第52回:「にほん」と「ニッポン」と…。(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 ぼくはスポーツが大好きだ。かつては野球もよくやった。もう大昔のことだが、編集部のチームではエース投手だったんだぜ。チーム名は「明星ASEDUCKS(アセダックス)」といった。まあ、汗だくになって原稿を書いていたってこと。数十年も前の話だ…。
 今でもスポーツ好きは変わらず、時折、プールに通って泳いだりしている。近所の公営のプールは500円で使用できる。それに温水だから冬でも泳げるしね。ここができたので、それまで入会していたスポーツクラブは退会した。だって、費用が違うもの。
 むろん、スポーツ観戦も大好きだ。とくにラグビー。TVのスポーツ・チャンネルに加入していて、ラグビーはあらゆる試合を録画しておく。もうじき幕を開ける花園の高校ラグビーから、大学も対抗戦、リーグ戦、関西リーグ戦。トップリーグは欠かせないし、当然のことながら、海外ラグビーも録画できるゲームはすべて録りためておく。
 来年、日本で開催されるラグビー・ワールドカップも、全試合録画予定だ。カミさんが寝てしまった真夜中に、ぼくはひとりで延々とラグビーを見続けるのである。
 でも日本代表、イングランド戦は残念だったな。後半に崩れるのは、やはりフィットネスの差なんだろうか?

「にほん国憲法」と「ダイニッポン帝国憲法」

 そんなスポーツ好きなのだが、苦手なこともある。あの、「ニッポン! ニッポン! ニッポン!」という大合唱(?)はちょっとカンベンしてほしい。まあ、これはまったくぼくの個人的な感覚なのだが、みんなで声を揃えて、っていうのがどうも肌に合わない。
 ぼくは「日本」を、いつも「にほん」と呼んでいる。気がつくと、必ずそう発音している。だからぼくにとっての「日本国憲法」は、やはり「にほんこく憲法」だ。決して「ニッポンこく憲法」じゃない。だけど、「大日本帝国憲法」は、やはり「ダイニッポン」と発音するのがふさわしいのかも。
 うん、確かに「だいにほんていこく」では力が入らない。こちらは「ダイニッポンテイコク」と発音したくなるのが自然な感じだ。「ポン!」という破裂音のほうが、「ほん」と空気が抜けそうな音よりも迫力はある。強そうだ。だから、明治憲法復活をとなえる勇ましい方たちにとっては「ダイニッポン」がしっくりくるのだろう。
 つまり、ぼくにとっては、「にほん国憲法」のほうが「ニッポン国憲法」より優しくて性に合う気がするということだ。
 それと同じように、スポーツの応援でも「にほん! にほん!」じゃズッコケてしまいそうだ。やはりここは「ニッポン! ニッポン!」とならざるを得ないのかもしれない。
 というわけで、ぼくは「ニッポン!」コールを耳にすると、つい「ダイニッポン」を連想してしまう。しかも、このコールには、ある種のナショナリズムの粉がまぶされている感じもする。そこんところが、ぼくにはどうも感覚的に合わないんだ。
 繰り返すが、あくまでこれはぼくの個人的な好みの問題だから、「そんなわけの分からんリクツをスポーツに持ち込むんじゃねえ!」と言われれば、「恐れ入りました…」と謝るしかないのだけれど。

極右政治の台頭

 ただねえ、ここんとこ、世界中に威勢のいい言葉が多すぎやしませんか? トランプ大統領もプーチン大統領も、習近平主席も、金正恩委員長だって、どうも自分の国のことばかりで、他国にも同じ人間が暮らしているってことを忘れているみたいだ。アメリカ・ファーストなんて、その典型でしょ。
 ドイツでは、難民受け入れ問題で極右が勢力を伸ばし、その波はヨーロッパ各国に及んでいるし、イギリスはEU離脱を巡って大混乱、ブラジルでは “ブラジルのトランプ”と呼ばれたボルソナーロ氏という極右が大統領選挙で勝利してしまった。
 強権政治はいつだって大声の主張を伴う。大声で他国を排斥し、他国民を差別する。そして自国第一主義を振りかざす。ぼくは大声が苦手だ。極右政治はその一種だろう。
 日本のマスメディアは、はっきりと「ブラジルで極右大統領が誕生」と報じていた。つまり、“ブラジルのトランプ”が極右であるということは、トランプ氏もまた極右であると、マスメディアは認識しているということだ。ならば、その極右トランプ氏にベッタリの安倍晋三氏も極右の範疇ではないか。しかし、かの“忖度”NHKをはじめ日本のマスメディアは、決して安倍政権を「極右政権」とは呼ばない。ヘンだなあ…と思う。
 確かに、安倍首相のやっていることはほとんど極右だけれど、プーチン大統領にやり込められたりトランプ大統領に脅されたりで、とても「ダイニッポンの極右指導者」って感じじゃないな。あのペラペラ口調も、どうも強い極右とはタイプが違うみたいに見える。
 しかし、立ち居振る舞いはあまり極右的ではないけれど、特定秘密保護法や安保法制、報道圧力、言論統制、民意無視(辺野古など)、憲法改定……と、やっていることはまさに極右でしかない。
 もしかしたら、安倍首相はこれまでの極右イメージとは違う“ヘナヘナした極右”とでもいう新種なのかもしれない。でも、結局は「ダイニッポン」に親近感を持つような人なんだよなあ。

ナショナリズムは、古い悪魔…

 1928年11月11日は、第一次世界大戦の終結の日だ。今年がちょうど100年目にあたる。そこで、この11月11日、パリで「第一次世界大戦終結記念式典」が行われた。
 式典の挨拶で、フランスのマクロン大統領は、ナショナリズムを「古い悪魔」と呼び、その傾向が世界で強まっていることに警鐘を鳴らした。マクロン大統領の言うように、ナショナリズム(愛国主義)に根差した偏狭な差別政策は、再び世界を戦争の惨禍に巻き込む「古い悪魔」に違いない。
 それを今、率先して拡大しつつあるのがトランプ大統領のアメリカではないか。トランプに追随する各国の極右政治家たちの跋扈は、まさに悪夢の再来なのだ。我が安倍首相もそのひとりだ!
 ニッポン! ニッポン! ニッポン! の熱狂が、愛国主義の鎧を身にまとって牙をむく日が来ないことを、ぼくは心から願う。
 繰り返すが、以下はあくまで個人的な好みだ。

 ぼくは大声が苦手だ。
 みんなで声を揃えて、っていうのも好きじゃない。
 ひらがなの「にほん」が好きだ。
 カタカナの「ニッポン」にはあまり近づきたくない。

鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。