第51回:高齢ネット右翼はどこから来たか?(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 「週刊金曜日」(11月2日号)をめくっていたら、面白い記事が載っていた。倉橋耕平氏(立命館大学非常勤講師)と古谷経衡氏(評論家・著述家)の「『ネトウヨ』バブルはもう底を打った(上)」という対談である。
 なにしろ、倉橋氏によれば「古谷さんは一時、ネトウヨ(ネット右翼)と呼ばれる集団の中におられ、CSで放映している『チャンネル桜』のコメンテーターや、青林堂の右派雑誌『ジャパニズム』の編集長もされていました…」という古谷氏が、ネット右翼について「彼らはよく大学入試を突破したと思いますよ(笑)。その劣化ぶりは驚くべきでして…」とまで切り捨てているのだから驚く。ネット右翼の退潮現象を語っているのだ。
 まあ、中身は「金曜日」を買って読んでいただくとして、かなり面白い対談であることは間違いない。
 この対談の中で、古谷氏は「僕の経験から言うと、60代、70代の世代がコロッと『ネトウヨ』になるケースが最近、非常に目立ちます。光回線で常時接続。インターネット環境に容易に接続できるせいで、『え、知らなかった。日本がこんなことになっていたのか。中国人や朝鮮人に乗っ取られてしまう』みたいな思考になり易い」「あと、ぼくの調査だと首都圏のミドルアッパー以上の、自営業者が大半なんですね。それに医者とか…」とも語っている。

あるジャーナリストの分析

 最近、知人のジャーナリストと話す機会があった。そこで、前出の対談と同じく“ネット右翼” についての話になった。彼の感じでは「ネット右翼は一時の盛り上がりを欠いている」との意見だった。
 ネット右翼のツイートやブログには、あまりにデマやフェイクが多すぎて、さすがについていけなくなった層が増えているというのだ。
 しかし、古谷氏の言うように、新参組の中高年層、60代、70代の“にわかネット右翼”は、確かに一定程度存在する。その理由は何か? 彼らの最初のきっかけは、やはりTVだというのだ。
 以下は、そのジャーナリストとぼくの共同分析である。

◎まず、定年退職である。
 60歳で会社を去る。65歳定年の会社もあるが、とにかくその辺りの年齢で、リタイアする。ほどほどの規模の会社で大卒の社員であれば、それなりの退職金が出る。とりあえず、定年後もなんとか暮らしていけるだけの貯えもある。しかし、会社一筋で地域との結びつきはゼロに等しい。
 やることがない。ボランティアという手もあるが、会社での地位というヤツが邪魔して、なかなか“一般人”とは対等につきあえない。
 会社人間、趣味も持たなかった。映画も読書も仕事とは関係なかった。旅行は会社の出張でイヤになるほどした。会社を辞めて時間はたっぷりあるが、やることがない。仕方ない、テレビでも観ようか…となる。

◎テレビの影響
 やることがないからテレビを観る。それまであまり観たことのなかった朝や昼のワイドショー。
 かつて、ワイドショーは家庭の主婦向けで、芸能ネタが多かった。ワイドショーの時間に家でテレビを観ているのは専業主婦が主体、女性週刊誌と同じ構造だった。
 しかし、定年後のオジサンたちは、最近の芸能人なんてほとんど知らない。とくに若いタレントなんか、男女を問わず名前の区別さえつかない。観ても面白くない。
 そのことに、テレビ局側もやがて気づく。中高年男性は、政治にはそれなりの興味を持っているようだ。そこでワイドショーは芸能ネタに加えて政治ネタを増加させる。視聴率が少々上がる。この傾向が顕著になったのは、2007年あたりからだったという。
 ところが、ここで視聴者と制作側の年齢ギャップが出てくる。新たな視聴者群は60〜70代の高齢者層だが、作る側は30〜40代でネット環境にどっぷりつかった年齢層だ。彼らが影響を受けたのは、いわゆる“ネット右翼”の台頭期であり、右派系雑誌が元気よかった時代でもある。
 しかもSNSが普及。「ネットではいま、こんな話題で盛り上がっています」だの「〇〇さんの発言が炎上中」などという話がワイドショーでも大きな部分を占めるようになる。
 暮らしには比較的余裕はあるが、やることのない定年後の人たちが、こういうところから刺激を受けて、パソコンやSNSにはまっていった。“炎上”ってなんか面白そう。で、初めて自分の参加できる場所が見つかる。

