこの国の最高指導者。悲しい限りだ。
 だけど、それが国内だけにとどまらず、外交の場でもウソを垂れ流すようになったとしたら、事態は国際問題に発展しかねない。もう放ってはおけないと思う。

同意などしていなかった「3原則」

 驚くべき記事が、毎日新聞(10月28日付)に載っていた。当初、他のマスメディアではほとんど取り上げられなかったが、ようやく30日になって朝日新聞や東京新聞も同じことを報じた。読売や産経が報じているかどうかは、ぼくは購読してないので分からない。
 これらの記事が事実だとするなら、安倍首相は「外交事案に関してウソをついた」ということになる。これでは、まともな国は相手にしてくれなくなるのではないか。
 毎日の記事は以下のようなもの。

首相の「3原則」波紋
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外務省「使っていない」
①競争から協調 ②互いに脅威とならず ③自由で公正な貿易

安倍晋三首相は26日、中国の習近平国家主席との北京での会談で、今後の日中関係について「競争から協調へ」「パートナーであり、互いに脅威とならない」「自由で公正な貿易体制の発展」を提起した。会談後、首相はこれを「三つの原則」と発信したが、同行筋は「三つの原則という言い方はしていない」と公式に否定。中国側の説明にも「3原則」の言葉はない。首相が外務省とすり合わせずに会談の成果としてアピールした可能性がある。

 これはどういうことか?
 26日に行われた日中首脳会談を伝える各新聞やTVニュースでは、実は大々的にこの「3原則」が安倍訪中の大きな成果であるかのような報道をしていたのだ。
 例えば、朝日新聞(10月27日付)は大きな見出しで、次のように書いている。

日中、経済協力で改善協調 首脳会談
習主席、来年訪日の予定
首相3原則提示

 釣魚台国賓館で約1時間20分開かれた会談で、習氏は「中日関係は曲折を経験してきたが正常な軌道に戻った上で、新たな発展ができるよう推し進めていく必要がある」とあいさつ。安倍首相は日中関係の今後について、①競争から協調 ②互いに脅威にならない ③自由で公正な貿易体制の臣下発展――との3原則を示し「新たな時代を習主席と共に切り開いていきたい」と語った。(略)

 要するに、安倍首相は日中首脳外交の成果として、この「3原則」を強調してみせたのだ。ところが、そんなことは日中首脳の間で話されたことはなく、中国側の説明に「3原則」なる言葉はない。さらに、日本外務省ですら公式に「そういう言い方はしていない」と否定しているというのだ。
 ではなぜ、「3原則」という報道がなされたのか。
 前出の毎日新聞記事は、こうも書いている。

 首相は習氏との共同記者会見は行わず、代わりに首相官邸フェイスブックで「これからの日中関係の道しるべとなる三つの原則を確認した」と発信した。これに先立つ李克強首相との会談後も、安倍首相はフジテレビのインタビューで「3原則」に言及した。(略)
 会談の同席者によると、首相の提起を習氏はうなずきながら聞いていたが、同意したかははっきりしないという。
 首相と習氏の会談に関する中国外務省の発表にも「3原則」の文言はない。ただ、「互いに脅威とならない」の部分は安倍首相と李首相が共同記者発表でそろって紹介した。
 外務省は26日夜、「一連の会談で『3原則』との言葉でこれら諸点に言及したことはない」と否定する文書を発表。27日未明には同行記者を集め「一つ一つは重要なポイントだが『3原則』とは言っていない」と念押しした。(略)

「安倍外交」は「妄想外交」か

 こうなると、何がなんだか分からない。ただ、日本外務省が安倍首相の言葉に慌てふためいたことだけは“27日未明”の記者招集でよく分かる。「アレだけは否定しておかないとまずい。国際問題になりかねない」と考え、真夜中に急遽、記者たちを招集したのだ。
 結局、これらの記事を普通に読めば、「また安倍首相がウソをついた」ということになるのではないか。いや、ありったけ好意的に解釈してあげれば、安倍氏は会談で何を話し合ったのか自分でも理解していなかった、ということなのかもしれない。
 中国側が同意したのはたったひとつ「互いに脅威にならない」ということだけだ。あとの2点は多分、寝耳に水か?
 なにしろ「習氏はうなずきながら聞いていたが、同意したかどうかははっきりしない」と、会談に同席した高官も言っているというのだから、安倍氏の言うことはまったく信用できない。同意してもいないことを、堂々と記者会見で「3原則の合意」とぶち上げた安倍首相。
 中国側も「あれ? 安倍サンはなにを言っているのかな? そんな話、していないんだけどな…」と首をひねったに違いない。
 まあ、中国側としてみれば、トランプ米大統領との間で否応なく激しい貿易戦争に突入せざるを得ないこの時期に、せめて日本との間では軋轢を生みたくないという外交上の必要があって、安倍首相の非礼は大目に見たということだろうか。
 しかし、困ったのは日本の外務省だろうな。「一連の会談で『3原則』との言葉でこれら諸点に言及したことはない」と、苦しいけれど言わざるを得なかったのだから。
 だが不思議なことに、安倍首相はその外務省の説明を否定してはいない。否定しないということは、認めたってこと?
 こうなると、安倍首相は自分勝手な“妄想会談”の世界にいるとしか思えない。とても危ない。首脳会談で相手国首脳が言ってもいないことについて「以上の点で同意に至りました」などと口走ってしまうのだから。
 これ、本気でヤバイっしょ!!

国家の最重要機密は「安倍首相」…

 こんな極めて重大な事実が当初、マスメディアでは毎日新聞以外ほとんど報道されなかった。
 他のマスメディアが出遅れたのは、他社の様子見だったのか、ニュースの重要性に対する感度が鈍っていたからか? それとも、流行りの“忖度”だったのか? むろん、“忖度の殿堂”NHKニュースでは、いまもってこの事実には触れていないようだ。
 かつて、情報統制下のソビエト連邦で流行ったアネクドート(皮肉の効いた政治的小話)に、こんなのがあった。

 「スターリンはバカらしいぞ」
 「シーッ、それを言ったら逮捕されるぞ」
 「いったいどんな罪で?」
 「国家機密漏洩罪だ」

 うーむ、安倍首相が得意とする「外交」で、こんな訳のわからない発表をして、なおかつそれがほとんど問題視されないということは、もはや「安倍首相は壊れている」というのが、内閣での最重要機密事項になっているからかもしれないな。

 この国が、ア・ブ・ナ・イ…。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。