◎デマやフェイクには不慣れ
 会社人間だったこの層は、デマやフェイクにはあまり触れたことがない。会社一途であればあるほど、情報は一方的に与えられ、それを疑うことはまずしなかった。
 そこへ、SNSによって「自虐史観」や「反日思想」などへの反発が刷り込まれる。初めて触れる“情報戦”。目が覚めた、今までの日本の歴史教育は間違っていた、ということになる。

 「日本が侵略されつつある」
 「日本が中国や韓国に一方的に責められるばかり」
 「何度謝罪すれば済むのか」
 「在日韓国人はこんなに優遇されている」
 「中国人は下等民族だ」
 「南京虐殺はなかった」
 「従軍慰安婦は朝日新聞の捏造だ」
 「安倍政権を批判するヤツラは反日だ、売国奴だ」

 これらの激しい言葉が、砂に撒かれた水のように染み込んでいく。
 ただし、確かにそのような高齢ネット右翼が目立つが、それはある程度の金銭的な余裕のある層であって、年金で精一杯の暮らしを送らざるを得ない人たちがネット右翼化しているわけではないということだ。

◎団塊世代=全共闘世代=反体制的、という誤解
 1960年代末から70年代初頭にかけて、日本に限らず世界規模で「反体制運動」が盛り上がった。当時のアメリカによるベトナム戦争への反対運動として高揚したものだったが、日本では各大学の「全共闘(全学共闘会議)」が脚光を浴びた。その世代が1947〜50年生まれ(いわゆる団塊世代)という戦後ベビーブームでもっとも人数の多かったこともあって、団塊世代=全共闘世代=反体制志向……という誤解を生んだ。
 しかし、ベビーブームのピーク時の1949年生まれは約270万人(ちなみに2017年は約94万人)だったが、その年代の進学期1967年の大学進学率は約16%であり、わずか43万人。残りの約230万人は「全共闘」とは関係なかったのである。
 しかも、当時の全共闘運動に参加したのは最盛期でも大学生の30%程度とされているから、同世代では5%ほどだったことになる。とても団塊世代=全共闘世代とはいえない。だから、団塊世代=反体制派というのも当たってはいない。ただ、時代の風は受けたのだから、多少は政治への関心は持ち続けたのではないか。それが定年後のテレビの政治ネタに反応した。
 団塊世代は、むしろ「金の卵」と呼ばれた中卒の集団就職世代というほうが妥当だろう。菅義偉官房長官も、秋田から高校の集団就職で上京した1948年の生まれだという。

◎団塊世代の右傾化?
 年代が上がるほど安倍政権には批判的で、若い世代ほど安倍支持が多い、とよく言われる。そこには確かに「安倍政権の危険性」を感じ取る高齢者世代の感性が生きているかもしない。
 高年齢層のネット右翼が増えているというのも一方では現実だが、実はその人数はさほどのものではない。ほぼ同年齢層の2%前後だろうというのが、研究者たちの調査結果だという。ただ、例の高須克弥氏(73歳)や百田尚樹氏(61歳)のような中高年著名人の右派傾向が目立つので、ネット右翼が過大評価されているということもある。
 団塊世代=全共闘世代という誤解から、団塊世代にネット右翼が増えていると聞いて驚く人が多いのだが、実は、そう大きな現象ではないということが分かる。

◎沖縄知事選でのフェイク・チェック
 ネット右翼が沈静化し始めた。そのきっかけのひとつが、今年9月30日投開票の沖縄知事選だったと言われている。
 なにしろ、この選挙でのフェイクニュースやデマは、ほんとうにハンパなかったのだ。その大多数は、玉城デニー候補へ向けられたもので、数十種類のデマのビラが確認されている。ビラのほかにも、SNSを使ったデマ攻撃は常軌を逸したものだった。
 これについて、地元紙の沖縄タイムスや琉球新報は、かなり綿密な「ファクトチェック」を行い、情報の真偽を正確に報じていった。さらに民間の団体も立ち上がり同様のチェックを公表した。
 そこで暴かれたデマやフェイクは、選挙結果に逆の影響を及ぼした。有権者たちは「デマを流した側には投票しない」という選択をした。これによって、デマやフェイクは、結局のところ役に立たない、ということが知れ渡ることとなった。沖縄知事選は、ある意味でネット右翼の敗北でもあった。

 教訓は、地道な調査とファクトチェックが最終的には勝利する、ということである。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。